廃村の噂話
ドアを開けて自室から廊下を覗くと人影が見えた。その人物は短い黒髪で、白いズボ
ンと上着の軍服を着ていた。背丈から見て男性だろう。以上の条件に合う人物を私は
知っていた。
彼の名前はマサムネ・キサラギ。ロンドベルト軍の第七部隊の隊長さんだ。出身は桜
花王国という国で、普段は……言い方は悪いが、少し根暗な感じの人だ。でも、なぜか
話し掛けてしまう。そんな魅力の人物だ。
私は見回りをしているだろう彼に声をかける為、後を追った。しかし、なぜ隊長自ら
見回りを? それとも他に目的があるのだろうか。
軽く早足で追って行く。もう少しで追いつきそうという時、マサムネさんが立ち止
まった。よく見るとマサムネさんの前に誰かいる。その人物はマサムネさんより体格が
小さく、はっきり誰かはわからなかった。しかし、私が誰か確認する前に向こうから顔
を出してくれた。
「あら、お嬢様。こんな時間にどうなさいましたか?」
マサムネさんの前から横にひょこっと出て来たその人物は、マサムネさんと同じく軍服
を着た白髪で長い髪の、小柄な女性だった。
彼女の名前はアリス・アマルティア。ロンドベルト軍で新しく結成された第八部隊の
隊長さんだ。
アリスさんは自分のことをあまり話たがらない人で、少し飄飄とした感じの人だ。彼
女を見ると、金色の目がよく目立ち、まるで人形かの様な印象を受ける。おそらくガル
ターブさんの話に出てきたベアトリーチェさんで間違いないだろう。
私は答える。
「ちょっと眠れなくて……お二人は何をされてるんですか?」
「見回りよ。私はそろそろ上がるけど」
「隊長さんでも見回りなさるんですね」
私がそう言うと、マサムネさんとアリスさんは顔を合わせた。そして、アリスさんは私
を指して言った。
「それはお嬢様の為よ」
「私ですか?」
なぜ私の為に隊長さん自ら見回りをすることになるのだろう。少し考えてみた。
そもそも見回りとは、犯罪や危険など異状がないか見て回ることだ。つまり、二人は
何か異状がないか見て回っているのだろう。しかし、普通は見回りをするのは兵士の仕
事で、隊長自ら見回りはしない。
可能性としては、隊長自ら見回りをするほどの事が起きる可能性があるということだ。
更にアリスさんは、「それはお嬢様の為よ」と言った。
考えた結果、『私が居ることで一般兵には任せられないような事が起きる可能性があ
るから、隊長自ら見回りをしている』という考えに至った。しかし、その考えに至った
時に私は違う可能性が頭を過った。それは、私を監視する為だ。
魔王はもういない。それと私は、私に害を与える存在が思いつかない。そう考えると
もしかしたら、後者が正解かもしれない……。
私は少し動揺しながら言った。
「わ、私は危なくないですよ~……」
マサムネさんとアリスさんは少し困惑した様な顔をした。どうやら私の考えは間違って
いたようだ。
そうすると前者が正解なのだろうか。そんな私の様子を察してか、アリスさんは言う。
「お嬢様に危険が及ぶ可能性があるから見回りをしているのではありませんよ。なので
お気になさらず」
ではなぜ隊長自ら見回りを? しかし、再び思考する前にアリスさんは、
「私はそろそろ寝ますので、失礼します」と行ってしまった。
残ったマサムネさんは頭を掻く。私は声をかけた。
「マサムネさんはわかりますか」
「いやっ……わからん」
考えてもわからず、マサムネさんもわからない。これはお手上げである。
アリスさんとはそんなに話したことはないが、いつもあんな感じである。肝心なとこ
ろを言わなかったり、話しをはぐらかしたり……。だからといって嫌な感じはしない。
どちらかというと性格は優しい方だ――と思う。
マサムネさんにアリスさんのことを訊いたら、何かわかるだろうか。
「アリスさんとマサムネさんって、仲いいんですか」
「初めて会ってから二年くらいだ」
「二人とも軍に志願したんですか」
「いやっ、俺は桜花王国の軍にいる親父に言われてここに来たんだが、気がついたら隊
長にさせられてた……」
させられてた……。おそらく断れなかったのだろう。心中お察しします。しかし、いき
なり隊長とは、相当期待されているのだろう。
続けてマサムネさんが言う。
「アリスは……二年前に妙な噂が流れて、その調査に行ったんだ」
「妙な噂?」
二年前、ロンドベルト帝国の西部に廃村があった。交易や運送の際にはその道を通る
ことになるのだが、その道を通る行商人などの間である噂が流れ始めた。それは廃村の
中の一際大きな屋敷から女性の声が聞こえて来るとか、夜なのに屋敷の窓が妙に明るい
とか、そんな噂だ。詰まるところ、幽霊騒ぎである。
俺がその話しを聞いたのは、シリヴァングプゼリ城の総指揮官室で総指揮官で元帥の
グラザール総指揮官に呼び出され、その話しを聞いた。
テーブルを挟む様に置かれたソファー。外壁には資料を仕舞って置くための棚。机に
椅子。床は赤い絨毯が敷かれ、椅子の後ろはガラス張りなっている。
椅子に腰を掛けたグラザールのおっさんは言った。
「行って調査してこい」
正直嫌だ。めんどくさい。でもそんなこと言ったら殴られるんだろうな……と俺は思い、
「はい」とだけ答えた。
大柄で金髪のオールバック。顎鬚を貯え、立派な鎧を着たこのグラザールという人物
は、エンディヴァル皇帝と同い年で、昔からの親友らしい。性格は実直な皇帝とは違い
おおらかで、豪快な感じの人だ。しかし、悪く言うと古臭い考えの人でもある。つまり、
反抗的な態度を取ると基本殴られる。
下手に断って殴られるのも嫌なので、俺は大人しく従うことにした。しかし、なぜ俺
なのだろう。自分の部下にでも任せればいいのでは? 俺はそのまま思ったことを訊い
てみた。すると、グラザールのおっさんはこう答えた。
「坊主がお前を連れて行くと言ったからだ。坊主はもう現地に向かっているはずだ」
「それを早く言って下さいよ」
俺は総司令官室を後にした。




