シルフォード宅での出来事
リリちゃんは慌てた声で抗議した。
「ええええぇぇぇーーーー! どういうことですかお師様!?」
「なーに、これも修行の一環みたいなものさ」
パルマさんも抗議する。
「いくらなんでも、ひとりでやらせるのは危険ではないのか?」
「いや、何もひとりでやらせたりしないさ。リリ、隣のお嬢さんを連れて行きなさい」
……えっ、私?
続けてシルフォードさんが言う。
「どうだろうか? もちろん只じゃない。マナカズラーの討伐してくれたら、相応の報
酬を用意しようじゃないか」
相応の報酬? 賢者が用意する報酬は正直気になる。それにリリちゃんをひとりで討伐
に行かせるのは、正直忍びない。
私はシルフォードさんの申し出を受けることにした。
「分かりました。お手伝いしましょう」
後々思ったのだが、私って結構単純なのかもしれない……。
――パルマさんはその後、珈琲を飲んで帰っていった。
マナカズラーの討伐は明日行われることになった。
私はリリちゃんに案内され、二階の一部屋を使わせてもらえることになった。部屋は
良く掃除されていて、ベッドに机と備え付けの椅子が置いてあった。
「何もない部屋ですが、自由に寛いでください」
リリちゃんはそう言いながら開いている窓を閉めた。掃除でもしていたのだあろうか?
私はベッドに座った。アデルは今まで私の肩で大人しくしていたが、ベッドの上に乗
り、寛ぐ。
明日マナカズラー討伐を一緒にするわけだし、今の内にリリちゃんと仲良くなってお
こう。
「リリちゃんって呼んでもいい?」
リリちゃんはこちらを向き、答えた。
「はい。構いませんよ。私はなんとお呼びしたら……?」
「私と仲がいい人は、私のことをティアって呼ぶわ」
「……では、ティアちゃんと呼んでも?」
「うん。いいよ」
リリちゃんは、ベッドに座っている私の横に座った。
そうだ、さっき思ったことを訊いてみよう。
「シルフォードさんのことをお師様と呼んでいたけど、何か教わってるの?」
「はい。魔導について色々教えて貰っています」
魔導というのは、魔術や魔法や魔道具など、魔力を使うもの全般を指す。
リリちゃんは続けて言う。
「子供の頃お師様に拾われて、それ以降ここでお仕事をしながらお勉強をしています」
子供の頃に拾われたということは、両親はどうしているのだろうか? と思いつつも、
初対面でそこまで踏み込んで訊いてもいいものか……よし、話題を変えよう。そういえ
ばもうひとつ気になることがあった。
「リリちゃんの耳はエルフの人より短い気がするけど、普通のエルフとは違うの?」
「それは私がハーフエルフだからです。父がエルフで、母が人間なので」
「そうなんだー……」
やはりご両親のことが気になる。しかし、そこに突っ込んでもいいものか……。
私が悩んでいると、リリちゃんの「あの……」と言い、視線が私から外れたのが見え
た。リリちゃんの視線の先を追ってみると、そこにはベッドに丸くなって寝ているアデ
ルがいた。
「私ずっと気になっていたんです。神龍ですよね」
「よく気付いたね。見た目は白色の小さいドラゴンなのに」
アデルは見た目の大きさや人型になれる以外普通の竜と変わりない。それにアデルは
リリちゃんの前では姿を変えていない。しかしリリちゃんはアデルが神龍だと分かった
のだ。一体何故アデルが神龍だと分かったのだろうか……。
私はその答えを聞いて納得した。
「知性の低い普通の小竜は知らない人に会うと警戒すると思うんですけど、この神龍さ
んはずっと触れられるのを避けていたというか、気配を消している感じでしたので、知
性が唯一高い神龍なんじゃないかなと思ったんです」
彼女は頬を掻きながら「お師様や本で読んだ知識ですけど」と付け加えた。
それに対して答えたのは私ではなくアデルだった。アデルは顔を上げ、こちらを見て
言った。
「ほぅ。中々の観察力だな。ティアもここで一緒に勉強したらどうだ?」
それは私に観察力がないということだろうか?
「あれ? 今、馬鹿にした?」
「別に」
アデルはまた丸くなって寝始めた。リリちゃんはそんなアデルを見て言う。
「また眠ってしまいましたね。それでは、私は夕食の準備がありますので、これで失礼
しますね。準備が終わりましたらお呼びしますので」
私は「うん」と答えた。少しは仲良くなれただろうか?
夕方が過ぎ、辺りが暗くなった頃、リビングで夕食をいただいた。
夕食は四人前で、普段用意されないアデルの分もあった。アデルは気分を良くしたの
か、夕食が出てくるなり速攻食らい付いていた。正直ハシタナイ。
メニューは焼いたパンと鹿肉のスープ。それと野菜炒めをいただいたのだが、パンと
野菜炒めの量は正直物足りないくらいの量だった。しかし味はとても美味しかった。
食後の紅茶を出しながら、リリちゃんが申し訳なさそうに言う。
「ごめんなさい。パンと野菜は今値段が高く、数も余りなくて」
「いえ、とても美味しかったです。アデルの分まで出していただいて……」
アデルの方を見ると、テーブルの上に乗り、出された珈琲を飲んでいる。太々しい奴
だ。
リリちゃんは「いえいえ」と、笑顔でアデルの方を見ながら言った。
――少しの間リリちゃんと他愛もない会話をした後、リリちゃんはお片付けとお風呂
の準備に席を外した。アデルはテーブルの上でまた丸くなって寛ぎ出す。
私は今の内に、机で本を読んでいるシルフォードさんに訊きたいことを訊くことにし
た。
「シルフォードさん、ラーテルさんをご存じで?」
ラーテルさんというのは、私がロンドベルト帝国にいた頃にお世話になった人のひと
りだ。シルフォードさんの話は確かラーテルさんに聞いたはずだ。
シルフォードさんは本から顔を上げ、少し驚いた様な表情をした。
「おお、懐かしい名前だな。知ってるよ。アイツに会ったことがあるのか?」
私は頷いた。
「はい。私がロンドベルト帝国にいた頃にお世話になりました。そこでシルフォードさ
んが大賢者と言われていたと」
「そうか……アイツは元気だったかい?」
「二週間程前、最後にあった時は普通にお仕事されていたのは見ましたけど、ラーテル
さんはいつもあんな感じですので」
「そうか、そうだったな。アイツはいつも寡黙な奴だったな……」
シルフォードさんは懐かしい様な、少し寂しそうな表情を浮かべた。
しかし、私が訊きたいのはそこじゃない。
「ところで、大賢者と言うのは……」
「ああ、そうだな……明日マナカズラーの討伐が無事終わったら、その話をしようか」
え? まさかのお預けですか?