リリの過去
昼食を食べ終え、片付けると私は外に出る。ついでにアデルとリリちゃんを探すこと
にした。
集落がある方へ向かって畑道を歩く。元気のなかった木々は元気を取り戻し、色とり
どりの葉が茂っている。農作業をしているエルフ達はどことなく昨日と違って活発に見
えた。
家が並んで建っている集落に来ると、やはりどことなく活発に見える。一昨日会った
元気のないお爺さんも、今日は笑顔で井戸端会議をしている。
少し歩くとパルマさんとネルフィーちゃんがいた。パルマさんは私に気付くと話し掛
けてきた。
「やあ。昨日はお疲れ様だったね。君達のお陰でこの隠れ里にマナが戻ったよ」
続けてネルフィーちゃんが言う。
「一昨日はすまなかったわね。貴女のこと、少しは認めてあげてもいいわよ」
「いえ、ほとんどシルフォードさんのお陰で……」
マナカズラーを倒せたのはシルフォードさんが用意した金の魔法石のお陰だし、黒い
影から撤退できたのもシルフォードさんのお陰だ。
しかしパルマさんは言う。
「そう謙遜するな。話はリリから聞いている。今や君はこの里の英雄だ」
「英雄なんて……」
ん? リリちゃんから?
「リリちゃんに会ったんですか? 私リリちゃんを探してるんです」
「リリか? 彼女なら向こうの橋を渡った先の商店街の方で見たぞ」
パルマさんはT字路を曲がった先の方を指した。
「分かりました、行ってみます」
「そうか。私達も見回りに戻るとしよう」
パルマさんは手の平を見せ、ネルフィーさんと共に見回りに戻っていった。
小さな橋を渡ると小さな商店街に辿り着いた。奥には少し大きな建物がある。近くま
で行ってみると『会館』と書いてあった。
商店街には八百屋や花屋、手作りの日納品売り場などがあり、お店自体は小さくて中
には入れないようになっている。その為外から容易にアデルとリリちゃんを探すことが
できた。
結果は……二人共いなかった。しかしパルマさんの話だとこの辺りで会ったらしいの
だが……。
私は『もしかしたら会館の中かも』と思い、会館の入口へ向かってドアに手を掛けた。
……開かない。どうやら鍵が掛けられている様だ。
その時、背後から声を掛けられた。
「そこのお嬢さん、どうかなさいましたかな?」
慌てて振り返ると、そこにはエルフの老人が立っていた。
「す、すいません。友達を探してて、この中かなーと……」
「リリなら花屋で花の種を買って帰ってよ」
「ふぇ?」
探している人物の名前がピンポイントで出て来たので、素っ頓狂な声が出てしまった。
「お主らのことを知らない者など、もうこの里にはいないよ、英雄さん」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
どうやら行き違いになったみたいだ。私はご老人に頭を下げると、シルフォード宅に
帰ることにした。
シルフォード宅に着きシルフォードさんに訊くと、アデルとリリちゃんは少し前に一
度帰ってきたが、すぐにまた出て行ったらしい。どうやらまた行き違いになった様だ。
私は再び外に出ようとした。そこでシルフォードさんに呼び止められた。
「家の裏側に高台に上る階段があるんだが、もしかしたらいるかもしれない。あそこで
たまに昼寝をしているからな」
「分かりました、行ってみます」
――シルフォードさんに言われた通り、家の裏手に回ると高台へ上れそうな階段が
あった。
階段を上り切るとアデルとリリちゃんがいた。リリちゃんは昨日とは違いメイド服を
着ていて、大きな木を背にして座り、里の方を見ていた。その顔は少し憂鬱そうな表情
をしている。アデルはそんなリリちゃんの肩に留まっていた。
私は二人に近付き、声を掛けた。
「二人共、ここにいたんだね」
「あ……ティアちゃん……」
リリちゃんは立ち上がり、頭を下げた。
「昨日は申し訳ありません。私のせいであんな事に……」
私は両手を振った。
「いやいや、リリちゃんのせいじゃないよ。私の方こそ不甲斐なくて御免ね」
「いえ、悪いのは全部私なんです」
リリちゃんは俯きながら言う。
このままだと押し問答になりそうだ。しかしアデルが助け船を出してくれた。
「取り敢えず二人共座れ。ティア、リリの話を聞いてやってくれ」
私は頷き、リリちゃんと一緒に大きな木を背に腰を掛けた。
リリちゃんは「子供の頃のことなのでうろ覚えですが……」と前置きし、話始めた。
「私の父親はエルフで、母親は人間でした。父は常にローブを着ていて、街中などで
は目深にフードを被っていました。今思うとエルフだということを悟らせない為だった
んだと思います。母は厳しくとても優しい人でした」
リリちゃんはそこで首から下げているネックレスを首元から出し、私に見せた。ネック
レスは赤い宝石があしらわれた、金色のチェーンのネックレスだ。
「これは母の物です。四歳の誕生日に貰った物なんですが、お師様が言うには相当高価
な物らしいです。多分母は貴族だったのではないかと言っていました」
リリちゃんはネックレスを仕舞い、続ける。
「父と母は何かから逃げている様子でした。それが何なのかは、私が五歳になって少し
過ぎた頃に分かりました。それはアークラード領に入ってすぐの事でした。私達は武装
した集団に襲われました。父は私の目の前で殺され、母は攫われました。私は……何も
出来ませんでした……」
リリちゃんは辛そうな表情をした。しかし話を続ける。
「その後武装集団のひとりが私を掴み、谷底へと落としました。私はそのまま気絶し、
気が付くとあの黒い人影とお師様が戦っていました……」
「……そう、そんな事があったんだね」
「はい……今だにあの黒い人影については何も分かっていないんです」
アデルが私の肩に留まる。
「どう思う?」
「んー……色々気になるところはあるけど、取り敢えずリリちゃんに訊きたいのは、ご
両親の名前と出身地かな」
「父はルルド・レスキール。母はシローナ・エスキール。出身地は……分からないんで
す。一番古い記憶だと、スズカネルという国に滞在していたのは覚えて
いるのですが……」
リリちゃんは申し訳なさそうな表情をした。
アデルは首を傾げる。
「スズカネル? どこだそりゃ」
「スズカネルは確か、ここから西の大陸にある所で、学園都市がある、教育制度に力を
注いでいる国よ」
スズカネルに行ったら何か分かるのだろうか。いやその前に、疑問に思うことはまだ
ある。
「武将集団に心当たりは?」
「おそらく誰かに雇われ人達だと思いますが、それ以上の事は……」
雇われ兵か……二人に恨みを持つ誰かが雇ったのだろうか。父親が殺され母親が連れ
去られたことから、痴情のもつれの可能性もある。
最後に私はもうひとつ疑問を口にした。
「ロンドベルト領に入ってすぐに襲われたって言っていたけど、そこから迷いの森まで
かなり距離がある気がするんだけど……」
「はい、私もそう思います。でも、もしかしたら私の記憶違いなのかもしれませんが、
なにぶん気絶していたので……。お師様の証言から森の近くで目を覚ましたのは間違い
ないのですが……」
ということは、誰かがリリちゃんを運んだのだろうか。もしかして黒い人影が? 何
の為に?
リリちゃんは再び謝った。
「ごめんなさい変な事に巻き込んで。忘れて下さい……」
私は黙って首を振った。
寒い風が吹く。空も少し赤くなってきた。
「そろそろ帰ろう。夕飯の準備、手伝うよ」
私は立ち上がり、リリちゃんに手を差し出した。
「……はい」
リリちゃんは少し微笑み、私の手を取った。
私のこの時、明日ここを旅立つことを決めた。




