プロローグ
それは目覚めと言うにはあまりに曖昧で、虚ろで、不確かで、断片的な眠りの幕間だった。
寸前まで自分が眠っていたという自覚すらなく、薄っぺらな絹に寄った皺ように頼りない意識で、横たわるベッドのシーツのかさついた感触を確かめる。
「――あぁ、目が覚めたね」
心地よい微かな摩擦を感じさせる麻布のような声が耳に滑り込み、ベッドの傍にいた誰かが自分を覗き込んできた。しかし、開いたばかりの目には周囲に満ちる穏やかな光ですら刺激が強く、相手の顔がよく見えない。
何を言うべきかもわからないまま声を出そうとするが、渇いた口内の粘膜同士が貼りついていて、舌も口蓋から剥がれず、唇の隙間からは空気が漏れる掠れた音しか出ない。
「安心して。焦らなくていい。君はちゃんとこの世界に帰ってきたんだ。眠る前のことも、すぐ思い出せるようになる」
声の主はそう言って手を翳し、私の瞼にそっと触れて光を遮った。
細くて柔らかく、冷たい指だ。
心地よい。
その指の感触に浸っていると、自分の中のどこかから湧いて出てきた名前が無意識に口からこぼれ出た。
「せ……し、ぇる……」
瞼に載せられていた指がぴくりと動く。
「まったく……自分のことからゆっくり思い出してくれればいいのに」
顔が見えず、意識も朦朧としている今、その声に滲む切なさの由来がわからない。
「しかし、やはりというか、君が私の名を真っ先に呼んでくれるのは嬉しいよ」
だから、と声の主は唇を寄せてきて愛おしむように囁く。
「今はゆっくり休んで……私たちはまたいつでも会えるんだ。また、ずっと一緒にいられるから――」
また会える。
その言葉が自分の胸をゆっくり押して、眠りの泥濘に沈めていくかに思えた。
そうか、また会えるのか。
会ってもいいのか。
――いや。
本当に自分なんかが会っていいのだろうか?
ふと、そんな想いが小さな気泡のごとく生じる。
違う。
それではいけない。
意味がない。
間違っている。
水中で溺れてゴボゴボ息を吐き出すかのようにそんな想いが荒々しく湧いて、喉元までせり上がってくるのを感じる。
しかしそれが言葉に、声になって外界に発せられるより先に、意識は睡魔の重力に引きずられ、再び生ぬるく暗い昏睡へと沈み込んでいった。




