21 禍々しい魔剣
全てを語り終えた狂乱の魔女は、なぜこの様な結果になったのかと嘆き、連絡用隔離世は陰鬱な空気で満たされた。
これまでの情報を統合すると……
この騒動の発端は、十畦の鬼神の行動だった。
わざわざ魔界まで出向き、狂乱の魔女に豊矛神の消滅を知らせたのだ。
そんな事をすれば狂乱の魔女が襲って来ると予想できたはずだ。だがそれこそが、消滅した豊矛神が残した、後継者に課した最後の試練だった。
どうせ放っておいても、いつかはバレる。それならば、騒動のない穏やかな時を狙って襲撃させるよう仕向けて欲しいと、豊矛神から頼まれていたらしい。
しかもその後は、余程の事態が起きない限りは静観するようにと言われていた。
そして、この件は秋月様も承知していたという。
不意にやってきた悪魔の襲撃に、雫奈たちは上手く対処できるのか。それを見るための試練だったはずなのだが……
一番の誤算だったのは、いきなり栄太の魂が攫われたことだ。
いわば扇の要を失った状態で、事態に対処しなくてはならなくなった。
秋月様自身が自由に動けないというのは本当で、代わりに出穂様と百舌鳥姫様が動いた。だが、栄太の魂の行方を見失ってしまった。まさか魔界に運ばれていたとは思わなかったらしい。
狂乱の魔女が言うには、なぜそんなことをしたのか、自分でも分からないらしい。
ただ、誰かにそう言われた気がすると話し、自分でもそれが一番だと思い込んでいたのだという。
そして、気が付けば、栄太の魂は監禁していた場所から消えていた。
ユカヤは大きなため息を吐く。
「それにしても、鮮やかな手並みでしたね、ノーラ。まさか魔界に還ったふりをして、祠を襲撃するとは思いませんでしたよ」
「その辺りの記憶が曖昧なんだよな……。リーザじゃあるまいし、アタイにそんな芸当、できるとは思わねぇんだが。いや、魔界へ還ろうと思ったのは本当なんだが、気が付けば変な剣を持って戦ってた……みたいな?」
「そういえば、随分と禍々しい剣でしたけど、あれはどうしたんですか?」
「それもよく思い出せねぇんだよな……」
ユカヤの表情が険しくなる。どう考えてもその剣が怪しい。
「その剣、見せてもらえますか?」
「ああ、いいぜ。……って、あれ?」
「どうしましたか?」
「いやぁ、あの剣、どっか行ったみたいだ」
そういえば、狂乱の魔女の手から滑り落ちた剣は、地面に突き刺さった後、いつの間にか消えていた。
「その魔剣が、ノーラを操っていた……ってことでしょうか……」
そう考えれば、不可解な彼女の行動に納得ができる。
魂を攫ったり、だまし討ちをするのは、全く彼女らしくなかった。
「いくらノーラでも、土地神に喧嘩を売るなんて……いえ、やりかねないですね」
「ああ、あの厄介な爺さんがいねぇのなら、封印石をいただこうって思ったのはマジだ。封印を解いてデイルバイパーを討滅しようって思ってたからな」
「それは、そのデイルバイパーが神格を得て、神様になったのを知らなかったってことでしょうか?」
「ああ。なんせ、あの爺さんがいる間は、近付くことさえできなかったからな。気付いたのは全部終わった後だ。頭が二つあった蛇神、あれがそうなんだろ?」
「はい。デイルバイパーを封印した石、水霊石を御神体とした双頭の蛇神、それが水諸科等神様です」
「……そっか」
狂乱の魔女は、デイルバイパーと遥か昔に交わした約束……デイルバイパーが害悪をなす妖怪となり果てたら、自分が冥土に送るというやりとりを思い出す。
その約束を果たそうとしたが、いつも豊矛神が立ち塞がり、嫌ってほど何度も返り討ちに遭った。
その障害がなくなり、やっと約束を果たせると思ったのに……
「結局、アタイが空回ってただけってわけか……」
「それを、あの魔剣……なのか、その所有者なのか分かりませんけど、いいように利用されたわけですね。それにしても、相手の目的は何だったんでしょうか。ただの娯楽にしては手が込んでいるように思いますが……」
その結果、水諸様が消え、シズナとユカヤは現身を失った。
まだ鈴音が残っているとはいえ、神軒町の守りは瓦解したと言っていいだろう。
何モノかが、そこで何かをしようと企んでいるのだろうか……
「魔剣ディフレイザーでしたっけ? 悪意の塊のような禍々しいモノでしたけど、どこに消えたのでしょうね」
結局のところ、残された謎のカギは、狂乱の魔女を操ったとされる何モノかが握っていることになる。
なぜ栄太が狙われたのか。騒乱を起こして何をしたかったのか。魔剣はどこへ行ったのか……
台所から戻ってきたシズナがパンパンと手を叩く。
「はいはい、分からないことで悩んでても仕方がない。今は全力で栄太の魂を探しましょ。その為にも、美味しいものを食べて気力を蓄えないとね」
魂の欠片を戻したことで延命したとはいえ、そう長くは持たないだろう。
だから、悪魔であるユカヤ、狂乱の魔女、陰鬱の魔女、それに十畦の鬼神アゼナシンは、魔界での捜索に全力を注ぐことにする。
静熊神社の境内で、尋常ならざる禍々しい気配を感じた時末忠次郎は、慌てて現場に駆け付けた。
そこで見たのは、壊れた祠と、それを片付けている中学生ぐらいの男女の姿。
二人は双子で、名を十六夜泉と十六夜響という。
何か凄い音が聞こえたので見に来てみると、祠が大変なことになっていて、破片が飛び散って危険だったので片付けてくれていたらしい。
こう見えて時末は、兎角幻坊という名の修験者だったりしたことがあるので、人の善悪はなんとなく感じ取れる。
双子に邪な気持ちがないと視た時末は……
「これほどの壊れ方をするとは不思議だが、けが人が出なくて幸いであった。二人には世話を掛けた」
そう言って子供たちを送り出すと、使える部品を選り分けて、倉庫で眠っていた木材と組み合わせて、鳥の巣箱のような仮設の祠を組み上げた。
そして、不思議な力が宿っている二つに割れた石を接着剤でくっつけると、その中に安置した。




