裏の顔
約2時間のロケハンを終え、助手席にナギジュンを乗せて一旦事務所に戻った。
事務所が入るビルに近付くと、川並が事務所の所有のワゴン車を洗車中。側には陣内社長が目を光らせている。
「よっ! ナギジュンハニー、仕事に励んでるかい?」
「うん、励んでるよ!」
半ば嘘だろ。新人だから興味を持つのは良いけど、まだまだ素人感覚。
「コウ君も大変だね。そんな雑用やらされて」
笑顔の2人。仲が良いのは宜しいというか新人は生々しいというか。
「雑用なんかじゃないよ。この車、大畑君と君とで使いまくってるからね。洗車が終わったらワックスもするんだよ」
社長は微笑を浮かべて釘を刺す。このワゴン車、最早大畑の「私物」みたいに使ってるからなあ。
「解ってますって社長。ナギジュンハニー、オレ達こんな仕事も地道にこなしながら令和最初の売れっ子作家に成ろうぜ!」
「こんな仕事ってねえ……」
「うん、そうだね! 私もガツガツ行きたいし」
渋い顔の社長と破顔する希望ある川並とナギジュン。一対二の温度差。それにしても何なんだ、「ナギジュンハニー」って。王子様のつもりか?
「因みにユースケさん、今日は元気ですか!?」
取って付けたように……っていうか取って付けたな。
「一々訊かなくてもオレはいつも元気だよ」
「だってユースケさんいつもテンション低いじゃないですか。やっぱりこの業界はテンションMAXで要領の良い奴が出世すると思うんですよ」
「先輩に対して説教かよ……」
小声でぼやいてしまうが一理ある考え。だから何も言えねえ。けど、オレも「いつもローテーションなの、個性的で面白いね」と言われて周囲の人達から覚えられ易いんですけどねっ。それに「仕事は地道にこなす」て定評も頂いておりますが。
その時、前方のフロントガラスを洗っていた川並の手がワイパーに触れると、エンジンも掛けていないのにワイパーが動き出す。
「あれ!?」
まごつく川並。
「ハハハハハッ! 何でワイパーが動き出すの」
爆笑するナギジュン。
「ハー……」
頭を抱える陣内社長。
川並よ、テンションが高くてポジティブな性格は宜しいが、要領は悪そうだな。
洗車中の川並を残して3人で事務所に上がる。すると、やはり休憩エリアにいやがった大畑新……。
「後輩に面倒な仕事押付けて自分は休憩か」
持っていた資料で頭を一発はたいた。
「あれも若手が通る道。れっきとした仕事だよ」
「れっきとしたねえ……」
物は言いようだ。
「ユースケ君も私にあんな雑用させる気?」
ナギジュンは子細ありげな顔付。不安なのか念を押しているのかそれとも両方か?
「別に。オレは自分でやれる事は自分でやるつもりだけど」
「なら良かった」
破顔。不安だったのか面倒臭がっていたのか……。
「それよりユースケ、お前新しい彼女が出来て毎日充実してるだろ? 良いなあ、お前は」
こいつも知ってるからなあ。大畑のニヤッとした顔。色んな事を妄想してやがんな。
「あんたはもう結婚しただろ。妻がいようが彼女がいようがそう楽しい毎日じゃねえじゃん? 「ああ、今日も仕事か」って憂鬱な朝を迎える事もあるだろ」
「まあな」
「ねえ、ユースケ君の彼女ってどんな人?」
「その内逢う事になると思うよ。アナウンサーだから」
「余計な事言うな!」
また大畑の頭を資料ではたく。
「良いじゃねえかよ、このくらい」
名前を出されなかっただけまだましか。
「へえ、女性アナかあ。私もイケメン男性アナと付き合いたいなあ」
「EXILEのメンバーに逢いたいんじゃなかったのか?」
「それはそれ」
「目をときめかせちゃって。こればっかりは縁だよ」
「良い出逢いがあると良いな。ITの社長とかさ」
大畑の一言に……、
「楽しみー!」
ナギジュンは心動かされている。余計な事を吹込みやがって。
「それより大畑、川並君の「元気ですか!?」、あれそろそろ止めるように言ってくれないか」
「ウザいか?」
「ウザくなかったら言わねえよ」
「でもあいつ努力家なんだぜ。最初はオレのキャラなら絶対売れるって自意識過剰に思ってたみたいだけど、「有無を言わせないくらいの実力を付けるしかない」って考え方変えたみいで、オレに内緒で社長に毎日企画書提出して採点して貰ってたんだってよ」
「そんな一面があったのか……」
彼の見方を変えざるを得ない事実。人は見かけによらない、あの様なキャラの人間は、案外裏では努力家だったりする……というやつだ。
「ナギジュン、企画書の基本的な書き方は教えたけど、オレや社長には採点して貰わなくて良いから書くだけは書けよ」
「はーい! 解りましたあ!!」
この笑顔。全然解ってねえな。企画書は書いている内にコツを掴んで行くものだ。ディレクター達からダメ出しされてその内解って来るとは思うけど。
また大畑が余計な事を言うか心配だったけど、2人を残してオフィスエリアに入った。
陣内社長は外の喫煙エリアで一服中。その背中は何か物思いに耽っているように見えた。
オレも外に出て一服する事にした。
「今頃になって「大丈夫か? あの2人」って思い始めたんじゃないですか? 2人を雇った事を後悔してるとか」
「ああいうキャラも良いと思ったんだけどね」
いつも強気な陣内社長が若干弱気な顔付。
「面白い奴と捉えられるか、軽い奴と捉えられるか」
「何とか私達で前者の方に持って行くしかないね」
陣内社長は太陽が眩しい空を見上げて紫煙を吐き出した。
「まだまだ教育が必要な2人っか……」
素朴な言葉を口にしてオレも紫煙を吐く。
「でも大丈夫よ、あの2人。川並君は軽いキャラの中に努力を仕舞っておくタイプだし、ナギジュンは動機は不純だけど、あの子はプロデューサーやディレクターに「ナギジュン」ってキャラクターを覚えられ易いから。それに、教育係である中山君もサイレントマジョリティに見えて仕事は地道にこなして行くキャラで、うちの稼頭になったしね」
社長はオレを見てニヤリ。
「サイレントマジョリティね。皮肉ですか?」
「だってノイジーマイノリティじゃないじゃん」
「まあ、確かに……」
陣内美貴という人は社長だけあって人の査定が上手いし育てる力も併せ持っている。オレも何だかんだいって作家の仕事一本で食べて行けてるから。
春の陽光を浴び、社長とオレは室内に入った。




