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第6話 職人たち

 ブギンと呼ばれたドワーフは、剣を魔術で受け止めたネリアンナを睨んだ。


 晶相以外の魔力は五感で知覚することはできないが、魔力が流相から晶相に一気に位相転換される際の気配や大気の揺らぎなどから、ブギンは魔術が行使されたことや出処を察知したのだろう。


 ブギンに睨まれたネリアンナはビクリと身を震わせつつ、虚勢の滲む声で言った。


「い、いくら相手に非礼があったからといって、剣を抜くなど、到底看過できませんわ!」


 そう言い放ったネリアンナに、ルキエッタが囁く。


「だからって、トラブルに首を突っ込まなくてもいいでしょうに!」


「で、でもぉ……」


 べそをかくようにネリアンナが言う。


 一方で私はというと、ネリアンナの魔術の速さに少し驚いていた。


 私たちがいるテーブルからブギンがいる位置まで、距離にして5メートルほど。障害物がないとはいえ、流相に転換した魔力を走らせて鉄並みの強度の晶相へと瞬時に変換させるというのは、なかなかの技量だ。自分もアルガの身体での魔術に苦戦していただけに感心してしまう。


「邪魔立てするつもりか?魔術師なら、女子供とて容赦はせんぞ!」


「だからって、剣を抜くことはないじゃないですか!」


 ミヤがネリアンナを庇って言った。すると隣のテーブルのドワーフたちは立ち上がり、次々に口を開く。


「我らを罵倒したのはそこの人間ぞ!」「おぉよ!侮辱されて黙っていられるか!」「礼儀ば叩きこんじゃらんといかんが!」


「落ち着け皆の者!」


 しわがれた声で、ブギンの隣にいたドワーフが言った。私たちやドワーフたちのテーブルの方を振り返った際に、白く長い髭が見える。


 ドワーフの中では高齢のようだ。


「儂らは争いに来た訳じゃなかろう!」


「争う気はねぇだぁ!?」


 ブギンに斬られかけた酔っ払いが、声を荒げた。


「人様を殺そうとしておいてよく言いやがる!蛮族共が!」


 殺されかけていた癖に威勢を失わないとは、勇猛なのか、バカなのか、そもそも食堂が薄暗いせいで剣を振られたことに気づかなかったのか。


「ここぁ人間のための店だ!臭ぇドワーフはとっとと失せぇぉぉぉぉわぁああああああああ!?」


 唾をまき散らしてブギンに向けて怒鳴っていた酔っ払いは突如宙に浮いたかと思いきや、そのまま空いていた窓に向かって足側から投げ捨てられ、叫び声を上げながら強制退店させられていった。


 そのいきなりの事態に、口論していたミヤたちとドワーフたち、そして先ほどの酔っ払いを煽っていた他の客たちが一斉に沈黙する。


 酔っ払いを魔力で創った手で掴み投げ捨てたのは私だ。腕と関節を流相、掌や指は晶相にし、騒ぎの元となった酔っ払いを掴んで槍投げのようにリリースした。


「――こうすれば済むだけの話でしょ」


 静まり返った食堂全体に向けて私は言った。


「悪いのは最初に喧嘩売った人。でも斬り殺すまでもない。だから出ていってもらう。それで充分でしょ。わかったら全員静かに食事すること」


 座ったままそう言い、私は食堂を睥睨する。


 文句がある者は先ほどの酔っ払いと同じように退場させる。


 そんな気配を勝手に感じ取ったのか、人間の客たちはひそひそ何か言いながら食事に戻り、ドワーフたちも無言でテーブルにつき、ブギンは剣を納めてカウンターに向かっていった。


「あ、アルガぁ……」


 ネリアンナが私の袖を掴んだ。


「はいはい、もう怖がらなくてもいいよ」


 私がネリアンナに言うと、ルキエッタも苦笑する。


「他人が斬られるのは反射で防ぐ癖に、自分が睨まれるだけでビビるなんて……相変わらずよくわかんないわねぇ」


「まぁまぁ、それがネリちゃんのいいところだよ」


 ミヤがフォローした。


「それにしても、ネリの魔術、ホント素早かったね。さすが」


「ふ、ふふん、そうでしょう?」


 ネリアンナが薄い胸を張った。


「雑に硬い物とかデカい物創るのは速いわよねぇ」


 ルキエッタが言った。


「雑とは失礼な!ちゃんと質実剛健でしてよ?」


「絶妙に否定はできない言葉選びだわ」


「緊急時には頼りになるよね、ネリちゃんは」


 ミヤがネリの頭を撫でながら言う。


「というか、悪目立ちしちゃったかな……あまり長く滞在できないかも」


 私は呟いた。


「どちみち移動はするつもりだったし、いいんじゃない?」


 ミヤが言う。


「――お話し中のところ失礼する」


 すると、しわがれた声がした。


 カウンターから戻ってきた白髭のドワーフが、盆に酒と食事を載せて私たちのところに近づいてきていた。


「先ほどは仲裁していただき助かった。感謝する」


 浅く頭を下げ、ドワーフは言葉を続けた。


「儂はガナモ。ルオラゴ山脈のドワーフじゃ」


「私たちは共和国のギルドの魔術師です。私はミヤ。こっちはネリ、ルキ、それと――」


 ミヤが私を紹介しようとして、アルガという名を出すべきではないと気づいたのか慌てて口を噤む。


 私は、咄嗟に言葉を繋いだ。


「オレはイオ」


「うむ……これ、ブギン。せめてお前は挨拶せんか」


 ガナモは振り返り、自分たちのテーブルに食事と酒を運んできたドワーフに言った。


 こうして間近で対面してみると、フードの下から覗く眼光はやはり鋭い。黒い髭は真っ直ぐ腹まで伸びており、顔立ちは若そうに見える。


「……ブギンだ」


 名だけ告げ、ブギンはテーブルに戻った。


「あの者は気難しくてな。それにしても、魔術師がどうしてまたこういった村に?さっき、ギルドの魔術師と言っておったが」


「あー、えっと……私たち、隠修(いんしゅう)術師を探してたんです。ギルドや元老院、魔導学院に所属してない魔術師を。それで見つけて、働き口を紹介しようとしてたんです」


 ミヤが、あらかじめ私たちで取り決めていた言い訳をした。


 隠修術師と呼ばれる在野の魔術師は辺境の村や旅人などの中に稀におり、そういった魔術師は、ネリアンナの実家のような地方領主が専属で雇いたがるものらしい。そのため今回の旅で私たちは、ネリアンナの実家に紹介する隠修術師をスカウトするため森などに入っていたという設定にしたのだ。


「なるほど、そうじゃったか。では、ここらに来たのはつい最近かな?」


「そうですけど……どうかしたんですか?」


「いや、何……儂らが街道を移動しておったところ、オーガの一団が走っておるのを見かけてな。魔術師なら、魔族を討伐しに来たのかと思っただけじゃ」


 ガナモの言葉に、私たちは顔を見合わせた。


「それ、どの辺りで見かけたんですの?」


「ここから北東の方じゃな……一昨日の夜のことじゃ。オーガはもっと北の方におると聞いておったから、南下してきたのかと驚いてな。まるで何かに追われておるかのような走りっぷりじゃった」


「追われてた……?やっぱり他の魔物、ってことはないわよね」


 ルキエッタが呟く。


「そうだね。オーガが逃げるほどの魔物って、ドラゴンとかそのレベルだろうけど、そんなの出てきてるならもっと騒ぎになってるはずだし」


「そういえば、あなたがたはどうしてこんなところまで来ましたの?ドワーフの方々が山を出るのは珍しいのでは?」


 ネリアンナが言い、私はふと気になって尋ねた。


「というか、ルオラゴ山脈ってどこ?」


「ここからちょうど北東の方にある山脈じゃ」


 ということは、私たちがいた屋敷よりは北寄りか、さらに北東の方角らしい。


「……ガナモ」


 隣のテーブルから、ブギンが言った。


「よそ者にあまり我らの目的など話すな。魔術師など信用できん」


「とはいえ、儂らだけでどうにかなる話でもないかもしれんと言っておるじゃろう」


「だが……」


「儂らはな、共和国の都を目指しておる。少しばかり確かめたいことがあっての」


「都?」


 ミヤが首を傾げる。


「どんなご用か、聞いてもいいですか?」


「具体的には言えんが……共和国からの依頼で儂らが作った品がある。ただ、それがどう使われておるのかわからんのでな。それが都でどう使われておるか確かめたい。それだけじゃ。それで都に向かっておるが、都に入れるかわからん」


 ガナモに言われ、私は閃いて言った。


「オレ、もしかしたらわかるかも」

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