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第5話 ドワーフ

 夜の森を長時間移動すると魔物との遭遇する以上に木との衝突事故の危険性が高いと判断し、私たちは途中で野営をすることにした。


 魔術師が森で野営する場合、得意分野にもよるが、魔力を使った簡易なテントを設営したり、場合によっては木の上に小屋を作ることができる。


「テオもさすがに夜の森には入ってないわよね?」


 ネリアンナが作った魔力のテントに入りながら、ルキエッタが言った。


 魔力製なので透明だが、上から木の枝や布を被せれば火を焚いても光が漏れないようにできる。


「うん。一番近くの村で一夜明かすはず。それで朝イチで出発すれば、夕暮れ前には屋敷に着けるから」


 ミヤが頷く。


「ということは、テオが村の宿屋まで来ていると仮定すると、こちらは夜明け頃には森を抜けていたいですわね。そうすれば、森の外でテオと出くわせる確率が高いですわ」


「という訳で、アルガはしっかり休んでね。移動はアルガ頼りだから」


「寝不足のままあの荷車に乗って木に衝突、なんて御免よ?」


「見張りはわたくしたちが交代でしますわ」


 ミヤたちに言われ、私は強引に寝かしつけられる。


 屋敷では老人扱いされ、今は幼児扱いされている気分だ。


「というかアルガ、いつの間に屋敷の周りに魔力の糸を張ってたの?それでオーガに気づいたんでしょ?」


 横になった私に、ミヤが話しかける。どうしても気になったのだろう。


「あー……実は夜に出歩いて、ちまちまと」


 私は打ち明けた。


 何者かが晶相の糸に触れると、そこから結相の魔力の糸を伝って、私の腕に巻きつけた晶相の糸が締めつけられたり、あるいは切れたりするようにしていたのだ。


「いつの間に……」


「夜に家を抜け出すなんて、とんだ不良少年ですわね」


 ネリアンナがお姉さんぶって言った。


「まぁ、アルも年頃ってことでしょ」


 ルキエッタの言葉に、ミヤもしみじみ言う。


「そうだねぇ」


「でも昔から無邪気というか、無鉄砲でしたわよ?あちこち駆け回って、遠慮もデリカシーもなくそこかしこに首を突っ込んでましたわ」


「アルガの場合はそこが可愛かったんだよね」


「ちょっとミヤ、まるでデリカシーのなさが可愛くないのがいるみたいな言い方はやめてあげなさいよ」


「それをいうあなたがわたくしにとっての最大の敵ですわよ!?」


「ちょっ、ネリ……声響くから静かに……」


 私は苦笑してネリアンナをたしなめた。


「というか、オレだってもう16だよ?いつまでもガキじゃないって」


 私ははぐらかした。


「やーん、寂しい」


 ミヤがおどけた口調でそう言い、私の頭をくしゃくしゃと撫でる。


「16になったにしても、随分と大人しくなった気もしますわ」


「お嬢が変わらなさ過ぎなのよ」


「そういうあなたも筋肉量以外に成長がないでしょう!?」


 魔力で作った槍や剣を使うルキエッタは、魔導学院にいた頃から身体のトレーニングも欠かさなかった。細身でありながら筋肉が機能的に発達しているようで、アルガの肉体よりも健康的で逞しい。


「おっ、気づいたか。学院にいた頃より肩と背中の筋肉を鍛えたのよ」


「褒めてませんわよ!?」


「はいはい、お喋りはそこまで。最初は私が見張るから、みんなは少しでも眠ってね」


 ミヤが言い、私たちは屋敷にいる間に狩った鹿の皮で作った毛布にくるまった。


 そして夜が明け、私はまた魔力で車を作って東に向かって走る。


 しばらくして森を抜けると、私は車を消した。


 人目に付く街道で車の魔術を使っては、必要以上に目立ちかねない。必要に応じて魔術を使ったり魔術師を名乗ったりすることはあれど、必要以上に注目や警戒を集めるのは避けるのが吉だ。


 私たちは徒歩で街道を歩き、昼過ぎには小さな村についた。


「ここが森に一番近い村?」


 私はミヤに尋ねた。


「うん、3ヶ月前も泊まったんだ。そこの宿屋だよ」


 私たちは着ていたマントのフードを深く被り、ミヤに言われた建物に入る。


 宿屋の一階は食堂になっており、中は窓を開けて差しこむ陽光でぼんやり照らされていた。十数人の男性客たちがそれぞれテーブルを囲んで話しており、それなりに賑わっている。


 ミヤがカウンターの向こうにいる主のところに行き、しばらく話してから、私とルキエッタ、ネリアンナが先に座っていたテーブルに戻って来る。


「テオくんはこの3ヶ月、一度も来てないって。行き違いにはなってないみたい」


「一旦安心ね。この後はどうする?」


 ルキエッタが言った。


「テオとの行き違いを防ぐなら、屋敷に行った時のルートを戻って都に行くべきですわ。ただ……」


「アルガを都に入れるのは危ないよね……学院とか共和国の魔術師に見つかるかも」


「途中で二手に分かれる?例えばミヤとお嬢が都に戻って、テオと合流するとか」


「そうですわね。下手に誰かに言伝を頼む訳にもいきませんし、4人いる人手を使うのが良さそうですわ」


「それより、このままセラを探しに行くのは……」


「ダメ」「ダメよ」「ダメですわ」


 私の意見を、3人は即座に却下した。


「情報収集的にも戦力的にも、テオと合流すべきですわ」


「セラさんを探すにしても、手がかりがなさ過ぎるでしょ。共和国内にいるかどうかすらわからないんだし」


「というか、アルガはどうやってセラさんを探すつもりなの?セラさんが人里を避けて動いてたら、追いかけようがなくない?」


「それは……まずは、オレが学院に行く前、セラと旅してた場所に行ってみようかなって」


 アルガの記憶によると、セラシエルとアルガはギオクルス共和国の魔導学院を訪れるまでの8年間、この大陸のあちこちを旅していたらしい。稀に村や町を訪れることがあったものの、基本的には森や山を移動していた。


 しかし共和国内では、かつて一帯を支配していて滅亡した大国時代の遺跡や廃墟が多数あり、そこを拠点にすることもあったようだ。人目につかず、さらに複数回訪れていた場所であれば、今もセラシエルがそこにいる可能性はある。


「それってどの辺よ?」


「えっと……もっと西の方?」


「アバウト過ぎますわ」


「アルガ、そこがどの位置にあるかちゃんと覚えてるの?」


「大体の場所は覚えてるし、地図を手に入れられればどうにか……」


「地図なんて、それこそ学院とか大きい街の図書館に行かないと見れないよ?」


「やっぱり、一度都の方には行くべきですわ」


「警備が厳しくない街で二手に分かれるのがベストっぽいわね」


「となると……オレーリア辺り?あそこは聖堂も近くにないし、人口の割に魔術師も少なかったよね?」


「オレーリアから都までは、歩きだと……間でボメノの街に寄って、一週間くらいか」


「テオくんと都で情報を整理したりするとなると……また合流するのが1ヶ月後くらい?」


「さすがに時間がかかり過ぎだよ。それならいっそ、オレも都に入る手を考えた方がいい。行商人の積み荷の中に隠れるとか」


「そんな都合よく手を貸してくれる商人がいますの?」


 私たちが今後の方策について話していると、宿屋のドアが開いた。


 何気なくそちらを目をやると、小柄な人影が6つ、食堂に入ってくるところだった。子供かと思ったが、全員、フード付きのマントの隙間から長い髭が見える。


 よくよく観察してみると、彼らは130センチほどと低身長でありながら、体つきはがっしりとしており、各人が大きめの荷物を軽々と担いでいる。また、身長に比して腕が長い。


 ドワーフだ。


「……珍しいわね。人里にドワーフが出てくるなんて」


 ルキエッタが呟く。


 ドワーフや山や洞窟に住む種族で、鉱石や宝石を掘り、加工することに長けている。人間と同様に一定以上の魔力を持ち、魔術を使える者もいる知的生命体の1つだ。


 ドワーフに気づいたのは私たちだけではないようで、他の利用客たちもドワーフたちを見てひそひそと何事か囁き合っている。


 ドワーフたちはそんな食堂の空気の中を煩わしそうに突っ切り、ちょうど空いていた私たちの隣のテーブルを囲んだ。そして荷物を置いてから、3人がカウンターに向かっていく。


「――おいおい、小せぇずんぐり野郎がこんな村に何の用だ?」


 酔った人間特有の呂律で、客の男が聞こえよがしに言った。すると、それを皮切りに次々と男たちの声が上がる。


「この村の地面を掘りゃ宝石でも出てくんのかね?」


「そいつぁいいや!おいドワーフさんや、どこに埋まってるか教えてくれんかね?」


 湿度のある笑い声が食堂に満ちた。


「……ほざけ」


 低く野太い、唸るような声が、まるで食堂の床を這うように響いた。


 カウンターの方に歩いていたドワーフの内の1人が発したらしいその言葉に、食堂の空気が一瞬で凍りつく。


「……あ?何か言ったか?」


 客の1人が立ち上がり、ドワーフに近づいて見下ろした。


「体が小さけりゃ声も小せぇよ。はっきり言えや」


「下衆と交わす言葉などない。そこをどけ」


 先ほどと同じ声のドワーフが言った。


 私は、そのドワーフの右手が微かに左腰の方へと動くのに気づいた。ドワーフたちの腰にはそれぞれ剣が()げられている。それほど露骨な動きではないが、ドワーフがいつでも剣を抜けるようにしているということは、私にも何となくわかった。


 だがドワーフを見下ろしている男は、酔っているせいか、その剣呑なドワーフの動きに危機感を覚えていないらしい。


 自分は丸腰なのに、剣を持った相手によくもまぁ喧嘩を売れるものだ。


 私が内心呆れていると、少ししわがれた声で別のドワーフが言った。


「やめんか、ブギン!」


「止めてくれるな!」


 ブギンと呼ばれたドワーフが激昂した声音で言い返すと、その声量に気圧された反動か、ドワーフたちの前に立つ男が声を荒げた。


「薄汚ぇドワーフ風情が人様の土地ででけぇ面してんじゃねぇよ!とっとと失せ――」


 その男の言葉は、「ギィィィン……!」という金属音で遮られた。


 ブギンはいつの間にか剣を抜き放っており、男の胴と数センチの位置まで迫っている。しかしその刃は見えない壁に遮られたように止まっていた。


 ブギンが寸止めしたのではない。魔術で作られた不可視の盾が剣を防いだのだ。


「……何のつもりだ、そこの女」


 ブギンは私たちの方を振り返って言った。


 ブギンの剣を止めたのは、ネリアンナだった。

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