第34話「この夜が終わる前に・・(前編)」
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桐谷秀一が、キエラの目の前に現れてから、そんなに時間は過ぎてはいない。
桐谷の姿を見たキエラは、恐怖していた。
そして、自分の住むアパートの方に走っていく。
彼の言った「焼野原の命はない物と思って下さい」の一言が、とても恐怖でしかなかった。
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ジャラジャラ・・
と、銀色の玉が流れるように音を出していた。
この室内は、タバコ臭く、中年男性が多く見受けられる。
そう、ここはパチンコ屋である。
「きたー!!」
そこに、年齢を詐称して、パチンコ台に座る少年がいた。
パチンコのスロットは、リーチを示している。
彼の持ち玉は、ないに等しいくらいだ。
「あー!!」
リーチが掛かっていたのに、結局、ならなかった。
「くそ!!」
持ち玉が、全部消えてしまって、彼は席から立った。
その彼の名前は、九乃助の助手の上木純太である・・。
最近、パチンコにハマってしまったという駄目な少年・・。
そんな彼を、見ている男がいた。
パチンコ屋のガラス越しにである。
男は、いつもの追っ手である黒いスーツの男たち数人を連れていた。
その者は、スーツでネクタイをしている。
長い黒髪の男。
そう、桐谷秀一であった。
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「はぁ・・、はぁ・・」
大きく呼吸を乱して、キエラがアパートに着いた。
キエラの心配する九乃助は、アパートの前で洗車をしていた。
「ん・・、どないした・・」
その尋常ではない様子に、九乃助は気づきながら、洗車を行っている。
銃刀法違反で、警察にでも追われたかと、九乃助は思った。
キエラは呼吸を戻そうと、大きく空気を吸っている。
「レビンー、水持ってこーい!!」
と、九乃助は、部屋にいるレビンに指示をした。
「はーい」
それに答えるように、レビンの声が返ってきた。
「九乃助!!」
急に、キエラが呼吸を戻して、洗車用のブラシを持った九乃助に迫った。
いきなり、息を切らして来たかと思えば、急にアップになって迫ってきたりと大忙しだ。
「なんだ・・、いきなり・・」
九乃助は、手に持っていたブラシを置いた。
再び、キエラは呼吸を落ち着かせたる。
そして、口を開いた。
「信代会が、本格的に動いた・・」
その一言を聞いた瞬間、九乃助の眼光が鋭くなった。
同時に、全身の血液が沸騰した。
レビンは、駆け足でアパートの階段を降りてくる。
「・・?」
言われたとおりに、水を持ってきたレビンは、今の状況は理解しにくかった。
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「あー!だいぶ・・、使っちまったよ・・」
と、パチンコ屋から出て、自分の財布を眺めていた。
この所、九乃助が借金返済に必死なのにも関わらずに、パチンコに貢いでいたのだ。
「九乃助さんになんて、言い訳しようか・・」
そんなことを、考えていた時。
「上木純太君だね・・」
純太の前方から、爽やかな声が聞こえた。
「・・」
その方向に、純太は顔を向けた。
顔を向けた方向には、スーツでネクタイをしている長い黒髪の男。
桐谷秀一が、純太の目の前に居た。
「・・?」
純太には、彼が誰だか解らない。
だが、桐谷には、純太の正体を知っている。
桐谷の信代会の情報網で、純太は、九乃助の仲間であるのが解っている。
だから、桐谷は純太の目の前に居た。
そして、目の前に現れた理由は・・。
バゴッ!!
純太の後頭部に、衝撃が走った。
殴られたような痛みが、頭脳に走る。
「ぐっ!!」
桐谷の方を向いていた純太の首筋を後ろから、さっきから、桐谷に纏わりついていた黒服の男の一人が殴った。
その衝撃で、純太は気を失う。
体が、前方へと倒れこんだ。
「ふっ・・」
桐谷が、それを見て口元がにやけた。
そして、地面に倒れこむ純太の体を黒服たちが、荷物を運ぶように持ち上げた。
パチンコ屋の前で、白昼堂々と純太に暴行を加えた桐谷の目的は・・。
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再び、場所はアパートに戻る。
洗車を、途中で止めて、九乃助は自分の部屋に戻った。
部屋には、レビン、キエラがいた。
しかし、レビンは信代会を知らない。
同時に、キエラが信代会のボスの娘であることも・・。
「信代会が・・、俺の命をね・・」
声のトーンを低くして、九乃助が言う。
そして、片手には、バームクーヘン。
「ああ・・」
戸惑いつつ、キエラが返事をした。
「信代会が、九乃助さんの命を・・」
キエラの正体以外の信代会のことを聞いたレビンは、信代会が、「九乃助の命を狙う」ということを言って不安になっていた。
キエラ本人の正体については、九乃助がキエラに口止めしていた。
今更になって、キエラが信代会の娘だの、どうでも良くなっている。
「九乃助さん・・、ごめんなさい・・」
と、レビンは謝った。
彼女を捕獲するのが、信代会の真の目的であり、彼女が九乃助の元に逃げ込んだことが発端だからだ。
そういう彼女を、九乃助は片手、バームクーヘンで見つめた。
「あたしのせいで・・」
謝るレビンの目から、涙が出てきた。
しかし、彼女には、どうすることも出来ない。
自分の身内を話すことも、彼女にとっては難しかった。
それに、自分が捕まると、また悪夢に出てくるような日々が襲ってきるのが怖かった。
しかし、だからって、九乃助の命を危険に晒すのは、もっと、彼女には怖いことだ。
「気にするな・・。どっちにしろ、俺は「信代会」の恨みを買ったんだ・・」
そう九乃助が言った。
「でも・・」
と、レビンは目に涙を滲ませて言う。
そんな彼女の頬に、九乃助は、バームクーヘン持ってない方の手で当てた。
「お前が居なくなるくらいなら、信代会を潰す・・」
そう彼女に言った。
レビンの頬に当てられた九乃助の手は、暖かかった。
「あんな奴らで、俺は死なん・・」
そう、九乃助は力強く言う。
「九乃助さん・・」
ボロボロと、レビンの目からは涙が流れた。
そう言ってくれる九乃助が、とても嬉しかった。
「九乃助・・」
その二人の会話を、キエラは見ていた。
随分、二人とも、これだけ、仲良くなった物だと思っている。
同時に、さっきからの台詞が、九乃助はバームクーヘン食べながらだったで、複雑な心境だった。
「お前も、食べるか?」
と、九乃助は、そう言って泣いてるレビンに、バームクーヘンを差し出した。
レビンは、そういう心境じゃない。
ジリリリリリ・・・
と、いきなり電話が鳴った。
九乃助が、バームクーヘンを食べている間に、キエラは受話器を握った。
「もしもし・・」
「あれ・・、お嬢さんですか・・」
その受話器からの声に、キエラは戦慄が走った。
この声は、桐谷秀一。
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現在、桐谷秀一は、黒いベンツに乗っている。
中には、黒い服の男たち。
そして、ロープで結ばれた気を失った純太。
桐谷の片手には、純太の携帯が握られている。
その携帯から、掛けてきたのであった。
「焼野原九乃助に代わってもらえません?」
桐谷が、ベンツの窓の向こうを眺めながら言った。
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