一目惚れ
「なあ、お前一目惚れってどう思う?」
俺は幼馴染であり、付き合い始めてもうすぐ1年が経とうという彼女、佐野水咲にそう問いかけた。
「……何?浮気の相談?」
少し不機嫌そうにそう返した水咲を見て、俺はこの質問をしたことを早くも後悔する。
やはり帰る途中とはいえ、デート中にする話題ではなかったか。
そりゃそうだ。
俺と水咲は生まれた時からずっと一緒の幼馴染。
もし俺が誰かに一目惚れしたのだとすれば、それは水咲以外の誰かということになってしまう。
「いや、違うって!俺の話じゃないから。これはトモダチの話なんだけどさ……」
そんなことを考えてしまった罪悪感からか、事前に考えていた設定を言い訳がましい口調で話してしまった。
「ふーん、それで?」
不味い。ますます水咲の目が冷たくなっていく。完全に逆効果だったようだ。
そんな焦りからか俺の態度はさらに怪しいものとなってしまう。
「い、いや、本当にそうなんだって。本当に俺が誰かに一目惚れしたわけじゃなくて、本当に相談を受けてて……」
しどろもどろになりながら言い訳にもならない言い訳を続けていると、水咲は突然「ふふっ」と笑い出した。
「み、水咲……?」
「ごめん、ごめん。ちょっとからかっただけ。錬の話じゃないことは最初から分かってたよ」
どうやらからかわれていただけだったらしい。
俺の考えた設定など、最初から意味のないものだったようだ。
「や、やっぱりな。そうだと思ってたよ。俺ほど誠実な男が浮気を疑われるわけないからな」
「そうそう、錬ほどばかでわかりやすいやつはいないからね」
「何だと!?」
「はいはい、話が進まないでしょ。完全に人選ミスだと思うけど、相談は本当に受けてるんでしょ?私に聞かなくていいの?」
話を進まなくしていたのはどっちだと言いたかったが、これ以上言うと本当に小1時間は終わらなくなるので、この辺で止めておく。
や、それもそれで楽しいんだけどね。
「分かったよ、話を戻すよ。水咲は一目惚れについてどう思う?」
「うーん、私はしたことないから分からないけど、する人はするんじゃない、って感じ」
「良いか悪いかで言うと?」
「良いか悪いか?……どっちでもないんじゃない?」
それくらいが普通の考えなんだろうか。
少し考えるそぶりを見せていると、今度は水咲の方から尋ねてきた。
「そういうあんたはどう思ってんのよ」
「俺は全然良いと思う」
「断言したわね。どうして?」
「一目惚れって要するに第一印象がめちゃめちゃ良かったってことだろ?俺の経験上、第一印象が良かった相手って高確率で仲良くなれるんだよな。逆に最初に合わないって感じる相手はそのまま苦手なままのことが多いと思うんだよ」
「まあ、それはそうかも」
「だろ?なら、一目惚れした相手ってその後もちゃんと好きでいられる可能性の高い相手のことだと思うんだよ。だから、一目惚れがきっかけで恋愛関係になろうとすることは全然良いこと思うんだけどなー」
「ならあんたは何を悩んでんのよ。その友達とやらにそう答えてあげればいいだけじゃない」
おっしゃる通り。
でもそれで終わらなかったからこうやって相談してるんだよなぁ。
「実はもうそいつにはそう言ったんだよ。でも真逆の意見返されてさぁ」
「ふーん。なんて言ってたの?」
「『一目惚れなんて相手の外見が好みであるだけなんだから、それだけで相手のことを好きだと思うなんてむしろ相手に失礼なこと』、なんだってさ」
「あー、私はそっちの気持ちの方が分かるかも。私もほとんど知らない男子に告白された時、『私のこと何にも知らないでしょ』って思ったし」
「でもさぁ、それで何の行動も起こさないって後で後悔しない?っていうか、見てるこっちが辛いんだよなぁ……明らかに無理して気持ちに蓋してる感があって」
さすがに一時的なものだとは思うが、急にボーっとすることも多いし、明らかに夜も眠れていないみたいだった。
来年は高校受験もあるので、勉強も大変になるというのに。
そこまで思い悩むなら、っと俺は思ってしまうのだが。
「……なーんか怪しいわね。ねえ、相談してきたのって本当にただの友達?」
「えっ!?そ、そうだよ……?」
「あんたは人の恋愛ごとにそんなに口を出すタイプじゃなかったと思うんだよねぇ……。ねえ、その友達の名前教えてよ。絶対に秘密にするからさ」
「教えるわけないだろ!そ、そもそもお前は名前聞いても分からないと思うぞ?」
「基本人見知りで友達少ないあんたに私が全く知らない友達がいるわけないわ!」
「ひでえ!俺にだってお前が知らない友達くらいいるわ!」
俺は声を荒げてそう言うも、水咲は全くひるんだ様子なくこう言った。
「……女の子でしょ」
「ご、誤解だ!」
とっさに否定の言葉を発すると、水咲は「はあ~」と深いため息をため息をついた後こう言う。
「もういいわよそれは。あんたが浮気できるほど器用な人間じゃないことは知ってるし。好きにすればいいじゃない」
言葉だけにすると突き放されたようにも聞こえるが、その声色には若干の寂しさが混ざっていた。
よくよく考えるとあいつのことを隠す必要などないのかもしれない。
だって、やましいことは本当に何もないのだから。
「ごめん、俺が間違ってたよ。くだらない嘘なんてつくべきじゃないよな。そうだ、今から会ってみないか?思い悩んでるのは本当だからお前の方が力になれるかもしれないし」
「え、いいの?今からって迷惑じゃない?」
「むしろ今会わなかったら、しばらく会えないと思うしな。とりあえず会えないか聞いてみるよ。多分大丈夫だと思うけど」
そう言って俺はスマホのメッセージアプリを起動させ、さくさくっとメッセージを送った。
●
幸いにもメッセージにはすぐに既読が付き、会えるとのことだった。
待ち合わせ場所を近所の公園にし、そこで合流することにする。
「なあ、何でそんなに機嫌がいいんだ?」
「私、ずっと妹が欲しかったのよね」
「はあ……」
「私たちの3つ下の中学2年生でしょ?私の妹にピッタリじゃない!」
水咲は捕らぬ狸のなんとやらをしているようだった。
俺たちは2人とも一人っ子なので、兄弟姉妹がいたらな、みたいなことはよく考えていた。
なので、これから会う相手が俺の親戚と分かってからはこのような妄想を始めてしまったというわけだ。
水咲は部活の後輩にもよく慕われているようなので、案外本当に懐かれるかもしれないが。
そんな感じで水咲がトリップしている様を眺めていると、目的の人物が視界に映った。
「鈴ちゃん!こっちこっち」
鈴ちゃんは俺に気付くと小走りでこちらに駆け寄ってくる。
「れ、レン……兄さん。きゅ、急に呼び出してどうしたのですか。鈴はまだ心の準備が……」
鈴ちゃんは俯きながらぼそぼそとよく分からないことを話す。
しかし身長差もあり、時折チラッチラッと俺を見る目が上目遣いとなって妙に心が揺さぶられる。
「あ、ああ。実はお前に紹介したいやつがいるんだ。前にも話したことがあっただろ、俺の幼馴染の佐野水咲だ」
とりあえず分かる部分の疑問に答えると、鈴ちゃんはそこで初めて俺の隣にいる人物に気付いたような反応をする。
余程俺のことしか見えていなかったらしい。
いや、ずっと俯いてせいか?
「はじめまして。錬のカノジョの佐野水咲です」
あれ、水咲さん威圧感出てますよ?
妹にするんじゃなかったの?
あれか、姉は妹より上の立場でなければならない的なやつか。
んなわけねぇな。
どういう心変わりだ。
「……ああ。あなたがヘタレ幼馴染の佐野さんですか」
「は?誰がヘタレだって?」
「付き合い始めてもうすぐ1年経つというのにキスすらもしたこともないのなら、ヘタレ以外の何物でもないでしょう」
それを聞いて水咲は俺の方を睨みつけてくる。
その視線に対し、俺は目を逸らすしかなかった。
しゃべるつもりはなかったんだ……誘導されたんだよぉ。
「くっ……そんなこと中学生のお子様のあんたには言われたくないわ!」
「中学生レベルの恋愛もできないくせに」
「あんたは中学生にすら見えないけどね」
あっ……。
地雷踏んだ。
さっきまでも言い合ってはいたが、鈴ちゃんの方は水咲のことを煽ってやろうという、いわばどこか余裕があった。
しかし、今はその余裕が完全になくなった。
自分で煽ったのだから自業自得だとも思うが、水咲の方も年下に対して大人げないと思ったのか一転、申し訳なさそうな表情になる。
「ごめんね。言い過ぎちゃった」
「ふふふ、良いんですよ。佐野さんから見れば鈴なんて体格的には子供で間違いありませんからね。それに、存外悪い気分でもありません。鈴に対してあれだけ圧をかけたり、煽りに反応していただけるということは、きちんと鈴をライバルとして認めているということですからね」
鈴ちゃんの豹変ぶりに水咲はあっけにとられている。
俺も鈴ちゃんのこんな様子は初めて見た。
「レン兄さん、佐野さんの紹介はもう十分ですよね?」
「え!?いや、水咲にはお前の相談に乗ってもらおうと思って……」
そんな相談ができる雰囲気ではないことはさすがの俺も承知していたが、名目上そう言った。
「相談?それならレン兄さんが乗ってくれたじゃないですか」
「いや、お前は真逆の意見を持ってたみたいだし、別の人の意見も聞いてみたいかと思って……」
「鈴が聞きたかったのはレン兄さんの意見だけですよ。さあ、早く一緒に家に帰りましょう」
そう言って俺の手を取って、引っ張って帰ろうとする。
「そ、そうか。じゃあ悪いな水咲。また学校で」
いつもなら送っていくのだが、今日は鈴ちゃんがいるので別れを告げて帰ろうとすると、そこで水咲がストップをかけた。
「ちょっと待って!一緒に帰るって家の方向が同じって意味よね……?」
「違いますよ。これから鈴がレン兄さんの家に行くので、そこに一緒に帰るという意味です」
よく分からないことを聞く水咲に鈴ちゃんがバッサリと言い捨てる。
「そ、それは錬の家に泊まるということ……?」
「そうですよ。そして一緒に寝るということです」
春休みの間だけで明日には帰るけどな、と内心で付け加える。
だが、水咲が一緒に寝るというのを勘違いしてもいけないのでそこは言い直しておく。
「一応言っとくけど、一緒の布団で寝るじゃなくて一緒の部屋で寝るってことだからな」
「えっ……一緒の部屋で寝てるの……」
水咲が信じられないといったような顔でこっちを見る。
いやいや、お前も俺の家にお客様用に一部屋用意するなんてスペースがないことなんて知ってるだろ、来たことあるんだし。
「それだけではありません。裸を見せ合ったこともあります」
「ちょっ、それは秘密って言ったじゃん!」
「じ、事実なの……?」
事実ではあるが、あれは事故だったんだ。
鈴ちゃんが泊まりに来ていることをその時はすっかり忘れていて……。
どう弁明しようか悩んでいると、鈴ちゃんは追い打ちをかけるようにこう言った。
「キスもしたことがありますよ」
「嘘だ!」
俺は慌てて否定する。
さすがに、彼女の水咲を差し置いてほかの女の子とキスするなんてありえない!
俺がすぐさま否定したことでこれは嘘だと分かってもらえたのか、水咲は少し安心したような顔になる。
しかし、悪魔の囁きはまだ終わっていなかった。
「レン兄さん、朝のこと忘れてしまったんですか……?」
朝のこと……?
ああ!
もしかして、朝、鈴ちゃんが俺と同じコップを使っていたことを言っているのか?
そう言えばあの時、鈴ちゃんは「間接キスになりますけど、いいんですか」とか言っていた気がする。
えっ、女子の間では間接キスもキスに含まれるのか!?
俺に心当たりがあることが分かったのか、水咲の表情がますます曇っていく。
「も、もしかして一目惚れの相手って……」
「ちなみにですが、鈴がレン兄さんと初めて出会ったのは2か月ほど前のことです。そして、鈴とレン兄さんは親せきといっても『いとこ違い』の関係……つまりはかなりの遠縁ということです。佐野さんならこの意味が分かりますよね?」
えっ、どういう意味?
っていうか、いとこ違いって初めて聞いたんだけど。
祖母の妹の孫っていとこ違いって言うんだ。
鈴ちゃんは水咲ならこの意味が分かると言っているが、いったい何が分かるというのだろうか。
しかし、俺の予想に反して水咲は納得したような顔をした。
そして、俺の方を向き直るとこう言った。
「私たち別れよっか。さようなら」
そう言って水咲は歩き去ってしまった。
えっ、なに、なに?なにが起こったの?
「今度こそ帰ろう、レン」
俺は状況を把握できないまま、それに頷くことしかできなかった。
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また、この作品の裏話的なものを活動報告に書いているので、気になる方は読んでみて下さい。