第25話「誰かのために生きられるなら(前編)」
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真夏の蒸し暑い夜・・。
レビンは眠っている最中に、よくうなされている。
それは、嫌な記憶が悪夢として襲ってくるからだ。
未だに、その悪夢は忘れた頃に襲ってくる。
だから、彼女は苦しかった。
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夢の内容は、親の姿であった。
「お前という娘は、自分の立場が解っていないのか!!!」
「まったく、あなたって娘は・・」
それが、彼女の親の口癖らしい。
いつも英才教育の日々である。
幼稚園の頃から、レベルの高い学校への受験ばかりであった。
スケジュールばかりこなす日々であった。
学校には、辛いことを分け合える友達は居た。
思春期の初恋はない。
気になる男の子だって居たのに。
辛い思い出のひとつに、風邪を引いた時があった。
だが、父親は心配する一言も言わなかった。
それが、彼女の今までの現実であった。
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その寝苦しい夜から、昼に変わっていた。
関東圏に入る高速道路。
昼間の平日なだけあって、そんなには車は通っていなかった。
そして、その高速道路のサービスエリアに白いCR−Xがあった。
この車は、もちろん九乃助の愛車である。
一方の九乃助はサービスエリアの食堂で、ラーメンを食べながら携帯を握っていた。
「レビンが、夏風邪を?」
と言いながら、右手は麺をすくっている。
「そうなんだよ」
と電話の向こうは、キエラ。
九乃助は、仕事のため、朝早くから高速道路に居た。
ちょうど、その仕事も終わり昼間だったのでサービスエリアにいた。
その際に、電話が鳴ったのだ。
「とりあえず、安静にさせろ・・。風邪薬か、なんか買ってくるわ」
と携帯に言いつつ、どんぶりを持ってスープを飲み始めた。
「純太の奴は?」
と、純太について聞いた。
「見舞いに来たと思ったら、レビンが具合悪いことをいいことに、勝手に部屋のタンス開けてたから、殴っておいた」
キエラは、そう答えた。
「よくやった。あと、武田が来たら、有無を言わさずに病院に送れ」
九乃助は、容赦なく言った。
「あとさ・・」
「なんだよ・・」
急に、キエラの声が暗くなった。
「レビン、なんか様子がおかしいんだ・・」
「・・」
九乃助の受話器の向こうのキエラは、レビンの部屋にいた。
そして、ベッドで横たわるレビンの額にタオルを当てている。
「ぐぅ・・」
熱は大した事ないのだが、眠っているレビンは、うなされていた。
苦しそうに。
まるで、悪夢にでも、うなされている様であった。
「なんか、苦しそうなんだ・・。たまに、よく聞こえないけど、苦しそうに寝言も・・」
そのことを、キエラは伝えた。
九乃助は、それを聞いて顔つきが変わった。
どこか、心配そう表情である。
「そうか・・、なんか、あったら連絡くれ・・」
「わかった」
それを言って、携帯の電源は切れた。
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サービスエリアから、九乃助は出た。
そして、愛車のある駐車場へと足を向かわせる。
風邪薬のことを、念頭に置いていた。
だが・・。
「・・!」
九乃助の足が、CR−Xの途中で止まった。
なにかに、気づいた。
「けっ・・」
唾を吐き捨てた。
そして、周りを見渡す。
駐車場の周りには、追っ手の黒服の男たちが見えた。
多数の足音が聞こえてくる。
その足音は、九乃助に向かっている。
「焼野原・・、見つけたぞ・・」
黒服の男たちが、大勢で現れた。
駐車場にだ。
その光景に、一般人は怯えていた。
男たちは、いつものようにレビンの捕獲に現れた。
九乃助を倒さないと、レビンの捕獲は成功しないと思っているからだ。
「お前ら・・、今は急いでるんだよ・・」
そう九乃助は言った。
「やれ!!」
黒服のリーダー格が言った瞬間に、黒服の大人数が迫ってきた。
「急いでるって、言ってんだろうが!!そんなに、救急車に乗りてぇか!!!」
そう咆哮する九乃助は、走りながら黒服の一人の顔面に拳を入れた。
黒服の腹に膝を入れる。
その隣にいた者の腹部には裏拳を撃ち込む。
次に襲ってくる黒服の顔には、頭突きをした。
その血が、九乃助の額についた。
足を、後ろの者に目掛けて蹴りを放った。
たった一人に、次々と黒服は倒れて行った。
九乃助の方は、いつもより攻撃に激が入っていた。
レビンが苦しんでると聞いてからの黒服の登場であったからだ。
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アパートでは、風邪で寝込んでいるレビンが、未だに、うなされている。
熱と悪夢で苦しんでいた。
それを、心配そうに部屋にいるキエラと純太が見つめていた。
たまに、レビンの目から涙が出ていた。
しかも、体温計で測るたびに体温が上がっている。
呼吸も、普通ではなかった。
顔が、どんどん青ざめていた。
「医者に連れて行かないと・・、やばいんじゃないか・・」
指示通りに縄で縛られた純太が、そう言う。
さすがの彼でも、心配していた。
「そうだよね・・」
キエラが、携帯を握った。
救急車は、呼べない。
呼んだ救急車から、追っ手にバレる可能性があるからだ。
だから、キエラは豪の電話番号にかけた。
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バゴッ!!
九乃助の拳が、黒服の最後の一人の顔面に入った。
血を吹いて、黒服が倒れた。
サービスエリアの駐車場に、黒服全員が地面に倒れている。
九乃助が全員、ぶちのめした。
人数は明らかに多かったが、九乃助は大した怪我もしないでいた。
全員倒れたのを確認して、九乃助は黒服らに背を向けた。
やっと、車に戻れると思っていた。
「へぇー、すごいー」
九乃助の背後から声が聞こえた。
声が高めの少年のような声であった。
その声で、九乃助の目つきが鋭くなる。
「誰だ・・」
そう言って、振り返った。
「へへへ・・」
振り返ると、目の細い茶髪の長髪の細い線の体の男であった。
服装は、黒のズボンと黒のコート。
どこか、女性に見えなくもない容姿。
そして、笑っている。
無邪気そうに。
「さすが、関東圏の悪夢だねー。他の信代会も、苦戦するわけだー」
男は、優しげに言った。
だが、九乃助の眼光は鋭い。
どこか、いつもと違う余裕のない表情であった。
早くアパートの方に戻りたかったのだ。
「怖いよー。表情が怖いー」
と、細めの男は無邪気に言った。
「中学生は、家に帰れ」
そう九乃助は、言い捨てる。
男の容姿が、中学生に見えたから、そう皮肉った。
このようなことを言っても、男は笑っている。
どこか、男には掴み所がなかった。
それが一向に、九乃助のイライラを増幅させた。
「失せろ・・」
また、そう言い捨てた。
「ふふっ・・」
笑いながら男が、近づいてきた。
男の両手はポケットに突っ込んでいる。
九乃助も、両腕を構えて男に近づく。
そうして、二人は間合いは縮めた。
まさに、一触即発である。
「・・!」
男の右腕が動いた。
その瞬間、九乃助は警戒をした。
ナイフか?
武器が出ると、そう思っていた。
だが・・。
男の手からは、携帯用のスプレーが出てきた。
「!」
それに、九乃助は反応が遅れた。
スプレーは、九乃助の顔に目掛けている。
シュッ!!
男は、スプレーを放った。
「うぐっ!」
目に激痛が来た。
九乃助の目に、液体がかかった。
目が開けられないほどに、液体が目を痛めつける。
液体は、柑橘系であった。
そのせいで、九乃助は目を閉じた。
「ばーか・・」
男は、そう言った。
九乃助が目を閉じた瞬間に合わせて、自分の足を蹴り上がった。
当然、九乃助は蹴りが迫っているのが解ってはいない。
バゴッ!
「うっ!!」
九乃助の腹部に当たった。
激痛が腹を貫く。
だが、その蹴りは普通の蹴りではない。
男の靴のつま先部に、金属のプレートが仕込まれている。
腹に当たった感触で、九乃助は解った。
「あははは!!」
男は笑っている。
「・・」
九乃助は思った。
こいつは、自分が死ぬほど好かないタイプの人間だと。
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