新月の影
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一目見て俺は理解した。彼女は死の女神。その貌に浮かぶ黒い斑点。首に巻かれた太い縄。全てが予兆めいている。俺にとって誠に喜ばしい出会い。まさしく運命に違いなかった。
月のない夜にも関わらず、つややかに水面が輝く泥の沼。鏡のようなその表面には煙った靄が這いずりまわる。驟雨が天から降りしきり、雷鳴が轟く森の奥。俺は自分が何者なのか分からないまま彷徨い続けていた。けれど目的だけははっきりしていた。俺は戦いを求めていた。だが森の隅々まで探しても望むものはなかった。俺は疲れ、力尽き、水面に映る己自身の影に誘われるように水中に没した。泥が体の芯まで染み込んできて、魂までもが重たくなり始めた時、細い二本の腕が伸びてきて、俺を現世に呼び戻した。
水を吐き出し、荒々しく息をする。朦朧としていた視界が鮮明になると、俺と彼女の目が合った。彼女は何か言ったが、その言葉は俺には分からなかった。その背格好からこの地の者ではないことは明らかだった。
彼女が横たわる俺を覗き込む。爛々と輝く大きな瞳が繊細な睫毛で装飾され、泥に塗れた貌の中で異様な存在感を放っている。中央がへこんで両側に小山ができた帽子。少女の頭にはやや大きい帽子のつばが作る影から、濁流のように溢れ出した髪は後頭部でまとめられ、しなやかな尾の如く垂れ下がっている。首元には蛇に巻かれたような首飾り。雫が滴る革の上着の下には薄い直方体の鞄が掛けられている。その鞄の留め具は透き通るような深緑色。
今、この時に、あらゆる象徴が宿っていた。そう、翡翠。彼女は死の女神であると同時に神を模した贄。贄としての名が必要だ。
彼女は、翡翠。
贄は自らの足で祭壇へと向かう。その使命を全うする為。それには執行者が必要だ。戦士である俺を神官に仕立てようとでも言うのか。ならば望み通り天上へと送り届けようではないか。
俺を導いてくれ翡翠。宇宙樹の木陰にあるという永遠の安息へ。