第10話「弱気な僕」
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「どうした!!お前ら!!」
と、高校の教師、武田剛志は叫んだ。
夕方のグラウンドには、へばって倒れこんだ球児たちがいた。
時期は、もうすぐ甲子園の予選。
だから、顧問の武田は指導に力を入れていた。
練習の内容は、過酷そのものだった。
それについて行けずに、生徒たちが反発した。
「先生の指導には、ついて行けません!!!」
と、キャプテンが言った。
チームメイトも同じ気持ちだった。
武田は、彼らを甲子園に連れて行きたかった。
だから、過酷な練習をしいらせた。
その気持ちは、生徒たちには伝わらなかった。
「よくも、そんな軟弱なことが言える!!俺の指導についていけないのなら・・、甲子園に行きたくないのなら・・!!直ちに、出て行け!!!」
グランドに、その声が響き渡った。
その響き渡った声が、へたれこんだ球児たちを立ち上がらせた。
数秒後・・
「・・」
グランドには武田しかいなくなった。
野球部のメンバーは全員、去って行った。
武田を残して。
もうすぐ、甲子園の予選が始まる夏の香りだった。
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翌日
フリーナイン事務所に、武田がいた。
椅子に座った九乃助は、前日の武田の出来事を聞いた。
「なっ!頼むよ!一緒に、スマッシュブラザーズやった仲だろ!」
と、武田が九乃助の手を握って頼み込んでいた。
この二人は、他校同士ではあったが高校時代、地元で2大不良として言われていた仲だった。
「関東圏の悪夢」と呼ばれた喧嘩術の天才、焼野原 九乃助。
「関東圏の彗星」と呼ばれた喧嘩術の秀才、武田 剛志。
地元でこの名を知らない者はいないかも、と言われていた。
そんな武田は、いつの間にか、高校教師となった。
理由は、制服マニアだったからだ。
「頼むよ!!焼野原!!野球部の代打をやってくれ!!!」
「やだよ、野球なんかやったことねぇよ・・」
「野球漫画、「幕張」全巻読めば解るよ!!」
「解るかぁ!!」
抜けた野球部員の穴埋めを頼まれていたが、嫌だった。
あまり運動が好きではなかったのだ。
それに、武田は一方的な性格だったので、九乃助はあまり関わりたくなかった。
こないだ、武田の借金の保証人になっていたり、高校の時、他校なのに卒業の寄せ書きを書かされたりと、強引な男なので駄目だった。
ガチャッ・・
事務所のドアが開いた。
開けたのは、レビン。
「あれ、お客様ですか?」
と、レビンは武田を見て言った。
武田は、その声に振り返った。
「!」
キュピーーン!
ガ○ダムで、ニュータイプが反応したときに出るあの音が出てきた。
「お茶持ってきますねー」
と、事務所からキッチンに走って行った。
笑顔を振りまいて。
だいぶ、この接客ごとに慣れて来たようだった。
「・・」
レビンを見てから、武田の目が肉食獣のような目になった。
「焼野原君・・」
「はい・・」
「彼女は、君のアレか・・」
「アレってなんだよ・・。ちげぇよ・・」
武田は改まって言った。
気のせいか、どこか紳士的になった。
「だよなー、女不信だもんなー。それに、あんな18歳前後の身長、160〜155あたりの細身の娘が、お前なんか好きになるわけがない!!」
「うるせ・・(こいつ、こぇえ・・)」
と、笑った。
いつの間にか、チェックしながら。
武田は笑いながら、タバコを懐から出した。
「まだ、あの事件、気にしてんのか・・」
急に真剣な顔つきで、武田はタバコを咥えた。
「あの事件だけは、語るな・・」
九乃助の顔つきが鋭くなった。
嫌な思い出が、九乃助の脳裏に浮かんだ。
「いいかげん、忘れろ・・」
タバコに火をつけた。
武田の脳裏にも、その時のことが思い出されていた。
脳裏に浮かぶのは、血まみれになって倒れこんでいる高校時代の九乃助の姿と、多くの不良と、一人の女性の姿が現れた。
その頭の中での光景は、妙に生々しく鮮明な記憶であった。
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「レビンちゃんは、いくつー」
「18です・・」
「いやー、おいしい年頃だねー」
「(おいしい!!?)」
お茶を運んできたレビンの肩に手をかけて、馴れ馴れしく武田が話しかけていた。
そして、レビンの肩から手の位置が、少しずつ下の方に向かっていた。
紛れもないセクハラ行為だった。
「つーか、てめー、野球の話はどーなった!」
そのセクハラ行為を見て、九乃助が椅子から立ち上がって言った。
まるで、レビンが困ってるのを救ってやるような言い方だった。
「そうだったな」
武田の手が、レビンから離れた。
それに、一安心したレビンは武田から距離を取った。
「頼む!高校球児の代打をやってくれ!!」
武田が、地面に手をつけて土下座した。
その熱意には、九乃助、レビンは驚いた。
武田は甲子園に行きたかった。
高校時代、彼は野球部だったが、1年生の時、先輩と揉め辞めた。
甲子園に行きたいと夢があったが、その夢も野球を辞めてからの不良生活で消えて行った。
だが高校生教師になり、熱心に野球をする球児たちを(TVの甲子園中継で)見て、あの頃の甲子園の夢が甦った。
自分の夢である甲子園を目指したい。
その思いが、武田を土下座させた。
甲子園への憧れない球児たちは去って行ったが、武田の夢は消えない。
その思いが、九乃助に伝わった。
「いいよ・・」
「本当か!!」
土下座から、武田は顔を上げた。
九乃助には、断る事なんか出来なかった。
だが、ひとつだけ気になることがあった。
「残りの8人は?」
「大丈夫だ!!かっての高校の仲間を呼んでいる!!」
「本当か!」
「野火、スネ川、栄杉、藤間、マサオ、阿部、磯平、そして、俺だ!!」
「これなら、野球が出来る!!」
いつの間にか、九乃助も楽しそうだった。
二人の顔が、高校時代のように光り輝いていた。
あんなに、楽しそうな九乃助は、レビンの目には初めて映った。
よほど、その時の思い出が美しかったのだろう・・。
と、レビンは思った。
だが、もうひとつ思った。
甲子園は、高校生じゃないと出れないと・・。
予選の審査が通らなかったという通知が来るまでの二人は、肝心なことを忘れながらも光り輝いていた。