正直な鏡と嘘つきな鏡
鏡、あんまり見ません。
あるところって、どこだって話なんだけど。
まぁ、そんなこと、どうだっていいじゃん。
あるところに、なんか、国があったんだよね。
あ、そうそう、むかしむかし。
だから、むかしむかしで、そんであるところ。
ひとつの国があったの。
んで、その国には、鏡が二枚しかなかったわけ。
なんで? って、そういうもんなの。だまってきいて。
だから、国の東と西に、一枚ずつ鏡を飾った館を建てて。
国民たちは、みんなその鏡をかわるがわる。交替しながら使ってたんだけど。
その鏡ってのが、一枚は正直な鏡で、もう一枚は嘘つきな鏡だったんだ。
正直な鏡は、そのひとが、じぶんで好きじゃないところまでそのまんま映すのに。
嘘つきな鏡は、そのひとが、じぶんで好きじゃないところは、嘘ついてごまかして映しちゃってた。
だから、正直な鏡のあとに嘘つきな鏡を見たひとたちは。あ、やっぱり私はあんな顔じゃないやって、ほっとしたし。
だから、嘘つきな鏡のあとに正直な鏡を見たひとたちは。あ、やっぱ。私はこんな顔なんだって、おちこんだ。
でもさ、鏡は二枚しかなかったんだから。
なんだかんだで、みんなは二枚の鏡を大事に使ってたってわけ。
なんだけどね。
とうとう、ひとりのおとこが、正直な鏡にものすごく怒っちゃって。
「なんだ、あっちの鏡じゃ、おれはこんなに鼻は低くなかったぞ!
こんなまちがいを映す鏡なんか、こうしてやる!」
石を手にとって、ぶつけちゃったんだ。
そしたら、正直な鏡に、ぴしってひびがはいったの。
それを見たほかのひとたちも——よっぽど、いままで不満がたまってたんだろうね——つぎつぎに石をぶつけだしちゃったもんだから、もうたいへん!
たちまち、正直な鏡は、ひびだらけになったんだ。
正直に、そのまんまを映してただけなのに、なんだか可哀想。
そしたら、それを知った王様が、国に二枚しかない鏡がなくなっちゃったら困るからって。
二枚の鏡をいっしょにならべて、どっちの鏡が正しい鏡なのか裁判をひらくことにした。
そしたら、当然よね。
正直な鏡が、正しい鏡だってわかって。
嘘つきな鏡は、ばりばりのばりんって割られちゃったんだ。
でもね、嘘つきな鏡もほんとは悪いやつじゃなくて。
鏡に映るひとが、じぶんじゃ好きじゃないだろうなってところを、見なくてもすむようにだったり。
鏡に映るひとが、じぶんに自信をもてるようにだったり。
鏡に映るひとのために、嘘をついてたんだ。
けっして、だましてやろうとか、おべっか使って好かれようとかしてたわけじゃないのに。
嘘つきな鏡に映ったじぶんを見て、喜んでたひとたちも。
あの鏡のせいで、さんざん恥をかかされたんだって。
こんどは、嘘つきな鏡が割られちゃって、よろこんでたんだから、ひどい話。
それで、国に一枚だけになった正直な鏡は、国のまんなかに新しい館を建てて、飾られることになったんだけど。
残念ながら、これでめでたし、めでたしでもない。
じぶんで好きじゃないところを、ごまかして映してくれてた——嘘つきな鏡に映ったじぶんを気に入ってたひとたちが、やっぱりたくさんいて。
じぶんで好きじゃないところまで、そのまんま映された——正直な鏡にうつったじぶんなんてみたくもないって、そのひとたちはずっと思ってた。
そんなひとたちが反対したせいで。
まえに石をたくさんぶつけられたせいで、ぴしっぴしって、ひびだらけにされてた正直な鏡を、だれもなおそうとはしなかったんだよね。
ひびだらけだったのにだよ?
だから、しかたないよね。
ついに、正直な鏡も、ひびだらけなのにたえきれなくなって、ばりばりのばりんって割れちゃったの。
正直な鏡は、鏡らしく、正直に映そうってしてただけなのに。
そりゃあ、国じゅうおおさわぎになったんだけど。
嘘つきな鏡に映ったじぶんを見て、喜んでたひとたちは。
もう、じぶんの好きじゃないところまで、そのまんま映す鏡がなくなって、よろこんでたんだから、ひどい話。
こうして。
むかしむかしで、そんであるところにあったひとつの国。
その国には、鏡が二枚しかなかったのに、二枚ともばりばりのばりんって割れちゃって。
その国は、鏡のない国になっちゃったってお話。
嘘つきが、いけないとか。
正直は、損をするとか。
そういう話でもなくて。
ひとつ嘘があると、その嘘も、そして正直さえも、どっちもゆがんだものになっちゃうんだって話。
そうね。
ちょうど、嘘つきな鏡と正直な鏡のそれぞれに映された、あなたの姿みたいに。
嘘つきな鏡が、嘘つきな鏡と正直な鏡の両方の鏡を、ゆがんだ鏡にしちゃったみたいに。
ないと困ますけど(汗)




