そこの書物を読んでいました
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ライラは大きな馬車に揺られていた。馬車を引くのは、艶やかな毛並みの美しい黒馬だ。
左隣にはリアムの側近であるグラスコ、そして正面にはリアムという地獄の配置だった。
気持ちはさながら売られる家畜だ。このような経験は前にもあったな、とライラは現実逃避をする。
まだライラがスラムに慣れていない頃、騙されて奴隷商人に売り飛ばされそうになった。あの時は逃げないように全身を雑にグルグル巻きにされていたが、今回は全く拘束されていないのが救いだった。まだ逃げる余地があるかもしれない。
そんなライラの邪な考えを見透かすように、腕を組んだリアムが口を開く。
「おい、逃げようなんて馬鹿な事を考えるなよ」
「・・・っ」
しまった。図星だという反応をしてしまった。
「はっ。やっぱりな。お前の目は諦めてないんだ」
「・・・」
これ以上会話をしていたら、ボロが出る確信があった。それこそ、この人と会話をしていたら女性だとバレてしまうかもしれない。せめてもの抵抗として、ライラは目を瞑ってそっぽを向いた。
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「ここがベルーガ帝国・・・」
大きな城門を見上げ感嘆する。城門には大きな砲台が備わっており、来るもの全てを拒んでいる。ライラ達を出迎える統率の取れた軍隊に、城を取り囲む高くそびえる壁。
ライラック王国の城が国の平和の象徴であれば、ベルーガ帝国の城は国の要塞だ。
「か、勝てっこない」
これが正直な感想だった。心の底からライラが人質に来てよかったと思う。軍に多額の予算をかけたベルーガ帝国と、我が国の兵力の差は歴然だった。
自分が犠牲になって良かったと思う反面、言いようのない不安がライラを襲う。知らない土地に一人駆り出されたのだ。その上、これからライラを待ち受ける待遇が悲惨なものであるのは明確。酷くてライラック王国の情報を引き出すために、無慈悲な拷問を受けるかもしれない。
「逃げたい」その一心だが、それだけは出来ない。
ここからライラの孤独な戦いが始まる。
―と思っていたのだが、
「ここがお前の自室だ。何かあったらそこのメイドか、グラスコに言え」
そう言って用意された部屋は、想像以上に快適なものだった。てっきり小窓一つの独房にぶち込まれると思っていたのでこの展開は予想外だ。むしろ、国賓を招くための部屋だと錯覚してしまいそう。
それに、何といっても部屋に風呂とトイレが備わっている。正直、一番の懸念はそこだった。
ライラは育ち上どこでも寝られる自信があるし、野宿もお手の物だった。独房でも構わなかった。・・・が、性別がバレることだけは避けたかった。
リアムにこれ以上悪印象を与えてはならないからだ。アーシェン王の尊厳にも関わる。
ひとまず、拷問を受けることは無さそうだ。あくまで捕虜として生かされるらしい。それはよかったのだが、逆に女性だとバレているのではないかと不安になる好待遇だった。
―3日ほど経った頃。
流石に何か裏があると思ったライラは、毎朝様子を見に来るグラスコを捕まえて問うた。歳が近そうな聡明な彼ならば、ライラとの対話が望める気がした。
「あの、リアム様は何がしたいんでしょう?」
「さぁ?」
「彼の側近でしょう?知らないの?」
「えぇ。リアム様が幼い頃から仕えています。・・・が、彼は私を信用してはいない。彼の考えは分かりません」
「じゃあ、リアム様に会わせて下さい」
「彼は多忙ですから・・・、その期待に応える保証はありませんが一応伝えておきます」
そう言った彼は、何と2時間後に再びライラの元に戻って来た。
「リアム様をお連れしました」
ノックの音に、うたた寝をしていたライラは飛び起きる。急いで胸元の包帯をぎゅっと巻き直した。まさか彼の方から捕虜に赴くなんて。
「ど、どうぞ!」
「失礼する」
リアムは甲冑に身を包んで部屋にやって来た。甲冑と言っても戦ではなかったようで、返り血を浴びている様子も、鉄っぽい匂いもしなかった。
ズカズカと部屋に一人で入ってきたリアムは、ライラの元に近寄りながら甲冑を脱いでいく。
「何をしていた」
「寝・・・、そこの書物を読んでいました」
「そうか。で、お前が言いたいことは何だ?この生活に不満があるのか?」
ただ会話をしているだけだというのに、威圧的な態度に思わず委縮する。
ライラを快適な空間に閉じ込めて、彼は何をしたいのだろう。
―捕虜を身の丈に合わない、客間であろう部屋に閉じ込めて。
おそらくこの国の上流階級の生活は、多くの平民の犠牲の上に成り立っている。捕虜を捉えた部屋が嫌に華美なのは、この国の権力が帝王に集中しているからかもしれない。
それに道中で見た城下町の平民の生活は、おそらく劣悪。ライラが暮らしたスラム街との区別が出来なかった。
衣服はボロボロで、幼い子供がパン一つを決死の形相で奪い合う。
若者はこの世を捨てたような絶望の表情をしており、健康的に歩く老人の姿は全く見えなかった。
―街全体が死んでいた。
「リアム様は何がしたいんですか」
「この国を導きたい」
「どこに?」
「・・・さぁ。俺は前王に従ってこの国を統治しているだけだ」
「街を、視察したことはありますか?」
ライラにとって重要な質問だった。国を治める立場の者は、アーシェン王のように国民すべてを平等に愛さなければならない。たとえスラム街でも、国の頭は視野に入れておいて欲しかった。
が、その淡い希望は、早々に打ち砕かれる。
「無い。意味がないから。あぁ、この国の労力としての価値は認めるが」
「・・・!」
リアムは興味無さそうに答えた。最後の甲冑を脱ぎ捨て、ライラに向き合う。
「この帝国が全土を治めれば自然と国が豊かになる。その野暮が達成されたら、国民も良かったと思えるだろ。―っ!」
ライラは思わずリアムに掴みかかった。こんな奴が国の親分だなんて考えられない。
リアムに顔を近づけて、ライラは怒りのまま叫ぶ。
「お前に!王としての資格はねぇよ!!」
そのままリアムを床に投げ飛ばす。脱ぎ捨て去られた甲冑にぶつからない方向に投げる理性があったことは褒めて欲しい。
「リアム!どうした!?」
大きな音を聞きつけ、グラスコが入ってきた。目の前に広がる惨状に徐々に呼吸を荒くする。
「小僧・・・」
わなわなと体を震わせて、グラスコは剣を腰から抜いた。ライラも隠していたナイフを手に持って向き合う。
「そのオレンジの髪・・・・、無性に気に食わないと思ってたんだ。ここで殺してやる」
「やってみろよ」
バチバチと火花を散らす両者の目に、リアムが立ち上がる姿が映った。
「待て・・・」
リアムはよろよろとライラに近づき、胸元をガっと掴んだ。すると一瞬。刹那だが、縋るような彼の視線を感じてライラは武器を降ろしてしまう。
「そこまで言うなら・・・、やってみろよ」
「え?」
「お前が、俺に偉そうに指示するってんなら、やってみろ。変えられるもんなら変えてみろよ!」
そう言いながら、リアムはライラの左頬を右拳でぶん殴った。脳がぐらぐらと揺れてまともな思考が出来ない。想定外の一撃だったため、ライラも思わず左の利き手でカウンターを返す。
―金持ちの坊ちゃんが。スラム上がりを舐めるなよ、という気持ちで。
捕虜生活はしばらく続きます。
ライラが男勝りというか、思ったより乱暴な感じになっちゃいました。
リアムはライラを男だと思い込んでいるので、すぐに手が出ます。