太陽の子
気付けば長らく投稿していませんでした・・・。
守られるより、自力で立ち向かう女性が好きなので主人公を兵士にしがちです。
誤字脱字等ありましたら、気軽にお知らせください!
ボクが暮らす平和なこの国の名は、ライラック王国。
齢19のアーシェン王が統べる豊かな国だ。
アーシェン王は素晴らしいお人で、ボクはこの方に仕えるために国軍に志願したと言っても過言ではない。
・・・しかし、国軍には男しか志願資格が与えられていなかった。
だから、ボクは決めた。
―『男性』として生きていくんだ。
***
ついにこの日がやってきた。ライラは金色の紙を手にして呼吸を整える。国から送られてきた上質なこの紙には、以前受けた【王子親衛隊】の結果が記されているのだ。
アーシェン王の側で仕える有能な兵士になるべく、努力してきて早3年。試験の手ごたえは十分にあった。
「ふぅ・・・」
ライラは深呼吸をした。そんな彼女を急かすように、宿舎の間をそよ風が吹く。風に撫でられ、太陽のようなオレンジの髪が僅かに揺れる。入団時にバッサリと切った橙の髪は、左の襟足だけ伸ばして三つ編みで結んであった。ライラの頭の大部分は橙色だが、色素の落ちた先端が綺麗な黄色になっていたので、少しでも残したいと思ったのだ。
その黄色は、彼女が唯一残した「乙女」の名残である。
「おい、ライラ」
「セロ・・・。もう結果見た?」
「おう」
隣のセロはライラの同期の青年だ。入団時期が同じで、3年間戦ってきたライバル兼親友。無邪気に吊り目を細め、セロは笑う。
「お前の結果を教えてくれたら、俺のも教えてやるよ」
「よし、見てみる」
震える手で紙を開く。
金のインクで、とある言葉が綴られていた。その言葉を理解した瞬間、ライラは大きく飛び上がる。
「・・・やった!合格だって!あ、アーシェン王のサインもある」
「よかったな!・・・これで、俺とお前は同期でもあり同僚でもある」
「ってことは、セロも?」
「当然だろ」
鼻を掻きながら、照れ臭そうにセロが言った。
彼は遠い地に住む家族への仕送りを増やすため、親衛隊に志願した。王子に仕える者に支払われる対価は、一般兵の約1.5倍である。
ライラは手紙をしみじみと眺め、訓練時代を振り返る。
「頑張った甲斐があるなぁ」
「だな。ライラはずっと親衛隊に入りたがってたもんな」
「うん」
ライラは過去の出来事を思い返して返事をする。彼女の運命を変えた、ある人との出会い。それがあってこそ今の男性としてのライラがいる。
そういえば、とセロがライラの真隣に立った。ライラの肩を抱き、目の前の窓に歩み寄る。そこには二人の並んだ姿が映っていた。
「やーっと、身長抜かせたぜ」
「あはは。セロはいいよな。ボクは・・・もう伸びそうにないや」
入団時にあった二人の身長差は、いつの間にか逆転していた。
ライラは17歳で成長期が終わり、既に平均的な男性の身長から1ミリも伸びなくなっていた。しかし十分に満足している。男性の平均身長であれば、女性であると怪しまれることはないだろう。
そんなライラとは正反対に、セロは最近メキメキと身長を伸ばしている。185センチに届きそうな彼をライラは幾度となく羨ましく思ってきた。
「・・・ってか、お前、親衛隊でも大丈夫か?」
「どういう意味?」
ライラは整った眉を顰めて、セロを睨む。まさか彼はライラの実力を認めていないのだろうか。3年間一番近くで共に戦ってきた仲間であるというのに。
そんな荒ぶったライラの内心とは裏腹に、セロは言いにくそうに口を開いた。
「いや、お前何かとトラブルに巻き込まれやすいだろ・・・。つい最近の事件、忘れたとは言わせねぇぜ」
「あぁ・・・」
「お前は気付いてないかもしれねぇが・・・、その、お前のせいで兵士の秩序が乱れたというか・・・。まぁ、その、あれだ。お前が多くの兵の嗜好を捻じ曲げたんだよ。お前のせいっていうのも言いがかりだけどよぉ・・・」
「・・・ごめん」
ライラは本気で申し訳ないと思っている。彼女の男装が中途半端なせいで、多くの兵が彼(彼女)に恋慕を抱く事態になっているのだ。ライラに本気になって告白をする輩が後を絶たない。
―そして彼らは一概に、酷い勘違いをすることになる。「俺は男が好きなのか?」と。
むさ苦しい男の集団の中で、ライラは常々狙われた。セロがいなければ、彼女は早々に面倒毎に巻き込まれていただろう。
彼女自身は気付いていないが、ライラは人目を惹く容姿をしている。
太陽のような明るい橙色の髪に、全てを見透かす金色の瞳。
胸は包帯で潰しているが、他の兵と比べて線が細くてしなやかな体。
極めつけは、中性的な顔だ。女性とも男性とも形容しがたい神秘的な顔立ち。
それらが要因となり、ライラは男女問わず注目を集めてしまうのだ。
自身の男性力が低いことが全ての元凶だと思っている彼女は、セロの言う「最近の事件」を思い出していた。
―あれは、つい数日前の出来事だった。親衛隊の試験が無事終了し、宿舎に帰っていた時に起こった悪夢のような事件だ。
『つ、付き合ってください!』
ライラに無骨な手が差し出される。
『ごめんな。ボク、恋愛に興味ないから』
ライラは努めて男性的に言った。そして、この場は足早に立ち去るのが吉。ライラは踵を返そうと―。
『俺が男だからか?』
ぼそり、と目の前の兵が呟いた。ライラが彼の言葉を聞き返そうとした瞬間、後ろから間延びした女性の声が届いた。同時に香る、むせかえりそうなバラの匂い。
『あのぉー。ライラ君~。あたし、君が好きなの。どう~?』
『・・・』
初めて見る女性だった。宿舎の外を張っている女性集団の一人だろう。豪勢な服装からして貴族だ。
新たな登場人物にライラが整った顔を引きつらせていると、その様子を勘違いした男が声を荒げた。
『やっぱり!俺が男だから断るんだろ!?・・・お前が振り向いてくれないなら、いっそ!』
『!』
様子のおかしい男性に、ライラの警戒心が最大限に引き出される。女性を守る様にして、男との間に立った。
『カッコイイ・・・』
後ろから聞こえる甘い声は聞こえなかったフリをして、ライラは目の前の男性に向き合った。
わなわなと体を震わせる男が、衝撃的な一言を放つ。
『俺がっ!女性になればいいんだろ!』
『違う!!!』
間髪入れず、ライラは必死に叫んだ。
ライラは今日一番の大声を出したと思う。
目の前の無骨な男性が、ライラのせいでその恵まれた体躯を捨てようとしているのだ。流石に一人の人生を変えてしまう事態は避けたいライラは、頭をフル稼働して考える。―と、
『ぅわっ!』
ライラは思わず前につんのめった。集中していて背後の女性を忘れてしまっていた。貴族の女性が物凄い力で、背後からライラに抱きついていた。
『ライラ君、お日様みたいないい匂いがするね~』
『ひっ』
スンスンと腰のあたりを嗅がれる。男性ならば構わず投げ飛ばしているところだが、如何せん相手は高貴な女性。この場で傷つけることなどあってはならない。
・・・兵士以外を攻撃するなんて、親衛隊の合否にも響く可能性がある。
目の前にはとんでもない事を口走り、短剣を手に持ち逡巡する男性。
―その剣で何をしようとしているのかは考えたくもない。
そして背後には、狂ったようにライラの匂いを嗅ぐ女性。既に首元に吐息を感じるのは気のせいだろうか。
『あれは・・・!』
白目を剥くライラの前に救世主が現れた。呑気に食堂からくすねた骨付き肉を頬張り、遠くを歩く猫背の男性。
『セロぉ!!!』
その声に、まんまと反応してこちらを振り向くセロ。彼は目の前の光景にあからさまに顔を顰めて、右足をサッと後ろに引いた。
・・・逃げようとしている。そうはさせるか。
『ねぇ!この場をどうにかしろよ!ダーリン!』
『はぁ!?』
素っ頓狂な声をあげて、セロが慌てている。その言葉に、目の前の無骨な男性がばっと顔をあげた。
『れ、恋愛には興味ないって言ってたじゃないか!』
『・・・ちっ』
ライラは詰めの甘さに舌打ちを漏らす。耳元で聞こえる女性の興奮した吐息にも段々苛立ってきた。
『あぁ、どうにでもなれ!』
ライラは女性をばっと振り切り、セロに向かってひた走る。逃げる彼の腰を片手でがっちり掴み、笑って一言。
『ボク、こいつにしか興味ないから』
『はぁ?誤解だ!』
騒ぐセロの口を塞いで、冷ややかな目で男と女を見やる。普段は太陽のようなライラの、冷めた笑顔に委縮した二人はその場からすごすごと去っていった。
『貸し一つな』
食べ終えた肉の骨をライラに押し付け、セロは宿舎に帰っていく。彼のさっぱりした性格は、男として振る舞うライラのお手本だった。
***
―栄えある合格書を手にした翌日。
ライラ達は初めて親衛隊として招集されていた。セロと並び、王座に座るアーシェン王に片膝をついてこうべを垂れる。
「この度は私達に王をお傍で守る資格を与えてくださり、ありがとうございます」
「私どもは命を賭して王をお守りします」
立てた右ひざに手を付き、王に誓いの言葉を述べる。
「その忠誠に見合った国をつくり上げると誓おう。・・・表をあげよ」
王の言葉に従い、ライラ達は初めて若き王の尊顔を近くで目にした。「あ、王子って左目の下にほくろがあるんだ」なんて、呑気に考える。
「これで忠誠の儀は終わりだね。実は僕、堅苦しいのは嫌いなんだ」
困ったようにアーシェン王が笑う。その笑顔は見る者の心を安堵させ、一国の王としての威圧感を隠しているようだった。色素の薄い髪が、柔らかな光に照らされている。
「これから宜しく。セロ、ライラ。未熟な僕を支えてくれ」
目の前に立ったアーシェン王が、2人に手を差し伸べる。
「「はい!」」
2人は勢いよく返事をした。
「はぁー。やっぱりアーシェン王はいいな」
「なんだ、お前。やっぱりそっちなのかよ」
「は?違うよ。ボクは王子に仕えるべくして入団したんだ。主君がボクの想像以上のカリスマ性を持っていて喜んでいるんだよ」
「・・・あぁ、昔に会ったことがあるんだっけ」
幾度となく聞かされてきたライラとアーシェン王の出会いに、セロは興味なさげに爪をいじっている。そんなセロを無視して、ライラは一人で過去に浸った。
「そう。あの日から、ボクはアーシェン王に心を奪われたんだ・・・」
**
今から3年前。ライラが15歳の時だった。
義賊として活動していたライラは、「貴族は全て悪である。襲うべき存在」だと思い込んでいた。
―そんなある日。
『金持ちがいるなぁ?』
ライラは木の上から一人、指で作った望遠鏡を覗いて呟いた。頭に巻いた深紅のターバンがたなびく。
彼女の視線の先には、黒いマント姿で森をウロウロする一人の少年の姿があった。
マントで隠れてはいるが、食に困っていそうにない健康的なカラダ。泥をかぶっている靴は、精緻な金の刺繍が施されている。左腰には小さな剣がぶら下がっている。
・・・絶対に、絶対に平民ではないと分かる身なり。
『ふん。気に入らねぇな』
ひょい、と木から飛び降りる。ライラの着地に合わせて、ターバンの装飾がチャラチャラと軽やかに鳴った。
『さて、働きますか』
腕をまくり上げ、少年に飛び掛かる。相手も同じ年頃の少年であるから、こちらも手荒な真似はしたくない。さっさと金目の物を奪ってしまおう。
少年に掴みかかると、彼は大声をあげた。
『わ!なんだよ、お前!』
『黙れ。大人しくしていれば無事に返してやる』
『はぁ!?・・・っクソ!』
『・・・ちっ』
少年は思ったよりも力が強かった。ライラも必死になって暴れる彼を抑え込もうとするが、健康的な彼と満足な食事を取れないライラでは力の差は・・・明確だった。
膠着状態がしばし続き、ついに彼は少女を突き飛ばした。
そして、少年は流れるように腰元からナイフを取り出す。右手に握られた鋭いナイフは真っすぐに、ライラだけを捉えていた。
『・・・物騒な坊ちゃんだな』
ライラも同様に利き手である左手から、短剣を取り出した。二人は互いに武器を突きつけ合い、相手の様子を伺う。
『ぐっ!』
先に動いたのは彼だった。重心を低くして、素早くライラの懐に入る。驚くライラをお構いなしに、そのまま彼女の短剣を弾き飛ばす。あまりの勢いにライラの左手がビリビリと痛んだ。
『ちっ!』
その隙を突いて、少年はライラを押し倒す。
上を取られたライラはもがくも、勝敗は明らかだった。ここまでか、とライラは脱力する。
『親分。ローシェ。・・・ごめん』
恩人の顔を思い浮かべて目を瞑る。
が、観念した彼女を見て少年は・・・ライラから退いた。
彼女が突然刃物を投げる可能性もあるというのに、能天気な彼は穏やかに話しかけてきた。
―これがライラの運命を変える出来事の始まりだった。
閲覧ありがとうございました。
少しでもワクワクして読んでいただけるよう頑張ります!