穏やかな時間
最終回です。今まで読んでいただきありがとうございました。
あれから二人は新居に移った。庭師を置き花を咲かせ手入れがされていた庭はアメリアの実家を彷彿とさせるものだった。
思い出の菫は綺麗に咲き夫妻を楽しませていた。
木を植え薔薇園を作り一面が花で溢れるような庭にもした。薔薇オイルを自分の庭で採れた花で作ってみたいというのが今のアメリアの願いだ。小さな我儘だった。自分たちだけのオイルで癒されるのが楽しみだ。
ロバートの妻が幻の薬師だと知られてからは、アメリア目当ての荒事もロバートへのあからさまな誘いも減った。なにしろ王家の庇護の元にあるのだから。
しかし懲りない輩はいつまでも湧いてきて夜会でロバートに無駄なアプローチをかけてきたり、アメリアを誘拐しようと仕掛けて来た。
対策で影がしっかり付けてあるし護衛の数も増やしていた。
それでもロバートの過保護は拍車がかかっていた。目に入る場所にアメリアがいないと心配でたまらないのだ。
ロバートはアメリアしか目に入れず、蕩けたような瞳で見つめては頬や額にキスをして見せるようにした。どこからの自信なのか自分の方が相応しいと思っている女性たちにはそれで充分な牽制になった。
屋敷でもそれは変わらず使用人達は主人夫妻のイチャイチャシーンを見せつけられる事になった。休憩時間の珈琲の減り方が早くなったのは仕方がない。
頼まれて王宮で病人を診る時には変な誤解をされないように気をつけたし、側につける看護師は年配のベテランばかりにした。
勿論アメリアの敵になると目を付けた人物は徹底的に潰した。
二人の研究はやがて実を結び、疫病の新薬を作りあげた。保存が出来るように錠剤にした。薬は国が買い上げてくれそこから先のことは伯爵家の手を離れることになった。勿論販売元はサンデー商会である。
これで再び流行が襲って来てもある程度は防ぐ事が出来るようになった。
一国だけの問題ではないので、数カ国で話し合いが行われた。
病気で人が減らなければ人手に困ることはない。国の彼方此方で復興の兆しが見えていた。
国民にゆとりが出来、流通が良くなり国交が元に戻ると暮らしが楽になり始めた。一朝一夕には無理でも徐々に豊かになることは夢ではない。
◇◇◇
サンデー商会からロバート達に申し出があった。薬の生産部門をレンブラント伯爵家が全て引き受け、権利と責任を持つのはどうかというのだ。前世で言う特許のような物は伯爵家が持っていたが、製作工程や販売は商会に一任してあった。戸惑うアメリアに
「もう私達は随分儲けさせて貰ったわ。生産部門も指導者もそのまま渡すわ。伯爵家に跡継ぎが出来た時、事業の一つを継承出来るようにしておいた方が良いと思うの。
元々アメリア達が作った薬なんだから。
出来上がった製品を買い上げてくれるのは国だけどこれからどうなるか分からないでしょう」
ロバートと顔を見合わせたアメリアは
「サラとギルには恩があるので今のままでも良いと思ってたけど、これから生まれて来る子供達のためには考えるべきかも知れないわね。
国が買い上げてくれると言っても、都合よく契約が変えられる未来もあるかもしれないし。
販売元はサンデー商会で良いと思うわ、今までの販路があることだし」
「そうだな、これから生まれて来るだろう命に何をしてやれるか考えないといけない時が来たのかも知れない。ありがとう、感謝するよ」
こうして製造元と販売商会が分かれるという新しいやり方が登場した。今までは大きな商会が制作者と契約して、販売していくというやり方が主流だったので製造元が知られることが少なかったが、制作者としてのブランドを有名にすることも夢ではなくなったのだ。
これにより各ブランドがしのぎを削る時代が来て、益々経済が活性化するようになった。
◇◇◇
「毎日アメリアと一緒に居られるようになるなんて奇跡のようだ。勉強漬けだったあの頃の俺に教えてやりたい。アメリアをもっと大事にしろと。成長途中の綺麗なアメリアを見逃してしまった」
過去を振り返って愚痴を零す可愛い旦那様にアメリアは笑いながら言った。
「何を言ってるのかしら、過ぎてしまったことだわ。勉強したからこそ医者になれたんじゃないの」
「俺の奥さんは男前だな、そんなところも好きだけど」
と蕩けたような瞳で見つめ唇を塞いだ。
未だにロバートはアメリアと疎遠になった数年を悔やんでいた。
「これからその分を取り返して甘やかす」
「私もロバートと夫婦になったなんて夢かも知れない気がするの。目が覚めたら誰もいなくて一人の部屋で暮らしているのかもと思ったりするわ。
想われているのは嬉しいけど、こうして膝の上でお菓子を食べさせて貰うのは違うと思うのよ、恥ずかしいし。
沢山のドレスも宝石もあまり着ていく所もないから勿体ないわ」
「一人になんてしない。綺麗に着飾ったアメリアが見たいんだ。観劇やレストランに行こう。約束は守るよ。今まで誕生日に何も贈れなかったし、贈らなかった。情けないと反省してるんだ。勇気が無さすぎた。どうしてそんな事が出来たのか過去に返って自分を殴りたい」
「目の前の事で精一杯だったんだから気にしないで良いのよ。私だってロバートに何もあげていないわ」
「俺が連絡を取らなかったせいだから気にしなくて良いんだ。アメリアは本当に優しいね、でも見て」
「この沢山の箱は何かしら、開けても良い」
「全部アメリアの為に用意していたんだ。渡せなかったけど」
十歳と十一歳は手紙の中におめでとうの言葉と共に栞が入っていた。しかしそれ以降は段々と手紙が減って行った。
十三歳のアメリアには大きなクマのぬいぐるみが、十四歳にはブルーの色のガラスペンが、十五歳にはダイヤモンドのネックレスが、十六歳にはそれとお揃いのイヤリングが、十七歳にはダイヤモンドのブローチが、十八歳にはダイヤモンドの指輪が十九歳の時には細い金のブレスレットがアメリアの為に用意されていた。年齢順に並べられたプレゼントはカードが付けてあった。新しいので慌てて書いたのだろうと思われた。
「隣国へ行く前に用意していたんだ。自分で選んだ物だよ。ずっと渡したかったけど婚約者でも無かったし、アメリアが困るかなと思って公爵邸の自分の部屋に隠していたんだ。告白してい良い返事が貰えたら渡そうと思っていた。重いよね」
「ありがとう、嬉しい。こんなに想って貰っているなんて婚約した後も結婚してからも思ってなかった。小さい頃からロバートは憧れの人で手の届かない人だと思ってた。でも愛しい旦那様になったわ。一生懸命愛していればお互いの想いが同じようになるかなって思ってたの。どうしよう、お返しがないわ」
「アメリアの告白がお返しだよ。物なんていらない。アメリアがいてくれたら良い。でも聞き逃がせない所があった、僕の気持ちが伝わって無かったみたいだね。もっと実感して貰わないと」
ロバートが涙を唇で掬い取ってくれていた。涙を流していたみたいだ。幸せ過ぎて涙が出てくるなんて思ってもみなかった。愛されていた実感がようやく押し寄せてきた。私はなんて幸せなんだろう。身体から強張りが抜けて行くような気がした。
ロバートの首に手を回して自分から唇を寄せた。抱きしめられた腕の中が一番安心できる場所だった。
ロバートはアメリアを横抱きにしてベッドにそっと降ろした。二人の濃密な時間が過ぎていった。
◇◇◇
それから二年後待望の命がアメリアのお腹に宿った。一人目はロバートによく似た男の子だった。その二年後にアメリアによく似た女の子が生まれ、伯爵家は賑やかになった。
家族を得たアメリアの瞳は明るくなった。何もかもなくしたと思った時はこわごわ一人から歩き出したが、サラとギルが居てくれ、ロバートが帰って来てくれた。子供達も可愛くて心は満たされている。
両親が病気で旅立った日に孤独だった少女はもういない。愛に包まれた女性に生まれ変わったのだから。
愛されていたけど、どこか自信の無かったアメリアに、ロバートは大きな愛を捧げました。
強いヒーローって良いですね。
また皆様とお会いできますように。




