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第2話 二重の禁忌

「世界樹計画……?」


 テオフィリウスが聞き返し、私は頷いた。

 

「魔導学院にデカい樹があったの、覚えてる?敷地の端、教員棟の裏手に」


「話には聞いたことあるわ」


「樹齢1000年だからって、近づけないようになってたよね」


「その樹がどうしましたの?」


 ルキエッタ、ミヤ、ネリアンナが言った。


「実はあの樹、魔術の術式が組み込まれてるんだ。魔力で繋がると、仮想世界の幻覚――というか、夢を見れるようになってる。だから、世界を内包した樹って意味で世界樹」


 魔力――それは、生きとし生けるものすべてに大なり小なり宿っている、不可視のエネルギーだ。魔力はそのままの状態だと物質や原子に物理的な影響を及ぼせないが、魔力の位相を変換させて操ることで、実体を持つ様々な道具や武器を創り出すことができる。


 この魔力を扱う技術こそが魔術であり、どうやらアルガは魔術を行使できる魔術師らしい。


 そしてテオフィリウス、ミヤ、ルキエッタ、ネリアンナたちは共和国にある魔術の学校の卒業生であり、ノエナはその教授のようだ。


「夢って……つまり、魔力を通して精神に干渉するってことか?」


 テオフィリウスに聞かれ、私が「そうだよ」と頷くと、ネリアンナが憤慨と吃驚、そして怯えの入り混じった声を上げた。


「禁術ですわ!そんな魔術を研究していたなんて、何を考えていますの!?」


 魔術師は意識的に魔力の組成を変えられるが、ごく一部の優れた魔術師たちは自分の魔力で他人の魔力に干渉して組成を変え、さらにそこから他人の精神にまで影響を及ぼすこともできる。しかしそのような術は、共和国だけでなく近隣諸国全体でも禁術に指定されているとのことだ。


「仮想世界ってどういうこと?」


「そもそもどうして樹なんか使うのよ」


 ミヤとルキエッタも次々に質問する。


「えっと、樹齢1000年ともなれば、木であっても莫大な魔力を貯められるみたいで、仮想世界の術式を刻むには充分らしい。学院では、ここ30年くらい研究されてたって」


 アルガの記憶の中で、長い黒髪を括った冷たい美貌の女魔術師――ノエナは気怠げにそう言っていた。


「それで仮想世界っていうのは、魔術や魔力が存在しない『もしも』の世界を創った箱庭みたいなものなんだ。それ以外の条件、物理法則や物質の構造、主な動物の生態系はこの現実のまま」


「何だってそんな世界を創ったんですの?」


 ネリアンナが言う。


「魔術がなければ、代わりに科学技術が色々発達するかもしれないでしょ?そんな世界の何百年も先の未来なら、想像もできないような道具や技術が生まれる可能性がある。だからオレは700年くらい先まで夢を見て、オレの魔力の揺らぎから、科学技術の情報を集められるって訳」


 アルガは仮想世界に意識を潜り込ませ、本来の記憶を消し、仮想世界に生きる1人の人間として世界を観測して、その中で死ぬ度にまた新しい仮想世界住人として転生しながら21世紀と言われる時代まで観測を続けていた。仮想世界では同じ時期をもう一度別人で経験させることも可能なので、仮想世界の700年ほどの間に30万回以上転生し、数多の人生を歩んだらしい。


 アルガの記憶を探るに、今のこの現実世界の化学水準は、仮想世界の中で中世、14世紀くらいと言われる時代並みだろう。もし共和国がアルガの魔力の揺らぎを正確に解析できていれば、7世紀先の科学の知識を手に入れていてもおかしくないことになる。


「700年って……気が遠くなるな」


 テオフィリウスが心配そうに言うが、私はこともなげに答えた。


「仮想世界で転生している間は、前世の記憶はリセットしてたみたいだよ。30万回くらい転生したけど、その度に記憶はまっさらになってた」


 実際、仮想世界の中でアルガは、前世の記憶や世界への疑問を持つことなく、無実の罪で宗教組織から異端者として拷問を受け死亡した女性や、1000万人以上の死者を出したとされる戦争に従軍した兵士、5000万人以上の命を奪った疫病に斃れた子供、伝説上の物質を創り出そうとした錬金術師、借金まみれのギャンブル中毒だが文豪と呼ばれた小説家、薬物所持と飲酒運転と万引きで逮捕された汚職議員、史上最強のチャンピオンとして人々に記憶されたプロボクサー、ある山で遭難した末に変死してその死因に議論を呼び続けた動画配信者、そして33歳で恋人も友人もおらず仕事に忙殺されるだけの毎日を送る女性会社員など、実にありとあらゆる人生を歩み、歴史の構成員として文化や科学技術に触れていった。


 もはやすべてを詳細に思い出せないものの、アルガの肉体に宿る魔力はすべての転生の影響を受けているからか、私自身が身を以って体験していない人生がまるで遠い昔観た映画や劇のように漠然とした大筋の記憶として残っている。


「……えぇっと……あのさ?」


 ミヤがおずおずと切り出した。


「つまりまとめると、魔術の学校で、魔術が要らなくなるレベルの科学を研究してた……ってことだよね?」


「そうなるね」


 私は頷く。


「それって問題ないの?やっていいやつ?マズそうって思うあたしの認識がおかしい?」


「大丈夫、ミヤの言う通り普通にアウトよ」


「何も大丈夫じゃねぇよ。ダブルで禁忌犯してんだから」


 ルキエッタの言葉にテオフィリウスが突っ込む。


「も、もしそんな研究が聖協会にバレたら……」


「文字通り関係者の首が飛びますわ……拷問の末、晒し首ですわ……」


「待って、それってこの話を知ったウチたちも――」


「うん、禁忌に関与しちゃってる」


 私がそう言うと、浮遊感すら覚える一拍の静寂の後、テオフィリウスたちは一斉に声を上げた。


「嘘だろふっざけんなあのクソ教授!」


「危険は覚悟してたけど限度ってもんがあるでしょうよ!」


「心の準備ができてない!さすがに!」


「何でもうちょっとわかりやすく警告しないんですのあの方!」


「わざと!?わざとか!?わざとだったら許せねぇんだけど!」


「わざとじゃなかったらなお(タチ)悪いわよ!」


「過去の経験からもっと警戒しておくんだったぁ……!」


「あんなのが教育者やってていいんですの!?」


 しばらくパニックの嵐が吹き荒れ、ややあって落ち着きを取り戻したテオフィリウスが私に言った。


「……で、どうしてアルがその仮想世界に入る役目を?」


「世界樹には誰でも繋がれる訳じゃなくて、色んな適性が必要なんだって。魔力容量、魔力操作、仮想世界の観測内容が魔力に表れる感受性、シンプルに健康状態、あと夢を見続けても耐えられる精神力とか。それをクリアしたからっぽい」


 記憶を辿る限り、どうやらアルガは天才肌といってもいいほど魔術のセンスがあったらしい。ここにいるテオフィリウスたちも学院ではかなり優秀だったそうだが、アルガのセンスは彼らをさらに上回っていたようだ。


「ん?てことは、そもそもアルガが5年前に魔導学院に来たのはそのためだったってこと?」


 ルキエッタが聞いた。


「そうだよ」


 私は記憶を確かめてから頷いた。


「だからオレは、世界樹の準備が整うまで学院にいたんだ。で、3年前、みんなが卒業した直後に仮想世界が完成した。それからは、2日間仮想世界の夢を見て、一度起きて食事とかして、また夢を見るって生活を続けてた」


「そ、それって……」


 ネリアンナが慄いたように言った。


「眠ってる間、排泄とかどうしてましたの……?」


「今そこ気にするか!?」


「……まぁ、正直あたしもちょっと気になったけど」


「あれじゃないの?魔術で創った管を、こう――」


「ルキ、オレにも羞恥心や尊厳はあるんだよ?」


「乙女としてこのデリカシーのなさは問題ですわね」


「最初に訊いたのはアンタでしょうが!」


「とにかく、健康面のケアはあったんだな?」


「うん。情報収集もうまくいっていたと思う。寝てる時間が長くて体力は落ちたけど、栄養は足りてたみたいだし。オレにわかるのはここまでで……最後に世界樹に潜ってから目が覚めたら、ここにいた」


「たいへんだったね、アルガ……でも今はゆっくり休んで、ご飯いっぱい食べて、体力戻そうね!」


女中(メイド)を雇う側のわたくしに世話をさせるなんて、贅沢者ですわね」


「アンタに他人の世話は無理でしょ」


「そういうルキエッタこそ、学院の寮では名の通ったずぼら娘だったでしょうに!」


「はぁ……俺とミヤで3人分の面倒見るのか。骨が折れるな」


「テオくんはノエナ先生の助手やってるから慣れてるでしょー」


 朗らかに話す少年少女を見て、私は学院でアルガがテオフィリウスたち友と過ごした記憶や、学院に来る前の記憶を覗く。


 そうか。


 これが、君が勝ち獲った愛なのか……本当に愛されていたんだね、アルガ。


 君がどういう風に友と接していたか、友が君をどう思っているか、私でもよくわかる。


 そして、そんな君がなぜ仮想世界に入ったのかも。


 脳裏に、腰まで伸びる白金色(プラチナブロンド)の髪と、物憂げな光を湛えたアメジスト色の瞳、透き通るような白い肌、長い耳、すらりと伸びた手足の、美しいエルフの姿が浮かぶ。


 アルガ本人の記憶の大半には彼女の姿があった。


 ねぇ、アルガ。


 君は彼女のために――彼女の役に立ちたくて、彼女を喜ばせたくて、世界樹に潜ったんだね。


 君の意識は、またこの肉体に取り戻せるのだろうか?


 それが可能ならば、私はこの身体を君に返す努力を惜しまないのに。


 そう思い私は、家事の分担について話すテオフィリウスに改めて尋ねた。


「そういえば、みんながここに来たのはどうして?」


「ミヤ、ルキ、ネリを呼んだのは俺だ。で、ここに来るよう俺に言ったのは教授」


 テオフィリウスが答えた。


「教授からは、この屋敷の場所と、ここにアルがいるってことしか聞いてない。アルは身動き取れないから、信用できる奴を2~3人連れていけって言われて、このメンバーをかき集めてきた」


「……そうか。じゃあ、セラシエルには会った?」


 私は、アルガが慕うエルフについて触れた。


 セラシエルは2000年近い時を生きたエルフであり、その魔術の腕前は天才であるアルガをしても遠く及ばないほどだ。そしてアルガの記憶が確かなら、世界樹の魔力に仮想世界の術式を組み込む作業においても中核的な役割を担っていた。


 アルガはセラシエルが学院で世界樹に術式を施している間に聴講生として魔導学院にいたので、テオフィリウスたちもセラシエルと面識がある。


「ん……?あぁ、セラさんには3日前、俺らがこの屋敷に来た時会った。1週間前にアルを連れてきて、アルが眠りっぱなしって言ってたな。それで俺らがこの部屋で眠ってるお前を確認してる間に、姿を消したんだ」


「もう1つ確かめたいんだけど、オレたちが会うのは本当に3年振りなんだよね?」


「嘘なんてついてねぇよ。見ろ、成長期にも関わらず成長のないネリの姿を」


「ぶっ飛ばしますわよ!?」


「わかった、信じる」


「アルガは友人の言うことでももっと疑ってかかりなさいな!」


「オレ、5年は世界樹で観測を続ける予定だったんだ。でもまだ3年しか経っていない。となるとセラは、世界樹計画に協力していたのに、途中でオレを連れ出したことになる」


 私――というよりアルガの肉体を計画の途中で世界樹の傍から引き離したのは、学院に対する裏切りに他ならない。


 そして、セラシエルはノエナと気が合っていたようなので、アルガの肉体を攫う前後でノエナにそれを話したのだろう。


「セラさん、アルガをずっと世界樹に潜らせるのが辛くなったのかな……」


 ミヤがしみじみとした口調で言った。


「それはわからないけど、学院がセラを狙っているかもしれない」


 私の言葉にテオフィリウスがため息交じりに補足する。


「学院どころか、下手したら国を挙げてセラさんを探してる可能性だってあるぞ。魔導学院は共和国元老院の直轄だから」


 テオフィリウスが言った。


「そうか……じゃあなおさらだね」


 私は決心して言った。


「――オレはセラを探しにいくよ」


 セラシエルなら、私の人格をこの肉体から消し去り、アルガの人格を戻すことができるかもしれない。


 アルガにこの居場所を返す――それが、私の為すべきことなのだ。

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