第24話「後悔しないで、ちょうだい(後編)」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
武田は、職場から街をスーツ姿で走り抜けた。
その速度は、尋常ではない。
しかも、呼吸が乱れるどころか、武田は微笑みすら浮かべていた。
「逢いたい・・」
そのレビンの声が、脳内で数十回、リピートされていた。
その単語は、武田には誘っているとしか思えなかった。
だから、武田は走っている。
でも、それは九乃助の手中で踊らされているとは、気づいてはいなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
武田が向かっているレビンのアパートでは、着々と準備が始まっていた。
アパートの外では、レビンは女子高生の制服を着ていた。
そして、武田を待っていた。
「・・」
凄い不本意な感じであった。
・・レビンが、自分の部屋から武田に電話してからの数分前・・
「で、どうするればいいんんですか・・、私・・」
そういうと、九乃助が紙袋を渡した。
すると、中には女子高生の制服と台本が入っていた。
「これを着て、この脚本通りの台詞を言え」
「はぁ!!!」
九乃助のその指示に、レビンは驚いた。
ちなみに、制服は、その手の店から借りて来たのであった。
「なんでですか!!いやですよ!!」
と、レビンは制服を拒んだ。
そして、その紙袋を九乃助に返した。
「うるさい!!依頼のためだ!!武田は、私服には萌えないんだよ!!あいつは制服があれば、生きてゆける男なんだよ!!」
九乃助は、紙袋を押し返した。
「依頼は解ってますが!!絶対に、制服は嫌です!!!!!」
「・・」
レビンの押しに、九乃助はちょっと止まった。
気迫負けしてしまったのだ。
「ああ・・、解ったよ・・」
九乃助は、紙袋を引き取った。
「やった!!」
と、レビンが喜んだ。
しかし・・。
ズサッ・・
「えっ・・」
机の上に、もうひとつの紙袋を置いた。
袋の中には、スクール水着が見える。
「・・」
レビンは、表情が凍った。
九乃助は、タバコを咥えた。
制服がいやなら、これを着ろと言わんばかりの態度であった。
「これ着る?」
と言いながら、悪魔のような表情でタバコに火をつけた。
「制服でお願いします」
レビンは土下座した。
とうとう彼女は言い包めらた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さすが、スクール水着は着れないとレビンは思った。
そう思うレビンは、アパートの前で待機。
そして、九乃助、池田、大田はアパートの隅に隠れて現場の状況を眺めていた。
「大丈夫ですかね・・」
と、池田が心配そうに言う。
だが、九乃助は余裕の表情であった。
しばらくすると、まるで馬の駆け足のような足音が聞こえてきた。
これは、武田の足音である。
奴が来た・・と九乃助は解った。
「来たか・・、プレッシャー・・」
レビンは、強烈なプレッシャーを感じた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「はぁはぁ・・」
武田が、レビンの目の前に現れた。
彼は、全力疾走で来たが疲れてなどいない。
何故なら、アドレナリンが分泌しているから。
息だって、本当は切らしていない。
だが、呼吸が乱れているのは演技である。
必死で来たという演技である。
「・・」
レビンの方は、脚本どおりの演技を始めていた。
わざと、目を潤ませていた。
一方で、自分が制服なのに、そのことに、一切ツッコまない武田に疑問を感じていた。
九乃助は、隅っこで笑っている。
「うひょー!!始まりおったで!!」
どこか、楽しそうだった。
それを見て、池田と大田は引いていた。
「どうしたんだい・・」
と、武田が、レビンに少し顔を凛として近づいてくる。
目を潤ませた制服のレビンは、武田には、たまらなかった。
どれくらい、たまらないかと言うと、吉野家の牛丼に卵と味噌汁を付ける位である(作者談)
「あたし・・」
レビンが、涙を流した。
演技であるが。
それで、武田の心臓の鼓動が早くなった。
「武田先生のことが好き・・(棒読み)」
と、レビンが心にもないことを言った。
刻が止まった。
武田は、心の中で万歳した。
明らかに、おかしいとこが多々あるのに、疑問にも感じなかった。
今までに無いくらいの量の脳内物質が分泌された。
例えると、生まれて初めて、焼き肉屋で上カルビを食べたくらいである(作者談)
九乃助は、腹がよじれるほど笑っていた。
「だははは!なんじゃ、あの武田の表情は!!」
「・・」
「・・」
他の二人は、表情が硬かった。
武田は、ものすごい嬉しそうな表情をした。
女子高生との禁じられた恋愛を夢見てなった高校教師生活2年では、味わえない感動である。
(レビンは、女子高生じゃないが)夢が叶った瞬間であった。
「ゴホッ!!ゴホッ!!」
「!!」
レビンが、わざと急に咳き込んだ。
そして、わざと武田に背中を向けるように振り返った。
「どうした!!」
と、武田が声をかけていた。
その隙に、ポケットにある血のりを手につけた。
血のりをつけた手で、口を押さえる。
「大丈夫か!!」
と、武田が目の前に出てきた。
「はっ!!」
武田が前に出た瞬間、その手につけた血のりを見せた。
ものすごいベタな展開が始まった。
血のりに、武田は驚いていた。
その引っ掛かりぷりに、九乃助は大爆笑。
「こ、これは・・」
「・・(血のり・・)実は、私・・」
と、レビンは演技を始めた。
「あと、余命1ヶ月なの・・」
と、レビンは台詞を言った。
その瞬間。
武田に降っても居ない雷が鳴った。
「なんだてぇええええーーーー!!!!」
大声で、武田は叫んだ。
世界の中心で叫んだ。
「ぎゃははははは!!」
と、九乃助は転げまわっていた。
こんなに笑ったのは、ダウンタウンのごっつええ感じの名作コント「キャシー塚本」以来であると語った。
「嘘だろ!!レビン!!嘘だろ、こんなの!!」
「本当よ・・」
武田は、信じられないくらい騒いだ。
この世の終わりくらいに叫んだ。
夢が叶った瞬間に、そのような悲劇に泣き叫んでいた。
こんなに引っかかる物かと、レビンは引いていた。
「どうすれば、治るんだ!!」
と、武田がレビンの手を握った。
「実は、世界的に有名な無免許医、ハザマ・クロオなら治せる病気だけど、法外な治療費をかけられて・・」
と、レビンは脚本を思い出しつつ言い始めた。
明らかに、ベタな急展開である。
「法外な治療費だと!!」
と、涙を流しながら叫ぶ武田。
それに、引くレビン。
それを笑う九乃助。
「500万なんだけど・・」
例の金額を、ついに言った。
さすがに、無理だと思っていた。
だが・・。
武田は、その場から街をスーツ姿で走り去った。
その速度は、尋常ではない。
さすがに、レビンはバレたと思っていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
数時間後、武田が500万を持って現れた。
マジかよ・・。
と、誰もが思っていた。
九乃助も、本当に持ってくるとは思わなかったと驚いた。
こうして、ついに500万が手に入った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
翌日の昼下がり・・。
九乃助の部屋に、レビンがいた。
相変わらず九乃助は扇風機の前に、パンツ姿で横になっている。
「ちゃんと、返せて良かったですね、あの二人・・」
と、レビンが言った。
「ああ・・、確かに・・」
と言いながら、扇風機の前で漫画を読んでいた。
「それにしても、私、武田さんを少し見直しました・・」
「へっ!?」
そう言ったレビンに、九乃助は驚いた。
「あんな嘘を信じて、本当にお金持ってきてくれるなんて・・」
と、レビンの方向を見ると、彼女は頬を赤らめていた。
九乃助の顔は固まっていた。
「なんか、武田さんに悪いことしちゃったな・・」
と、うつむいていた。
「・・」
九乃助は、ちょっと驚いていた。
嘘だろと・・。
「九乃助さんは、もし、私にあんなこと言われたら、500万持ってきてくれますか?」
と、レビンは冗談ぽく言った。
それを聞いた九乃助は、また漫画本の方に向く。
「ふん・・」
と言って、九乃助は尻をかいた。
ピンポーン!
いきなり、部屋のチャイムが鳴った。
郵便物が来たのである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『「みんなのサラ金」
貸し
500万円
武田剛志
保証人
焼野原九乃助』
消費者金融から、このような紙が来た。
それを受け取った九乃助は、固まった。
なった覚えの無い保証人になっている。
ちなみに、武田は九乃助の判子を複製していた。
昨日の500万は、九乃助を担保にした借金であった。
こうして、九乃助はまた500万の呪縛を抱えた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・