表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

童話つめあわせ

正直な鏡と嘘つきな鏡

作者: 歌川 詩季

 鏡、あんまり見ません。

 あるところって、どこだって話なんだけど。

 まぁ、そんなこと、どうだっていいじゃん。


 あるところに、なんか、国があったんだよね。

 あ、そうそう、むかしむかし。


 だから、むかしむかしで、そんであるところ。

 ひとつの国があったの。

 んで、その国には、鏡が二枚しかなかったわけ。

 なんで? って、そういうもんなの。だまってきいて。


 だから、国の東と西に、一枚ずつ鏡を飾った(やかた)を建てて。

 国民たちは、みんなその鏡をかわるがわる。交替しながら使ってたんだけど。


 その鏡ってのが、一枚は正直な鏡で、もう一枚は嘘つきな鏡だったんだ。


 正直な鏡は、そのひとが、じぶんで好きじゃないところまでそのまんま映すのに。

 嘘つきな鏡は、そのひとが、じぶんで好きじゃないところは、嘘ついてごまかして映しちゃってた。

 だから、正直な鏡のあとに嘘つきな鏡を見たひとたちは。あ、やっぱり私はあんな顔じゃないやって、ほっとしたし。

 だから、嘘つきな鏡のあとに正直な鏡を見たひとたちは。あ、やっぱ。私はこんな顔なんだって、おちこんだ。


 でもさ、鏡は二枚しかなかったんだから。

 なんだかんだで、みんなは二枚の鏡を大事に使ってたってわけ。


 なんだけどね。

 とうとう、ひとりのおとこが、正直な鏡にものすごく怒っちゃって。

「なんだ、あっちの鏡じゃ、おれはこんなに鼻は低くなかったぞ!

 こんなまちがいを映す鏡なんか、こうしてやる!」

 石を手にとって、ぶつけちゃったんだ。

 そしたら、正直な鏡に、ぴしってひびがはいったの。

 それを見たほかのひとたちも——よっぽど、いままで不満がたまってたんだろうね——つぎつぎに石をぶつけだしちゃったもんだから、もうたいへん!

 たちまち、正直な鏡は、ひびだらけになったんだ。

 正直に、そのまんまを映してただけなのに、なんだか可哀想。


 そしたら、それを知った王様が、国に二枚しかない鏡がなくなっちゃったら困るからって。

 二枚の鏡をいっしょにならべて、どっちの鏡が正しい鏡なのか裁判をひらくことにした。


 そしたら、当然よね。


 正直な鏡が、正しい鏡だってわかって。

 嘘つきな鏡は、ばりばりのばりんって割られちゃったんだ。


 でもね、嘘つきな鏡もほんとは悪いやつじゃなくて。

 鏡に映るひとが、じぶんじゃ好きじゃないだろうなってところを、見なくてもすむようにだったり。

 鏡に映るひとが、じぶんに自信をもてるようにだったり。

 鏡に映るひとのために、嘘をついてたんだ。

 けっして、だましてやろうとか、おべっか使って好かれようとかしてたわけじゃないのに。


 嘘つきな鏡に映ったじぶんを見て、喜んでたひとたちも。

 あの鏡のせいで、さんざん恥をかかされたんだって。

 こんどは、嘘つきな鏡が割られちゃって、よろこんでたんだから、ひどい話。


 それで、国に一枚だけになった正直な鏡は、国のまんなかに新しい(やかた)を建てて、飾られることになったんだけど。

 残念ながら、これでめでたし、めでたしでもない。


 じぶんで好きじゃないところを、ごまかして映してくれてた——嘘つきな鏡に映ったじぶんを気に入ってたひとたちが、やっぱりたくさんいて。

 じぶんで好きじゃないところまで、そのまんま映された——正直な鏡にうつったじぶんなんてみたくもないって、そのひとたちはずっと思ってた。


 そんなひとたちが反対したせいで。

 まえに石をたくさんぶつけられたせいで、ぴしっぴしって、ひびだらけにされてた正直な鏡を、だれもなおそうとはしなかったんだよね。

 ひびだらけだったのにだよ?

 だから、しかたないよね。

 ついに、正直な鏡も、ひびだらけなのにたえきれなくなって、ばりばりのばりんって割れちゃったの。


 正直な鏡は、鏡らしく、正直に映そうってしてただけなのに。

 そりゃあ、国じゅうおおさわぎになったんだけど。

 嘘つきな鏡に映ったじぶんを見て、喜んでたひとたちは。

 もう、じぶんの好きじゃないところまで、そのまんま映す鏡がなくなって、よろこんでたんだから、ひどい話。


 こうして。


 むかしむかしで、そんであるところにあったひとつの国。

 その国には、鏡が二枚しかなかったのに、二枚ともばりばりのばりんって割れちゃって。


 その国は、鏡のない国になっちゃったってお話。



 嘘つきが、いけないとか。

 正直は、損をするとか。

 そういう話でもなくて。


 ひとつ嘘があると、その嘘も、そして正直さえも、どっちもゆがんだものになっちゃうんだって話。



 そうね。



 ちょうど、嘘つきな鏡と正直な鏡のそれぞれに映された、あなたの姿みたいに。


 嘘つきな鏡が、嘘つきな鏡と正直な鏡の両方の鏡を、ゆがんだ鏡にしちゃったみたいに。

 ないと困ますけど(汗)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] すごく、深いですね。 童話って、表面的には子ども向けに見えて、実は物事の本核をとらえてみると、大人にこそ考え直してほしいことが詰め込まれているんですよね。 また、よい作品を読ませてくだ…
[一言]  語るような語調に童話らしい教訓。  誰もが悪くて、誰も悪くない。  読み終えてひやりとするのは大人ばかり。  絵本よりはもう少し大きな子に。  押しつけではなく、考えてみて、と問うよ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ