セニス・ティモリア
人形だと思っていた人物、アリスは俺の首元に短剣を突きつけ、言った。
「誰? ここになんの用かしら」
ラーテル様が答える。
「それはこちらの台詞だ。ここで何をしている」
「いいじゃない、少しくらい。ちょっと休ませてもらっているだけよ」
「わざわざこんな所でか?」
「ええ、そうよ。悪い?」
ラーテル様は上の階を指差した。
「そうか。二階にいる負傷者とは無関係か」
ミリエラ様が「負傷者がいるの?」
と訊くと、ラーテル様が答える。
「床にあった足跡は二人分だ。それに、床に血痕があった。つまり、こいつらの内一人
が負傷し、ここに治療の為に逃げ込んだ。そんなところだろう」
足跡が二人分? 血痕? 俺はまったく気がつかなかった。しかし、ラーテル様が言
うなら、そうなのだろう。
アリスの表情が少し変わる。
「……私たちをどうする気?」
アリスは俺を人質に取っているにも関わらず、下手に出た。ということは、二階に居る
人物はアリスにとって余程大事な人らしい。
ラーテル様は少し考えて答えた。
「まずは事情を説明してもらおうか。それと二階に居る人物の容体を診て、治療が必要
なら治療しよう。それから、必要なら仕事も紹介しよう」
「あらっ、私はてっきり拘束されて牢獄にでも入れられるものかも思ったのだけど、違
うみたいね」
「敵対するかは事情を聞いてからだ。取り敢えず彼を離してくれないか。それと、
二階にいる人物の容体を診たい。案内してくれ」
アリスは俺の拘束を解いた。
「わかったわ。ついて来て」
アリスと共に二階へ行くと、そこには一人の女性がベッドの上で横になっていた。彼
女の名前はセニス・ティモリア。髪は金髪で、短い。服装はシャツに短パン。腰には短
剣が見えた。
肝心の容体だが、顔色が非常に悪く、左の二の腕にシーツが巻き付けられていて、そ
のシーツから血が滲み出ている。
容体を診てラーテル様が言った。
「……呪われているな」
「ええ。カースウルフに噛まれたのよ。でも私も彼女も呪いを解く魔術は使えないし、
魔術石もない。おまけにこの辺りに土地勘もない。完全にお手上げ状態よ」
カースウルフは名前に通り、噛んだ相手を呪う狼だ。呪われた相手は傷が塞がること
がなくなり、解呪しないと、やがて出血多量で死んでしまう。
セニスは……そろそろ限界だろう。彼女がカースウルフに噛まれてからどのくらい時
間が経ったのだろう。よくここまで持ったもんだ。最早奇跡に近い。
ラーテル様がミリエラ様を呼ぶ。するとミリエラ様は腰に差しているタクトタイプの
杖を出し、セニスへ向けた。
「光の精霊よ。悪しき気を払い給え」
ミリエラ様が魔術を唱えると、セニスにかかっていた呪いの気配が消えた。ミリエラ様
は更に治癒魔術を唱える。
「彼の者に癒しを」
セニスの二の腕が光に包まれる。光が消えた後、ミリエラ様は巻き付けてあったシーツ
を解き、傷口を診る。
ラーテル様が「どうだ?」と訊くと、ミリエラ様が答える。
「解呪は成功しました。治癒魔術で止血も行いました。ですがまだ危険な状態であるこ
とは変わりありません。早く医療施設のある所に運んだ方がよろしいかと」
ラーテル様は「わかった」と返事をし、言う。
「ここから撤退する。俺とミリエラは近隣の町で医療施設を当たる。マサムネは先に城
へ帰還し、報告を頼む」
俺は首を縦に振った。
俺たちはアリスとセニスを連れ、屋敷を後にした。
シリヴァングプゼリ城の大開口窓の前でマサムネさんの話しを聞いた後、マサムネさ
んは言った。
「つまり、アリスとの出会いは骨折り損のくたびれ儲けだったわけだ」
確かに、急に呼び出されて行ったら膝窩を蹴られ、首元に短剣を押し付けられ、挙句の
果てに蜻蛉返りさせられる始末。正直いいところなし。行かなくてよかったもまである。
一応「そんなことないですよ」とは言ってみたものの彼は何も答えなかった。上手く
フォローできなくて申し訳ない。
「……そ、その後はどうなったんですか」
「その後、アリスはその高い戦闘力を見込まれ、そのまま第八部隊の隊長になった」
「負傷されていた方はどうなったんですか」
「セニスはその後順調に回復し、第八部隊の副隊長になった」
そんな簡単に軍に入れるものなのだろうか。そのまま訊いてみるとマサムネさんは答
えた。
「まあ、優秀だからだろう。当人も積極的だったし、あとはあの目だな。金色の魔眼は
ほぼ魔導が通用しない。只でさえ希少な特異魔導体質者の中でも金色の魔眼は更に希少
だからな。囲っておきたいんだろうさ」
なるほど。つまり、敵に回したくないということなのだろう。それならいっそのこと味
方になってもらえばいい、とても合理的な考えだ。
マサムネさん大開口窓の外を見て言った。
「気がつけば俺より偉そうにしている。なんで後輩のあいつは寝て、先輩の俺が見回り
なんだ」
「さあ……」
なんか愚痴が始まった。もしかしてロンドベルト軍てブラックなのだろうか。うーん、
あんまり考えたくないな……。
私は話題を変えようとしたが、ここで欠伸が出た。マサムネさんが言う。
「そろそろ眠れそうか?」
「はい。お付き合いいただいてありがとうございました」
「いや、また何かあったら言ってくれ」
「はい。それではおやすみなさい。見回り頑張ってくださいね」
私は頭を下げ、自室にへ戻り、床に就いた。
ガルターブさんが言う。
「そうか……ロンドベルトか……」
ガルターブさんはそれだけ言うと黙ってしまった。察するに何か思うところがあるらし
い。それはそうだろう。探していた人の情報が思わぬところから出てきたのだ。それと、
セニスという人物はおそらくナナエさんのことだろう。なぜ殺さずに、そのまま連れて
いるのか、その真意は本人に訊かなければわからない。
回想と同じく欠伸が出る。私はそろそろ眠ることにした。
明日になったら再び首都ロマリオへ出発する。おそらく一週間もかからず到着するだ
ろう。




