取引だ
閲覧ありがとうございます。誤字脱字等ありましたら、お知らせください。
区切りを意識したら、前に比べて文量が多くなってしまいました・・・。
お暇なときに読んで頂けると嬉しいです!
『国軍には男性のみに入団資格があるんだってよ』
ライラはアジトで親分に伝えた。その言葉を聞いた親分は、「そうか」と静かに言って酒に口をつける。
『じゃあ、ライラには無理だな。そもそもてめぇが筋骨隆々な輩に勝てる訳ねぇよ。諦めろ』
『・・・まぁ、他にも道はあるし落ち込むなって』
ローシェが慰めるようにライラの肩を叩いた。ライラは俯いたまま動かない。
『いいじゃねぇか。今の生活の何が不満だ?国の犬になって、俺達を捕まえるか?』
『ちょ、親分!』
『ローシェ、黙れ。おいライラ、お前ぇそのガキに惚れたのか?どうしてそこまで、しつこく追いかける?相手の事は何も知らねぇ癖によ』
親分は怒ったようにライラを睨む。
義賊としての活動に不満があったようには思えないが、突然「オウサマ」に会うためにライラが行動を起こすなんて奇妙だったのだ。
如何せん相手は貴族か王子。ライラの容姿であれば、邪な考えを持つ人にいつ騙されるか分からない。
ライラが自分達を国に突き出すとは思えないが、自分たちの立場上「会ってみたい」なんて軽い感情で危険な場に行かせる訳にはいかないのだ。
―親分には、不必要にライラを外に出したくない理由があった。
『あいつを救ってやりたい。どうしてだろう、どうしても孤独なあいつを助けたいんだよ』
『・・・会いてぇだけって訳じゃなさそうだな』
『あぁ・・・。だから、決めた!』
親分を真っすぐに見て、ライラは決断する。
『捨ててやる・・・。女のライラを殺して、俺・・・、ボクは男として生きる』
『っはぁ!?』
ライラの宣言に、ローシェが目をひん剥いてむせる。常々男勝りだとは思っていたが、性別を偽ってまで入団するとは思わなかった。
『ふっはははは』
親分が大声をあげて笑う。その顔から怒りは消え失せ、実に愉快そうな笑い声が響いた。
『いいだろう。ライラ、お前の本気が伝わった。そこまで言うならやってみろ。精々、尻尾巻いて逃げるなよ』
『っ!当然!』
『俺も応援するぜ、貴族のカワイ子ちゃんがいたら紹介しろよー』
ローシェまでも、ライラの後押しをしてくれた。
―その日の夜。
ライラは美しい橙色の髪に短剣をかざし、一気に切り裂いた。
束になった絹のような髪がハラハラと床を舞う。
『・・・あ』
左側の髪が中途半端に残ってしまった。切り損ねた一部を見ていると、先端が透き通るような黄色になっていることに気付いた。
『残しとくか』
何故かその髪を切り捨てることが出来なかったのは、ライラに少しばかりの後悔があるからだろうか。これからの人生を男性として生きることに、まさに後ろ髪を引かれる思いをしているのかもしれない。
そんな後悔をすぐに消し去り、ライラは赤いターバンを手に取る。秩序と戒律を重視する国軍では、華美な装飾は言語道断だ。
捨てられたライラが持っていたという、深紅の瀟洒なターバン。彼女の橙色の髪に映える、燃えるような赤だった。
そのターバンを見ながら、ライラはふと親分に拾われた時の事を思い出す。
あれはおそらくライラが8歳の時。気が付いたら親分のアジトで保護されていた。悲しくて辛い気持ちで海を彷徨っていたような気もするが、親分たちの温かさの前にそれも消え去った。
『ここは俺達の家。そして、俺らは全員が家族だ』
『俺はローシェ。宜しくな』
皆、貧しいながらも優しい人たちだった。ライラの不運ともいえる美しい容姿を気に掛け、いつも見守ってくれる。
ライラが拉致されかけた時なんて、アジト総出で報復をしてくれた。
生きる術を与えてくれた。
スラムの立ち回りを教えてくれた。
言葉遣いは教えてもらえなかったけれど、いつだってライラの拠り所だった。
―そんな心地よい場を手放してまで、ライラはあの少年を助けたいと思った。
あの日見た、消えてしまいそうな儚い姿に、闇を宿した悲しい瞳。ライラが光となって彼を照らし続けたい。そう強く感じてしまったのだ。
『ボク、これからお前に会いに行くよ』
準備を整え、明朝にライラック王国に出発した。
**
-それから3年間。ライラは必死に女であるとバレないように必死だった。
重度の潔癖であると偽り、風呂場を一人で最後に使った。そのせいで風呂掃除を毎日やる羽目になったのだが。
毎日包帯で胸を潰し、息苦しい思いで訓練をした。
力ではどうしても負けてしまう部分があったため、技術と頭で切り抜けた。
初めは兵のなかでも中くらいだった身長は、16歳の時に小さい部類になった。
時にライラに惹かれて暴走する人がいたが、セロが何度も助け船を出してくれた。
セロは本当にいい奴で、利害を無視してライラを支えてくれる。
「その髪が、昔見た絵本のヒロインに似てんだよな。俺の初恋」なんて、照れ臭そうに彼は吊り目を細める。
その後は毎回、「待て。俺は女が好きだからな。誤解すんなよ」って訂正してくれる。
そしてついに、ようやく、試験を合格して親衛隊に任命された。
これでやっとあの時の少年を明るく照らすことが出来る。
***
「―ってことがあったんだよ。セロ、聞いてる?」
「その話、耳にたこができる程聞いた」
セロは本当に両手で耳を塞いでいた。ライラはムッとしつつも、アーシェン王のすばらしさについて語ろうとした。
「だから、アーシェン王はね―」
「あぁ、うるせぇ!ここは俺の部屋だ!親衛隊になって個別の部屋が用意されたんだから、お前は散れ!」
しっしっと手を振ったセロに部屋を追い出される。ライラも素直に従い、自室のベッドで横になった。傾いた月を見て頬が緩む。
―明日は、アーシェン王と会話できるかな。
**
その日は朝から城内が酷くざわめいていた。
どうやら、隣国のベルーガ帝国から帝王が突如訪問してきたらしい。ライラック王国はベルーガ帝国の領土拡大の動きを警戒していたため、今回の訪問は何かが起こるとピリピリしていた。
当然、アーシェン王をそばで守る親衛隊の面々は最大の警戒をするよう伝えられている。
訪問してきた重要人物は2人だ。
2年前に齢15にして戴冠されたリアム王子と、その側近。
ベルーガ帝国は、帝王主体の政治が特徴的でいわば圧政を強いている。平民の訴えを武力で収め、高い税金を課す。最近は情勢が良くないからと、他国への侵略と武の圧力によってなんとか国を維持しているという。
そんな帝国を収めるリアム王子は感情のない目をしていた。
闇に吸い込まれた藍色の髪に、威圧感のある風貌。
美しい青年ではあるが、話しかけ難いオーラを放っている。
「アーシェン王とは正反対だね」
「黙っとけ。あいつから目を離すなよ」
セロは顎でリアムを指す。謁見の間が、かつてないほどの緊張感に包まれていた。
「この度は突然押しかけて申し訳ありません」
側近の青年が恭しくお辞儀をする。対するアーシェン王も、王族らしく彼らを丁寧に迎え入れた。想定外の出来事であるというのに、若き王子はその動揺を微塵も感じさせない。
「遠路はるばる、ようこそいらっしゃいました。・・・早速ですが、ご用件をお聞かせください」
その言葉に、側近の男が口を開く。
「はい。我々ベルーガ帝国は、近々ライラック王国への侵攻を視野に入れております。・・・ですが、もしライラック王国が我々に友好的かつ有益な条件を提示してくだされば考え直そうと思っているのです」
威圧感を放った帝王が続ける。
「ベルーガ帝国は、5万の兵と潤沢な資源を有している。戦えばどちらが勝つか、分からない愚王ではないだろう?」
「・・・!」
謁見の間の緊張感がピークに達した。自国の優位を隠そうともしないベルーガ帝国に対し、優しきアーシェン王子は戸惑いの色を隠せない。
「野郎・・・!」
ライラは目の前のリアムを睨んだ。平和なライラック王国を脅かす、冷徹な帝王。あまつさえアーシェン王に残酷な選択を迫るとは。
つい素に戻ってスラム時代の口の悪さが出てしまった。
その言葉が彼の耳に届いてしまったのだろうか。リアムが突然、アーシェン王の左側に立つライラの方を向いた。
―そして、闇に沈んだ瞳を大きく開く。
「おい、ライラ!」
アーシェン王を挟んでセロが焦って小声で名を呼ぶ。自国を攻める気満々の非情な帝王に、一兵士のライラが呟いた暴言が届いてしまったのだ。その不敬は、到底計り知れない。
様子が変化したリアムにライラは自らの自制心の低さを大いに嘆いた。
「も、申し訳ありません・・・」
ライラは頭を下げて謝った。
なんてことだ。アーシェン王の顔に泥を塗ってしまった。
ライラはリアムには微塵も申し訳ないとは思っていないが、アーシェン王の忠実な兵士として謝罪した。
「彼はまだ王国兵としての歴が浅いのです。ここはどうか、私に免じてお許しください」
あまつさえアーシェン王に謝罪をさせてしまった。ハラハラと相手の出方を伺っていると、リアムは何か考え込んでいた。
そして、言う。
「・・・では、取引だ。そこにいる青年を捕虜としてベルーガ帝国に貰う。その間、ライラック王国への侵攻を考え直そう」
「は!?」
ライラは思わず大声をあげてしまった。リアムの意図が分からず、真意を探ろうと脳を回転させる。何か言おうと口をパクパクさせるライラに、とある人の声が響いた。
「却下します」
間髪入れずに、温和なアーシェン王が真剣な顔つきで提案を断ったのだ。リアムが肩眉を吊り上げて挑戦的に笑う。
「ほう?では、ライラック王国はベルーガ帝国と対立するという事でいいのか?」
「はい―」
「駄目です。王子」
これまで黙っていたセロが口を挟んだ。
「我が国は戦に耐えうる兵と資源を持っていません。自衛のための戦力は有していますが、ベルーガ帝国と戦って勝てる算段が無いのです。今のライラックでは敗北を喫して、貴重な資源と金銭を奪われる。どうか、国民のことを最優先にお考え下さい」
いつになく神妙な顔つきで、若き王に厳しい視線を投げかけていた。
彼の愛する家族は平和な農村地区にいる。戦ともなれば、食料を徴収され、愛する弟達は兵に駆り出されるだろう。
―セロは、それだけは避けたかった。
「・・・大丈夫です。私の失言ですから、自分のケツは自分で拭きます」
「ケツって・・・」
「ライラ、駄目だ。君のベルーガ帝国での安全を保障できない」
「・・・お気遣いありがとうございます。ですが、私のことは気にしないで下さい。既にアーシェン王、ひいてはライラック王国にこの身を捧げる覚悟が出来ていますから」
深く腰を曲げ、ライラはアーシェン王に忠誠を示す。
アーシェンは、自国のひと時の平穏のために若き有能な新兵を易々と手放したくなかった。正直に言ってライラは人質だ。暴言を吐かれた非情な帝王が、無礼を働いたライラを生きて帰してくれる保証は無い。むしろ、ライラが早々に殺され動揺するライラック王国に特攻を仕掛けてくる可能性もあるだろう。
だからといって全面戦争は避けなければならない。ならば、相手の言う「有益な条件」を提示して国交を結ぶのが得策か。最近、希少価値の高い鉱物が採掘できる土地の利権を得たのだ。それを手放せば、あるいは・・・。
「アーシェン王」
その場に凛とした、男性にしてはやや高い声が響く。
声の主は覚悟を決めた顔で、苦悶する若き王子を見つめていた。
謁見の間から降り注ぐ太陽の光を受けたライラは、この世の生物とは思えない美しさを携えている。
揺れた三つ編みの先端が、黄色く輝いているのがやけに目についた。
その目は彼に訴えている。「大丈夫です」と。
ライラは、自国と一兵卒を天秤にかけ苦悩してくれる心優しき王の姿に大いに満足していた。
「やっぱりボクの目は間違えていなかった。貴方の役に立てるなら、本望です」
心の底からそう思った。
3年前に孤独だった彼は、今や多くの国民と兵に愛される人物になっていた。正直ライラはその姿を見て、「あの時の孤独な少年を助ける」という目的が達成されていたと思っていたのだ。
であれば、これからライラがすべき事はアーシェン王の未来を照らすのみ。ここで彼女がベルーガ帝国に行き、上手く生き延びていれば彼らの安全が手に入るかもしれない。
・・・帝王に裏切られてしまえばライラの命も無駄になるが。
「・・・分かった」
―呻くように、アーシェン王はリアムの提案を承諾した。
気さくに見えて、意外とシビアなセロでした。
次話から、舞台がライラック王国からベルーガ帝国になります。