黒い人影
すっかり緑色になった森を出、帰路に就く。森を出ると土が乾燥して何もなかった大
地は潤いを取り戻し、少し草が生え始めていた。
前を歩くリリちゃんはこちらを振り返り、私に言った。
「ここの土も干上がっていたのに、緑が戻っていきます。これもティアちゃんとアデル
さんのおかげですね。ありがとうございます」
リリちゃんは頭を下げた。
私は「三人の勝利だよ」と言ったが、アデルは「俺のおかげだな」と言った。
リリちゃんはそれを聞いて笑う。
しかし、笑顔だったリリちゃんの顔は徐々に真顔になり、この世の者ではない何かを
見ている様な、恐怖に歪んだ様な顔に変わっていった。
リリちゃんの顔が恐怖で歪んでいくに連れ、私の背後から影が伸び、それは徐々に大
きくなっていく。
リリちゃんは震えた声で言う。
「……なんで……どうして……」
リリちゃんの様子を見るに、私の後ろで尋常ではない何かが起こっている様だ。
私はゆっくり後ろを振り返った。そこには、黒い人型の影の様なモノが立っていた。
それも普通の人間の二、三倍は在りそうな大きさだ。腹部には青色の線が入っていて、
目の所には青い点があった。
リリちゃんは声にならない声を上げている。突然の事にアデルも驚愕している。
「おいおい、なんだこいつは!?」
全く気配がなかった。しかしこの人影は突然出て来たのだ。正直今もそこに居ること
が疑わしい程に。しかしそれは確かにいる。
そしてその人影からは感情を全く感じない。感情どころか生気も感じない。その為い
つ襲い掛かって来るのか、そもそも敵なのかも全くもって分からない。
モノクルを使って見ても魔力の流れは感じるが、それ以上のことはまったく分からな
かった。
黒い人影の右腕が迫って来る。対象は……リリちゃんだ!
私は魔術銃を抜き、その腕目掛けて撃った。マガジンに入っている魔術石は引き続き
火の魔術石だ。着弾すると黒い人影の二の腕は燃えると同時に吹き飛び、床に落ちた。
どうやら倒せない訳ではなさそうだ。
今度は左手が伸びる。私は右手と同じく魔術銃で撃ち、左腕も吹き飛ばした。
その光景を見ていたアデルが言う。
「なんだ、大した事ないじゃないか」
アデルはそう言うと私の肩から飛び上がり、黒い人影に白炎を放った。黒い人影は燃え、
次第に白炎と共に消えていった。
「ふん。驚かせやがった」
しかしリリちゃんの方を見ると、その表情は未だ晴れない。それどころか顔は青ざめ、
膝を突いていた。
「だ……駄目です……」
駄目? いったい何が駄目なのだろう。しかしそれはすぐに分かった。
アデルは再び驚愕した。
「おいおいマジかよ。何なんだこいつは……!」
先程と同じ黒い人影が私達を囲う様に地面から這い出て来る。それも一体じゃない。
おそらく三十体はいるだろう。
先程の様子を見るに、動き事態はそんなに早くない。アデルと分担すれば十分倒せる
数だろう。アデルも同じことを思ったのか、すぐに臨戦態勢をとる。
「やるぞティア!」
私は「うん!」と言い、魔術銃を構えた。その瞬間だった。
黒い人影に入っている青い線と目の部分の青い点が一斉に赤色に変わった。そして黒
い人影達の目の前に魔法陣が浮かび上がる。あれは……魔術だ。
黒い人影達から火の玉が飛んで来る。リリちゃんはまだ動ける様子ではない。ここは
迎撃するしかない。
魔術銃だけだと間に合いそうにない。私はステッキを出し、水玉の魔術を撃った。こ
れなら間に合いそうだ。
アデルは翼を大きくし、羽ばたかせて風を起こした。
「チッ……!」
黒い人影から放たれた火の玉はアデルの起こした風に阻まれ、黒い人影に跳ね返って行
く。黒い人影達は自らの放った火の玉で燃え、消えていった。
しかし黒い人影は消えたそばから新しい人影が出る。しかもその数は消えた数よりも
多い。
「マジかよ。これじゃあ切りがない……!」
このままだとジリ貧になる。何か策を講じなければ……!
再び火の玉が襲って来る。しかも先程よりも数が多い。この量は……捌き切れない!
私はリリちゃんに当たらないように庇いながら、自分の急所に当たらないように火の
玉を捌く。肩や足に当たったが、威力自体は大したことはない。アデルも翼で風を起こ
し捌いてはいるが、数発の火の玉がすり抜け、着弾した。
黒い人影は更に増え、飛来する火の玉は最早雨の様だ。折角マナを取り戻した大地は
今や火の海になっている。
この状況を打開する方法は最早魔法しかない。しかし相手は倒しても数を増やしてく
る。もしかしたら魔法を使っても更に数を増やしてくるかもしれない。……いや、考え
るのは止めよう。解決する策としては、もうこれしかないのだから。いや、あると言え
ばあるのだが……。
しかしその時、運悪く火の玉がステッキに当たり、落としてしまった。しかもいつの
間にか黒い人影が目の前に立っており、私は平手で横に叩かれた。
「グウゥ……!」
魔術銃を横にして防いだが、余りの威力に私は吹き飛んでしまった。
アデルの目の前にも私と同じく黒い人影が忍び寄り、その大きな手で掴まれた。
「ウオォ! 離せ……!」
アデルはそのまま遠方へ投げられてしまった。
リリちゃんは未だ戦意を消失していた。そんなリリちゃんに黒い人影が迫る。
このままだと本当に不味い。私は最後の手段を使うことにし、お腹に手を当てた。




