迷いの森の問題
看板の裏側から奥に真っ直ぐ魔力の流れが伸びている。魔力の流れの先には大きな木
が立っていた。しかしその木からも何かしらの魔力を感じる。
いつの間にか小さな姿に戻ったアデルにそのことを説明すると、早速その木に向かっ
て飛んで行く。
「この木か? 特に変わった所は……」
そう言って木に触れようとした瞬間、アデルは木に吸い込まれ、姿が見えなくなった。
もしかして……トラップ?
私はアデルの後を追い、木に触れてみた。するとこの木は幻影の魔法で作られていて、
ここにある様に見えるが実際は存在しない木だということが分かった。
私はそのまま真っ直ぐ歩く。視界は一瞬暗くなったが、少し進むと新たに真っ直ぐ伸
びる道筋が見えた。
先に待っていたアデルが、羽をパタパタさせながら言う。
「どうやらここが正解の道らしいな。で、魔力の流れはこの先か?」
アデルはそう言い、私の肩に留まった。
「うん。間違いなさそう」
「そうか。さて次はオーガが出るかナーガが出るか……」
いや、オーガもナーガも勘弁してほしい。
道筋を真っ直ぐ進み少し経った頃、何処からともなく声が聞こえてきた。
「あれ? こんな所に人が来るなんて珍しいね。でも、これ以上は進ませないよ」
女性の声だった。しかし進ませないとは、あちらさんは相当外界の者を毛嫌いしている
のだろうか。
私は虚空に向かって話し掛ける。
「すいませーん。私は荷物の配達に来ただけなんですけどー?」
再び何処からか声が聞こえてきた。
「荷物の配達? 誰に?」
「えーと……」
そういえば場所と期限は確認していたが、お届け先の宛名を確認していなかった。
私はショルダーバッグの中から荷物を取り出し、宛名を確認した。
『シルフォード・ルビーリア』
……ん? 何処かで聞いたことがあるような……?
取り敢えず声の主に伝えよう。
「シルフォードさんという方です」
「シルフォードに? ……そう。もしそうなら、こんなの簡単に解けるよね?」
声の主がそう言った瞬間、地面から地鳴りが聞こえ始めた。そして地鳴りの音が大き
くなり、やがて地面が揺れ始める。それと同時に辺りの木の根がうねり、高さ約二メー
トルの木の根で出来た門が二十程現れた。
地鳴りが収まると、再び声が聞こえてくる。
「シルフォードを訪ねて来たならこの問題が分かるはずよ。それじゃあ頑張ってね」
「え? いや、そんなこと言われても何が何やら……」
……しかし声は返ってこない。辺りは静まり返っている。どうやら問題を解かないと、
先へは進めないらしい。
私は一度ため息をつくと、辺りを見渡した。
地形は大きく変わり、一本道が円形になっている。円形の外は高い木と背の高い草が
あり、簡単には出られそうにはない。そして円形の外側に沿う様に木の根で出来た門が
二十程配置されている。そしてもうひとつ。全ての根で出来た門の横に看板があり、
何か文字が彫られている。
アデルが私の肩から飛び立ち、各看板を見る。
「王様……女王……皇帝……剣聖……武将……なんだこりゃ?」
どうやら看板には役職のようなものが書かれているらしい。一瞬トランプかな?
と思ったが、どうやら違うみたいだ。
ここでおそらく推理小説なら探偵役が華麗な推理ショウを披露する所なのだが、私の
場合はそうではない。何故なら声の主は『シルフォードを訪ねて来たなら分かる』と
言っていたからである。つまり、シルフォードがどんな人物か知っているならこの問題
は簡単に分かるのだ。しかし、私はシルフォードなる人物が誰なのか、全く思い出せな
いでいた。
シルフォード……シルフォード……何処かで聞いたことがあるのだが、どこだったか
な……?
私がうんうん唸っていると、アデルが声を掛けてきた。
「さっきからうんうん言ってるが、どうかしたのか?」
「シルフォードって名前、何処かで聞いたことがある気がするんだけど、アデルは知ら
ない?」
「全く知らん」
そういえば、アデルは他者の名前を憶えるのが苦手だった。私も最初は小娘とか言わ
れてたし。同い年なのに。……ん? 同い年?
……うーん。何か出てきそうな気がする。頑張れ私の脳!
私が未だにうんうん唸っていると、アデルが再び声を掛けてきた。
「さっきからうんうん言ってるが、雲鼓か?」
なんてデリカシーのない。少し静かにしててほしい。
……そうだ。それは確か一年程前、私がまだロンドベルト帝国にいた頃のことだ。と
ある人物から教えてもらったのだが、ロンドベルト帝国にはかつて大賢者と言われ、私
と同じく皇帝位竜神大勲章を授かった人物がいたと聞いたことがあった。その人物の名
前がシルフォードだったはず。
そう考えると、看板を固定していたのが魔法だったのも頷ける。
ということは、正解は賢者と書かれている看板の所の門だろう。
私は賢者と書かれている看板を探した。
「司祭……ギルドマスター……占い師……漫画家……」
あれ? 賢者がない……。もしかして賢者じゃないの……?
ひとりで考えても分からない時は誰かに相談するのが一番だ。ということでアデルに
相談してみた。するとこんな答えが返ってきた。
「こんな意地の悪い問題を出すんだから、意地の悪い答えなんだろ」
なるほど、一理ある。
私は考えてみた。例えばアナグラムはどうだろう。看板に書かれている言葉を入れ替
えれば賢者になるとか。アデルは言った。
「ならないな」
我々は色んな言葉を使う。例えば私が主に使っている言葉はロンドベルト語だ。そし
て看板に書かれている文字もロンドベルト語である。しかし他にも、色んな国や種族が
扱う言葉がある。このロンドベルト語を古代エルファタ語にすると、違う言葉が浮かび
上がって……。
「こないな」
「う~。アデルもなんか考えてよ」
全然分からない私はアデルに文句を言った。するとアデルは言う。
「いいかティア。俺が言っている意地が悪いってのは、そういうことじゃない」
「? どういうこと?」
「つまりだ……そうだな、俺なら……」
アデルはそう言うと看板の裏側に回り、各看板の裏を見て回った。そしてある看板の裏
で止まった。
「ほら、あったぞ」
私はアデルの止まった看板の裏を見た。そこには『賢者』と小さく書かれていた。
「なるほど。確かに意地悪だわ」
「だろ。よし、行くぞ」
私とアデルは木の根で出来た門を潜った。
果たしてこの先、どうなるのだろうか? 変な仕掛けや問題はもう勘弁してもらいた
いものだ。