見ていて
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ライラを打ち負かした少年は、地面に横たわるライラを見下ろし、静かに語りかけてきた。
『君、スラム街の子供?』
『・・・んだよ。わりぃかよ。どうせ生ぬるい環境の坊ちゃんには滑稽に映るんだろ?』
基本的にスラムで過ごし、むさ苦しい男に紛れて金品を奪って生計を立てているライラは、絶望的に口が悪かった。
ライラの持つ人外の美しい顔立ちに目を付けられて奴隷商人に何度も拉致されかけ、悪徳な水商売を勧められたりもした。
そんな事情もあり、彼女は女らしさをひた隠してきたのである。荒々しい言葉を遣えば、容姿目当ての輩がぐっと減って便利だった。
そうは言っても、何度も危険に巻き込まれた。
ライラの危機はいつも、親分とローシェが守ってくれていた。彼らはライラを本当の家族のように思ってくれているし彼女も同様に思っていた。
『君、強いね。女みたいな顔してるのに』
『は?』
『何があっても生きるその姿勢。僕も見習うよ』
『おめぇは普通に生きれるじゃねぇか。明日の飯にも困らねぇだろ』
『・・・要らない子なんだって』
『で?』
『もう、生きている意味が分からない』
『へぇ』
『・・・誰も僕を必要としていないんだ』
『んなの気にすんなよ。俺は親に捨てられてたんだぜ。元々必要とされてなかった子なんじゃねぇかなって思ってる』
『ごめん』
『謝んなって!気にしてねぇし、今は親分と兄貴がいる。幸せだ』
『僕もそう思えるかな』
『大丈夫だって!生きてりゃ何とかなる。嫌だったら逃げちゃえよ。スラムに来れば何とかしてやれる』
ライラの言葉に、少年が目を見開いた。暗かった瞳に僅かに光が宿る。
『逃げる・・・?』
『あぁ。お前を必要としてくれる場を見つけりゃいい。そこがスラムならいつでも歓迎するぜ・・・―っっいってぇ!』
ライラがそう言い放った瞬間、体の側面に強い衝撃を感じた。背中を勢いよく、薙ぎ払うように蹴られたようで、体が横に大きく吹っ飛んだ。
『大丈夫か!主!』
ライラより、少し大人な青年が目の前に立ちふさがる。清潔な身なりをした彼は、ライラに敵意をむき出している。
『だ、大丈夫。それよりあの子を・・・』
『こいつを生かしてはおけない』
怒り狂った青年が、剣を片手に呻くライラに歩み寄る。鈍く輝く刃を高く振りかざし、振り下ろされ―。
『待て!』
キィンと甲高い音が響いた。
少年はライラの短剣で、青年の剣を受け止めていたのだ。
・・・が、しょせんスラムで流通している粗悪品。短剣は容易く折れ、受け止めきれなかった青年の刃が少年の右肩をざっと、霞めた。
少年は苦しむが、あろうことか彼は己より背後のライラを心配していた。油汗を浮かべながら振り返り、彼女を安心させるように微笑む。
『君・・・大丈夫?』
『お、お前・・・』
ライラはどうしてよいか分からなかった。
利害を伴わない純粋な親切心。いやそれとも、彼はライラに何かを要求するつもりなのだろうか。迷わず少年の体を盾にするつもりだった彼女は、理解不能の出来事に面食らう。
『主!?何を―』
少年を斬った青年が血相を変えて叫ぶ。が、青年の声は凛とした声によってかき消された。
『この人を、殺すな』
息も絶え絶えな姿とは裏腹に、彼は青年に厳しく命じる。ライラは血を流す少年の放った威圧感に、少し驚く。
『ねぇ。綺麗な、君』
『んだよ』
スラム育ちのライラに何を要求するつもりだろうか。
それならば手負いの彼を置いて、一人で逃げてしまおうか。どうせ青年も主を置いては追いかけてこないだろう。
それよりも自分の身元がバレて、親分たちを危険に晒す方が嫌だ。
『君のおかげで、生きる勇気が湧いた』
『は?』
『僕は自分の生きる意味を見出すために、力を尽くす』
『いきなり何言ってんだよ』
突然、何事かを口走る少年にライラは眉をひそめた。
『僕もカッコいい君を見習ってもう少し、頑張ってみようと思えたんだ』
『・・・うん』
存外真剣な彼の瞳に、ライラも不思議と真剣に返事をしてしまう。
『僕はいつか王になる。僕が変える世界を、見ていて』
『あぁ。約束だ』
その言葉を最後に、少年は意識を飛ばした。青年に抱えられ、小さくなる少年の姿をライラはずっと、ずっと見つめていた。
『なぁ、ローシェ。この辺ってオウサマいるか?』
スラムにあるアジトで、寝転んだライラは兄貴分の彼に問う。ローシェはライラより少し年上で、ライラより幼い頃からスラムの住民・・・らしい。
彼は酒を片手にして、考えるように天を仰いだ。彼の赤茶色の長髪がサラサラと肩を滑り落ちる。ローシェは頭の大半をターバンで覆ってはいるが、甘いマスクを持つ美しい青年だ。密かにスラム内でファンクラブが出来ているのは、ライラでさえも知らない。
『あー。この辺だと・・・、ライラック王国かベルーガ帝国だな』
『ふぅん。初めて聞いた』
『おめぇは周りにもっと興味を持て。無知は損するぞー』
ローシェがため息をつくと、アジトにいる他の奴が言った。
『ベルーガは優しい王様ってより、こわぁい帝王じゃないか?あそこは圧政がひでぇってよく聞くよ』
『じゃあライラ。オウサマがいるのはライラック王国だ』
『ふーん』
ライラ達のアジトがあるスラム街の一区域は、ライラック王国ともベルーガ帝国とも言えない場所に位置していた。義賊として活躍する親分やローシェ達に依頼をする人は、ライラック王国とベルーガ帝国の上流階級に目を付けられたくない平民が大半だ。
土地を不法に奪われた農民、阿漕な商売を強要された商人、子供を奪われたスラムの住民など様々である。
無法地帯ともいえる場にあるライラ達のアジトは、身バレしたくない依頼者にとって格好の区画であった。
『なぁ、ライラックのオウサマに会うにはどうしたらいい?』
『はぁ!?ライラ、お前、何考えてる』
『俺達みたいな奴が会える訳ねぇだろ。逆にお縄だ』
ライラの発言に、アジトが一気に騒がしくなった。ローシェだけがライラを見て腹を抱えている。
『何やら騒がしいな』
『親分!』
その場に低く落ち着いた声が響いた。その姿を見て、喧しかったアジトが一瞬にして静まりかえる。
中年の親分はライラを拾ってくれた、いわば親のような存在。過去に右目を怪我しており、右目は機能していないようだが、鍛え抜かれたその体は一向に衰えを見せない。
ライラと出会ってから10年が経つが、当時とほとんど変わらない勇ましい姿である。
『親分!ライラックの王様に会いてぇんだよ』
『何故だ?』
『あいつ、世界を変えるって言ったんだ』
『ははっ!そいつは―面白れぇ冗談だ』
『なんか知らねぇけど・・・、俺、あいつの言葉を信じたいって思った。それにいい身なりしている癖に、あいつ全然幸せそうじゃなかったんだ』
『・・・』
いつになく真剣なライラに、親分はじっと黙った。しばし考えた後、ゆっくりと口を開く。
『じゃあ国軍に志願すればいい』
『国軍?』
『おめぇが本気だっていうなら、兵として仕えろ。身分も教養もないおめぇが使えるのは、力と根性だけだろ』
その言葉にライラの顔がぱぁっと輝く。兵として頑張れば、孤独なあいつの助けになれる。やはり親分は優しい。いつだってライラを見守ってくれる一番の味方だ。
『ありがとう!親分!頑張るよ!』
アジトを飛び出したライラが暗闇に消え、再びアジトが喧騒を取り戻す。
『親分!何言ってんスか!』
『いいじゃねぇか。あいつはすぐ戻る』
『そんなこと―』
『女は、無理だ』
低く発せられた親分の一言に、皆が息を呑む。美しい女性のライラが厳しいスラムで生き延びるために男らしさを植え付けた親分自らが、その性を盾に彼女の野望を打ち砕こうとしているのだ。
『酷だねぇ』
ローシェはぐっと酒を煽り、ライラが消えた方向を横目で見ていた。
絶望的に口が悪い綺麗な女の子は、個人的に好きです。