見ていて本っ当に苛立つ
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ライラとリアムのプチ衝突です。
捕虜として連行されて7日目。そろそろ暇を持て余してきた頃だ。アーシェン王やセロは元気かな、と呑気に考えているとドアがノックされた。
「小僧、リアム様がお呼びだ」
グラスコがライラを睨みつけるように見ていた。リアムに掴みかかった一件以来、彼はライラへの嫌悪感を隠す気が無くなった。
最低限の会話や世話はしてくれるが、毎回さりげない嫌がらせを受けていた。
ナイフが必要な夕食でスプーンしかくれなかったり、夜明け前に勝手に部屋に入ってカーテンを全開にされたり・・・。
極めつけは、ある若いメイドにライラを無視させていることだった。ライラが挨拶をしても、彼女はプイとそっぽを向いてしまう。
王座に行くと、リアムが堂々と座っていた。
「城下町に行くぞ」
あれ以来、リアムは国民への対応を自分なりに考えているようだった。
『職に困る人々への救済措置や衛生環境の改善。そして、治安を守る憲兵の制度の見直しと徴兵制度の廃止。諸々を検討している』とグラスコが嫌そうに早口で教えてくれた。
今日は孤児院の設置を視野に入れている様子だった。
一度に改革を進めているが、国庫は潤沢なのか?と問うと、『「十分にある」とグラスコが言っていた』と返された。有り余る資源と資産を他国の侵略に使われていたと思うと、やるせない思いがした。
と、同時にリアムが変わればこの国は良くなる確信があった。根拠はないけれど。
「お前の両親は?」
相変わらず不躾な質問をするリアムだ。スラムで育ったというライラの境遇を加味したら、直接的な聞き方は避けるものなんじゃないだろうか。
「気付いたら人に拾われてた。まぁ、捨てられたんじゃない?」
「そうか」
「だから孤児院っていう目線はすごく有り難いな。ボクは運よく良い人に出会ったけど、そうじゃない子供は、死ぬか売られるかの二択を迫られる」
事実だ。幾度となく目の前で死にゆく幼子を目にした。
「じゃあ、お前は幸せな奴だったんだな」
「・・・は?」
「俺は幼い頃、母親に愛された。・・・だからこそ、ずっと苦しいんだ。唯一の味方だった人がこの世から消えた喪失感が、ずっと消えない。こんなことなら、お前みたいに元から孤独であれば良かったのにな」
「何・・・、だって?」
徐々に怒気を含んできたライラには気付かず、リアムは滔々と話し続ける。
「孤独を抱えて生きたお前と、孤独を突きつけられた俺は正反対なんだよ」
「意味が、分からない」
「分からないか?幸せなお前と、俺は根本から違う―」
ライラは人生で二度も王子を殴ることになるとは思っていなかった。
気付いたら、リアムの頬を引っぱたいていたのだ。振りぬいた左手がジンジンと痛む。
「自分は悲劇の役者気どりかよ!鬱陶しい!」
捕虜という役目を忘れ、一人の人間として目の前の男に向き合う。
「なんっだよそれ!ボクが『幸せ』?自分は『不幸』?いい加減にしろよ!お前は人に愛された。母親が味方だったんだろ?幼い頃っ!誰かに心から愛されていたんだろ?」
はぁはぁと息を切らし、感情のまま叫ぶ。
「ボクはお前みたいに安心して寝られる暮らしをしていない!気を抜くと殺されるからな!満足に食事も取れなかった!お腹を空かせて眠る気持ちがお前に分かるか?それに、騙されて何度も攫われかけた!どれだけいい人でも、信用するなんて出来なくなった!『お前は高く売れる』!?ボクの価値はボクで決めるよ!・・・これがっ!これがお前の言う幸せな人生か!?」
荒ぶるライラにあてられ、リアムも負けじと言い返す。
「さっきっから黙って聞いてれば・・・!お前に俺の何が分かる」
「分からねぇよ!お前は自分しか見えてないし、自分だけが不幸だと思っている。見ていて本っ当に苛立つ」
「黙れ」
リアムがライラの首に片手をかけ、持ち上げた。怒りに震えるリアムは今にもライラの細い首をへし折りそうだ。
「やれよ。そうやって君はすぐに暴力に訴える。それじゃ何も変わらない」
「・・・」
ぐっとリアムの手に力が入る。息が詰まり、ライラは美しい顔を歪めた。
意識が朦朧として視界が滲んでくる。薄れゆく意識の中、走馬灯のように過去が脳内を巡った。無意識に声が漏れる。
「・・・せ、世界を、変えるんじゃなかったのかよ」
自分は何を言っているのだろうか。アーシェン王との出会いを混同して、余計なことを口走った。何故かあの時の暗い少年と、今の孤独なリアムの姿が重なったのだ。
「・・・!」
突如、ライラの言葉にリアムが手から力を抜いた。ゴホゴホとせき込み、地面に手をつくライラに向かって、彼は自ら生い立ちを小さな声で述べた。
「俺は2年前・・・、15歳の頃にベルーガ帝王に即位した。前王が暗殺されたんだ。それまでは城内で厄介者として扱われてきた俺が、いきなり戴冠されたのには訳がある」
「・・・」
「俺の母さんは、前王である父に容姿を見込まれただけの平民だ。・・・平民っていうか、ある日この国近辺の海に漂流していたらしい。俺と同じの藍色の髪に蒼い瞳が気に入られたみたいだった。が、あの父親は母さんの事なんかこれっぽっちも愛してなかった。
・・・だから、俺は城内でいない子供として無視され続けたんだ。王家の子として認められていない俺は、王になんて・・・なれるはずがなかったんだ」
「それで?」
「母さんが亡くなってから、俺は城内で本当に居場所が無くなった。グラスコが寝起きの場所を用意してくれたが、基本ずっと一人で鍛錬していた。いつか、いつの日か王家の・・・、父の軍に認められるかもしれないって希望を抱いてたんだ。・・・そして15の時、前王とその息子たちが全員暗殺された。元々王族に反感を抱いていた奴の仕業だ。城内でのけ者の俺は、反乱者にさえ・・・王族と認めてもらえなかったらしいな」
自嘲気味に笑い、リアムは遠くを見つめた。
「それからだ。国は大混乱して、唯一残っていた俺を帝王に祭り上げた。国政も帝王学も何も学んでない無知な俺を、影から操ろうと毎日ゴマすりと裏切りが多発した。俺が持っているのは武力だけだ。もう何が何だか分からなかったよ。あんなに憧れを抱いた王族として認められた時には、俺を祝福してくれる人はもう、誰もいなかった」
「・・・そう」
「知略や策略に比べて、力はいい道具だった。俺は武に恵まれたから、歯向かってくる奴を真っ向から切り捨てることが出来た。次第に皆、恐れて何も言わなくなった。俺を叱ってくれる奴も、困った時に助けを請える奴もいない。・・・これを聞いて、お前は俺をどう思う?」
試すようにライラを見ている。返答を間違えれば容赦なく斬り捨てる、そう言わんばかりの圧と深い哀しみをビリビリと感じた。
リアムは孤独を抱え一人で奮闘していた。誰かに認めてもらいたくて我武者羅に頑張るも、彼を見てくれている人は、既に誰も、いなかった。
暗く長いトンネルを一人で旅して、やっと抜けたと歓喜し、笑顔で後ろを振り返っても・・・、誰もいない。
「幸福、ではないかな」
「・・・」
「でも、これから幸せになればいい」
「・・・え?」
リアムの両手を握り、弱弱しい彼の顔をこちらに向ける。
「まずは、ボクが友達になってあげるよ」
グラスコのさりげない嫌がらせに、ライラはキレ散らかしていました。