十年後
読んでいただきありがとうございます。感謝しかありません。
あれから十年が経ちアメリアは王都で小さな薬屋を営んでいた。
五年前に疫病がはやり両親が亡くなった。爵位は王家に返し残った資産で店を開業した。残りは銀行に預けてある。生活はアメリアの稼ぎだけで十分にやって行けていた。
薬がなく大勢の人が亡くなった。いくら薬草の勉強をしていても新しい病には勝てなかった。風邪の様な症状が出始め油断していたらあっという間に感染が広まった。両親には手をよく洗い口をハンカチで覆い、お酒を使った消毒液を使うように言っていたのに、それでも感染して二人ともあっという間に亡くなってしまった。
アメリアの足の下には暗い闇が広がっているとしか思えなくなった。泣く事さえ出なかった。
使用人もほとんど亡くなってしまった。
家にいるのが辛くなってアメリアは王都に引っ越す事にした。
人が大勢いる都会は過ごしやすかった。田舎のように知り合いがいるわけでもないが、街のざわめきが心を救ってくれた。
食べ物も屋台がたくさん出ていて食べたいだけ買えばそれで済んだ。
◇◇◇
基礎の勉強を終えた後、薬学の学院へ入学し三年間しっかりと勉強をした。
なのに疫病にはなす術がなかった。
サラとギルはアメリアの薬師としての門出を後押ししてくれた。王都にある自分たちの家の所有する商会で働くことにしてくれたのだ。
幸い疫病にはかからず今も友達でいてくれる。二人だけがアメリアをこの世に繋ぎ止めている存在だった。
◇◇◇
時は遡りアメリアとロバート達の手紙のやり取りは続いていた。おばさまからは具合が悪いのか代筆が多くなった。病院の窓から見える季節の話やロバートが勉強を頑張っているとか、見舞いに来た時の話が楽しそうに書かれていて大事な宝物になっていた。
ロバートとのやり取りも順調だったが、おばさまが亡くなると最初は月に一度の返事が半年に一度になり一年に一度になりいつしか途絶えた。
さすがにその頃にはアメリアも諦めがついた。人の心は変わる。お墓の前で泣いていたロバートはもういない。吹っ切れたならそれでいい。前を向いたほうがいいのだから。アメリアからの手紙は過去からの手紙だ。もう出すのは止めよう。
アメリアは悲しみに蓋をして前を向くことにした。
◇◇◇
細々とやっている薬屋にも嫌な客は来る。アメリアが若い女性だから疚しいことを考えるものもいるのだ。街の警邏隊にもお願いはしたが気を付けて見回りますよと言われるだけだった。ギルに頼んで店番兼護衛を紹介してもらうことにした。足りないところは遺産から出そう。両親も許してくれるはずだ。
やって来たのは若い女性だった。貴族のお嬢様の専属護衛をしていたそうだ。先の疫病でお嬢様が亡くなり目指す道を見失っていたのだという。
「サラにどこか似ている気がするの。彼女に決めるわ」
ギルもそう思ったのかもしれない。
「商会に面接に来たからここの方が丁度良いと思って連れて来た」
「一週間程務まるかどうか様子を見てもいいかしら、令嬢の護衛だったならいてもらえると安心だけど」
「そうだね、接客もしてもらわないといけないし、店に向いてないかもしれないからね」
「お名前は何というのかしら?」
「ミズリーでございます」
「一週間勤めてみて気に入れば居てもらうことになるわ。私が駄目だと思うかもしれないし、貴方が嫌になるかもしれない」
「気に入らないなんてありません。精一杯勤めますのでよろしくお願いします」
「貴方をミズリーと呼ぶわ。私の事はアメリアと呼んでね。明日からよろしくね」
アメリアは薬草の袋に薬の名前と何に効く薬なのか書いて貼ることにした。
間違いがあっては困るのでノートを作り薬の名前と効能を丁寧に書いていった。
ほぼ店には居るつもりなので必要は無いと思ったが念の為だ。
ミズリーは一週間の後正式に薬屋に雇われることになった。紺色の地味なワンピースを制服にした。
話しをしてみると男だらけの騎士の中で嫌な思いも沢山していたらしく雇っていただけて嬉しいと言ってくれた。男尊女卑が蔓延っている世界で頑張っているアメリアの役に立ちたいと言ってくれた。
「ミズリーは大変だったわね。女だからって馬鹿にする男は大勢いるもの」
薬を研究している者は変わり者が多く人には余り興味を持たないでいてくれたので、アメリアはやりやすかったと思う。学院でも勉強をしていれば放っといて貰えた。余り良い成績を取るとやっかまれて面倒なことになった事があるので、テストでは手を抜くことを覚えた。知識さえ蓄えられれば良いアメリアは成績の順位などどうでも良かった。
◇◇◇
疫病は国と国の流通を途絶えさせ人の流れを止めることでどうにか治まった。どこの国も新薬の開発に余念がなかったが未だに特効薬は作られていなかった。
ミズリーが店に出てくれる事が増えアメリアは時間に余裕が出来るようになったので奥の作業スペースで薬を作ることが出来るようになった。多く出来た時にはギルの店の流通を使って売ってもらうことにした。幸い評判が良く高い値段で売ってもらえることになった。
店で売るのは間に誰も入っていないので安く売れるが、ギルが利益を得ようとすると高いほうが良いだろうと納得した。それに高い薬の方がよく効くと思っている金持ちは案外多かった。そうしてアメリアは堅実にお金を蓄えていった。
街のギルドで高い薬を作るための材料も冒険者に頼んで仕入れることが出来るようになり、アメリアの薬は一層効果の出るものになった。
薬は国を超えて外国でも評判になっていったが、アメリア一人で作っているので幻の薬とまで言われるようになっていた。商談はギルの商会が責任を持ってやってくれていたのでアメリアは営業に出なくてもよく作り手は秘密のままにされた。
危険が増えたと思ったギルは販売員に化けさせた護衛を増やすことにした。王都の目立たない薬屋は思いがけず注目されることになった。ある日ギルが
「薬を作る場所を独立させないか、此処は警護もしにくいし君の身に何かあったら心配なんだ」
「独立ね、確かに材料が増えて狭くなってきたし、いいかもしれないけど、店番は信頼できる人にしてもらわないと困るわ」
「うちの主任販売員が薬が専門なんだ、その人に任せよう。アメリアの警護にはミズリーがいたほうが良いだろう?」
「うん、信頼してるから。場所は決めてあるんでしょう?」
「僕たちの屋敷の敷地内に研究所みたいな物を作っておいたよ」
「仕事が早いわね、良いわ、そこに引っ越しするわ。もちろん住めるのよね」
「もちろんだ、サラが張り切っていたよ。ちょっとした要塞のようだよ。君の身の安全のためだからね。有名になりすぎたよ。外国からの商人までひっきりなしにやって来るようになった」
「一人でも多くの人が助かればと思って始めたから。面倒なことをギル達に任せてしまってごめんなさいね」
「アメリアの薬のおかげで商会の評判も上り他の商品も売れてしょうがないんだから気にするなよ」
「頼もしい味方がいて良かった」
ギルが切なそうな目でアメリアを見ていることに、この時のアメリアは気がついていなかった。
自立する女性アメリアです。ロバートとの再会はもう少し先になります。