14 晩餐会議
神社にある家の中のようだけど、ここは幽世にある隔離世のひとつ。
なんだかんだと協力者が増えたので、連絡用にとこの世界が作られた。
そして、その台所ではシズナが料理を作り、それをコマネが手伝っていた。
幽世でなら、望めば精霊たちが料理を用意してくれるのだが、材料こそ用意してもらったものの、シズナ自らの手で料理をしていた。
こだわりってほどでもないけど、やはり手料理には手料理の良さがある。
何にでも興味を示すコマネが、抜群の運動神経と器用さを発揮して、シズナの料理を手伝っていた。
まあ、傍から見れば、中学生ぐらいの子供たちが、仲良くお料理をしているようにしか見えないけど、出来上がってくる料理は芸術品のようだった。
和室ではユカヤとフェイトノーディアがくつろいでいた。それに、秋津霧加良姫たち──秋月様と、そのお付きの神々が行儀よく座布団に座って、静かに時を待っていた。
フェイトノーディアの悪魔姿はこの場の雰囲気にそぐわないが、気にしているのはお付きの神々たちだけで、秋月様は「よくお越しになられました」と握手を交わして歓迎していた。
ちなみにユカヤは、ちゃんと土地神姿になっている。
秋月様の左右には、細身で眼鏡を着用した文学系の青年と、小柄で愛らしい少女が座っている。多散凍穂寝神──出穂様と、夜香鵙女──百舌鳥姫様だ。
その後ろには、護衛らしき二柱の武神と、世話係の女官っぽい三柱の女神が控えている。
「お待たせしてごめんなさい。よかったら、こちらを召し上がってください。フェイトノーディアさんも、遠慮せずにどうぞ」
幽世での食事は、精神的な満足感を得たり、疲れを癒すためのもの。わずかながら霊力を回復させる効果もある。
いくら食べても太らないが、過剰摂取が不調をもたらすのは変わらない。
ユカヤも手伝いに加わり、台所からどんどん料理を運び込まれてくる。
時間の経過で冷めたり傷んだりしないので、大量に用意して放置しておいても問題は無いが……
だからといって、座敷机を埋め尽くさんばかりの量は多すぎるように思える。でもまあこれなら、様々な料理があるので、どんな相手でもお気に入りのものが見つかるだろう。
それに、神様だけに調味料を使わずとも味の調正ぐらいは可能だ。とはいえ、料理した相手に敬意を払って、微調整程度の留めるのが礼儀だが。
「まあまあ、なんだか豪勢ですね。でも、私たちは栄太さんを救うために集まった仲間なのですから、お気遣いは無用ですよ」
そんな秋月様の言葉に……
「はい。だけど、こうしている時が一番落ち着きますから……」
何もせずに座っているよりは、料理を作ったりみんなの世話を焼いているほうが気が紛れて心が落ち着くと、そう明かした。
それはつまり、この暴力的な料理の山は、シズナの心を占めている不安の大きさということになる。
ここに集まっているのは、連絡を取り合うための分身たち。なので、他の分身たちは別の隔離世でそれぞれの活動を続けている。
連絡係だとしても、シズナである限り、すぐにでも栄太を救い出したいという気持ちに変わりはない。
そして、たとえここに居るのがシズナのほんの一部だとしても、ここで受ける影響はシズナ全体に多少なりとも波及する。満足感や気分転換でさえも。
「あら、とても美味しいですね。優しさが込められていて、何だか心も落ち着くような……そんな感じがします」
さっそく近くの焼売に手を伸ばした秋月様は、穏やかな表情で感想を述べる。
それを聞いて、コマネが嬉しそうに蒸し鶏のサラダを取り分ける。
「だよね? シズ姉の料理は絶品だからね。こっちはボクが手伝ったんだよ♪」
「そうなんですね。盛り付けが綺麗で、美味しそうですね」
「えへへ…。ちゃんと味も美味しいよ」
コマネも栄太の様子が気になって仕方がないが、少しでも気分を盛り上げようと明るく振る舞う。
秋月様とコマネのやりとりに引っ張られるように、ユカヤもフェイトノーディアのために焼き菓子を取り分けた。
「……えっ? い、いいの?」
「もちろんですよ。こちらのお菓子は、全て私の手作りです。貴女のハーブティーによく合うと思いますよ」
「……へ、へぇ……そうなんだ。ありがと……」
ニッコリと微笑むユカヤから、顔を赤らめて視線を逸らすフェイトノーディア。
お付きの者たちも含めて、徐々に和気あいあいとした雰囲気で満ちていく和室の中、ようやく最後の来訪者が現れた。
その姿は、まさに異形だった。
長い尻尾や二つに分かたれた頭部は蛇なのだが、手足があるせいで、どこかトカゲのようにも見える。
事前に聞かされていたとはいえ、それでも緊張が走った。
特に武神たちは、いつでも抜けるようにと腰の剣に手をかけて、秋月様を守るように移動する。……だがそれを、秋月様が手の動きで静止する。
「供の者が失礼しました。お久しぶりです、水諸神殿。こうして姿を見るのは、いつ以来でしょうか」
「ご無沙汰しております、秋月様。我が事にて領地を騒がせたこと、深くお詫びいたします」
畳の上で直に正座をした蛇神は、二つの頭を深々と下げた。
姿が姿なので、姿勢を低くして飛び掛かろうとしているようにも見えるが、正真正銘、心からの詫びだった。
「なにも貴方の罪を問おうというわけではないのですから、そんなに畏まる必要はないですよ。どうぞ楽にして下さいね。そもそも水諸神は豊矛神の眷属で私の配下ではありません。なのに手助けを続けて頂いているわけですから、感謝してますよ」
「この地を水害より守れというのが、我が主の命ですので」
ともあれ、これで役者は揃い、料理が満載された座敷机を囲んでの報告会という名の晩餐会が始まった。
「なりません! それでは皆が不幸になるだけです!」
立ち上がった秋月様は、語気を強めて言い放つ。
こんなことは珍しく、出穂神と百舌鳥姫が反射的に平伏する。
だが、なおも水諸神が言い募る。
「ですが、早期解決を望むのであれば、この方法が最善かと」
つまり、狂乱の魔女の標的が自分なのだから、御神体となっている水霊石を差し出して、引き換えに人質(魂質?)を返してもらえばいい……と。
更には……
「我が身は、豊矛様と、この地の方々に救ってもらったもの。もしそれで災厄が避けられるのであれば、喜んで輪廻の輪に戻りましょう」
……などという言葉を聞かされては、秋月様も感情を表さずにはいられなかった。
それでは、水諸神や狂乱の魔女が滅することになる。自分が成した事の結果がコレでは、豊矛神も浮かばれない。
「どうか、ご決断を!」
強い決意で秋月様を見つめると、双頭の蛇神も深く平伏した。
「いいえ、なりません。聞けばフェイトノーラなる悪魔は、現世に被害を与えたデイルバイパーを滅して、過去を精算するのが目的の様子。ですが、そのデイルバイパーは、蛇神となって自らの罪を精算しました。私たちが成すべきは、静熊神社の神使たる繰形栄太の救済と、水霊石および水諸神の保護。そして、狂乱の魔女の蛮行を阻止することです」
その威厳と迫力に、静熊神社の土地神三姉妹はもちろん、陰鬱の魔女までもが平伏する。
「これは、秋月郷を預かる土地神、秋津霧加良の命令です!」
秋月球は身振り手振りを交えて、ババンと凛々しく言い放った。




