第1話「僕の痛みを消してくれよ」
『1千円以上払ってくれる仕事なら、なんでも承ります。
ご用件は、こちらまで。
電話番号・・
住所・・
by (有)フリー・ナイン』
こんな看板が、都心に近い田舎町の駅裏に貼られていた。
ボロボロで、なんてことのない悪戯書きに近い看板があった。
普通だったら、みんなスルーしてしまう。
一般人には、よくあるデリヘルの貼り紙と同レベルである。
だが、なんでも承るのは本当らしい・・。
これは、とある伝説だ。
一つの組を潰した・・。
組とは、もちろんヤクザの意味である・・。
なんでも屋にヤクザが潰せるのか・・。
とりあえず、1千円以上払えば、なんでもしてくれる・・。
そんな看板に、釘付けになっている少女がいた。
「これだ!」
そう言って、自分の持っていたメモを取った。
彼女は、短髪で、どこか幼く美しい18歳ぐらいのだった。
この看板の住所、電話番号を書き切った後、周囲に誰も居ないか確認してから、その場を早足で去って行った。
時計は、午後の11時を指そうとしていた。
・・・・・・・・・・
とある廃墟の5階建てのビルがあった。
午後の11時を指していたせいか、不気味で気味が悪かった。
そのビルの2階には、明かりが灯っていた。
どうやら、誰か居るようであった。
このビルの住所は、ちょうど例の看板に書かれてあった住所であった。
つまりは、例のなんでも屋の「フリー・ナイン」は、ここにあった。
そのビルの中は、意外に綺麗に掃除されていた。
明かりの灯ってる2階の空間だけであったが。
2階の一つだけ大きくスペースの取られた部屋には、机や台所、トイレ、テーブル、ソファーなど普通に完備されていた。
そこから、声が聞こえた。
「九乃助さん・・」
「なんだ・・」
坊主に近い髪型の16歳ぐらいの少年が、椅子に座ってTVを見ている茶髪の23歳ぐらいの男に声をかけた。
茶髪の男は、数時間前に女子高生から鼻を殴られた男だった。
彼は、九乃助と呼ばれていた。
そして、彼がこのなんでも屋をやっていたのだった。
鼻が殴られたのは、彼が女子高生の彼氏の依頼で別れ話を切り出したからだ。
そんなくだらない仕事までやっていた。
坊主髪の純太少年は、自分の財布から大量の領収書を出した。
それを、九乃助の前に差し出した。
「なんの領収書よ・・」
しぶしぶ、九乃助は領収書を手に取った。
「生活費・・。アンド・・、あんたの飲み屋のツケだ・・」
「ははっ・・」
九乃助は苦笑いして、顔をテレビの方に戻した。
純太が、テーブルからテレビのリモコンを手に取った。
プチン!
テレビの電源が切られた。
「人の話をお聞きなさい・・」
純太は、リモコンを元の位置に置いた。
九乃助は、純太の方に顔を向けることにした。
「純太君・・、顔怖い・・」
「あんたが飲み屋にツケるからだろうが!!」
思いっきり、純太はテーブルを叩いた。
「いいですか!!最近、うちに来る電話は、1000円台の微妙な仕事か、エロ電話、なんかの勧誘!!こっちに来る依頼人は、掃除、アルバイトの代打か、なんかの勧誘!セールス!!とどめに、なんかの勧誘!!」
大きい声で、九乃助の耳に穴が開きそうなほど叫んでいた。
しかも、勧誘を3回言っていた。
よく見ると、この部屋のテーブルにはチラシが多かった。
「要するに、お金がないんですよ!!だから、もう少し宣伝して・・」
回りくどかったが、純太は本題を言った。
「ある程度、生活出来てるからいいだろ・・」
九乃助は愚痴った。
「あんたはツケで食ってるからいいけど、僕は毎日、カップめんだぞ!!栄養は野菜ジュースからしか摂ってないっすよ!!」
純太の目には、涙が浮いていた。
わざとらしい涙だったが。
「へっ・・」
その演技臭さに、九乃助は笑った。
「九乃助の腎臓担保にして、借金借りてきましょうか?」
笑った九乃助に向かって、純太は顔の影を濃くして言った。
九乃助の顔が停止した。
腎臓の担保、つまりは・・。
そんな想像もしたくないことを脅しに使うのが、純太少年だった。
ガチャッ!!
「!」
いきなり、事務所であるこの部屋のドアが開いた。
ドアが開いた先には、このフリー・ナインの看板をメモにつけていた少女だった。
「はぁはぁ・・」
走ってきたらしく、息遣いが荒くなっていた。
同時に髪の毛も乱れていた。
「・・もしかして、依頼人・・」
部屋にいきなり入って来られて、多少は驚いたが、純太は冷静に依頼人が来たと受け止めた。
九乃助は、彼女が部屋に入ってきた瞬間に、急に顔つきが鋭くなった。
彼女の息遣いは乱れたままだった。
・・・・・・・・・・・・・
「あの女・・、どこ行きやがった!」
「この近くなのは確かだ!!」
そういう声が、この窓から聞こえてきた。
人探しにしては乱暴な声だった。
黒いスーツを着た男二人が、この廃墟のビルの近くにいた。
九乃助は、その男たち二人の様子を窓から眺めていた。
どうやら、彼女は追われている身らしい。
その彼女は、息を落ち着けて椅子に座っていた。
純太は、気を利かせて水を持ってきた。
テーブルの上に置かれた水を、彼女は受け取った。
「ありがとう・・」
と、純太に向けて例を言った。
「いいえ・・。気にしないで・・。ははは!!」
純太は照れながら、微笑んだ。
どうやら、女好きなようだ。
そのせいか、目線は彼女の胸元だった。
「さっきから、このあたりを男二人がうろついてるが・・」
「!」
純太が、いやらしい想像してのを拒むように九乃助が声をさした。
その声は、どこか冷たい感じだった。
「察するに、あの男たち二人は、そこら辺のチンピラにしては服装が綺麗だ。なんかの組織か、大企業かな・・。貴様が、なんか問題を起こして、あいつら逃げてきた・・」
淡々と、九乃助が彼女に向かって問い詰めてきた。
その冷たい感じに彼女は、ちょっと戸惑っていた。
いきなり、貴様呼ばわりされたのだから。
「九乃助さん・・、もう少し丁寧に言ってくれませんか・・」
と、純太が語り方に注意をした。
「そうです・・。理由は語れませんが、あの二人から逃げます」
「えっ・・」
純太が、驚くようなことを彼女は言った。
なんと、九乃助の察しが当たっていた。
そして、彼女は自分のカバンを取り出した。
九乃助の冷たい目線は、窓の外の男たち二人からカバンの方に向いた。
カバンのチャックが開くと、中には多くの札束が。
すべて、一万円札であった。
その札束が、カバンがはちきれんばかりに入っていた。
彼女は椅子から立ち上がって、九乃助の方に体を向いた。
「このお金は上げます!!ですから、助けてください!!」
と、唐突に彼女は叫んだ。
その声には必死さがあった。
物凄く思いつめた声だった。
すると、彼女の目からは涙が出てきた。
九乃助は顔を鋭くして、その声を受け止めた。
純太は、彼女の方へ近づいて肩に触れた。
「落ち着いて・・」
そう言って、彼女を再び椅子に座らせた。
彼女は、自分の涙をぬぐった。
そして、純太は自分のポケットからハンカチを取り出して、彼女に渡した。
テーブルに置かれたカバンの近くには、水が入ったコップの氷が音を鳴らした。
「・・」
カバンの方を見つめていた九乃助は、椅子を回転させて窓の方を向いた。
窓の外には、もう黒いスーツの男が居なくなっていた。
周りを見渡しても、男の姿が消えていた。
「この依頼・・」
九乃助が、窓の外を見渡しながら声を出した。
「!」
涙を拭っていた彼女が、顔を上げた。
純太は、未だに彼女の肩に手を置いていた。
窓からのぞいた月の光が、九乃助を照らしていた。
窓の外のいた男のたちの行方を、目で探しながら九乃助は言葉を発した。
「断る」
たった一言、そう言った。
その一言が、彼女の動きを止めた。
そして、絶望させた。
「・・」
その一言を言った九乃助は、男たちがどこに消えたかが解った。
そう、このビルの中に・・。