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第4話 車

 私が屋敷の正面で見張りをしている間に、ミヤ、ルキエッタ、ネリアンナは日頃から整理していた荷物を屋敷から持って出てきた。


 そして周囲の警戒をミヤたちと交代し、私は魔力を位相転換して、ここ3ヶ月間練習してきた車高の低い荷車を創り上げる。


 目に見えないながらもその構造は通常の荷車より複雑で、シリンダーやピストン、サスペンション、ベアリングなどまで構築されている。仮想世界の21世紀ではあらゆる国に普及していた、自動車の機構を一部再現した荷車だ。背嚢やトランクを車体に固定して座席とし、手すりタイヤカバーなども付けている。あとは私が流相魔力でシリンダーとピストンを動かせば、最高で時速80キロくらいは出せるだろう。仮想世界の14世紀頃と同水準の科学技術しか持たないこの世界であれば、馬でもそうそう追いつけない速度だ。私なら3時間は最高速度で走り続けることができる。


 ミヤたちを荷台に乗せて低く身を伏せさせ、私は車両後部に立ち、魔力で創った手すりを握った。後ろに乗るのは、他の乗員が落ちないよう見守るためだ。


 車の前にランタンを吊るし、私は車を発進させた。


「――アルガ、さっきのはオーガだったの?」


 ミヤが尋ねた。


「だと思うよ。数は……10よりは多いくらいかな」


「おかしいわね……この辺りはオーガの縄張りじゃないはずだけど」


 ルキエッタが言った。


「そうですわね。目撃されるのは大体北の湿原付近で、ここから200キロ以上離れていますわ」


 ルキエッタも頷く。


「魔物はともかく、魔族って結構移動するものじゃないの?」


 ミヤが尋ねた。


 魔物はそのほとんどが獣の域を出ない知能と習性しか持たず、縄張りを出ることはほとんどない。しかしオーガのような魔族は、人間ほどではないにしろ様々な道具を作ることもでき、身体能力も高いため、ミヤの言う通り長距離を移動できそうに思える。


「だとしても、湿原からこんな森の奥深くまで移動する、ってのは腑に落ちないのよね……奴らみたいな魔族って、人間みたいな魔力が多い生き物か、もしくは他の魔物を狙うでしょ?


「だから普通は、人里にそこそこ近いところか、街道近くの森、もしくは完全に人間が寄り付かず魔物の多い山や湿原に潜みますわね」


「そっか……私たちがいた屋敷に行くには、主要な街道を通らないよね。それに、魔物もそんなにいなかったし」


 ミヤが顎に手をやり、考え込みながら言葉を続ける。


「でも、食糧目当てじゃないならどうしてこんなところに?オーガって旅とかするの?」


「あまり聞かないわね……他の強い魔物に住処を襲われたとか?ドラゴンとか」


「だとしても、200キロも移動するとは思えませんわね……相当しつこく追われでもしない限り」


 ルキエッタとネリアンナも、オーガの群れが私たちの屋敷の近くまで来た理由は思い当たらないらしい。


 彼女たちの話を聞いていて、ふと私は気になり尋ねた。


「オーガとか魔族に襲われた時ってどうするの?共和国が討伐してくれたりするの?」


「あまりに被害が出れば、共和国元老院の軍務官が、兵士と魔術師の討伐隊を送り込むわ。でもたいていは、魔術師ギルドか聖協会が撃退するわね」


 アルガの記憶を探るが、言葉としては聞いたことがあるものの、具体的にどんな組織かはよくわからない。アルガは全体的に世間知らずというか、国や社会については詳しくないようだ。


「聖協会って、魔物を倒すのが仕事なの?」


「教義と布教のために魔物を倒してる、って感じかな」


 ミヤが答えた。


「協会の聖堂の近くだと、聖協会が魔物や盗賊から住民を守ってるの」


「逆に言うと、人が住んでない街道を守ったり、行商人を護衛したりはしてないわ。だからそういう依頼はギルドに来て、魔術師が請け負ってる」


 ルキエッタが補足した。


「ルキちゃんはギルドで護衛系の仕事請けることが多いよね?」


「ウチはミヤと違って、武器系の魔術が得意分野だからね。依頼期間長い割に報酬少ないからきついわ……ミヤは怪我の治療の依頼とか請けてるんでしょ?」


「そうだね。魔術で切り傷を縫う仕事は、割が良い方かも」


 ミヤとルキエッタは共和国の魔術師ギルドに所属しているというのは、屋敷に滞在している間にも聞いた話だ。それぞれ得意な魔術を活かして働いていたらしい。


「聖協会がオーガの住処まで討伐しにいくことはない?」


 私は話を戻した。


「聖堂近くに棲みつくことがあったら、討伐には行くかも。ただ、しつこく追い回すかっていうと……」


 ミヤが歯切れが悪そうに言うと、ネリアンナが続きを引き継いだ。


「かなり敬虔な一派なら、地の果てまで追い詰めて皆殺しにしそうですわね」


「ということは、この近くに過激派信者がいるかもしれないってこと?」


 私が言うと、ルキエッタが頷く。


「可能性はあるわね。そう考えると、屋敷を離れて正解だったかも。あんなところにいた理由を聞かれたら、何て答えても疑われそうだし」


「これから出くわさないよう祈るしかないね……」


 ミヤが声を潜めて言った。


「それに、テオと入れ違いになってないことも願うばかりですわ」


 ネリアンナも両手を握り合わせる。


 テオフィリウスには都と学院の情報を集めてもらっており、時期が来ればまた屋敷に報告しに来てもらう予定だった。しかしもしそれより先に私たちが屋敷を出発することになった場合、屋敷と都の間にある町や村、宿場で待機するか、もしくは伝言を残すことにしてある。


 しかしもしテオフィリウスが最寄りの待ち合わせ場所を出発したばかりで、屋敷に接近していた場合、こればかりはどうしようもない。


「取り決めておいた宿場に急がないとね。そこで、テオが来てないか確認しないと」


 私が言うと、ルキエッタが「それにしても」と魔力でできた車を撫でた。


「思ってたより速くて揺れないわね、この荷車」


「そうでしょ。世界樹の知識を色々と頑張って思い出したからね」


 この車のことは以前からミヤたちに話しており、試運転もしたが、それからいくらか改良も加えた。


 特にベアリングとサスペンションによって悪路の影響を受けにくくする機構については、かなり拘っている。


「もしかして、オーガを倒した魔術にも応用しましたの?」


 ネリアンナが私の方を振り返って質問した。


「うん、戦車っていう兵器を参考にした。オーガでも一撃で倒せたよ」


「そんな技術が世界樹には集積されてるんだよね……」


 ミヤが呟く。


「ある意味、世界樹計画は効果的ってことか……それを魔術抜きでできるようにするつもりなんでしょ?」


 ルキエッタが言った。


「だと思うよ。魔力の代わりに鉄とか、鉛とか、火薬を使って……あと、武器を大量生産する機械も作らないといけないか」


「全然想像できないわ……」


「魔術よりも魔術じみてますわね」


 ネリアンナが言った。


「もし本当に科学が発達したら、魔術はどうなるのかな?私たちみたいな魔術師は要らなくなる?」


「要らないってことはないと思うよ。その場で魔力を使って道具を作れるのは、すごく便利だし」


 私はミヤを慰めた。


「むしろ魔術もあるからこそ、科学の進歩も早まりそうですわね。向こう何十年かは、一部の工程を魔術や魔力で肩代わりしそうですわ」


 ネリアンナが鋭い予想を立てる。


「アンタ日常生活ではポンコツの癖して、こういう話は得意よね」


 ルキエッタが褒めているのか貶しているのかわからない言い方をした。


「領主付きの魔術師ですもの。これくらいの見当はつきますわ」


 ネリアンナが勝ち誇ったように言う。


 ネリアンナは共和国の地方領主の娘であり、学院を卒業してからは地元領で治水や工事に魔術を役立てているらしい。個人で完結する技能ではなく民や職人と協力する形で魔術を使っているので、ミヤやルキエッタとは異なる視点が養われているようだ。


「そっか……ネリちゃんも立派に働くようになっちゃって……」


 ミヤが少し感極まったように言うと、ルキエッタもため息をつく。


「こればかりはウチも感動するわ……人間ってやっぱり成長するものなんだなって」


「舐められていると憤るべきか、素直に喜ぶべきか……」


 ネリアンナが「ぐぬぬ」と複雑そうな表情を浮かべる。


 そんな彼女たちを微笑ましく見守りつつ、私は車を駆るのだった。

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