処刑フラグを折ったのは
ふわ~っとゆる~いお話です。
ひとりで、特に何をするわけでもなく、庭先の東屋で本を読んでいた昼下がり。
ふわりと花のような香りが鼻腔をくすぐった。
そう思った次の瞬間、突如可愛らしい淑女が現れた。
……可愛らしいとは言えない形相ではあったものの。
「ちょっとあなた! あなたも転生者ね!? 将来処刑されるのが嫌だからってフラグを折ろうとしてるわよね!? 何よ円満な婚約解消って! そんなことしたら原作改変になるじゃない!」
「いや、ちが、私じゃなくて」
「はぁ!?」
「あ、いや、私も転生者ではあるんだけど、とにかく言い訳を聞いて!」
詳細は省くが、私は悪役令嬢に転生した。
それに気が付いた時、これはフラグを回避しなければ! と確かに思った。しかしそう思うと同時に、違和感を覚えた。
なにかがおかしい……と。
「いるのよ……」
「い、いるって、なにが?」
「見知らぬ人が、いるの……」
「え、待って、なに? 怖い話? 怖い話なの?」
「原作にいない人が、私のすぐそばにいるの……!」
「……ん?」
私のそばに、絶対に原作にはいなかったはずの、謎の男がいる。
転生に気が付いたのはわりと最近なのだけれど、思い返せばずっとずっと前から私のそばに謎の男がいるのだ。
その男は現在、私専属の執事として働いている。
「ねえ、あのゲームの悪役令嬢に専属執事なんかいた?」
「いないわよ! フラグ回避するためにどこからか拾って来たりしたんでしょ!?」
「しないしないしないしない! だってあの人私が3歳くらいの時からいるもの! 執事拾ってくる3歳児とか怖すぎるでしょ!」
「それもそうね!!」
専属執事と私の年齢差は5歳くらいだと思う。だから最初は執事ではなかった。
物心ついた時にはもういたからどうやって我が家に入って来たのかは知らない。ただ私が幼いころからずっと私付きの使用人の中のひとりだった。
「原作にはいないはずの専属執事がずーーーっと私のそばにいるの」
「お、おう」
「それでね、ぜーーーんぶ先回りするの」
「え、ええ」
「だからなのか、なんかもう、王子殿下とは婚約する前から猛烈に険悪だった……」
「あー……?」
設定だと、子どもの頃の王子殿下と私はそれほど険悪なわけではなかったけれど、王子殿下がやっぱり親に決められた相手よりも自分で選んだ相手がいいと思い始め、そこで悪役令嬢がヒロインに嫌がらせを働いたりするもんだから結局揉めたり大立ち回りがあったり……みたいな感じで最終的には処刑される。
「婚約が決まったのが10歳くらいで、その時からもうずっと婚約はなかったことにしてほしいって言われてた」
「決まった時から?」
「なんだか分からないけれど、私の顔を見るたびに怯えているの……」
「その執事が裏で何かしてたのでは?」
「やっぱりそうかしら?」
「そんな気がするね?」
あの専属執事、時々姿が見えなくなってた気がするもんな。やっぱ何かしてたんだな。
「じゃあ……あなたの意思でフラグを折ってたわけではないの……?」
「そうなの。いやね、私もこうして悪役令嬢に転生したわけだから、原作通りに動かないように足掻いて大逆転の逆ハーレム状態とかも夢見てたわけよ」
「夢は見てたのね」
「うん! でも逆ハーレムって絶対面倒だなとも思ってたわ!」
「わかる!」
悪役令嬢に転生したんだから夢くらい見させてもらっても罰は当たらないでしょ。
結局のところそんな夢はちらっと見た程度で叶えられるようなものでもなかったのだけれど。
原作にはいない専属執事という存在に妨害されてしまったから。
「絶対あなたがフラグを折って回ってるんだと思ってたわ……。え、じゃあ私と王子殿下の出会いイベントが起こらなかったんだけど、あの日は何をしてたの?」
「学園の入学式直後でしょ? あの日は私が注文していたアイオライトのネックレスが出来上がったとかで宝石店に連行されてたわ」
「例の執事に?」
「そう。問答無用で連れて行かれたの」
入学式が終わった瞬間どこからともなく突如として現れた執事に捕まって強制連行されたのだった。あれは完全に拉致だった。
「じゃあ学園行事のピクニックの時は? あなたからの妨害が招く王子殿下との事故チューイベントがあったはずなのに!」
「悪役令嬢がヒロインを崖から突き落とすあれね! あの時は執事がフリージアの花畑を見付けたので見ないと損ですよって言い出して崖から正反対の場所にある山の麓まで連れて行かれてた」
それももちろん、完全に拉致だったし死ぬほど歩かされたのでびっくりするほどの疲労感だった。
私の返答を聞いた彼女は、呆れたように大きなため息を零す。
「それで? 断罪の日である今日は? なぜここに?」
「それはね、さっき起きたから。完全な寝坊よ」
「まさかの寝坊……! いや、まぁ断罪前に円満な婚約解消をしたらしいし断罪イベントなんか起きないんだけど」
「まぁ、そうよね」
「でも、卒業式に出ないなんて。執事が起こしてくれなかったの?」
「いいえ、起こしてくれなかったというより、寝かせてくれなかったの」
「え、あなたまさか執事と」
「そう。執事とこーーーんなに大きなタペストリーを作っていたの。しかも夜通し!」
「何やってんのよ!!」
私も何をやらされていたのか、冷静に考えるとよく分からないけれど、急に図面を持ってきた執事が「これ作りませんか?」って言うから、ついつい没頭してしまったのだ。
ごめんね、と小さく謝る私を見た彼女は「キイイイ」と言いながら頭を掻きむしっている。怒っているようだ。
「あの、ごめんね? 王子推しだった?」
「……いいえ、別に王子推しではないの。ただ、折角ヒロインに転生したんだから、原作通りに動きたいと思っていただけ」
「そう。申し訳なかったわね」
「いいのよ別に。原作通りに動きたい気持ちはあったけれど、略奪からの断罪なんかやりたくも見たくもないとは思っていたもの」
「ゲームで見る分のと目の前で起きるのとでは違うわよね。後味悪いっていうか」
「そうそう。正直婚約者がいる男に擦り寄った挙句略奪して元婚約者を蹴落とす女なんかマジないわ」
「ないわ。そんなドロドロ恋愛模様よりも王道少女漫画みたいなピュアピュア恋愛模様のほうが好き」
「え、私も~! あと王子みたいな俺様系の男ってあんまり好きじゃないのよねぇ」
「私もー! 王子みたいな初手喧嘩腰で来る奴ってその後どんなに最高のフォローがあったとしても苦手意識が抜けない」
「わかる~!」
なんだか気が合いそうである。
「お嬢様!」
このまま二人で延々乙女トークが出来そうだと思っていたところに、執事の声が割り込んできた。
くるりと振り返って執事のほうを見ると、彼は彼女を睨みつけていた。
「何をしに来たのですか?」
めちゃくちゃ怒った様子の執事を見て、彼女はにっこりと笑った。
「溺愛かつ独占欲増し増し系?」
「あ、うん。そんな感じ」
えへへ、とうっかり照れ笑いが出てしまう。
しかも頬に体中の熱が集まって来ている。今の私は完全に赤面している。
「へぇ~、うらやましいわ! じゃあお邪魔しないように、私は帰るわね。今度お手紙を書くわ。もしも駆け落ちすることになったらその後の住所もちゃんと教えてね」
「うん!」
「お幸せに!」
彼女はそう言って颯爽と帰っていった。
そんな彼女の背を見送った後、先に口を開いたのは執事だった。
「あの人は、何を……?」
「私に文句を言いに来たみたいだけれど、なんだか意気投合しちゃったわ」
「意気投合?」
「そう。あなたのおかげで、お友達になれそうよ」
「え?」
それから次の雪の季節、私は執事を連れて家を飛び出した。
ヒロインの言った通り、貴族令嬢とその執事では駆け落ちをするしかなかったから。
でも私は後悔なんかしていない。そんな手紙を送った。
溺愛かつ独占欲増し増し系が隣にいてくれるからとっても幸せだと。
それからコンスタントに手紙のやり取りを続けて、再会して、また巡って来た雪の季節に二人で出版した恋愛小説が庶民の間で大流行するのだけれど、それはまた別のお話。
読んでくださってありがとうございました。




