第15話「君が辿り着ける時まで(後編)」
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バゴッ!!
豪の拳が、九乃助の右頬に入った。
「ぶっ!」
九乃助は、その威力で口から血を吹いた。
しかも、体が拳の方向に傾いた。
これで、調子付いた豪は、自分のリズムに乗って拳を打ち込み始めた。
この勢いを持続させるように、拳を何回も、何回も九乃助の顔に打ち込んだ。
そして、こう思った。
いつもの必勝パターンだ。
これの調子で、いつも相手をボコボコにしてきた。
九乃助は、反撃すらしなかった。
豪は夢中になって、九乃助の顔を叩いた。
彼の頭の中には、原型が無くっている九乃助の顔が見えた。
だが・・。
「・・!」
豪は、不自然な感覚が拳の神経に走った。
その不愉快さに、拳を止めた。
拳を止めると、九乃助の顔が見えた。
九乃助の顔は、口と鼻から血が出ているだけだった。
顔はボコボコになど、なっていなかった。
そのことに、豪はショックを受けた。
そして、体中に悪寒が走った。
「ペッ!」
九乃助は、口から血を地面に飛ばした。
「拳が、俺の顔に当たった瞬間に・・、顔をお前の拳の方向に合わせて動かしたら、衝撃が逃げるかなーと思ってやって見たら、2,3発当たったけど成功した」
と、九乃助は言った。
それを聞いて、豪はショックを受けた。
拳が当たったと思っていたのに、ギリギリで避けられていた事に、駅裏でのこと以上にショックを受けた。
更には、当たった分の拳が、まるで九乃助に効いていなかった。
「結構、目を凝らせば、お前の拳なんか見えんだよ」
と、釘を刺された。
豪は、拳を怒りに任せて握った。
血管が、多く浮き上がってきた。
「うぉおおおおおーーーー!!!!!!!!」
その力を込めた右の拳を前に突き出した。
ブォン!!という音がした。
拳が、九乃助の顔に向かって行った。
だが・・。
「ぐぉ!!」
豪は自分の拳が届く前に、腹を蹴られた。
そして、勢いで後ろに吹っ飛んだ。
思いっきり、尻餅をついた。
「ぐっ・・」
両腕で、上半身を立ち上げた。
蹴られた腹が痛んでいた。
それを、九乃助は眼光を鋭くして見ていた。
「お前さ・・、車にぶっこまれたことあるか?」
と、九乃助が聞いた。
豪は、やっと立ち上がった。
勢いに任せて拳を動かした疲労もあって、息を切らしていた。
「あれさ・・、死ぬほど痛いんだぜ」
そう言いながら、九乃助は立ち上がった豪の前に足を進めた。
豪に迫ってくる九乃助の眼光は、まさに「悪夢」で見るような鋭さの眼光であった。
「・・」
その眼光に、思わず恐怖した。
今までにない恐怖だった。
探せば、どこにでもいるヤサ男の兄ちゃんの眼光だけで、立ち上がったはずの足が震えていた。
自然と、涙が恐怖で滲んでいた。
だが、その恐怖のあまり、豪は、また拳を力に任せて握った。
血管が、多く浮き上がってきた。
「うぉおおおおおーーーー!!!!!!!!」
右の拳を前に突き出した。
また、ブォン!!という音がした。
拳が、九乃助の顔に向かって行った。
しかし、拳が当たる前に九乃助の左の拳が、同じように豪の顎に迫っていた。
ガゴッ!!
豪の顎が、左に揺れた。
その瞬間、豪の意識は消えた。
意識が消える前に、自分の拳が九乃助の右の頬をかすった感触が合った。
その頬は、刃のように切り傷が出来ていた。
豪は、かすった感触を感じたまま倒れた。
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「・・!」
豪の目が開いた。
見えるのは、天井だけだった。
気づくと、自分の体は仰向けになっていた。
鼻には、タバコの匂いが来た。
タバコの匂いの方に、顔を向けた。
「プハー」
九乃助が、廃墟の壁に背を付けて、タバコを吸っていた。
その姿を見て、豪は敗北を受け止めた。
悔しくて、涙が出ていた。
よく考えれば、自分は2発だけでダウンしていた。
完全に圧倒されていた。
しかし・・。
「お前さ・・、車にぶっこまれたことあるか?あれさ・・、死ぬほど痛いんだぜ」
という言葉を聞いて、自分の敗北にも納得していた。
本当に、車にぶっこまれたんだと解った。
そんな死にかけた奴に、勝てる訳があるのかと思った。
焼野原 九乃助は自分の思った以上だった。
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しばらくして、豪と九乃助は一緒に廃墟から出た。
互いに無言だった。
見た目は、明らかに九乃助の方がボロボロだった。
それでも、負けたのは豪である。
「飯食い行くか?」
九乃助が、そう口を開いた。
「あんたの奢りか?」
「てめーで払え」
「あんた、年上だろ?」
「はぁ?」
二人は、仲良くはなかった。
なのに、さっきまで殴り合ってたとは思えないくらいに打ち解けていた。
ボロボロの姿のまま、二人は街中を歩いた。
別に、九乃助は、あの喧嘩をなにも思っていなかった。
ただ、腹が減ったと思っていただけだった。
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高層ビルの上階のビップルームの中年の男の元に、豪に支払ったはずの100万円が綺麗に返されていた。
そこには、置手紙もあった。
『依頼はお断わりします。PS、女の子の拉致って嫌だし。 by 篤元豪』
男は、この手紙に火をつけた。
この行為は、豪に裏切られたとのことであった。
「焼野原 九乃助め・・」
呪う様な声を吐いた。
手紙は、灰皿に置いた。
チリチリと灰が舞ってた。
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真っ暗な午後8時。
アパートのドアの前に、九乃助は一人、ヨレヨレで帰った。
殴られた顔は、今頃になって痛み始めた。
「あっ!どうしたんですか!!!!」
そう言って、レビンが部屋から出てきた。
九乃助の顔に痣があるのを見て、心配して出てきたのであった。
「大丈夫ですか・・?」
と、言って顔の痣に触った。
当然、痛かった。
「いたっ!!」
「あっ!ごめんなさい!!」
わざとなのか、天然なのか解らない少女だった。
だけど、本当に心配してるのは伝わっていた。
「えーと、傷薬あったっけ・・」
と、急いでレビンは自分の部屋に戻った。
ドタバタと足音を立てていた。
ガタガタと物が落ちる音がした。
たぶん、棚に置かれてた物を雪崩落としさせたのだろ・・。
「・・」
しばらくして、息を切らしてレビンは傷薬を持って出てきた。
その姿を見て、九乃助は無意識に笑っていた。
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