リーファの杖
魔王、それは数年に一度出現する生き物で、同時にモンスターという野原や森などに常時生息している生き物が活発化する。
しかしそんな世界は今日でもう幕を下ろすことになる。勇者たちの活躍によって魔王が倒され、平和になったのだ。それに魔王を倒したことによってたくさんの報酬を各国から受け取った私たち。
私は栄光ある勇者として、魔王を倒し平和をもたらすためにこの『奇跡の絆』という名前でチームを組んでいたのだが、今ではモンスターとの戦闘においての一致団結さはもう欠片すら見当たらなかった。
四人で構成されたチームなのだが、そのうちの『剣士』と『重戦士』の役割を担っていた二人組が『全て』持っていってしまったのである。まるで夜逃げするかのように静かな犯行であった。
「な、なぜ……。一緒に戦った仲ではないか…」
私は住んで一日目となる国から頂いた大豪邸のリビングで膝から崩れ落ちた。彼らは今、お金を…財産を飲み込むかのように自由に好き勝手に使っているに違いない。私は裏切られたというよりもそんなことをする人だったのかという『絶望』が強く、味がしないガムを噛み続けているかのように後味悪く感じられていた。
「おはようございます! エムリー、昨日の約束覚えていますか? 朝ごはんの後『武器屋』に行きましょu......」
リーファが起きてきた。リーファは私が膝から崩れ落ちている姿を見るのと同時に、昨日まであった、命をかけて戦った報酬たちが、跡形もなく残っていなかった。
「あ…れ…、報酬が……。『魔法の金庫』に入れておいたはずですよね? 絶対に盗まれないはずなのですが…」
『魔法の金庫』とは入れる物に応じて形状を自由自在に変化させ、四人でしか分からない、開けるための合言葉を決め、絶対に盗まれない金庫として機能する魔道具である。昨日は大きな金庫が私達を温かい目で見守っていたが、今日はどこか死んだ目をしていた。
「あいつらが…あの二人が持っていった…」
私は吐き捨てるように言った。リーファはそれを聞いた途端、私と同じように膝から崩れ落ちた。
私達の貯金などない。財産も同様だ。またモンスターを狩りながら地道に稼いでいくしかない。
私はリーファに『武器屋』ではなくモンスターを狩って報酬をもらえる建物である『ギルド』へ行って今日の食費だけでも稼ごうと提案した。リーファは少し残念そうな顔をしたが唇をもごもごさせては承諾した。
外に出ると「あ! 勇者様だ!」などの言葉が飛んでくる。もう私は勇者ではない、『一般人』だ。
故郷はやはり閑散としている。国ではあるが田舎だからだろうか…。各国から報酬を得たが、その中で最も少額だったのがこの私達の故郷である。この大豪邸をくれたのだ。埃やクモの巣が壁の隅や天井の隅などにポツポツと存在していた古物件であった。私達が昨日四人で掃除してきれいになったこの大豪邸は今ではもうこの故郷と同じように閑散としていた。
ギルドに着いた。田舎ではあるがさすがに仕事はあるだろうと希望を持ちつつリーファと一緒に中に入った。中にある、依頼書が前まではたくさん貼られていた掲示板が今は依頼書が何も無い。
受付係のある男性に問いかけたところ、もうこの国には仕事を出すほどの経済力がないのだと。
受付係はそう言ってどこかへ行ってしまった。「勇者様方、もうここにはこないでくださいね」と一人の受付係が私達の足元にあるゴミをほうきで掃きながら言った。私達は今、異物としてギルドの屋根の下にいる。リーファと私は急いで外に出て片っ端から働ける場所を探し回った。
料理店や鍛冶屋などの店に働きたいと言ったものの「もう従業員がたくさんだから雇えない」とばかり言う。
そして働きどころを見つけられなかった今日はポケットにあったなけなしの二枚の銀硬貨でリーファと私の分の乾燥した粗末な硬いパンを二個買った。パン屋にはこれしかなかった…いや、これしか買えなかった。
水は敷地の井戸から汲んで飲めるが、明日の食料がなんとしてでも必要であった。
この夜、私とリーファは明日について二人で話し合った。この大豪邸を売ってこんな田舎ではなく他の国で働くという案が出たが、さすがにこの大豪邸を手放すのは彼らに負けた気がするのでやりたくはなかった。
しかし、後先考えるとやはり売ったほうが良いと判断したので私達は明日城に行って売ることにした。
翌朝、口の中はこれほどにない気持ちの悪い不快感を感じていた。口の中をゆすいでも不快感を取り除くことはできなかった。
何時間経っただろうか。もう太陽は時計の10時を指している。リーファが寝室から出てこなかったので、ドアを開けてみるとそこにはリーファの姿がなかった。
「あれ…? リーファ?」
窓は空いており、カーテンが強い風で暴れていた。私が唖然としていると玄関から続々と騎士たちが入ってきた。
「勇者様! この大豪邸を売るつもりなのですね? でしたらもうここから出ていかないと住居侵入罪になってしまいます」
私はここでようやく気づいた。リーファに裏切られたのだと…。そしてお金を…奪ったのだと…。
両思いだったのに………どうして……。
彼女の部屋の隅には私が魔王討伐中に告白として贈った『魔法の杖』がまるでゴミかのようにおいてあった。私はそれを見ても目には涙すら流れなかった。ただ、ひたすら味のない、空腹感も満たさないガムを昨日からずっと噛んでいるような感覚になった。
その昼頃、私は追い出され、後に聞くとこの家の売却額は金貨5000枚だったらしい。
私はこの杖と私の杖の二つを持ってただ敷地外からこの建物を見下ろす。
おそろいだね! と過去に恥ずかしながらも勇気を振り絞って、半分告白のように贈ったこのリーファの杖には貯めてやっと買えた宝石を埋め込んでいたのだが、その宝石はどこにもない。それだけを抜き取って捨てたのだと。この宝石は金貨1300枚だったはず…三年という貯金で買った物、プレゼントしたもの…。
その日、私はこの自分の杖を質屋に行って売り、金貨10枚ほど手に入れた。私はぞれでも、このリーファの杖だけは売ることができなかった。
隣の国に行くため私は馬車に乗る。底から見える景色というのは私の故郷が遠ざかっていく景色であった。
「お客さん、辛かったですね…」
馬車を操縦していた聞いたことのあるような声で話す一人の女が私に向かって口を開いた。「なぜわかるんだ」と問いかけてみると、帰ってきた言葉はきっと想像もできないだろう。
「だって……私はリーファだよ?」
彼女が馬車を操縦していたのだ。私は混乱した。なぜ彼女が馬車を? なぜ彼女がここにいるのだと…。
「私、エムリーのこと裏切るわけ無いじゃんか! 試していたんだよ…、君のこと…」
彼女曰く、この前代未聞の極限状態でエムリーも彼らのようにリーファを見捨てるのかもしれないと思ったからだそうで、家を売ったときに金貨は全部国に取られたらしく、なぜならばこの国は勇者によって金がなくなったからだという。意味がわからない、なぜ命がけで戦った私達がそんなことを言われるのか。故郷に捨てられた気分だ。それに彼女は今無一文らしい。
それに怒って城を出た後、隣の国に行くために使う予定だった馬車を運よく手に入れたらしく、私がここに来るまで待っていたのだそう。私がすることは彼女にはお見通しだったということだ。
「エムリー? 私見ていたよ? 私の杖は売らないで自分の杖を売っちゃったんだ…。今度は私が買ってあげないとね!」
私は彼女を憎んでしまったことにすごい後悔や悲観を感じてしまった。
しかし、一つ疑問が残る。なぜ彼女の杖にある宝石がないのか。それについて彼女に問いかけると彼女はこう言った。
「あぁ、それは…。この馬車を買うためにこの馬車を所有していた人に売っちゃった。エムリー? 私達二人で今度は第二の旅だね!」
この馬車は見るからに粗末で、宝石とは釣り合わないほどだ。しかし彼女にとって、馬車との等価交換よりも私といることという時間を宝石で買ったのかもしれない。
馬車にゆられていると、なにか大勢の騎士たちが反対側の道を通っているのが見えた。よく見るとそこにはあの二人組がいたのだ。
なにやら檻の中に閉じ込められていた。後にわかることだが、彼らは多額の報酬をすべて売り、賭け事をしていたらしい。そしてあんなにたくさんあったのをすべて溶かして、借金までをして……いけない領域までに踏み込んだのだろう…。
「奇跡の絆だったんだな……」
運がいいのか悪いのか、私とリーファは隣の国に行くために猛スピードで駆け抜けていった。




