カレーライスと手帳
――その日の夜。
晩御飯はカレーライスだった。
一口食べると肉と野菜旨味とスパイスの刺激と風味が広がる。
リリちゃんは自慢げに言った。
「美味しいでしょう? お師様に教えて貰ったんです」
「うん。とっても美味しいよ」
私はカレーライスを食べる手を止め、シルフォードさんとリリちゃんに言った。
「明日、旅立とうと思います」
リリちゃんは残念そうに言う。
「えっ……もう二三日ゆっくりしていけばいいのに」
「旅の目的があるから」
シルフォードさんは「……そうか」とだけ言った。
――寝る前、アデルに「旅の目的なんかあったのか?」と聞かれたが、
「最近できたの」とだけ答えた。アデルは「ふ~ん」とだけ言った。
――次の日。
リビングで朝食を食べ終わり、リリちゃんが出してくれた珈琲を飲む。
私はそこで気になる物を目にした。それはテーブルの上に、開きっぱなしで無造作に
置かれている、シルフォードさんの手帳である。
中身をちょっと覗いて……。
と、そこで玄関をノックする音が聞こえた。リリちゃんが玄関へ向かい、応対してリ
ビングへ戻って来た。そしてシルフォードさんに言う。
「パルマさんとネルフィーさんが見えてますが?」
「上げてくれ」
リリちゃんは玄関へ戻り、二人と共に戻ってきた。
ネルフィーはリビングに入るなり言った。
「おはようシルフォード。後、ティアとやら。私が来てやったぞ」
シルフォードは平然と答えた。
「ようこそ。で、何かあったのか?」
「ああ。今日はこいつを持って来た」
ネルフィーさんがそう言うと召使みたいな扱いをされ、面白くなさそうなパルマさん
が、手に持っている小さな麻袋を私の目の前のテーブルの上に置いた。彼女はそのまま
中に手を入れ、中の物を取り出す。
私はそれを見て言った。
「宝石……ですか?」
パルマさんが答える。
「ああ。これは君達にお礼がしたいと言う里の者達が集めた物だ。形は歪でそれなりの
価値にしかならないと思うが、売ればそれなりの金額になるだろう。もちろん私の分も
入っている。どうか受け取ってほしい」
「も、貰えませんよそんなに」
私は手を振り遠慮したが、シルフォードさんがパルマさんの後押しをした。
「遠慮せずに貰っておくといい。ついでに俺の分も入れて置こう」
シルフォードさんは机の引き出しから何かを取ると立ち上がり、麻袋に入れた。
「まあ先行投資みたいな物だな」
私が「はぁ……?」と言うと、アデルが、「貰える物は貰っておけ」と言うので、大人
しく貰っておいた。
「あ、ありがとうございます」
手帳はそのままシルフォードに回収され、ほとんど中身を観ることはできなかった。
――パルマさんとネルフィーちゃんが帰り、私は出発の準備を整えた。シルフォード
さんとリリちゃんと共に外へ出、箒を出す。
リリちゃんから「これを……」と、巾着袋を手渡された。先程の麻袋と違い、妖精の
刺繍が入った可愛い巾着袋だ。
中を見ると、紅茶の茶葉と挽かれた珈琲豆が入った、小さな缶箱がそれぞれ一缶。そ
れと本が入っている。本のタイトルは『爆弾解体全書』と書いてある。これは爆弾を解
体する時に役立ちそうだ。
爆弾を解体する時……あるかな……?
「あ……ありがとうリリちゃん……」
本と缶箱を巾着に入れ、ショルダーバッグに入れると、シルフォードさんが言う。
「ところで、何処へ向かうんだ?」
「実はまだ決めてなくて。取り敢えず南に向かおうかと」
「誠に勝手ながら、昨日キミのことを占わせてもらったよ」
それを聞いてリリちゃんが言う。
「お師様が得意な占星術ですね。良く当たるんですよ」
当たる当たらないに関わらず占いを聞くのは好きだ。アデルは興味なさそうな顔をし
ているが。
「それで、結果は……?」
シルフォードさんは答えた。
「ここから南東に迎えと出た。南東にはカイラニオという港町がある。そこを目指すと
いいだろう」
「分かりました。行ってみます」
私は箒に座り、空を飛んだ。
リリちゃんが手を振ってくれた。
「お気を付けてー!」
私も彼女に手を振った。
「リリちゃんまたねー!」
「行ってしまいましたね……」
「ああ……」
「本当にティアちゃんが私の……?」
「ああ、間違いない……まぁ、気長に待つとしよう」
「……はい!」
迷いの森を抜け、南東目指して飛ぶ。
旅立つ度に感じるもの悲しさが何とも切ない。だが今回はそれだけではなかった。
私は箒の先端に留まっているアデルに、確認する様に話掛けた。
「いい所だったね」
「ああ」
「黒い人影のこと、早く解決して上げたいね」
「そうだな。だが、そんなに容易くはないだろうな」
「……他に気になったことはなかった?」
「いや、特にないな」
「……そう」
アデルはどうやら気が付かなかった様だった。しかし私には黒い人影と同じ位気に
なったことがあった。それは『カレーライス』と『手帳』だ。
私はカレーライスを一度だけ食べたことがあったが、我々が住むこの世界、
『エムアース』では一度も見たことがなかった。もしかしたら私が知らないだけで、
あるのかもしれないが……。
それに手帳に書かれていた文字。それはロンドベルト語でもエルファタ語でもない。
それどころか、この世界で使われていない文字だった。何について書かれていたかまで
は分からなかったが……。
……あれは間違いなくニホンゴ……なぜシルフォードさんがニホンゴを……?
しかし、今ここでそれを考えても答えは出なさそうだった。
私がシルフォードさんに、『大賢者の話』と『ラーテルさんの昔話』を聞くのを忘れ
ていたことに気が付いたのは、それから二日後のことだった。




