別れの一服
9月下旬。陣内社長に抗ったせいで〈レッドマウンテン〉との契約は、1年契約のままかと思っていたが、無事に今月から3年契約となった。珠希も1年契約で更新はしたらしいが、30日の夜。
打合せを終え、事務所へ戻ってホン(台本)の手直しをし、一通り終わった所で喫煙エリアに出て一服していた。すると『ガラガラガラ』と後ろのガラス戸が開き、
「ユースケ君、一本くれない」
と珠希の声がした。
「スモーカーだったっけ?」
「何か吸いたい気分になってね」
珠希はにっこり。
「まっ、これニコチンが1ミリではあるけどね」
箱を開け彼女に差出すと、「ありがとう」と言いながら一本取った。ライターで火を点けて差上げる。すると……。
「ゲホッ! ゲホッ!! ゲホッ!!!」
「そうなると思ったよ」
「1ミリでも結構きついね」
2人で「ハハハッ」と笑い合う。
「実はさ、契約は更新したんだけど私、アメリカに留学するの」
「はっ!? また何で?」
思いもよらぬ発言に声のキーが高くなる。
「ちょっと向こうのバラエティを勉強したくなったの。ここ1年くらい、ちょっと自分を見失いかけてたんだよね」
「籍は<レッドマウンテン>に置いたままなんだろ? よく社長がOKしたな」
やっと冷静さを取戻す。
「うん。社長にはちゃんと説明した。私は私を取返す為に、暫くアメリカのテレビ業界を勉強したいって。仕事でもプライベートでも自分って価値のない人間だなあって、思い知らされる機会が幾度となくあるじゃん。生きてればさ」
彼女は紫煙を真っ暗な空に向かって吐きながら、表情も目も真剣だ。かなり思い悩んでの結論だったのだろう。
「そこまで自分を卑下する必要はないと思うけど、まあ、自分独りの力じゃなあ……」
どうにもならない事はある。
「だけど、そんなの受入れてたまるか! って思うし、誰が見ても頷いて貰えるように、只ひたすら何にも替え難い自分を証明したいって、陣内社長に想いをぶつけた」
「初めは社長も流石に困惑しただろう」
「うん、してた。でもそれが珠希ちゃんが見出した結論だったら、私は何も言わないって受入れてくれた」
「そっか。なまじの決意ではなかったら、誰も文句は言えないよな」
オレも三日月が見え隠れする空に向かって紫煙を吐く。教育係を担当した人がいなくなるのを寂しく思いながら。
「端的に言えばGo ing My wayだよ」
珠希は破顔した。
「そういう事だな。でも無理はしないように」
「ありがとう。ユースケ先輩もね」
彼女はオレの右肩に手を置く。励ましたつもりだったが、逆に後輩から励まされているような、何とも複雑な心境、である。




