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プロローグ 桃塚 由浩




 ──後期に入ってから、明らかに周囲から避けられている。


 高校時代にほんの少し他人より灰色の青春を送っていた分、大学に入ってからはまるで漫画や映画や小説の中のような青春を送ってやると決意し、高校三年の自由登校期間中に受験勉強よりも力を入れて垢抜けについて勉強した。

 その結果、卒業式の日にはついに一年間一度も話したことのなかったクラスメイトの女子から「え、犬巻くんてめっちゃかっこよかったんだ」を引き出したこの俺、犬巻(いぬまき) (ほたる)は、その後生まれた地から随分と遠く離れた福岡の大学に進学し、順調に華々しい大学デビューを飾ることに成功した。

 かといって、見た目こそは変わったものの、根がパーリィーピーポーではない自分が一朝夕で根明を習得し、ウェイウェイと鳴き声をあげるイケイケの大学生の間に擬態するのは逆にボロが出てしまうということで、平均的な大学生の群れに擬態し、薔薇色とまではいかなくとも灰色ではない大学生活を順調に送っている。


 はずだった。

 少なくとも、大学二年の前期まではそうだった。

 全てを変えてしまったあの忌々しい事件に巻き込まれてから、もう1ヶ月が経とうとしている。

 あの事件で死にかけたせいでお前は人が変わってしまっただとか、様子がおかしくなったとか、知人達は口々に何かと理由をつけて離れて行ったが、俺の中身は以前と何も変わっていないし、そもそも実際には死にかけたのではない。

 俺はあの時、確かに一度死んだはずだった。

 とはいえ完全に切り離されたはずの俺の首は、今はちゃんと身体と繋がっているので、全ては夢だったのではないかと思ったが、首に一直線に残った傷があの出来事が夢ではなかったということを物語っている。

 カット代だけで一万円という高い金を出してSNSで話題の美容室で綺麗に襟足を伸ばした形で整えてもらったウルフカットも、首を斬られた時に襟足が短くなってしまい、少し襟足が長めの短髪といったところに収まってしまっている。


 何よりこの色。

 生まれてこのかた一度も染めていない硬派な黒髪は、一夜にして真っ白に色が抜けてしまった。

 黒染めしてしまおうかと思ったが、何故だか白髪染めも一向に色が入らず、どうやら一生このままらしい。

 中身を変えることを拒み、妥協し、まずは見た目を変えるところから入って他人に好かれようとした自分が、今度は見た目で好き勝手に印象を付けられ、避けられている。

 本当に皮肉な話だ。


 先週久しぶりにバイト先の中華料理屋に出勤したら当たり前にクビを言い渡されたため金が無いので、多少居心地が悪くとも格安で飯を提供してくれる学食で飯を食っているが、近くを通り過ぎる人々からはヒソヒソと「ほら……あれが例の……」「やば……」などとの声が小石のように飛んでくる。


 昼時は当たり前に混雑しているにも関わらず、みんな近寄りたく無いのか俺の周囲位の席は四方八方どころか十六方位まで空席になっていて、俺の知らないところでボ○バーマンでもされている気分だ。

「別に俺だって好きでこんなんなったわけじゃねえよ……」

 ぼそりと声をあげれば、近くを偶然通りがかっていた男がビクッとして逃げるように去って行く。

 流石に半泣きになって、早くこの場を去ろうと素うどんを吸い込んでいると、突然隣の椅子が音を立てて引かれた。


「あのぉ〜、お隣いいですかね?なんかここだけめちゃめちゃ空いてるんで」

 パッと声の主の姿を見て、緊張が走る。

 硬派な印象の濡羽色の髪とは対照的に、色つきの丸サングラス、なんだかよくわからない柄の入った、緑とも紫とも言い難い色が混じり合った柄シャツを着た大男が、こちらを見てにこりと愛想のいい笑顔を振り撒いた。

「あら?駄目やった?」

「あ、や、どうぞ」

 金縛りが解けたので五文字だけ発すると、「助かった〜、ダメって言われとったら立って食わんといかんとこやったわ」とこれまた気のいい笑顔で隣にお盆をごとりと置いた。

「なんでここだけ空いとるんやろうね」

「……さあ」

 一人ではなくなったが、これはこれで気まずい。

 具が無くて助かった。早く食べてしまおう。

 素うどんを黙々と吸い込んでいるのだが、男はまだ笑顔で話し続ける。


「素うどん安くていいよな〜、100円て安すぎん?」

「俺昨日バイト代入ったけんちょっとリッチに日替わりA選んだんやけど、日替わりA魚やったんよ〜」

「普通に考えて頼むまで内容分からんのやばくない?俺肉が良かった、この際鶏でも豚でもいい」

「タンパク質摂りたい、鶏だけに、とりたい」

「つか680円にしては量少ないな?ぼったくってない?せいぜい500円ぐらいでしょ」

「これ素うどんの分日替わりAで稼いでんじゃない?」

「俺ら日替わりA勢が素うどん支えてんの?なんか年金みたいやね」

「てことはその素うどん実質何%かは俺が奢ってるってことじゃん。飯食うだけで誰かの助けになってんの、全自動徳積みシステムやん」


 流石に喋りすぎじゃないか?

 驚いたことに、ここまで全部一人で喋っている。

 見た目がどうとかの話ではなく、この男、普通に変な人かもしれない。

「ごちそうさまでした」

 ひとしきりうどんを吸い終わったのでこの場を去りますよという意図でそう言えば、男は「いいえ〜」と声を上げた。

 まさか本当に日替わりAが素うどんを支えているつもりでいるのか?

 お盆を持って返却口に向かおうと席を立とうと腰を浮かせたところで、上半身にどっしりと重みがかかって立てなくなった。


「まだ昼休みあるやろ、ちょっとお喋りしようや」


 肩を、組まれている。

 それも、身長が2メートルは行っていそうな大男から。


「な、何なんですか?」

 そう言えば、男は「座って飯食いたかったのも本当だけど、一番はお前と話したかったんだよね」と楽しそうに声を弾ませた。

 9月とはいえまだ暑さが残るこの季節だが、嫌な生暖かい汗が背中を伝う。

 そもそも、これだけ好奇の目に晒されて避けられている俺の隣に座るような人間がまともなはずはないのだ。

「俺、日文(にちぶん)三年の桃塚(ももづか) 由浩(よしひろ)。よろしくね、犬巻 蛍くん」

 やけに弾んだ声色でそう言った男の顔の表情を恐る恐る見やると、サングラスの奥の瞳と目が合った。

 カラコンでも入れているのか、その瞳は美しい金色をしていて、目を細めて笑うときゅっと細くなって、まるで三日月のようだと思った。

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