ウェインの死
劇場から帰って来た翌日。朝起きて洗面所で顔を洗い、客間に戻って着替える。
少し客間でのんびりしていると、セリカさんが部屋へやって来た。
「朝食の準備ができました」
ソファーに座っていた私は「はい」と答えた。
私とカンヤさんは立ち上がり、部屋を出ようとした。
その時だった。
「キャアアアアアアァァァ!!!!」
どこからともなく悲鳴が聞こえてきた。セリカさんが言う。
「どうしたんでしょうか?」
私は言った。
「とにかく行ってみましょう」
私は悲鳴の聞こえてきた場所へ向かった。
悲鳴の聞こえた方向へ走ると、とある一室の前に何人かの人が居た。居たのはグラン
さん、マコナスさん、ライラさん、ザックさん、それとクロイツさんだ。
「何かあったんですか?」と訊いても皆何も言わず、まるで放心状態。
私は「ちょっと失礼」と、ドアの開いている部屋の中へ入った。すると部屋の中には
口を抑え、膝を付いた状態で固まっているアテリアさんと、うつ伏せの状態で倒れてい
るウェインさんが居た。そして倒れているウェインさんの床に敷かれている絨毯には
真っ赤な血が塗られていた。
近づいて手首に触れると、既に脈はなく絶命していた。
私は放心状態になっている人たちの中からクロイツさんを名指しで言った。
「クロイツさん、警備隊の方を呼んでくれませんか?」
クロイツさんは我に返り、答えた。
「……は! はい、分かりました!」
クロイツさんは大急ぎで駆けて行った。
私はウェインさんの体をひっくり返す。するとウェインさんの腹部には何かで刺され
た様な跡が残っていた。
警備隊は三十分足らずで到着した。
警備隊の人数は四人。その内ひとりは劇場で見た特異魔導体質者の女性だった。
警備隊の内ふたりは現場に、特異魔導体質者の女性を含む残り二人は皆をリビング
ルームに集めた。特異魔導体質者ともう一人の警備隊の方はリビングルームのソファー
に座る。特異魔導体質者ではない方の警備隊の方は髪が長く、おでこを出した、黒いロ
ングコートとスーツを着た男性だ。
向かい側のソファーにはアテリアさんとセリカさんが座り、他の人たちはそのソ
ファーの後方に立つ。私とカンヤさんも一緒に立った。
特異魔導体質者の女性が言う。
「では事情聴取を開始します。私はベネオス警備隊副隊長のアーセファー・ブラスミン
トと申します。まず死体発見時の状況を教えてください」
アーセファーさんはソファーに座っているアテリアさんに訊いた。しかしソファーの後
方から見ていてもわかるくらいアテリアさんはいまだに放心状態だ。両手で顔を覆い、
すすり泣く声が聞こえている。代わりに隣に座っているセリカさんが答えた。
「昨晩旦那様は皆で劇場に行かれました。帰って来たのはだいぶ遅い時間で、帰宅後は
皆すぐに就寝されたのですが、旦那様だけ『少し仕事がある』と言って、書斎の方へ向
かわれました。。そして次の日の朝、奥様が『旦那様が昨晩寝室へ戻って来なかったか
ら様子を見て来る』と言って、書斎へ向かわれました。私はお客様に朝食のお知らせを
しに客間へ行ったのですが、その時に奥様の悲鳴が聞こえてきて、駆けつけたら書斎で
旦那様が亡くなられていました」
「なるほど。つまり犯行は昨日の深夜から今日の朝までの間というわけですね。では、
一人ずつソファーに座っていただいて、昨晩から今朝にかけて何をしていたのか訊き
たいと思います。まずは……」
そこでセリカが話を遮った。
「すいません。奥様は……」
「……そうですね。奥様は休ませてあげてください」
「ありがとうございます。さぁ、奥様……」
セリカさんはアテリアさんを連れ、リビングルームを去って行った。
ひとりずつ事情聴取を受けた結果、アテリアさん、ピーター君、ミアちゃん、護衛の
ミシェルさん、庭師のローレンさん、御者のクロイツさん、セリカさんライラさんを始
め、その他のメイドさんたちは全員深夜十二時ごろには眠りについていたそうだ。
私とカンヤさんも深夜十二時ごろに寝ていたし、そもそもウェインさんと出会ったの
は一昨日のことなので、容疑者からは除外された。
リビングルームの端にメイドさんと執事さんたちが長テーブルと椅子を用意してくれ
た。私たちはそこに座って待機することにした。距離は少しあるが、聞き耳を立てれば
聞こえる距離だ。
現在、中央のソファーにはハバスさんが座っている。
反対側に座っているアーセファーさんが訊く。
「あなたは深夜十二時ごろ何をしていましたか」
ハバスさんが答える。
「旦那様に珈琲を頼まれたので、厨房に行きました。厨房にはシェフのアルフレッドさ
んとオリバーさん、マコナスさんがいらっしゃり、明日の仕込みをされていました。珈
琲を淹れ終わり旦那様の書斎へ向かうと、丁度書斎からザックさんが出て行くところで
した。珈琲をお出しした後書斎を出ると、通路でグランさんとすれ違いました。その後
は湯に浸かり、床に就きました」
ハバスさんが答えるとアーセファーさんの隣の警備隊の方がメモを取る。発言内容を記
録しているのだろう。
アーセファーさんが再び訊く。
「就寝した時の時間は何時ごろでしたか」
「おそらく三時少し前かと」
つまり起きていたのはメイドのマコナスさん、護衛のザックさん、執事のグランさん、
それとシェフのアルフレッドさんとオリバーさんだ。
聞き耳を立てていると、私の所にセリカさんが飲み物を配りにやって来た。
「紅茶と珈琲、どちらになさいますか?」
「珈琲でお願いします」
ライラさんがカップに珈琲を注ぐ。私はライラさんが淹れたブラックの珈琲を一口飲ん
だ。
犯人はいったい誰なのだろうか。少し考えてみよう。……うん、ぜんぜん分からん。
そもそもこの中に犯人はいるのだろうか。
中央のソファーの方からアーセファーさんの声が聞こえて来る。
「ザックさん、こちらへどうぞ」
ザックさんは「おう」と答え、中央のソファーへ行き、アーセファーさんの正面のソ
ファーに座った。
ザックさんが座るとアーセファーさんは訊いた。
「それでは昨夜十二時過ぎから何をされていたか、お聞かせください」
「旦那様に用があって、十二時過ぎに書斎に行った。用はすぐに済んだから書斎を後に
して寝たさ」
「用とは?」
「それは……あれだよ。借金だ」
「借金……いくらほど?」
「そんな大した額じゃない。金貨十枚くらいさ」
「そうですか……分かりました。戻っていいですよ」
ザックさんは立ち上がり、私たちの所へ戻って来た。
アーセファーさんは言う。
「次はマコナスさん、お願いします」
「マコナスさんは「はい」と返事をし、ソファーに移動して座る。
マコナスさんが座るとアーセファーさんが言う。
「それでは昨夜十二時過ぎから何をされていたか、お聞かせください」
「はい、昨晩は厨房で翌日の仕込みをお手伝いした後、書斎へ向かいました」
「書斎へは何をしに?」
「はい、私には一人娘がいるのですが、重い病気にかかってしまって……。旦那様にい
くらか工面して貰っていました」
「それは借金していたと?」
「はい……」
「そうですか……わかりました、ありがとうございます。お戻りください」
「はい……」
マコナスさんがソファーから立ち、こちらへ戻って来る。
次に呼ばれたのはグランさんだ。グランさんがソファーに座り、アーセファーさんは
他の人と同じ質問をした。グランさんが答える。
「私は旦那様に頼まれていた倉庫の整理をしていたのですが、予想以上に時間がかかっ
てしまい、終わったのは一時前だったと思います。終わった後旦那様の報告しようと書
斎へ向かいました。その時ハバスさんとすれ違いました。報告が終わった後湯に浸かっ
て、自室で寝ました」
「そうでしたか。ありがとうございます。戻っもらって大丈夫です」
グランさんが私たちの方へ戻って来る。
最後にシェフのふたりなのだが、ふたり共厨房で下ごしらえをした後湯に入り、自室
で寝たそうだ。
今までの証言をまとめると、最初に書斎へ行ったのはザックさん。次にハバスさん。
次がマコナスさんで、最後がグランさんということになる。
アーセファーさんが言う。
「聴取は以上ですので皆さん好きになさって構いません。現場の書斎の方には近づかな
いようにお願いします」
彼女はそう言うとリビングルームを退室した。




