第19話「銀色の夢、紡ぐ雨の調べ(後編)」
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いつもマフラー音の響く橋の下では、今度はサイレンの音がしていた。
パトカーが、橋の下に5台くらい集まっていた。
集まった理由は、あの爆発があったからであった。
しかし、この場所には、九乃助とキエラはいなかった。
ついでに、あの子犬も。
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九乃助は、アパートに戻った。
腰には、焦げたコートを巻いていた。
尻が見えないように。
「・・(あー、ケツが涼しいー)」
後ろには、キエラが子犬を抱えて歩いていた。
九乃助は、依頼が失敗した彼女は帰りにくいだろうと思ったから、アパートに連れてきた。
ついて行くのを、キエラは最初は断ったが・・。
・・数分前・・
「任務の失敗にうるさい「信代会」のメンバーだろ・・。いいから、ついて来いよ」
と、九乃助はコートを腰に巻きながら行った。
ゴルゴ13のように、後ろは見せないようにしていた。
「知ってるのか・・」
両腕に子犬を抱いたキエラが、そう言った。
「知ってるも何も・・」
ここから、先のことは、九乃助はなにも言わなかった。
というよりは、「信代会」という単語を聞くのも嫌な感じであった。
そんな感じで、キエラはついて行くことにした。
どっちにしろ、彼女には「信代会」は似合わなくなると、九乃助は思った。
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九乃助とキエラは、自分の部屋の前に着いた。
だが、武田のいびきが聞こえていた。
なんで勝手に入ってきてんだと、九乃助は怒った。
たぶん、純太が入れたんだなと思った(九乃助と、純太は相部屋)
キエラは、このアパートに住ませるとして、その手続きは夜が明けてからにしようと思っていた。
なので、朝まで、(純太を外に出して)この部屋に彼女を居させようと思っていた。
こうなれば、武田も外に出すしかないなと思って、ドアノブを握った。
「あっ、九乃助さん、おかえりなさーい」
「ぎょ!!!」
レビンが、自分の部屋から出てきていた。
それに、九乃助は驚いた。
時間は、夜の2時であったのに。
「なんで、こんな遅くに起きてんだ!!」
「昨日、借りたガンダム(※あとがき)のビデオ見てました」
「昼間に見ろー!!寝ろー!!」
と、九乃助は焦っていた。
キエラを見られたら、レビンに誤解されると思ったのであった。
女性不信のはずなのに、部屋に女の子を連れ込んだと。
だが、キエラは九乃助のすぐ後ろにいた。
「どうしたんですか、汗まみれですよ・・」
その様子のおかしさに、ツッコんだ。
「坊やだからさ・・」
「え・・」
我ながら、変な返答を九乃助はした。
そんなやり取りの中、キエラは、レビンの方に顔を出した。
「!」
キエラの存在にレビンは、気づいた。
「誰だ、この女・・」
と、子犬を抱えたキエラは言った。
ちなみに、任務はレビンの捕獲だったが、レビンの顔は知らなかった。
「・・」
キエラを見たレビンの顔は固まっていた。
九乃助の後ろに、綺麗な女の子が居たからだ。
当然、勘違いはする。
九乃助も固まった。
「九乃助さん・・、その娘は、誰なんですか・・。まさか、九乃助さんの恋人・・」
と、レビンはキエラに指をさした。
その指は震えていた。表情も。
必死に、自分を抑えていた。
九乃助も、誤解されないような言い訳を考えた。
「俺の・・」
いとこだよー、と言おうとした瞬間。
「私は、キエラだ」
勝手に、キエラは自己紹介を始めた。
結構、空気の読めない少女だった。
「そうそう!俺のいとこの妹ー」
と、九乃助はキエラの口を手で押さえた。
随分、無理のあるいい訳だった。
なんで、いとこをこんな遅くに連れて来るんだと、ツッコまれても仕方なかった。
九乃助は、このあとの言い訳を考えた。
「なんだー、そうですよねー」
レビンは、すんなり納得した。
肩透かしを喰らった。
「あー、可愛いワンちゃんですねー!あたしは、レビンって言いますー」
「ああ・・、よろしく(この女が、捕獲しろと命令の対象か・・)」
と、キエラに近づいてきた。
九乃助は、レビンがアホで良かったと、ほっとした。
キエラは、レビンの存在を黙認した。
随分、頭が軽い女だなーと思っていた。
「レビン悪いが、一晩、キエラを泊めてやってくれ・・」
九乃助が、部屋には武田、純太が居るので、キエラをレビンの部屋に預けようとした。
「いいですよー、ちょっと待っててくださいー」
と言って、レビンは部屋に戻った。
それを見届けた九乃助は、キエラに声をかけた。
「いいか・・、ここでは、俺のいとこってことで・・」
「なんで、私の正体を言わない・・」
「・・」
キエラは、自分の正体を明かさない九乃助の配慮について聞いた。
レビンを捕獲しろと命令されたヤクザのメンバーで、しかも、組の長の娘であることを。
それを言わないのは、少し、キエラの心が痛むことであった。
レビンにとっては、自分を襲おうとした女と一緒にいると言う事になる。
それを、聞いた九乃助は髪の毛をかいた。
「そんなこと言ったら、レビンも、お前も辛くなるだろ」
そう答えた。
「しかし、嘘つくのか・・」
と、彼女はうつむいて言った。
子犬は、くぅーんと鳴いていた。
「世の中には、嘘を通した方がいいことだってあるんだよ」
「そうなのか・・?」
「バレたって、そん時はそん時だ」
と、九乃助は言った。
それを聞いたキエラは、うつむいていた首を上げた。
「深く考えるな」
そう言って、九乃助は振り返った。
「じゃあ、おやすみ」
焦げたコートを背中に巻いた九乃助は、自分の部屋のドアノブを握った。
その後姿を、キエラは子犬を抱えて見つめていた。
さっきまで、ナイフを投げ付けていた相手とは思えなかった。
しかも、ここまで優しくしてくれるなんてと、思ってもいなかった。
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キエラは、レビンの部屋に入った。
あと、子犬も。
そして、用意してくれた着替えに着替えていた。
キエラは、自分のすすで汚れたタンクトップを脱いだ。
キエラは肌が白くて綺麗でスタイルが良くて、レビンは苦笑いしていた。
子犬は、レビンの足元に居た。
「あんたさ・・」
と、着替え中のキエラは、レビンに話しかけた。
「はい」
「あの・・、(九乃助)兄さんと、どんな関係・・?」
「えっ!!」
そう聞かれて、レビンは照れた。
顔が、一気に赤くなった。
「いや、その・・、九乃助さんとは・・、その・・、恋人たちとか・・、星の鼓動は愛とか・・、そんなんじゃないから・・」
と、アタフタとレビンは答えた。
「別に、そんな意味じゃない・・」
「ああ・・、そうですか・・」
釘を刺すようなキエラの一言に、レビンは一気にヒートダウンした。
また、自分の痛さに苦しんだ。
この女、どこか変だと、キエラは着替えながら思った。
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キエラ、レビンの二人は、それぞれの布団に入った。
布団に入ってから、レビンは自分がフリーナイン事務所に来てからのことを語っていた。
純太のことも話には出てきたが、九乃助のことについての話が多かった。
ちなみに、武田のことは話していない。
そして、九乃助のことを語ってるときのレビンの表情は、どこか楽しそうだった。
九乃助のことについて、キエラは、あの爆発でのことで十分解っていた。
だが、それよりも、レビンが九乃助のことをどう想ってるかが伝わっていた。
「あれ・・」
レビンは、いつの間にか、キエラが眠っているのに気づいた。
「寝ちゃったか・・」
そう言って、レビンは、部屋の電気を消した。
キエラの布団には、あの子犬も一緒にいた。
すやすやと、安心しきった顔で眠りについていた。
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「ここから、いなくなれぇええええーーーー!!!!」
「ぐああああああああーーーー!!!」
「九乃助さん、やめてくれーー!!」
九乃助は、部屋で武田にキャメル・クラッチをしていた。
背骨が軋んでいた。
大事に取っていた高級なワインを武田が飲みきっていたので、殺意を込めたキャメラ・クラッチが発動した。
その絶叫は、市内に響いた。
涙ながらに、純太は叫んでも九乃助の怒りは消えなかった。
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※作中の会話に出ているTVアニメ「機動戦士ガンダム」のブライト役、鈴置洋考さんが、8月10日未明にお亡くなりになりました・・。
この場を借りて、ご冥福をお祈りします・・。