浦島太郎の殺人事件
十年ぶりに帰ってきた故郷…。懐かしい?思い出したくもない思い出と共に捨てた、生まれてからずっと十五年間育った街。懐かしさより悔しさだけがこみあげてくる。知らない…私のいない間に大きな開発でもあったらしく、十年ぶりに帰る街はすっかり違う景色になっている。
十五年の間、そう、十四歳のあの日までは普通の子…と言うよりも学級委員をやったり勉強もできたし、男の子からも結構もてたっけ。どっちかというと人よりも幸せな人生だったのかもしれない。天国から地獄…もうすぐ高校受験だったあの頃に人生が滅茶苦茶に壊されてしまうなんて夢にも思わなかった。
十年前、そう浦島太郎だよね。あの時に亀さえ助けなかったら。どれだけ後悔しても時は戻ってこない。私が行った所は天国のような竜宮城じゃなくて生き地獄のような少年院だったけど。そして今、帰ってきた私がやりたいことはただ一つ、そう、一つだけなんだ。その理由、それは私の手で、この忌々しい玉手箱を開けること。それだけなの。
①忌まわしき故郷
大阪・西河内市、新興のベッドタウンとして大阪の中心部の難波から1時間弱。大阪を牛耳る新興政党、新大阪理想の会によって開発が進む街だ。9月14日の昼過ぎ、西河内市の一番大きな駅である鉄丘駅のホームに降り立った一人の若い女が駅前にある、あまり流行っていなそうな喫茶店に入ってきた。他に客はいなかったが、窓際の席にさっさと座って、コーヒーとサンドウィッチを注文した。おしゃべりそうな店主の女性は暇を持て余していたのか、
「初めてさんみたいやけど、この辺の人?それとも旅行かしら?この辺って池か大学の病院くらいしか見るとこないけどね」
「昔、住んでたとこ。久しぶりでここに来ただけです」
「あら、地元の人やったん?いくつくらいまでこの辺住んでたの?」
「十年前。十五歳になるちょっと前」
「あらまあ、じゃあ変わっちゃったでしょ。十年かあ、そしたら懐かしいでしょ」
「別に…生まれて育ったからって、必ずしも懐かしい訳じゃないですよ」
若くて顔立ちも整った女だが目に生気がない。うるさい店主のお節介にも、一応きちんと返事はしているので悪人ではないんだろうが。
「誰か知ってる人に会いに来たの?」
「この辺にもう家はないの。知ってる人間はいると思うけど、会いに来た訳じゃない。私は浦島太郎だから」
女がそのまま黙ってしまったので店主も料理の準備に行ってしまった。女はひとり呟く。
「浦島太郎の後悔は玉手箱を開けたことじゃない。カメを助けたことがそもそもの間違いだったんだから」
②女の独白
十年前、学級委員だった私のクラス、3年B組に一人の転校生が転入してきた。亀岡一夫という男子だったが、何をやらせてもとろくて、すぐにクラスのいじめられっ子になった。私は学級委員という立場上ほってはおけないので、いじめグループのリーダーだった女子生徒に余りやり過ぎないように注意したのだが、それが悪かった。その子はバレーボール部のエースで金持ち。父親は日本の第一与党である民友党所属の市会議員、母親は地元大阪ローカルのテレビでコメンテーターなんかもやる有名な弁護士で、彼女はその威光なんかもあって、学校内では取り巻きグループなんかもいて絶大な権力を持っていた。そして、なんだかわからないが私に敵意を持っていたらしい。
ある日、私は逆恨みした浜地順子というグループのリーダーの女と取り巻き連中に連れ出されて、亀岡一夫と学校の屋上に連れ出されたのだ。十人ほどの取り巻き連中と浜地順子に屋上で吊るしあげられた挙句に浜地順子は亀岡一夫と無理心中ごっこで屋上から飛び降りろと言い出した。今となっては本気で飛び降りろといったかどうかなんてわからないが、私は抵抗して浜地順子ともみあいになり、その時どさくさに紛れて自分だけ逃げようとした亀岡に気づいて捕まえようとした浜地順子が接触して亀岡一夫が屋上から落ちてしまった。『屋上低いな、落ちるわけねーだろw』という声が聞こえそうだが、今は知らないけど、当時は古い校舎で安全面にも問題があったんだろう。3階の屋上から転落したにもかかわらず、亀岡一夫は幸か不幸か重症だけで命は助かった。
しかしその後、浜地順子らいじめグループの十人は示し合わせて私が亀岡を屋上から突き落として、浜地たちが止めようとしたが間に合わなかったと証言。しかも、数日後に回復した亀岡本人が報復を恐れたのか何かは知らないが、私に突き落とされたと言い出したため、私は鑑別所から少年院送りになってしまった。私が犯人は浜地たちだとあくまでも言い張ったため反省の色が全く見られないと判断されたためだ。もちろんその騒動で高校受験や卒業式も迎えられないままに時は流れ、少年院から戻ったのは住み慣れた我が家ではなく、遠く離れた引っ越し先の知らない街だった。
亀岡が家族にも真実を語らなかったのか、そうと知った上でかはわからないが、亀岡の両親は私の家族に対して、あろうことかPTA会長を務める浜地順子の母親、浜地頼子弁護士に依頼して、多額の慰謝料を請求したのだ。私は反省のかけらも見られないと猛バッシングを受け、両親は仕事もクビ、住み慣れた町から知らない場所へ引っ越したのだ。
よりによってなんなんだろ、浜地や亀岡の馬鹿親が、真実を知った上で私を落とし穴に落としたのか、馬鹿なガキの言うがままに噓っぱちを信じてやったのかは知らないし、知りたくもない。私の家族も当の本人や十人もの人間が言っているのだからと私を信じなかった。本当のことを言っているのに誰も信じてくれない怖さ。真実の犯人グループの十人が口をそろえて私が犯人だと言い、被害者本人も終始一貫私が犯人だと言い張った。反省が見られない私は少年院に1年間入ることになったと言うこの屈辱。勉強もできたし、友達も沢山いたはずだった私には何も残っていなかった。
出所後、一年遅れで定時制高校に入れと勧められたが私の中に気力などなく、その後の十年間は惰性で生きていただけだった。仲良しだったはずの友人もいつの間にか周りに一人もいなくなり、仲の良かったはずの家族との関係も修復することがないまま一人、逃げるように誰も知らない東京の街に行きつき、抜け殻のように生きてきた。竜宮城なんかとは程遠い世界で。
今になって十年ぶりに悪夢だった故郷へ戻ってきたのは一つの計画を果たすためだ。そう、復讐の為の。私的には亀岡は死んでいないので殺人罪というわけではない。だけど復讐は、この件に関わった連中を殺すこと、それ以外考えられなかった。無実の人間に罪を着せて人生を滅茶苦茶にしたことがどういうことか思い知らせてやりたい。
浦島太郎はカメがいじめられてるのを見ないふりをしていたら幸せになれたの?わからない、でも復讐の時が待っているのだから。
③再会
帰ってきた理由。もちろん憎いあの連中に復讐するためだけど、カメが真犯人の浜地順子と組んで、浜地の秘書として選挙に出ると言う噂を聞いたからだ。もちろんいつの日かこいつらに復讐するつもりだったが、この二人が組んで選挙に?冗談じゃない、全然笑えないよ。強力な両親のコネがあれば、あんな卑怯者の馬鹿だって間違いなく当選するだろう。そしてその秘書がカメだって?失われた私の十年間、いろんな事がしたかった、夢がいっぱいあった、それをぶち壊したのこいつらだよ、許せない。何も考えずにすべてを捨てて(捨てて悲しいようなものは何も持ってないけど)新幹線に飛び乗って、この忌まわしい故郷に戻ってきた。
でも何も考えずに来たからな。これからまずどうする?取りあえず浜地順子のいるであろう選挙本部に行くことにした。話では今この大阪を牛耳っている新大阪理想の会から立候補すると聞いた。浜地順子の父親は政権与党である民友党の議員のはずだけどな。まあ、自称野党でも新大阪理想の会は民友党の補完組織であって首相や民友党のトップとは切っても切れない関係だ。この大阪だけはある利害関係が対立していたが当時の首相は自分の念願である政策の議決を人気のある理想の会に協力してもらうために本来なら味方のはずの大阪民友党支部を見捨てて応援演説に一切出向かなかったという事で理想の会が圧勝した曰くがある。テレビも新聞も一切見ないけど、仕事柄、こういうどうでもいい話を聞かされることがあるので、いらないことだけ知ってしまう。
まあそんな話はどうでもいいが、ずる賢い浜地順子の事だから、大阪にいる以上はオヤジのコネを使うよりは新大阪理想の会に付いたほうがおいしいと踏んだんだろう。いざという時にはこの両者の関係なら一心同体みたいなもんだ。一心同体で浜地とカメを思い出して嫌な気分になったが、取りあえず浜地順子のいるであろう新大阪理想の会に行くことにした。これが一番わかりやすそうだ。浜地の家を狙うよりはある意味やりやすいかもしれない。金持ちで有名人一家の自宅ならセキュリティー完備でそれなりに警戒しているだろうが、不特定多数の人間が行ったり来たりする選挙事務所ならドサマギでチャンスがあるかもしれない。どうしようかなとかまるで考えてなかったが人を殺すくらい簡単だろう。後の事さえ考えなければ。ぎくしゃくした家族とは何年もあっていない。私が東京にいたことさえ知らなかったろう。友達も沢山いると思っていたが、思っていたのは自分だけで事件後みんな離れていった。東京で生きていくためにお金を稼ぐ。学歴をなくした私が生きるには子供の時考えていたような甘い生き方なんてできやしない、こんな人生になるなんて欠片ほども考えなかったから。だから、今の人生なんていらない。別に誰かに許してもらおうとも思わない。二人か三人殺したってせいぜい無期くらいだろう。いや、死刑かもね。別にいいけど。今の人生と刑務所で生きるのと何の違いがあるの?戻らない過去と先に何もない未来、私の中に幸福なんてない。
さて、いろいろいらないこと考えてしまったけど、あいつらの選挙本部にでも行くか。場所はどこだろう。誰かに聞くしかないか。ケーサツ?ケーサツで今から自分が殺す相手の場所聞くのも面白いかも。この後どうなってもいい私としては構わないけど、ただターゲットは一人じゃない。あいつらがすべてそこにいればいいけど、いなければ全員殺すまでは捕まれない。警察は避けた方がよさそう。と…思ったとたん、ポリがいきなり話しかけてきた。別に心の中で何考えていようと、まだ表立っては何もしていないが。
「久しぶりだな」
ん?このポリ馴れ馴れしすぎる。私が睨みつけると。
「帰って来たんだ。その…いろいろ大変だったよな」
黙ったまま改めてそのポリを見返す。そうか、この顔を見たら思い出した。浜地のいじめグループの一味。あの事件の真犯人の一人だったサッカー部の男子だ。いや、今はポリなのか。経験上ポリが正義の味方なんかじゃないことは知っているが、よくもまあポリなんて職場につけたものね。
「山崎慎次郎。サッカー部の…」
「元気だったか?会えてうれしかったよ」
「私の方はちっともうれしくないけどね。検察の証人。その実態は真犯人グループの一員」
「何のことだかな…」
「親分で真犯人の浜地順子サマはお元気かしら?」
「今は別に浜地とは関係ねーよ。俺としては、その…」
「こんなとこであんたと会うなんて予想外で思ってもみなかったからマイク隠し持ってて盗聴で真相さらそうなんて考えてないから」私はスマホを取り出してひらひらさせる。
「ここには二人しかいないし、お互い本当の真実を知ってる同士だからね。今更どうにもならないことくらいわかってるし」
「帰って…来るのか?」
「さあね」
「あの…住みにくいかもしれないけどさ。帰ってきてほしいよな。もう済んだことだしさ」
「・・・」
済んだことなんて他人事だから言える。私はポケットに手を入れて中身をむき出しにして、カバンの中身をすべてぶちまけた。
「録音してないスマホ見せて釣っといて別にこっそり録音してるとか思われると嫌だしね。ほらほらポリさん、空っぽだよね。何なら服も全部脱ごうか?」
「わーってるよ。正義感が強くて噓がつけない優しい女の子だって。いや、クラスのみんな知ってただろ。わかってたんだよ。その場にいた俺らだけじゃなくて浜地以外のクラス全員は。そんな女の子を変えちまったこと。いまさら言ったって遅いかも知んないけど。悪かった」
「謝ってもらうために戻ってきたわけじゃないんだけどな。それに恨みはいくら謝られたって消えないから。でもあんたはもういいよ。一応、自分から謝ってくれたことだけはうれしかったよ。とりあえず私、浜地とカメに会いたいんだけど。あいつらの選挙事務所教えてよ」
「会うのか?会ってどうす…」と言いかけたところで山崎慎次郎の連絡用のレシーバーが鳴った。
「ハイ。え?ハイ…なんですと!ハイ、すぐに行きます」山崎は言い終わると私を見た。
「浜地が…死んだ。殺されたって」
④事件の中に(ロック・ぺラルド紙記者 ヒュー・ヘンダスンの手記)
政治が下らないコント以上の馬鹿なことばかりしてくれる与党・民友党政権。笑えないコントのような政治屋が国を滅茶苦茶にしてくれる。政治は馬鹿だが世の中では幸い大きな事件が起こっていないのが新聞記者にとっては退屈だが、いいことなんだろう。コロナは深刻な問題だし、民友党は国の代表と思えない無能のトンデモぶりだが、私は遊軍とはいえ、政治がらみとは一線を置いているので、民友党とのかかわりが最低限で済んでいるのは幸いだ。まあそうはいっても、新聞記者という商売をしている以上何らかの仕事はせねばなるまい。今取り組んでいるのは、大阪を牛耳る新興政党の新大阪理想の会がらみの事件だが、これは政治がらみの事件ではなく、この度の選挙に新大阪理想の会の候補として出馬しようとしていた新人候補が殺害された事件だ。新人と言っても親父は現職の与党民友党議員。母親も出たがりのTVタレントを気取る弁護士と言う両親を持つ25歳の娘で売れないモデル崩れだ。う~ん、いかにも新大阪理想の会好みの女候補だなと苦笑してしまった。新大阪理想の会の候補は見る人が見ればすぐにわかる。男も女も深くは説明しないが、選挙ポスターを見れば大体は『あー新大阪理想の会の候補』と分かってしまう。
そんな訳で、いかにも売れない女優か地方の局アナ崩れのような被害者の浜地順子は25歳だが、プロフィールには『中学から大学までバレー部のエースアタッカー。大学卒業後は美貌を生かしてモデル』と書いてあるが、大学は地元の三流大学。バレー部も弱小チームで高校・大学では大した成績を残していない。モデルの仕事も全て両親の七光りコネクションを存分に生かしているものの全く売れていないらしい。大体が政治の話が全く出てこないあたり、舐めてるのか?と言いたくもなる。家が金持ちで与党の議員が父親だが、大阪では親父の与党である民友党よりも実質的に一強の新大阪理想の会の方が幅が利くからこっちにしたという。うーん、被害者ながら全く興味がわかない人物だな。事件も選挙本部で射殺されるとかいう訳のわからない事件だし。容疑者として中学時代のクラスメートだったという亀岡一夫という秘書の男が重要参考人として、すでにしょっ引かれている。本人は否定しているようだが。しかしなあ、金持ちの娘でコネだけで選挙に出ようとしている自称モデル崩れの勘違い女と、どういう関係か知らないが中学のクラスメートというだけで政策秘書になった男。申し訳ないがまるで興味がわかない。ちょうど今、うちの社の新人記者の見習いについているから彼で十分だろう。となると、これからどうするかな。定時で仕事を置いて久しぶりに知人の看護婦見習いであるハイジ森川嬢でも訪ねるとするか。彼女はああ見えてかつて事件解決に活躍した事があるのだ。
ロック・ペラルド紙は日本でも有数の新聞社である。私は社の近くに待機していたタクシーを捕まえると彼女の勤めているR大学付属病院に向かう。20分ほどで病院に着く。とりあえず料金は建て替えないといけないので忘れずに運転手に領収書を書いてもらう。そして玄関前でロック・ぺラルドの社章をつける。後は政府公認マスクか。面倒だがこのご時世なので仕方がない。これでOKか。受付の窓口の前に行くと爽やかに受付の案内嬢に声をかける。
「やあ今日は」
顔見知りの案内嬢が明らかに嫌そうな顔でこちらを見た。
「今日は『コロナ対策と令和日本の近未来問題』について病院の現状を調べないといけないんですよ。与党が配布した政府公認マスクの実用性を本職の医療従事者から聞かないといけませんからね」と声をかける。
「はあ、どうぞ。後で看護婦長のマーカス夫人から怒られるけど、名目上断る理由ないんですよね。病院の上の人は新聞社とアレなんで」
「賢明な判断ですよ」私は微笑する。
「コロナの近況を読者の皆さんに詳しくお伝えする事ほど、今の日本において重要なことはないですからね。あなたのコメントも後で付け加えておきましょう」
一礼し28階行きのエレベーターに乗り込む。降りてナースルームをのぞき込むが何人かのナースたちは暇そうに椅子に座って駄弁っているがハイジさんの姿は見当たらない。まあ彼女が暇そうに座っている姿はあまり見かけないが。彼女はいつも忙しそうに患者のために走り回っているし、それこそが彼女らしいと思う。構わず廊下を歩き回って探していると走ってくるハイジ森川を見つけた。
「あらヘンダスンさん。こんなところでどうしたんですか?」
「いや取材で来たから、ついでにハイジさんにも会っておこうと思ってね」
「そうなんですか」ハイジはにっこり微笑む。
「あっ、でも今忙しくって」
「そうなの?」暇そうにしている連中が大勢いたような気もするが。
「事件でもあったんですか?」
「今日は新型コロナの第5種なんかの野暮な取材でね」
「はあ、でもずいぶん長いし、もう新型でもないかな。たった数年のことなのに人生の中で一番口にした病気なのかもしれないですね。子供のころから使ってる風邪とかよりもコロナが多いかも」
「そうかもなあ。自分の人生の中でこんな異常な時間はなかったかもね」
「この嫌な政府公認の配布マスクをごみ箱に捨てられる日が来るといいですね。でももしかしたらそんな日は来ないのかも。人生一生マスクつけたまま生活とか」
「昔のペストとか天然痘なんて病気が大流行して、大勢の人の命を奪ったけど、今はなくなってるからね。治療法が確立してしまえば人類は大丈夫だよ」
「でもその間に大勢の人がいなくなっちゃうんですよね。一日でも早く無くなってほしいです」
「そうだね、そのためにも僕らにできることをしていかないと」
そういった時に私のメール音が鳴った。さっき話した新人記者の日高益男君か。
『容疑者の亀岡一夫のアリバイが証明されて釈放されたそうです』とのことだ。おやおや、亀岡が犯人でなきゃ誰だってんだ。まあ碌な人物じゃないようだし、あちこちで恨みは買ってるだろう。あの政党の候補ってだけでそれが分かってしまうのが悲しいが。まあ誰が犯人かは知らないが、このままほっとく訳にはいかなくなったな。とりあえずハイジに説明だけして病院を飛び出す。タクシーに乗り込むと日高君に携帯をかける。詳しい説明もなかったんで、まどろっこしいメールより直接電話した方が早い。
さっそく日高君に直電してみたのだ、聞いてみると、なんてことだ。亀岡一夫自身のアリバイも証明されたうえにナント!亀岡の両親が自宅で射殺されたらしい。しかも前回の事件と同じ銃でだ。まったく、一番肝心なことを言ってないじゃないか。
もちろん今回の事件では警察にいた亀岡は白だ。もっとも同じ銃だから同じ奴が撃ったとは限らないが、前回の方のアリバイが証明されたというからそっちも白なんだろう。なんだか予想外の展開だが、どうなることやら。
⑤事件進展す(ヒュー・ヘンダスン記者の手記)
つまらない事件かと思ったが縺れてきたな。もっとも内容は相変わらずだし、銃を出す時点で全く野暮だ。連続で銃をぶっ放すような事件なら4課の仕事だろう。まあそれは警察の話で、我々新聞社にとってはどっちだろうが関係ないが。金持ちの浜地家と違って亀岡家は一般家庭だから犯人は前より楽だったろう。銃が同じで亀岡一夫が前回の犯人でなければ、おそらくは同一犯かと思われる。殺されている亀岡の両親は今回の選挙にはかかわっていないようだ。浜地家との関係は前に亀岡一夫が事故被害を受けた際に、事故を起こした相手を浜地順子の母親の弁護士事務所が弁護したという関係らしい。
亀岡一夫が仮に真犯人でないのなら、現在の与党の現職議員とTVで有名な女弁護士夫婦と、その娘でモデル崩れで七光りで選挙に出ようとしている娘という、まあある意味では反社に狙われそうな条件は十分だが、一般人の亀岡一夫の両親が判らない。亀岡一夫の事故が関係あるのか?しかしそれなら娘じゃなく、母親の浜地頼子弁護士を狙いそうなものだ。とりあえずこの事件についても詳しい所を調べないとな。私は取りあえず資料室でこの事件の詳しいデータを調べることにした。
事件は殺人罪でもないし、被害者の後遺症もほとんど残らなかった上に、かかわったメンバーが未成年の中学生だったので、あまり大した情報がない。転校生のA(亀岡一夫)少年が、同級生の少女B子と放課後ふざけて無理心中ごっこ遊びをしていて、Aが学校の屋上から転落。全治6か月の大怪我をしたというものだ。悪ふざけを止めようとした同級生グループが証言して、犯人とされるB子はすぐに逮捕されたが、B子本人は、あくまでも自分は関係なく、証人となったグループのリーダーが真犯人だと主張したが、回復したAこと亀岡一夫本人がB子が犯人だと証言したため、B子が正式に逮捕されたが、B子は無実の主張を翻さず、反省の色が見られないと一年間の少年院送りとなった。後にAの両親からB子の家族に損害賠償の請求が出て、勝訴している。これに関わったのが浜地頼子弁護士事務所らしい。あまり詳しくは未成年なので新聞には書かれていないが、当時を知る記者によると、B子は学級委員の真面目な少女で、そんな下らない悪戯をするように思えなかったが、悪戯を止めようと屋上に駆け付けたグループの十人が全員一致してB子の行動を証言。被害者のA(亀岡一夫)が後に回復して話した内容も、それと寸分違わず一致していたので疑いようもなかった。B子はその止めに来た十人こそが真犯人であり、証言者のリーダーのⅭこそが真犯人であり、それが浜地順子だというが、孤立無援でただの言い逃れと思われたので疑いようもなかった。後に亀岡の両親がB子を訴えた際には、浜地順子の母親でPTAの名誉会長だった浜地頼子弁護士に裁判の弁護を依頼しているが、娘が当事者として関わっているため、下っ端の弁護士が担当したが、B子の家族も弁護士も、ほぼ本人以外が抵抗しなかった為にあっさり結審したという。
亀岡一夫と浜地順子の関係はそんなもので、特に親しい間柄ではなかったらしい。だから今回の選挙に立候補した途端、家族ごと引っ越してこの町から出て行ったはずの亀岡一夫が選挙本部に現れた挙句、浜地順子が秘書に任命したのは誰の目にも意外だったという。この件が事件と関わっているのかどうかはわからないがヒントにはなりそうだ。報道的には未成年だし傷害事件だけなので、名前は匿名だし地元以外ではほとんど報道もされていない事件だ。地元民であっても未成年の人権があって知らない人も多かったようだが、本人たちにとっては人生を左右するような大事な事件だったろう。犯人とされる少女の名前も、もちろん公表されてはいないが、事件に関わった担当の記者は名前を把握していた。10年前の事件だが担当していた記者に聞くと、少女の本名は岡田美穂。優等生で学級委員でもあり、評判の美少女だったが。その事件で逮捕され、裁判にも敗訴。一年の刑で少年院に入り家族も仕事はクビ。そのまま引っ越してしまい行方も分からない。逆恨みで復讐を始めたのかもしれない。とりあえず調べてみるしかないか。
⑥本当に犯人なんですか?(ヒュー・ヘンダスン記者の手記)
私はまずは当時の事を知る人間を探した。地元の西河内市の中学を卒業した25歳の人間を探せばいいので、さほど苦労することもない。すぐに浜地や亀岡の事を知る同級生の女性を発見したが。
「浜地さんの事件は知ってるけど、彼女とは同級だけど仲良くはないですよ。性格最悪だし。今だから言えるけどね。金持ちだし、権力ハンパないから誰も文句なんて言えないの。うざい取り巻きもいたしさ。亀岡は転校生だけど目立たないし、逆に目立たないジミネクラだから嫌われてた。そういえば、あの頃事件あったなあ。学級委員で凄いいい子なんだけど、亀岡とトラブったとかで事故起こして少年院に行って、家も引っ越しちゃったんだけど。岡田美穂?そうそう、よく知ってますね。頭よくて美人なのに気が優しくて性格よくて浜地と大違い。あの子が捕まったとかマジで今も信じらんない」
別の地元で主婦をしている女性からも情報を得ることができたが。彼女の意見もほぼ同じような内容だったが。
「それでこないだ学級委員だった岡田美穂を見かけたんですよ。彼女帰ってたんだ。ワタシは浜地のグループ入ってなかったんだけど。どっちかって言うとハマチのグループのがカメいびってたし、岡田さんは学級委員で優しい子だから、むしろカメをかばってた方だから違和感ありまくりだったけど、あの頃って言えば自分もいじられるからと思うと反対言えなかった。もしうかつに言ったら地獄ですよ。まあ、亀岡本人も岡田さんがやったと言ったらしいからきっと脅されて仕方なくカメを突き落としたのかな…と、思ってました。やったのは岡田さんなんだろうけど、逮捕しなくてもねえ、とはみんな思ってたかな」
と、そのような話を聞いたが事件後、一年間の少年院暮らしをすぎて姿を消していた彼女がこの町に戻ってきた?これは偶然なのか?私の足はなぜか、看護婦見習いのハイジ森川のいるR大学病院に自然と向かっていた。ハイジ森川の意見が聞きたかったのだ。ちょうど幸運なことにハイジは早出で帰るところだった。
「ラッキーですよ。ちょうど珍しく手が空いて」
私はハイジに事件の概要を説明した。彼女は開口一番、
「本当に犯人なんですか?}
「え?ハマチ殺しの?」
「ん~違いますっ。十年前ですか?亀岡って子、突き落としたっていう」
「岡田美穂?気の毒ではあるけど、あれは被害者本人と、十人もいる目撃者が、全員一致で証言に何の矛盾もなく完璧で文句がつけられないくらいに一致してるんだ。脅されたにせよ、突き落としたことは間違いないんだろうね」
「全員一致って…大勢いるのに真実がどうであっても、すべてが全員一致するなんて逆にあり得ない。例え本当の事でも、普通勘違いや見間違える人は沢山いますよ。大勢いればいるほど」
「つまり…いやでも被害者本人も認めてるし」
「本人ですか?じゃ聞きますけど。たった一人だけ自分の味方をしてくれる優しい女の子と、自分をいじめる権力を持った大勢の敵。ヘンダスンさんなら、どっちの味方しますか?」
「そんなの言うまでもないよ。当然のことだけど…」
ハイジは言い終わらぬうちに苦笑してしまった。
「すみません。ヘンダスンさんに聞いたのが間違いでした。そうですね。ヘンダスンさんみたいに正義感が強くて勇気のある人なら当然そうでしょうね。だけど…」
だけど?…そうか、つまり。亀岡は脅されて真犯人に有利な証言を、つまり真実の犯人である浜地順子の台本通りに答えたのか。台本通りなんだから意見が全員一致しているのも当然か。他の取り巻き連中も親分の台本通りの口裏を合わせた。とんだ茶番芝居だ。つまり…何もやっていないどころか、自分が助けようとした相手に陥れられて、その後の人生を?私は絶望と怒りを覚えた。
「人生ってなんでこんなのばかりでしょうね」ハイジはポツリと言った。
犯人じゃないのに陥れられ犯人にされた岡田美穂。この事件は彼女の復讐だったのか?
⑦アリバイ成立(ヒュー・ヘンダスン記者の手記)
私は事件の進展具合を知るためにとりあえず警察に向かった。さすがに警察は岡田美穂の帰郷についてや昔の事件について把握していた。当然のこと浜地順子や亀岡一夫との関係を知っていたのだが警察は岡田美穂のアリバイを確認していたのだ。
彼女が故郷の西河内市に戻ってきたのは、あの浜地順子が殺された当日なのだが、彼女が東京にある自宅から新幹線で大阪に来て在来線を乗り継いで西河内市の最寄り駅・鉄丘駅に着くまでのルートは判明していたうえに、美人の彼女は新幹線の車掌や駅員の記憶に残っており、東京からほぼ最短ルートで鉄丘駅に到着したことは証明された上に、駅を降りてすぐ入った駅前の喫茶店での会話内容を店主の女主人がはっきりと覚えており、さらに店を出てすぐに旧知の地元警察の警官と立ち話をしているところに、その警官に浜地順子殺害の連絡が入るという、まさに非の打ち所のないようなアリバイが証明されたのだ。不当な偽証言で無実の罪に落とされたかもしれない女性が、こうしてこんなところに帰ってくるとは皮肉な現実なのか。しかし私は今の情報の中で、旧知の警官というワードが気になった。そこで調べてみると、山崎慎次郎巡査・25歳というが。25歳?旧知で同い年?私はすぐに、先述した昔の彼らを知っているという主婦を再度訪ねた。彼女に話を聞くと山崎慎次郎を知っているという。彼はなんと、浜地順子にゴマを摺っていたグループの一人で、サッカー部のエースだったが、例の目撃証言をした10人組の一人だという。それならば浜地サイドの人物で敵と味方になるはずだが、十年前の恩讐を超えて今は浜地順子の殺人についてアリバイを結果として証明しているのか。十人組のうちの一人が今は警官をやっているのは皮肉だが、旧悪があってもそれは隠しているだろう。警察に入社したからと言っても正義感の塊という訳もあるまい。
もっとも十年ぶりに故郷に帰った岡田美穂のアリバイを証明するのが偶然にも派出所前で会ったこの男だったのは皮肉なものだ。久しぶりに会ったクラスメートなので、事件の被告と証人という立場ながらも懐かしくてついつい話しているところに浜地の事故の連絡があったというから十年前の因縁がありながらもお互いにアリバイを証明しているわけだ。考えれば山崎なる男も浜地順子や亀岡一夫とも同級生になるわけで、警官といえどもまかり間違えれば疑われる可能性だってあったかもしれない。
岡田美穂は東京からの電車のルートや駅から降りた時刻、駅前の喫茶店から警官との会話などが最短ルートで証明されており、アリバイの隙間など全く証明できない。確かに偶然ではあるが岡田美穂の帰郷と全く関係なく偶然にも恨みのある浜地は殺されたのだろう。人によっては天網恢恢というのかもしれない。
ここで改めて銃殺事件についてまとめてみよう、最初に殺された浜地順子については彼女自身の選対本部においてだ。秘書の亀岡と仕事の相談をしていたはずだが、あまりに何も言ってこないので別の秘書が見に行くと自らの机に座ったまま銃殺されていたという。一緒にいるはずの亀岡の姿はなかったが、その十分後に必要な物資を買いに行っていたと言い本部に戻っている。選対本部は一軒家を借り切っており、一番奥にある浜地順子の私室からは裏の勝手口から出入りできるようだ。直前には選挙の応援をしたいと地元の業者が来ていたが、その人物が帰った後で他の秘書が浜地順子と話しているので、その業者は犯人ではない。その後で亀岡以外のスタッフは仕事をするために選挙本部に戻っている。
銃弾は一発のみ、本人が椅子に座ったまま撃たれているから一番怪しいのは関係者…というより、亀岡一夫しかないだろう。警察もすぐに亀岡を任意同行したのも仕方ない、もっとも拳銃の行方はわかっていないが取りあえず亀岡を確保したかったんだろう。亀岡は今は北海道在住らしいが、仕事を辞めてこちらに帰っているようだ。実家は西河内から出て車でも片道1時間かかる大阪の町に住んでいるので、そこまで隠しに行く時間はない。亀岡本人は実家に戻らずに鉄丘駅から15分の隣りのS市にあるビジネスホテルから通っているということだが、亀岡は免許を持っていないので電車で戻れなければタクシーか知り合いに車に乗せてもらうかしても凶器は隠せないと思われる。どこかに捨てたか隠したか、共犯者がいるか。それは警察が探っていったようだが未だ発見されていない。銃の出どころだが亀岡には反社との繋がりは無かったらしいが、寧ろ被害者の浜地家の方なら本人はともかく、有力与党議員や人気のある大手の弁護士なら表沙汰にはできずとも黒い繋がりは有りそうなんだが。実際人気弁護士なんて、テレビではいい人顔でしゃべっているが、ダーティーな企業や個人の弁護だって普通にやってるわけだしな、こういう連中のコネを使えば拳銃ぐらい表沙汰にならずに入手できるだろうし、与党の有力議員であれば下手すりゃ警察ともコネがあるかもしれない。浜地が持っている拳銃を奪って亀岡が撃ったのかもしれない。警察もそう考えて早々に亀岡を引っ張ったんだろうが、硝煙反応はないし、凶器も見つからないし、アリバイも買い物に行った時間や店も証明されたという、まさに警察は苦しい以外無いのだが意地で亀岡を調べていた。2番目の亀岡一夫本人が警察に捕まえられている間に、亀岡の両親が同じ銃口の銃で撃たれるいう亀岡にはうれしくもない形で無罪が証明されてしまった。一発目は亀岡で共犯者が亀岡の逮捕中に両親を撃つ可能性もあったかもしれないが、硝煙反応もなければ、共犯もしくは亀岡の捨てた銃を使ったことなどを警察が証明できない以上、亀岡を引き留めることはできない、よって現在のところでは亀岡一夫は両親の殺害については完全に白となってしまった。
亀岡の両親の殺人については自宅に押し入って、それぞれの部屋で射殺されているが、二人共に心臓部を一撃で仕留めている。この意味ではこっちも手慣れた犯人の仕業かと思われるが、まあ反社の犯行なら事件的に興味はないが、それならば気の毒な女性が犯人であるよりはずっといい。浜地はともかく、亀岡の両親が反社に狙われるかは疑問だが、調べたらなにかは出てくるのかもしれない。こっちはおいておくとして、浜地順子の方は選挙がらみのトラブルで何らかの恨みを買っていた連中の仕業だろう。性格は悪いようだしいろいろと理由があった可能性は高かろう。その相手から制裁を食らったんだろう。亀岡は過去の因縁があって浜地を脅して秘書の座を得たんだろうが、そうなると金の生る木を殺して飯の種をなくす必要はないんだろう。反社がらみなら私やハイジの出番はないだろうし警察の問題だ。
岡田美穂という女性にはまだあったことはないが、かっての同級生たちはそろって性格はよくて美少女だったと口をそろえている。そんな人間がひどい目に合うとは何て世界だ。彼女を見たという主婦によると、久しぶりで姿は見たが離れていたので声はかけなかった。顔は相変わらず綺麗だったが、例の事故の前と違って死んだような眼をしていたという。ある意味当然のことだし、十年たっても気持ちは癒されていないのだろう。仮に本当に無実の罪だったならなおさらだ。少年院にいて卒業式にも出ていないだろうし、これでいいのか?モヤモヤした気分のままに時間だけが過ぎていった。
⑧踊る!大インチキ竜宮城
浜地がやられた?どゆこと?私は確かに浜地とカメに復讐するために戻ってきた。だけど何もやらないうちに私が帰ったとたん浜地順子が殺されたという。訳が分からないよ。このままだと犯人扱いかと思ったが、幸か不幸かあの事件の犯人グループの一人である山崎慎次郎に偶然会って話していたのでアリバイが成立したらしい。(だからって山崎慎次郎にお礼を言う気はないけど)そうこうしているうちに、あの後の裁判で私をボロカスに罵ったらしいカメの両親まで殺されてしまった。西河内は普通のベッドタウンなのでホテルとかないので、急行で30分先のミナミのビジネスホテルに泊まりつつ、様子を見に来ていたけど、警察に見つかって色々聞かれる羽目になった。後ろ暗いことがあるっちゃあるけど、犯人ではないし、調べたら駅から降りて喫茶店での食べて山崎に会うのも証明されてるようで、その後は付きまとわれることも無くなった。カメの親が殺された話がその後出てきたが、カメの家は引っ越してどこに行ったか知らないし、まあニュースとかで見ると、カメの親が殺されたのは大阪だけど西河内から少し離れたT町で、夜中が犯行時刻みたいなので私は午前から西河内を色々見てるけど、夜はミナミのホテルからほとんど出てない。アリバイはあるっちゃあるんだけど、警察は何も言ってこなかったんで、もしかしたら警察がこっそり私を見張っていたのかもしれないな。だから逆にここでも犯行にかかわってないのが証明されたのかもしれない。
この2組の殺人に関わっていないのは証明されたみたいだが、もともと私の狙いはハマチとカメのインチキ竜宮城コンビだ。浜地はいなくなったから、まだ捕まってなければ、子分の10人とカメの親、ハマチの親もできる限り殺すつもりだった。カメの親もいなくなったし、山崎にはあんたはもういいやって言ってしまったので、噓は大嫌いだからあいつはいいとして、9人。馬鹿な裁判官とか嘘つき扱いしたポリとか…そこまで殺すのはさすがに不可能だし、でもまあ、最初言った連中だけでも殺したらさすがに死刑かな。どうでもいいけど。今ふと思い出したけど、カメが転校してくるずっと前だが、学級委員の仕事をしてる時ハマチに、『ブリッ子ってやあねえ』とか言われたことがあったが、あんたこそハマチなんだから、リアルにブリッ子だったんじゃない。今頃気づいてなんだか腹が立ってきた。まあそれは今更どうでもいいか。真犯人の狙いがいまいちわからないが、このままだと私は手を下さないまま目的の一部を達成して、きっちりアリバイが証明されれば手を下さずに復讐の一部が完成するのかもしれない。本当に憎い相手はまだ残ってるけど。生きてても仕方ないから復讐しようと思って、何も考えずに戻ってきたけど、好きで死刑になりたいとも思わないから勝手に知らない誰かが偶然復習代行してくれるなら、それもいいかもしれない…と弱気な気持ちになったりもした。だけどやっぱ、肝心の敵を倒さないと意味がないよね。もう少しだけ様子を見よう。前の2つの事件と無関係と証明されてるからガードも甘くなるだろう。浜地の性格が変わると思えないからアイツを憎んでる奴なんてなんぼでもいるでしょ。カメはポリに捕まったと聞いたが、どうやら釈放されたみたいだ。テレビやネットの情報しかないが、いったん捕まって釈放されたなら、カメがインチキ乙姫のハマチを殺したわけじゃなさそうだ。まあそんな勇気があればこんなことにはなっていないよね。
だとして、それじゃ犯人の目的は何だろう。浜地は性格が最低・最悪なんで狙う奴なんて山ほどいるだろう。カメの親なんて知らんけど、あの裁判とか見る限りいい性格とは考えられない。でもこの二組の関係?カメが選挙の秘書になったんなら、その親だし関係ない訳じゃないけど、普通に考えればあの事件で弁護を依頼してるくらいだと思う。だとすればやっぱり私が疑われるんかな。この10年どうだったかは知らないけど、やはり私が疑われる可能性は高そう。しかもわざわざ私が10年ぶりに戻ってきたとたんでしょ。逆にアリバイがあっても、私が誰かに殺人を依頼したとかならない?普通、もしも私が依頼したとしたら、ノコノコこっちに来る必要はないと思うけど、安全な東京にいたらいいんだから、そしたら疑われもしないし、今回みたいに微妙なアリバイでなく鉄壁のアリバイができるんだから。もしかして、私がそこまでアホだと思われてる?どっちにせよ偶然帰ってきたとは思われないかもしれないな。
⑨Seventeens map
俺が小学校1年の頃。そうだな、ちょうど今から10年前だ。俺には8つ年上のダメダメな兄貴がいる。今もダメだが、あの頃は輪をかけてヘタレだった。そのころ兄貴は学校でいじられて、学校に行きたくないとゴネて、結局家族ぐるみで学年途中に引っ越すことになった、本人はいいけどさ、小1の俺には友達もいたし、小学校入ったばっかなのに転校とか訳わかんなかったぜ。それでも、兄は兄だし年も離れてたから俺には優しい所もあった。なんだかんだ言っても、二人兄弟の兄貴だから好きだったんだろうな。
転校したところで、性格が変わるわけでもないし、せっかく転校してもやっぱり転校先でいじられていたらしい。また学校に行きたくないと駄々をこねる兄貴は小1の俺でさえ情けないとしか思えなかったが俺は、情けねえこと言うなよ。そんなら俺が守ってやっからさあと思ったんだ。
俺の小学校は兄貴のいる中学と道路を挟んでちょうど目の前だった。ある日、俺は小学校の授業が終わると直ぐに学校を飛び出した。そして中学校の門の前でじっと待っている。しばらく待ったが…授業が終わる時間が違うんだよな。真っ先に教室から飛び出したのに、後から友達が不思議そうな顔で通り過ぎていく。せっかく転校早々仲良くなった女の子が『どうしたの?一緒に遊ばへん?』と聞いてくれたのに。『ごめん、ちょっと用事があるねん』と断る悲しさ。しまいには雨が降ってきた。何時間待った?いや、ここまで頑張ってんから。雨に濡れながら歯を食いしばる。雨がだんだん強くなる。もう帰ろうかな…そう思った時、急にいきなり強い雨が止む。いや、止んだんじゃない。傘だ。綺麗なお姉さんが声をかけてきた。
「だれか待ってんの?濡れちゃうよ」
優しい笑顔。制服はいつも見る兄貴の中学の制服だ。もちろん女子の制服だが、小学校の前にあるからいつも見慣れている。お姉さんは俺の名札を見た。
「かめおかくん?えっと、もしかしたら転校生の亀岡君かな?」
俺は黙ってうなずく。兄貴しかいない俺は、きれいなお姉さんにもうわけわかんない状態になってしまったのだ。
「アニキ、学校でいじられてるから。だから、俺がやめろよって言いに行くねん」
わかんないままついつい口走ってしまった。
「優しい弟君やなあ。大丈夫、亀岡君、うちのクラスでね。私、これでも学級委員やねん。お姉ちゃんからガーンと注意したげるから、早く家に帰ってお風呂入んなさい。風邪ひいちゃうよ」
お姉さんは傘を俺に持たせたたまま、中学校の昇降口のところまで走っていった。昇降口の中に飛び込み、振り返って手を振りながら笑ったお姉さんの笑顔を、俺は一生忘れないだろう。
「気を付けて帰るんやよ。バイバーイ」
しかし、その日の午後、兄貴は学校の屋上から同級生の女子に突き落とされて大けがを負ったのだった。
兄貴の怪我は幸い命に別状はなかった。意識が戻っても兄貴は合法的に学校が休めて喜んでいたように思う。優しい学級委員のお姉さんは兄貴を助けられなかったようだが、俺にとっては感謝以外無かった。学校の前だからいつか出会うこともあるだろう。その時はお礼を言って傘を返さないと。俺はその後、小学校の校門を通るたびに、兄貴のいる…いや、優しいお姉さんの姿を探して中学校の校門をじっと見つめているようになった。
兄貴の方は2週間ほど入院し、その後はしばらく自宅で安静にしていたが、入院した次の日には、クラスメートとかいう女が、母親らしき人物に連れられて毎日のように見舞いに来た。最初に聞いたときは、あの学級委員のお姉さんかと期待したが、同じクラスのハマチとかいう女で、一緒に来ているのはベンゴシの母親だという。ハマチは俺を見かけても、愛想笑いもせず、いつも不貞腐れたような態度でいたから、俺とは一度も話したことがない。俺は何度目かの時にうちの母親に聞いた。
「学級委員のお姉さんはお見舞いに来てくれないの?」
母はきょとんとして、
「いつも来てくれる子が学級委員やで」
しばらくして兄貴を突き落とした犯人の少女と俺の家との間で裁判になったようだ。相手は少年法だということで名前も俺は聞いたことがないし、ガキだったから裁判についても蚊帳の外だったが、あの病院に来ていたハマチとかいう女の親の弁護士がウチの家の味方側として裁判で弁護したらしいが、相手の親と弁護士側が、ほぼ無抵抗で罪を認めたらしく、兄貴は後遺症もなくすぐに退院したし、思わぬ損害賠償金も入ったとかで、ウチの親も笑いが止まらなかったようだが、俺は子供心に何かおかしいぞと感じていた。
兄貴が回復し始めていたころに、こっそり兄貴のクラスの学級委員って、いつもお見舞いに来る子じゃないよねと聞いてみたことがあるが、
「今はあの浜地さんで、前の学級委員は転校したらしい」と答えた。
俺はショックだった。もうあの傘を返すことができない。
俺はあれから十年間。心の中に幻のお姉さんの幻影を抱いて生きてきた。今、俺は17歳。あの時のお姉さんの年齢を超えてしまったが、元気ならお姉さんは兄貴と同じ25才だろうか。あの裁判の後、兄貴の卒業と同時に、我が家はまた、少し離れた隣町に引っ越しをした、幻影を抱いたまま。兄貴は、前の学級委員の話を教えることのないまま、卒業後は大阪北部の家から少し離れた全寮制の高校に入り、高校を卒業すると北海道の大学に進学し、卒業後もそのまま北海道で就職した。俺は小学2年で再び転校して、そのまま地元の小中を出て、兄貴と同じ全寮制の高校に入った。兄貴は、とっくに卒業しているし、兄貴どうこうではなく、なんとなくあれ以来家にいるのがずっと嫌だったので、家を出るチャンスだと思っただけの話だ。全寮制と言っても、それほど管理されてるわけではなく、一人で授業以外は気楽に生きていけるので、むしろ今の俺には性に合ってる。休日なんかは家に自由に帰れるが正月くらいしか帰ることも無くなった。
そして2年生のある日、その兄貴が大阪に戻り、あの浜地の秘書として選挙をすると聞かされた。何かある。俺は西河内市に戻ってきた、距離的には大阪内とは言え、90分くらい電車でかかる。だがしかし、学校なんてクソくらえだ。あの浜地とかいう女は何かを知っているんだ。いや、ずっと知っていたのに俺は動こうとしなかった。失われた10年、俺だって勇気がなかった、兄貴をバカにする資格はないよな。俺は浜地順子選対本部というところをネットで検索して、あの女に直撃するために西河内に向かった。
選挙本部に着いたものの、俺が着いたのは事務所の裏口のようだったが、ちょうど兄貴が鞄を持って裏口からどこかに出かけるところだった。どうするか?と思ったが、まず兄貴に話をつけるよりも、先に浜地順子に聞いてみようと思ったんだ。兄貴に言った所でいい加減な答えしか帰ってこないのは俺が一番わかっている。裏口の方から出てきたので、選挙事務所がありそうな玄関に回らず、そのまま裏口から入ると誰にも会わずに中に入れた。そこには浜地順子らしき女が一人でソファーに座っていた。浜地はチラッとこっちを見た。10年ぶりの再会だが、選挙について調べた時に顔は見たことがある。
「何?もう戻ってきたの?せっかく出させたのにウザい顔見せないでよね」
「俺は…」
「んっ?あんたカメじゃないわね、似てるけど」
「あんたに聞きたいことがあるんだよ」
「わかった。あんたカメの弟でしょ。確か病院に行ったときにいたよね。顔、阿保面が昔のカメそっくり、二人もいたらウザさも2倍ってとこ?」
浜地はいきなり拳銃を取り出した。あぶねえ、まじかよ。
「さっき増木大阪区長の知り合いの土建屋が挨拶に来た時に置いてったのよねえ。アタシがこういうのに興味あるからって言って、で、選挙の後どうぞよろしくってさあ」
意味が分からないが、ちょっと口が軽すぎないか?拳銃をプレゼントする土建屋も土建屋だけど。
「で?兄貴みたいに弟も使えってか。あのアホ学級委員長の事しゃべられたくなかったら弟も使わせろって?弟まで連れてくるなんて図々しすぎだわ。とっとと帰んなボクちゃん」
やっぱり口が軽すぎる。聞かないといけないことを自分から言い出した訳だ。もしかしたらと思っていたが、やっぱり兄貴を突き落とした同級生は、あの学級委員のお姉さんだった。いやな予感が当たったが、しかも…。許せないがしかし、サイレンサー付きの銃?議員候補にこんなもの渡すなんて何考えてるんだ。だが、浜地自身も銃を持つのは初めてのようだ。初めて持ったので試してみたかったんだろう。脅かすだけでさすがに自分の選挙本部で撃っては来ないと思うが、素人だけに暴発でもすると危ない。とにかく銃を離させよう。俺は銃オタクで少し心得はある。
「違うよ。俺、銃オタクなんだ。○○p49。こいつの持ち方はこうじゃないんだよね」
「そうなの?あんた使えるかもね本物のカメより」
浜地は人がいいのかバカなのか銃を置いてニヤニヤする。
「そうだよ。お姉さん銃、撃ったことないでしょ。素人でも絶対外さない必殺の撃ち方っていうのがあってね」
俺はゆっくりと銃を取る。脳裏にずぶ濡れになりながら笑顔で俺に手を振るお姉さんの笑顔が浮かぶ。その時、俺の頭の中がはじけた。
「どんな素人でも外さない必殺の撃ち方、それはね」
銃を持ち浜地のこめかみに突きつける。
「こうやったら誰でも絶対外さないよ」
銃は放たれた。
「う…そ…」倒れていく浜地。頭の良くない俺でも分かったんだ。この女と兄貴が組んで、きっとお姉さんを兄貴の事件の犯人にでっち上げたんだと。そしてそれを知っていてうちの親はきっと…。許せない。でも、兄貴を待っている間に誰かが来るかもしれない。とりあえず兄貴よりも先に…。
⑩ハイジ再び(ヒュー・ヘンダスン記者の手記)
私はもう一度ハイジ森川を訪ねてみた。この事件について改めて彼女に聞いてみたかったのだ。事件は反社の仕業だろうが、何かが引っ掛かっている。喉元まで出てきているのに出てこないのだ。
私は受付で、
「与党の内閣である増渕日全首相と里村厚生大臣からコロナ関連で重大な発表がありました。そのことについての医療現場からの意見を吸い上げたいのです」と言うが、受付嬢は全くこちらも見ずに、
「ハイド―ゾゴジユーニ」
ん?なんか応対がマーカス夫人化してないか?まあ愛想はないが文句をつけられるよりはマシか。エレベーターを昇るとナースステーションには見向きもせずに、廊下でハイジを探す。花瓶を持って走ってくるハイジをやっと見つけた。
「ハイジさん!」
「あれ、ヘンダスンさん。どうしたんですか?」
「増渕現首相と不倫問題で辞任を迫られている里村厚生大臣が、コロナ問題について新たな政策を出したんだけど、どう思う?」
「???。なんだかよくわかりませんが、あの人たちが決めることって、たいてい間違ってるんですよね。あまり信用しない方がいいかも」
「なるほど、もっともだね」これでお仕事終了雑談タイムだ。
「この間話した事件なんだけど。4課が新大阪理想の会がらみで調べたら、増木大阪区長の本業の土建屋の下請けで西大阪方面に影響力を持つゴロツキが次期選挙で当選がコネの力で濃厚な浜地順子に取り入ろうとしていた反社の土建屋を叩いたら、拳銃に興味を持っていた浜地順子に取り入ろうと拳銃をプレゼントしたとゲロったんだ。銃はだから浜地自身のものだったってわけだが、それが誰に奪われたのかが判らない。そいつが奪った銃で浜地自身を殺し、後に亀岡一夫の両親を殺したと思われる」
「はあ、西大阪市に来ていた、例の女の人はどうしたんですか?実家はもうないらしいし、友達や親戚にも頼れないんじゃないですか?西大阪って条例でホテルやパチンコ屋なんかが無いですよね」
「まだ西河内市内にいると聞いたけど、確かに知り合いには頼れないだろうね」
「電車で30分くらいで大阪市内には出られますけど、15分くらいで政令指定都市のS市にもでられるし、あのあたりなら安いホテルなんかもありそうですけど、毎日そこまでして何をしてるんですかね。無実ならさっさと東京に帰っても良さそうなものなのに」
「まだこの街に用があるのかな?いい思い出もない故郷に」
「そうですね。あるとしたら何かやり残したことがあるかですよね」
「それって?」
「浦島太郎は、戻ったら誰も知らない未来の世界だと知っていたなら戻ってきたんでしょうか。戻らないですよねきっと。いい人ぶっていた乙姫はなんで教えてあげなかったんでしょう」
「わかっていたら戻らない…か」
「まだ浦島太郎がやっていないことって何?」
「えっ?」
「まだ亀を殺していないじゃないですか。乙姫が悪いにしても、亀がいなければこういうことにならなかったんじゃないですか」
岡田美穂が西河内に戻ってきた理由は復讐のためだったかもしれない、だとしたら?」
「亀のせいでこうなったんだから、亀が死なないと話は終わりませんよ」
そうだ、彼女は復讐のために故郷に戻ったのかもしれない。しかし偶然にも、彼女を冤罪に陥れた浜地順子と彼女の事件を訴えて多額の損害賠償金を家族からせしめた亀岡一夫の両親は偶然にも何者かに殺されてしまった。彼女が自分の手を汚さずに済んだと東京に帰ってしまえばいいが、そうだ、亀岡一夫本人が残っている。彼女の憎しみが一番強い相手は誰だ?浜地順子か?亀岡一夫の両親か?いや、自分を助けてくれた彼女を亀岡一夫が裏切らず本当の事実を言っていれば。亀岡一夫まで偶然にも殺されるとは考えにくい。岡田美穂が仕事人かゴルゴみたいな人物に依頼でもしていないのなら、最後の一人だけは自分の手で片を付ける可能性はある。それだけは何とか阻止しないと。このままいけば彼女は本当の犯罪者にならなくてもいいかもしれないのだから。
⑪最後のターゲット
残りは亀岡一夫一人だけ。ここまで事件が大きくなってしまうと、他の連中まで片付けるのは無理っぽい。だったらカメだけは私が仕留めてやる。偶然カメまで誰かが殺してくれる、そんなことはやっぱりあり得ないだろう。もともとそのためにここに戻ってきたんだし、前の事件と私がくっつけて考えられるだろうけど、もう心は決めたから、いろいろ迷ったけど決着をつけよう。浜地がもういないので、カメは選挙事務所にはいないだろうし家族が殺されているので自宅にもいないだろう、カメの自宅は知らんけど。カメは一度捕まったようだが親が殺されたその時にポリに捕まっていたから釈放されたみたいだ。今どこにいるかはさっぱりわからないけど。これまでの一連の殺人事件に私は全く関係ないので拳銃なんて持っていない。ポリは拳銃をマークしてるだろうから狙いはここだろうな・カメは何してものろいけど、私だって運動は得意じゃない、どうすべきかな…。
浜地から奪った拳銃で俺は奴を仕留めた。奴はやっぱりあのお姉さんに自分の罪を擦り付けたんだ。俺はそのあと寮に戻りいろいろ考えた挙句、とりあえずウチの親を問い詰めることにした。兄貴が警察に容疑者として引っ張られたようで、実家の方にも凶器を隠していないか調べに来たようだが、離れた寮に住んでいて、今現在交流もない弟の俺のところには調べに来なかったのが助かった。一度警察が調べに行って、北海道から戻ってからウチの実家には立ち寄っていなかったので、兄貴が警察に捕まっている以上、実家に警察はもう来ないだろう。近所の眼もあるので連休前の夜に家に戻り。両親を問い詰めた。両親ともに否定はしたが、加害者とされた同級生の女子には訴えておきながらも、ハマチ母娘の態度に胡散臭さは感じていたものの、浜地家には逆らえないし、兄貴も後遺症もなく無事だったので賠償金取りやすそうな相手からとった方がいいと思ったんだという。俺はそれだけで許せなかった。隙を見て浜地から奪った拳銃で一発で二人とも仕留めた。浜地の娘とウチの両親の3人すべて一発で仕留めているから反社の仕業だとマスコミやネットに書かれていたが、俺はネットや本で銃マニアと言われる程度には詳しいが、もちろんこれまで撃ったことなんてない。自信がないからこそ、人間の弱点である頭や心臓を落ち着いて至近距離から撃っただけの話だ。相手が油断したり家族だったからこそできた芸当で、もちろん反社や警察相手ならできない話だ。後は…兄貴に落とし前をつけさせさえすればすべてが終わる。兄貴は、浜地の拳銃の話を知っていたようだし、だから釈放された後も全く俺に連絡していないからな。だが逃がしはしない。これですべてが終わるんだから。
ハイジさんの話で釈放された亀岡一夫が狙われるかもと聞いて、亀岡一夫の姿は宿泊していたS市内のホテルからも自宅からも消えていた。両親が殺されてるんだが…。そんな時、日本で第2の大手新聞であるライバル紙のアンダーウェル&タイム紙からスクープで浜地事件の真相という記事が出た。十年前の事故で浜地が亀岡を屋上から突き落としながら、それを助けようとした少女に罪を擦り付けたこと、亀岡一夫が浜地順子に脅されてその悪事に加担した挙句、家族が処女を告訴して多額の賠償金をせしめたこと。そしてそのことで少女の家族が崩壊して離散したこと、そして十年後に浜地順子が国政選挙にコネで立候補したときに、北海道で就職していた亀岡一夫が大阪に戻り、今度は亀岡が浜地を脅迫して、秘書の椅子をせしめたことからの一連の連続殺人事件までがスクープされていた。
なんてことだ。他社にスクープを取られた。それは別にいい。だがそれをリークした人間は誰だ?ある程度事情に通じた人間以外こんな話は書けまい。それをアンダーウェル&タイム紙に流したのは?そこに新人記者の日高益男君が駆け込んできた。
「ヘンダスンさん。大変ですよ」
「どうしたんだい?」
「これこれ、これを見て下さい」
SNS?見てみると、なんだこれ?生き残った亀岡一夫に対して大バッシングだぞ。『亀岡ぶっ殺せ❕』などボロカスだ。中には『亀岡一夫を探せ』なんだ?亀岡の目撃情報が刻々とSNS上に上がっている。と、え?亀岡一夫は今日の関空発札幌行きの便で北海道に逃げ帰る?まじか?信憑性があるかはわからないが、これが『亀岡一夫を探せ』の最新情報だ。行ってみるしかないか。関空までは交通の便もいいから2時間ちょっとあれば追いつけるだろう。この情報が正確なら、18時30分関空発。あと5時間か。最寄駅から1時間に1本の直行バスが出ている。1時間で関空に着くからタクシーに乗らずとも十分に間に合う。
「ハイジさん!行くよ」
「えっ?え~っ!!!」
私はナースステーションにハイジさんをお借りしますと告げてエレベーターに飛び込みタクシー乗り場を目指す。マーカス夫人がいなかったのは幸いだが…あ、新人記者の日高益男君を忘れた…。ま、仕方ない。事は一刻を争う。タクシーで関空まで行くのは経済的に無理なので、最寄り駅始発の直行バスに乗る。1時間に1本だからギリで間に合った。90分かけて関空へ。間に合ってくれ!
SNSに『亀岡一夫を探せ』という掲示板ができている。なんなんだこれ?兄貴がこんなことになるなんて。自業自得だが俺が親を殺しちまったことも関係あるんだな…。とにかく俺も関空に行って、すべてを終わらせよう。もう戻れないんだ。
関空か。中1の頃、家族と一緒に旅行したっけ。あの頃は幸せだった。それが壊れてしまうなんて考えてもみなかったな。ちょっとセンチになる。あの日からは飛行機でどこかに行こうとか考えることさえなかった。今、私はカメを殺すために関空にいる。あのSNSの情報がどこまでほんとかわからないけど。
鞄の中にはスタンガンとナイフ。一回きりの勝負なのにこんなもので大丈夫か不安になる。とにかくスタンガンで動きを止めて、ナイフで切りつける。素人の私がこんなもので致命傷を与えられるのだろうか。空港だし、人も多いし当然警備も厳しい。これで失敗ならジ・エンド。ワラワラいるだろう警察に捕まって、今度こそ人生おしまい。まあ、仮に成功したっておしまいだけどね。北海道に逃げられたら広いし土地勘もないから無理だろう。なら今しかない。
ハイジさんと二人関空に着いたが、警察もここをマークしてるんだろうか。見つけたらどう動けばいいのか、武器を持ってるわけではないし、二人とも格闘技をやってるわけでもない。まさに出たとこ勝負しかないか。
「これからどうします?」ハイジが聞く。そういわれても。というか…しまった!
「亀岡一夫も岡田美穂も、顔を知らない…」
「はあ~???]ハイジが憮然とする。
「ちょっとスマホ貸してください。私ガラケーだから。えっと。SNSってどう見るんですか?私、機械疎くて。『亀岡一夫を探せ』ってあったでしょ。それに載ってませんか?」
なるほど、さすがハイジだ。私はあわててサイトのページを開いて探してみる。覗き込んでいたハイジ。
「これ!」
んっ?岡田美穂の添付写真か。中学時代のもあるが集合写真での笑顔がかわいい。事件前の写真だな。この笑顔が奪われたのか。、最近のらしい写真も見つかったが、表情も暗いし、笑顔どころかカメラを意識したポーズもとっていない。多分美人なので誰かが隠し撮りでもしたんだろう。
「で、これかなあ」
亀岡一夫の写真か。中学時代の卒業アルバムだ。暗い顔で覇気はなさそうだ。亀岡の場合、卒業して、高校、大学、北海道でも就職しているはずだが、このあたりの写真は載っていない。なんとなく亀岡一夫という男の人生が判る気がした。その時、ハイジが私の肩をつついた。
「ホラ、あれ、見てください。全く写真とおんなじですよね顔。亀岡一夫発見」
確かに、ドジャースの野球帽を被って鞄を小脇に抱えた男がこっちに歩いてくる。我々がいるベンチの近くに座るようだ。コロナ禍で関空の客はかなり少ないが。
「瓜二つというか、これって確実でしょうかね」ハイジがささやく。まあ確実だと思うが、これからどうする?襲われるなら、そうなる前に止めたいが話しかけるか?亀岡らしき男が15m先のベンチに座った。その時、若い女の叫び声がした。
「カメっ!!!!」
「ハイっ????」
なんで間抜けな顔で立ち上がって返事するハイジさん?」
⑫終幕へ
目の前に亀岡がいた。十年前と全然変わってないよねカメ。二人が争ったはずの裁判の場所には未成年同士。二人が顔を合わすことはなかったから、あの屋上からあんたが落っこちかけた時以来。私が必死に助けてあげようと思わず手を伸ばしたあの時以来だよね。私はポケットの中のスタンガンを握りしめた。これでカメの動きを止める。そしてもう一つ、反対のポケットに入ってるナイフで頸動脈を狙う…一発勝負。もう後には引けない。失敗したら終わりだから。そっと近づく。黙ってスタンガンを突き付けてもいいけど、このまま死ぬのなら私の恨みをわからせたい。私はスタンガンをポケットから素早く出してカメの座っている場所に近づいて、
「カメっ!!!!」
「ハイっ????」
カメじゃない…15mくらい先に座っていた若い女性が間の抜けた顔でおどおどしながら立ち上がり返事する…毒気を抜かれた私はスタンガンを持ったまま呆然と立ち尽くす。十年間恨み続けた憎い相手の目の前に…。
ハイジさんの間抜けな叫び声で思わず毒気を抜かれたものの、冷静になって周りを見る。先程の亀岡一夫らしき男の前にスタンガンを持って立ち尽くす女。岡田美穂か?私はあわてて駆け寄り二人の間に割って入った。ハイジさんも駆け寄ってきて、そっとスタンガンを奪い自分のポケットにしまった。岡田美穂の方も毒気を抜かれたのか、それ以上の攻撃をしなかった。
「カメ…久しぶり。全然変わってないよね。何ならあの頃みたく亀岡君って呼ぼうか?私の方は全然変わっちゃったけどね」
「・・・」
「亀岡一夫だね?」私が聞く。
「お姉さん…俺、俺…」
「はあ?」岡田美穂が首をかしげた。
「あの…亀岡一夫じゃないですよ。私もうっかりそう思っちゃったけど」とハイジ。
「どういうことだい?」
ハイジはクスクス笑った。
「ほら、亀岡一夫さん年取ってない。中3の時からあってない岡田美穂さんと、中学の時の卒アルしか見てない私とヘンダスンさんにはわからないけど。ほら、十年たってるんですよ」
岡田美穂はハッとしてつぶやく。
「え?あなた、カメじゃないの?」
「お姉さん。会いたかったっす。俺、俺、あの時からずっと今まで」
亀岡一夫にそっくりの少年は泣きだした。
「思い出したよ…カメの優しい弟君?そだよね、ごめん、今までずっと忘れてた。兄貴がいじられてるから俺が助けるんだっていう、優しい小学生の弟君。おっきくなったんだね。なんか…カメそっくり」
岡田美穂も泣きながら笑った、周りに空港の警備員が集まってきた。スタンガンを見た連中もいて通報されたようだ。
「終わりかな…これでよかったのかも」
少年は鞄から傘を取り出す。
「遅くなったけど。十年遅くなったけど、傘ありがとう。嬉しかったっす」
「ホント、『岡田美穂』って書いてある。懐かしい。どういたしまして」
岡田美穂は傘を愛おしそうに抱きしめた。
「あなたに『バイバイ』って手を振ってわかれて以来、私も十年ぶりに笑ったかも。私も嬉しかったよ」
周りから『亀岡』という言葉が聞こえてきた。どうやらSNSを見ていた誰かが気付いたようだ。警備員だけじゃなく警官らしき連中も大勢来たが、岡田美穂はアリバイがあって殺人事件の犯人じゃないし、亀岡一夫も本人じゃないだろ。本物の亀岡一夫がどこにいるのかは知らないが、本物にもアリバイがあったはずなんだが。
⑬事件の顛末
本物の亀岡一夫は後に広島のある街で確保された。亀岡は自ら匿名サイトで『亀岡一夫を探せ』に陽動の投稿をしておいて、新幹線で反対方向に逃げたらしい。岡田美穂を陥れた犯罪は悪質で許せないが、殺人事件の犯人ではない亀岡が逃亡したのは、やはり後ろめたさがあったのだろう。アンダーウェル&タイム紙にリークした人間や『亀岡一夫を探せ』をSNSに上げた人間は発見できなかった。
亀岡一夫の弟、亀岡文哉はあの後、岡田美穂の傘が入っていた同じカバンの中から拳銃が発見された。彼は容疑を認めたため自分の両親と浜地順子の3人殺害の容疑で逮捕された。同情の余地もあるし、17歳の少年なので今後どうなっていくのか。
岡田美穂とスタンガンを彼女から奪ってポケットに入れていたハイジさんも警察に連行されそうになったが、ロック・ペラルド紙の記者である私が、
「若い女性が護身用のスタンガンをポケットに持っていて何がおかしいのか?」と質問したので、ハイジさんは無罪放免となったが、岡田美穂は別にナイフを所持していたし、本人も、
「私も彼と一緒に行きます」と希望したので、亀岡弟と同時に護送されることになった。
「この事件って、いったい誰がどう悪かったんでしょうね。何が正しくて、何が間違っているのか」
ハイジはポツンという。私に返せる答えはなかった。例え間違っていようと3人の命が失われた。そして少年法に守られると言え、3人の人命を奪った亀岡文哉の人生も平穏ではないだろう。そして岡田美穂の十年はどうしたって戻ってこない。そして亀岡一夫もだ。亀岡は警察の任意聴取で、十年前、いじめられていた自分を一人守ってくれる岡田美穂が好きだった。だが浜地順子が怖くて逆らえず、好きな相手を罪に落としてしまった。親が岡田美穂を告訴した時も、やめてくれよと言いたいのに勇気がなくて逃げてしまった。あれから十年間、罪と罪悪感に押しつぶされて生きてきたが、浜地順子が選挙に立候補すると聞いて許せない気持ちになり、大阪に戻って事件をばらすぞと脅して秘書になり、隙を見てあの女を殺して自分も死のうと考えていたと自供した。弟には本当に申し訳ないことをした。その為に両親までなくなって、自分にはもう何も残っていない。これからどうすればいいのか…と悔やんだそうだが。
岡田美穂だが、彼女が殺人を考えて故郷に戻ってきたことは間違いないが、実際にその行動を何もしていない。スタンガンとナイフを持って関空には行ったが、『カメ』という大声を出してスタンガンを手に持っただけだし、殺人の対象である亀岡一夫には会ってもいない。ナイフを持って関空には行っているので、『凶器準備集合罪』で厳重注意を警察から受けただけで収まったようだ。寧ろ誤認逮捕で辛い思いをしたことを心ある刑事から立場上表向きにはできないが詫びられたらしい。
⑭エピローグ・あけられた玉手箱
事件は終結した。岡田美穂は警察を退職した山崎慎次郎ら数人の元・浜地順子のいじめグループメンバーからの自供で事件の取り消しが請求された。判決が確定し、刑も執行されているのでことは容易ではないが。人権問題が取りざたされているご時世なので、事件を告発したアンダーウェル&タイム紙だけでなく、我がロック・ペラルド紙や業界3位の発行数のスチムソン兄弟社ら大手マスコミが一致協力して事件の真相を再度調査し直すことになった。
浜地順子の遺族である与党・民友党や浜地の立候補していた新大阪理想の会、浜地頼子弁護士事務所などが死人に鞭打つ気か、自分たちこそ被害者…と、吠えまくったが、世論の流れには勝てなかったのだ。
そして今、3月11日。十年前に彼女の母校である西河内市立桜第3中学の卒業式が行われたのと同じ日に、岡田美穂の十年遅れの卒業式が行われた。十年ぶりに母校の体育館に帰ってきた彼女は、
「マジであの時以来ここに帰ってくる。悪い事するためにここに帰ってきたのにいいんでしょうか」とオズオズという。
「いいんだよ。胸を張って。何も悪いことしてないんだから」
「七年ぶりくらいに家に電話して…信じてあげられなくてごめんって泣かれました。私も泣いちゃって。ホントは言いたいことも一杯あるけど、もういいかなって。後、カメからも…自分がここに行くわけにはいかないけど、本当に悪かった。いつか直接謝る機会があったらって。私はいいから文哉君を守ってあげてって言いました。彼も家族を亡くしたんだし、私はもういいかなって思う。山崎とかも、彼が警察官になったのは私にすまなかった、悪い奴らを絶対許さない警察官になろうと思ったからと聞きました。今更警察入ったんだから、やめないで立派なポリになりなさいよって言ったんだけど、私の裁判やり直すためには自分の偽証罪認めなといけないから、やめないわけにはいかなかったらしい。他の何人かの子たちもね。でも、ずっと苦しかった、ゴメンって言われると何も言えなくて…」
岡田美穂一人だけの十年遅れの卒業式は終了した。卒業証書授与のため十年前の校長が今日のためだけに参加している。当時の教師や同級生も参加するという声もあったらしいが、本人が断ったらしい。やはりなんだかんだ言っても、そこまでは割り切れないかもしれない。校長はあの後、不祥事の責任を取ると辞職していたが、
「あの時、不祥事とか言ってすまなかった。辛いのによく頑張ったね。十年はとても長かったと思うけれど、これから少しずつ取り戻して、人生を大切に生きてほしい。それが一緒の校舎で勉強した、このおじいちゃんからの願いです」
「長かったあ、一人だし。校長先生の話。いつも校長先生の話、静かに聞こうよって言ってたけど。大人になって聞くと何言ってんだかわかんない。でも嬉しかった。学歴をバイトの面接で書く時、『小卒』とか『中学中退』って書くの嫌だったから」
大切そうに卒業証書を握りしめて笑う。ああいうことが事実としてあったとしても中卒の扱いにはなっているのだろうけど、それは彼女なりの抵抗だったのかもしれない。
「死んでしまった人もいるし、恨みはあったし、私が殺すつもりだった人たちだから微妙。あまり私が笑ったらダメかなと思うけど」
「笑ったらいいよ、笑った顔が魅力的なんだからね」
「魅力的とか言われたことないわ。十年マジで笑ってなかったし。あだ名が能面だから。もう能面から卒業できるのかな。いろいろ微妙なお仕事しかできなかったけど、これから胸を張って生きていくつもり。勉強しない癖がついちゃったから今から勉強するのもしんどいけど。頑張る癖を思い出さなくちゃ」
「そうだね。焦らずにゆっくりやっていこうよ」
「そうですね。でも、結果的にこういうことになってしまったけど、浦島太郎は亀を助けたことを後悔していません。助けないで見ないふりをしていたら一生後悔したかもしれない。帰ってきた未来には竜宮城なんかより、ずっと大切な過去があったんだから。玉手箱を開けた先にあった大切なものをその人が戻ってくる日まで大切に待ち続けたい。その人に『お帰りなさい』っていうために。胸を張ってこれから生きていきます」岡田美穂はぺこりと頭を下げた。
「両親とあって色々話し合います。殺すつもりだった山崎達とも話したらわだかまりも薄らいだし、前を向くためには話さないと」
「そうだね。話さないと分からないこともある。彼らも反省して岡田さんの為に行動しているんだから、やったことは取り返せないけど、新たな関係を築き直して、やり直す方が建設的だしね」
「はい、もう一度やり直してみます。新しい自分になって。じゃ、十年ぶりの実家に帰ります。有難うございました。さよなら。あの、彼女さんにもよろしく。あの人のおかげで私、大切な人を間違えて殺さずに済んだから」
岡田美穂はもう一度頭を下げて去っていった。しかし…彼女さんとはだれのことだろう?誰かと間違えているのか?
事件も一段落したので、私はハイジ森川に会いに行った。
「こんにちは。今日はコロナとバイデン政権…」
「どうぞ」
なんだか受付嬢の態度がだんだん悪くなっている気もするが。まあいいか」
「ハイジさん」
「あ、今晩は、なんだかだんだん春ですね」
「そうだね、もう卒業式の季節だもの。あの岡田美穂も十年目に卒業証書貰えたんだよ」
「あらまあ、よかったです」
世話好きのおばさんみたいだが、本当にうれしそうな笑顔。こっちまで幸せな気分になる」
「でもさ、考えたらあの時、ハイジさんが岡田美穂の気をそらしてなかったら、彼女は弟の亀岡文哉を間違えて殺していたかもしれない。そうなってたら悲劇がまだ続いていたんだなあ。ハイジさんはいつ岡田美穂に気付いて機転を利かせたの?」
「気付いたと言われても。彼女が弟君の前で固まってたでしょ」
「なんかハイジさんも同時に大きな声出してたじゃないか、それで彼女は気を取られたんだよ」
「そうなんですか?私は誰かに呼ばれた気がしたから…」
その時廊下でいきなり大きな声が響いた。
「ドジ亀っ!仕事はどうしたのですか!!!」
「はいっ!!!すみません。仕事中なのでまた今度」
ハイジは苦笑して走っていった。看護婦長のマーカス夫人…なるほど、これか…私も苦笑いする。でも、いいじゃないか、これが十年間の時間を止めていた玉手箱を開けたんだから。玉手箱を開けて、止まっていた時間の中にあった一つの大事なものを見つけたんだ。その中にあったものは彼女に別の試練を与えるのかもしれない。でも、今の彼女なら乗り越えていけるだろう。そしていつかきっと…。
Fine