第4話 当ててみて
放課後。
六人は学校から少し離れたスーパーのアイス売り場にいた。
「じゃあ、真二が私の好きなアイス当てるゲームね!」
ひなたが冷凍ケースの前で振り返る。
「いつゲームになったの?」
「今!」
「俺、アイス買いに来たんだけど」
「だからアイスでやるの!」
「なるほど」
「納得するんだ」
美咲が笑った。
昼休みまでは、真二とひなたの話を聞いているだけだった。
今はちょっと違う。
「私たちもやろうよ」
「全員?」
「全員」
言ってから、美咲は少し楽しくなった。
「じゃ、真二。壁見てて」
「壁?」
「ひなたがどれ見てるか分かっちゃうでしょ」
「なるほど」
真二が素直に壁を向く。
「アイス買いに来て壁見てる人いる!?」
「美咲が見ろって言ったんでしょ」
「ほんとに見ると思わないじゃん!」
「理不尽だなあ」
ひなたが笑いながら凛の後ろに隠れた。
「凛、隠して!」
「分かった」
「凛も受けるんだ」
「先に頼まれたからな」
「そういう問題?」
奈々がくすっと笑う。
「じゃあ私も隠れる!」
ひなたが奈々の後ろへ移った。
「私じゃ隠れないよ」
「じゃあ、しゃがむ!」
「そこまでして隠れるの?」
奈々が笑った。
「やっぱり凛!」
「戻ってきた」
凛がまたひなたの前に立つ。
「もういい?」
「いいよ!」
真二が振り返った。
ひなたが期待を隠す気もなく、にこにこしている。
「そんな顔されたら当てづらいな」
「顔で分かる?」
「分からないようにして」
「こう?」
ひなたが真顔になる。
「それはそれで分かりやすい」
「どうすればいいの!?」
「普通にしてればいいんじゃない?」
「普通って難しい!」
美咲は笑いながら冷凍ケースを見る。
定番のカップ。チョコバー。モナカ。期間限定のいちご味。
「あ、これ!」
ひなたがいちご味を指した。
「かわいい!」
「それ好きなの?」
「好き!」
「じゃあ答えじゃん」
「あっ」
「ひなた」
「今のなし!」
「自分から言ったよね?」
「なしったらなし!」
ひなたが凛の後ろに戻る。
「凛、もう一回!」
「分かった」
「凛優しい」
少しして、真二が一つを指した。
「これかな」
チョコレートのバーアイスだった。
ひなたの目が丸くなる。
「……正解!」
「おお」
「なんで!?」
美咲の方が先に聞いていた。
真二は少し考える。
「ひなた、新しいのもすぐ食べたがるけど、好きなの聞かれると結局こういうの選ぶから」
ひなたが真二を見る。
「……理由も正解」
その声だけ、さっきより少し嬉しそうだった。
美咲は二人を見比べる。
何でも知っているわけじゃない。
でも、こういうのは分かるんだ。
「次、私!」
美咲が手を上げた。
「いや」
理央が冷凍ケースを指す。
「これじゃない?」
「え?」
「当たり?」
「……当たりだけど」
「ええっ、なんで!?」
ひなたが美咲より驚いている。
理央は少し考えてから言った。
「美咲、さっきから三回見てるから」
「……これを?」
「うん。ひなたが喋ってるときに一回。真二が選んでるときに一回。今ので三回」
「数えてたの?」
「今気づいた」
「怖っ!」
「褒めてる?」
「半分!」
真二が笑う。
「そんなの分かるんだ」
「同じところ何回も見てたから」
美咲は自分の好きなアイスを見る。
「でも、買うかは値段見て決めるよ?」
「好きなアイスを当てるんでしょ」
理央が首を傾げる。
「今日買うアイスじゃなくて」
「……あ」
ぴったりだった。
「何その顔」と理央。
「なんか悔しい」
「当てたのに?」
「当て方まできれいなのが悔しい」
「それ褒めてる?」
「今度は八割」
「増えた」
「待ってくれ」
凛が言った。
「ん?」
「今ので理央が一勝か?」
美咲は顔を上げた。
「……勝?」
「当てたからな」
「数えてたの?」
「今から数える」
「今からなんだ」
凛は真面目だった。
「全員やるなら、勝負になるだろう」
「なってたの?」と奈々。
「ならないのか?」
本当に分からないらしい。
美咲は吹き出した。
「なってもいいけど」
「では、次から同時に決めよう」
「なんで?」
「先に誰かが選ぶと、後の者は候補を減らせる」
「ああ」
理央が頷く。
「確かに」
「理央まで乗らないで」
「相談もなしだ」
「ルール増えた!」
「当然だろう」
当然らしい。
「じゃあ次、奈々ちゃん!」
「うん」
「待て」
「まだあるの!?」
凛が奈々を見る。
「本人の顔を見てもいいのか?」
「ひなたのとき散々見てたじゃん」
「あれは勝負になる前だ」
「勝負になる前」
美咲は思わず繰り返した。
凛の中では、理央の一勝を境に世界が変わったらしい。
「顔くらいいいんじゃない?」と奈々。
「分かった」
凛が奈々を見る。
じっ。
「…………」
「凛?」
「考えている」
「そんなに見られると思わなかった」
奈々が笑う。
凛はケースを見る。
奈々を見る。
またケースを見る。
「凛、奈々ちゃんのこと見すぎじゃない?」
「情報が少ない」
「アイス見なよ」
「見ている」
「奈々ちゃんの方が長いよ!」
「決めた」
「聞いてない」
「じゃあ、せーので指すよ!」
五人の指が伸びた。
見事にばらばらだった。
奈々がそれを見渡して、少し嬉しそうに笑う。
「全滅」
「えーっ!」
「私、これ」
奈々が指したものを見て、凛の眉がわずかに動いた。
「……そうか」
「凛、悔しい?」
理央が聞く。
「悔しい」
即答だった。
「そこ隠さないんだ」
「負けたからな」
「全員負けてるよ?」
「なら全員悔しいだろう」
「強制!?」
奈々まで笑っている。
凛が理央を見る。
「次は当てる」
「私?」
「一勝しているからな」
「あ、覚えてた」
「当然だ」
理央が少し笑った。
「じゃあ、当ててみて」
「もちろんだ」
凛の目が変わった。
美咲は思った。
これ、理央が勝つほど面倒になるやつだ。
*
理央の番まで終わって、今度は凛の番になった。
「はい!」
ひなたが迷わず抹茶を指す。
「凛はこれ!」
「違う」
「えっ」
「なぜ抹茶なんだ?」
「……凛だから」
「理由になっていない」
「剣道だし!」
「剣道と抹茶に何の関係がある?」
「和!」
「雑すぎる」
美咲は吹き出した。
「でも凛、あんことか好きそう」
「好きだ」
「ほら!」
「それとアイスは別だろう」
「お団子!」
「好きだ」
「ほらあ!」
「何が『ほら』なの?」と理央。
ひなたは確信を深めている。
「絶対抹茶だよ!」
「違うと言っているだろう」
「じゃあ何!?」
「これだ」
凛が指した。
チョコミント。
「えええっ!?」
「ひなた、声」
美咲に言われ、ひなたが慌てて口を押さえる。
「……凛がチョコミント?」
「好きだが」
「なんで!?」
「味が」
「それはそう!」
凛が首を傾げる。
「私を何だと思っているんだ?」
「剣道」
「人ですらない」
真二が吹き出した。
「ところで」
凛が五人を見る。
「私を当てた者はいないから、全員一敗でいいのか?」
「まだ数えてたの!?」
「勝負だからな」
「凛、自分の番でも勝敗あるの?」
「当てられなかったのだから、私の勝ちだろう」
理央が少し考える。
「それだと、当てられる側にも勝ちがつくことになるね」
「その方が公平だ」
「待って」と美咲。
「そのルール、今できたよね?」
凛が止まった。
「…………」
「確かに」
「認めた」
「では今の勝ちはなしにする」
「そこはちゃんとしてるんだ」
「途中で変えるのはよくない」
真二が笑った。
「アイスでそこまで正々堂々やる人、初めて見た」
「勝負にアイスかどうかは関係ないだろう」
「なんか格好いいこと言ってる」
「アイスだけどね」と奈々。
「アイスだな」
凛も認めた。
*
「じゃあ最後、真二!」
ひなたが振り返る。
「なんで俺だけ最後なの?」
「だって真二だけやってないじゃん!」
「それはそうだけど」
「ほら、早く!」
「結局逃げ道ないんだ」
五人が一斉に冷凍ケースを見る。
凛は真二を見る。
「ちょっと待って」
「なんだ?」
「考えている」
「俺のときだけ圧が強くない?」
「勝負だからな」
「俺、途中参加なんだけど」
「条件は同じだ」
「厳しいなあ」
ひなたはケースの前を行ったり来たりする。
「真二……真二……」
「呪文みたいに名前呼ぶのやめて」
「だって当てたい!」
「なんでそんなに?」
ひなたが止まった。
「さっき真二、私の当てたから」
真二を見る。
「だから私も当てたい」
「なるほど」
美咲は、少しだけひなたを見た。
凛は勝負として本気だ。
ひなたは、たぶんそれとは少し違う。
「これ!」
「私はこっち」
「これかな」
「私はこれ」
「……これ」
五人の答えが出揃った。
真二がケースを見る。
「全員違うね」
「誰!?」
「正解は?」
「俺、さっき自分の分もう取ったからね」
「え?」
五人の視線が一斉に真二の手元へ落ちた。
買い物かごの中に、アイスが一本入っている。
「…………」
ひなたが真二を見る。
「いつ?」
「美咲と理央がやってたあたり」
「見てなかった……」
「でしょ?」
「ちょっと待って」
ひなたがかごを指す。
「一回戻して」
「なんで?」
「忘れるから!」
「無理でしょ」
「忘れて!」
「もっと無理だよ」
奈々が小さく笑った。
「花岡君の、やってなくない?って思ったけど、もう終わってたんだね」
「俺だけ勝手にね」
凛が腕を組む。
「これは判定をどうする?」
「まだ勝負の話してる」
「誰も当てていない」
「でも真二は先に選んでたよ?」
「本人が選んだだけだろう」
「確かに」
「理央!」
ひなたが振り返る。
「凛を強くしないで!」
「私が強くなったわけではない」
「もう強いよ!」
美咲は笑った。
*
会計を済ませ、六人で店の外に出た。
ひなたは真二が当てたチョコバーの袋を開け、一口かじった。
ぱき、と薄いチョコが割れる。
「んー!」
ひなたの頬が緩んだ。
「おいしい!」
「そんなに?」
「そんなに!」
もう一口。
さっきまで真二に当ててもらったと騒いでいたのに、食べ始めたら今度はアイスそのものに夢中になっている。
「やっぱこれ好き!」
「知ってる」
ひなたが止まった。
真二を見る。
「……そうだった」
「当てたからね」
ひなたがまた笑う。
「へへ」
なんだか、さっきよりおいしそうに見えた。
隣では凛がチョコミントを食べている。
「凛、ほんとにそれ好きなんだ……」
「まだ疑っていたのか?」
「だって凛だよ?」
「だから私は何なんだ」
「和」
「人に戻してあげて」と美咲。
理央が笑う。
奈々も笑っている。
美咲は自分のアイスを一口食べた。
冷たさのあとに甘さが広がる。
いつも通り、おいしい。
なのに今日は、ケースの前で何度もこれを見ていたらしい。
「理央」
「なに?」
「私、ほんとに三回見てた?」
「見てたよ」
「全然覚えてない」
「そういうものなんじゃない?」
「……理央は何回見てたの?」
「美咲を?」
「うん」
理央が考える。
「それは数えてない」
「よかった」
「でも、けっこう見てたと思う」
「よくない!」
理央が笑った。
美咲も笑う。
明日からは、美咲も少しくらい見ておこうと思う。
この五人が、何を選ぶのか。




