第29話「ボーイズ・ブラボー(中編)」
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武田の記憶を遡る事に、数年前。
時代は、ノストラダムスの大予言やら、なんやらで無駄な大騒ぎのあった世相である。
だが、実際は、みな平然と夏を過ごしていた。
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「武田さん!」
と、残暑ある高校の体育館裏にリーゼントの生徒が走ってきた。
体育館裏の跳び箱入れで、タバコを吸ってる武田がその声に反応した。
自分の舎弟が、尋常ではない様子だ。
「どうした・・」
吸っていたタバコを床に押し付け、火を消した。
「マサオが、やられた・・」
息を切らしながら、舎弟がそう言う。
「なんだと・・」
武田は立ち上がった。
マサオは、武田を慕っている舎弟の少年。
彼は、その当時の新入生。
だが、彼は凶暴な性格であり、中学時代、自分の言うことを聞かなかった奴は居なかったと自慢話している。
実際に、そうであるかを証明するかのように、校内での振り舞い方が最悪であった。
暴力沙汰も、一方的でいじめに近いやり方であり、自分の舎弟でありながらも、武田は彼を危惧していた。
だが、そんな彼が、今は病院にいる。
その理由を、マサオ本人から聞いた舎弟が話し始めた。
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ドン!
道端を歩いていたマサオの肩が、小柄な少年にぶつかった。
「痛ぁ・・、おい、コラ!!」
ぶつかった奴が、自分の高校と敵対してる他校であると思い、わざと、喧嘩を吹っかけた。
ちょうど、マサオはイラついていたのであった。
少年の襟首を掴んだ瞬間。
少年は、有無を言わずに拳をマサオの顔面に入れた。
そして、ここから先は、マサオは思い出したくなくなっていた。
それほどまでに、ぶちのめされた。
少年の特徴は、小柄な身長。
まるで、誰も受け入れようとしない表情。
そして、無数の傷と青あざ。
最後に、冷たすぎる目つき。
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以上のことを聞いた武田は、その男は捜した。
だが、それらしき高校生を見ても、武田はピンと来なかった。
その少年だったとしても、武田を見た瞬間、彼らは逃げて行った。
日も暮れ、武田は駅に向かった。
武田は定期を自動改札機に入れ、ホームに入った。
ちょうどよく、電車が停止した。
ドアが開くと、武田は電車に入った。
ガタン!!
電車のドアが閉まった。
「・・!」
武田は、強烈に冷たい視線を感じた。
その電車のドアの目の前の席に、もたれるように椅子に座る少年がいた。
さっき、喧嘩してきたような他人を近づけない生傷の数々。
そして、冷たすぎる目つき。
間違いない・・。
こいつだ・・。
と、武田は感じ取った。
その少年こそ、焼野原九乃助。
マサオを、病院送りにした少年。
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ガタンゴトン・・と、電車の音が聞こえる。
また、電車は時間通りに動き始めた。
車両内は、もう夏が終わる時期だったとはいえ空調が効いている。
二人の思い雰囲気のせいか、人は居なかった。
あたりは、シーンとしている。
九乃助の他人を近づけない生傷の数々が、人を怯えさせていた。
だが、武田は、なにも言わずに九乃助の近くに座っている。
マサオをやった犯人だと、黙認しながらも。
「・・」
「・・」
この二人には、緊張感が走っている。
隙を出したら、やられる。
そんな感じである。
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ガタン!
電車が駅に到着した。
この駅に着くまでの二人は、無言であった。
しかし、この二人の醸し出す空気の張り詰め感は異常である。
ドアが開いた。
「・・」
「・・」
二人同時に、開いたドアに向かって歩いた。
九乃助も、武田もこの駅で降りるつもりなどない。
申し受けたように、二人は同時に駅から降りたのだ。
そして、電車のドアが閉まった。
閉まったと同時に、車内には二人の姿は消えた。
しばらくして、ガタンゴトン・・と、電車は時間通りに動き始めた。
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無言で、二人は同じ場所に着いた。
そこは、降りた駅のトイレ。
用を足すつもりで、双方とも入ったのではない。
二人は喧嘩するつもりで、この落書きのひどいトイレに入った。
誰もいないトイレで、二人は向かい合った。
無言状態であるのに、彼らは無意識で、この場所で向かい合っている。
それも、互いに拳の届く距離で。
「おい・・」
その切羽詰った状況で、九乃助が口を開いた。
「○○高校の武田だな・・」
「・・」
九乃助は、武田のことを知っていた。
電車に入った瞬間から。
そのことに、武田は少し驚きがあった。
だから、武田は。
「俺も有名人なんだな・・」
と、微笑を浮かべて言う。
九乃助の目つきは、凍りついたように武田を凝視していた。
その迫力に、武田一歩も引かずに余裕を吹いている。
また、九乃助の口が開いた。
「貴様のところの舎弟を、ボコボコにした報復か?」
マサオのことである。
武田の目的は、仕返しであるのを九乃助は感じ取っていた。
だが、その一言は武田には説明の手間が省けたに過ぎない。
「わかってるなら・・、話が早いな・・」
と、言った瞬間。
「!」
九乃助の左拳が、武田に向かって飛んだ。
その左拳の不意打ちに近い、速さに武田は対応できなかった。
だから、驚いている間に、その拳を腹部に受けた。
その衝撃音が、武田の腹部から鳴った。
「なっ!」
だが、本当に驚いているのは、九乃助の方であった。
拳には、今までにない感触が走る。
武田の腹筋が、異常に硬い。
それで、効いていないのが九乃助には解った。
「ぐっ!!」
思わず、打ち抜いた拳を構えなおした。
案の定、不意打ちが武田には効いてなどいない。
武田の方は。
「へっ・・」
と、唾を吐いた。
並みの者だったら気絶する拳を喰らって、さすがに痛みが来ない訳はなかった。
しかし、彼の内臓には、九乃助の拳の振動など響いてはない。
「中々・・、痛いじゃないの・・」
と、余裕はかました。
武田の筋肉の硬度は、尋常ではない。
夥しい喧嘩の数と、自らの肉体鍛錬により鍛えられた肉体である。
受けた拳、蹴り、木刀などの打撃が筋肉を強力に発達させていた。
すべて、武田の気迫から生まれた。
その気迫から、喧嘩では勝ち星を掴み、幾多の不良たちから支持を得ていた。
そして、筋肉が強烈に硬度を持った。
「・・」
九乃助の冷たい目が、急に熱に帯びてきた。
彼の体中の血が巡ってきたのだ。
噂通りに強い武田の凄みに。
そして、両手に強力に力を込める。
武田も、それを感じ取った。
「そういや、お前、名前は・・」
と、急に武田は名前を聞いた。
「・・」
それで、九乃助の警戒が薄れた。
バゴッ!
「うっ!!」
そこを突いて武田は、九乃助の腹を蹴った。
そして、勢いで後ろに吹っ飛んだ。
思いっきり、壁に背中をついた。
「ぐぉ・・」
不意打ちを返されたのだ。
それで、少し呼吸が苦しくなっていた。
「ぐっ・・、俺の・・」
九乃助は、立ち上がり始めた。
呼吸が困難ながらに、喋っている。
武田は、壁に背をつけた九乃助の方に歩み寄る。
「俺の名前は・・、焼野原九乃助・・」
「!?」
あっという間に、呼吸を整えた九乃助は、自分の名前を名乗った。
九乃助も伊達ではない。
まさかの回復力に、武田も少し驚いた。
「・・」
「・・」
また、互いに睨み合う。
そして、互いに右手に力を込めた。
二人の考えは同じ。
こいつの顔に、右手をぶち込む。
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時間は、一旦、また武田がトイレに閉じ篭った所に戻る。
「凄いですね・・」
と、以上のことを、携帯から聞いたレビンは驚いていた。
武田の番長時代(多少、信じがたいが)のこと。
そして、九乃助の高校生時代が、そんな感じだったことに。
「九乃助は、あの頃・・」
武田は便座に座りつつ、また話し始めた。
「喧嘩で、寂しさ隠してたのかもな・・」
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