最後の生存者
「う……嘘でしょ……」
イザベラさんは、ベヒーモスの傷が徐々に塞がっていくの見て、動揺している。しか
しそれとは対照的に、アデルは意欲的だ。
「ふん。面白い」
アデルは不敵に笑い、ベヒーモスを睨む。
傷の塞がったベヒーモスもアデルを睨み、腕を振り上げ、アデルを目掛け振り落とし
た。アデルはその大きな手を受け止める。
「残念だが……単純な力比べなら、俺の方が上の様だな」
しかし、そんなことを言っている内に、ベヒーモスの手がアデルを掴んだ。
「あれ? 予想外の展開」
ベヒーモスはアデルを上に向かってぶん投げた。アデルはそのまま、遥か上空に消え
ていった。残されたのはイザベラさんだけだ。
ベヒーモスはイザベラさんを睨み、一歩前に出る。イザベラさんは絶望が張り付いた
顔のまま、後退りする。やがてイザベラさんは、瓦礫に足を取られ尻餅をついた。
「ひ……ひっ……」
ベヒーモスは左手を振りかぶる。
……が、その手が振り下ろされることはなかった。ベヒーモスの振りかぶっていた左
手に、赤く燃える剣が突き刺さる。そこにいたのは、エルロアさんだった。
エルロアさんは傷だらけで、鎧も破損している箇所があるが、どうやら無事な様だ。
「はああああぁぁぁ!!」
エルロアさんは突き刺した剣をそのまま横に薙いだ。ベヒーモスの左手は裂かれ、赤
く燃え上がる。しかしベヒーモスは、表情こそ苦悶をしているが、叫び声ひとつも上げ
ない。そしてエルロアさんを睨み、反撃をしてきた。
ベヒーモスは、エルロアさんに尻尾を伸ばす。しかし、それに気づいていたエルロア
さんは、間一髪のところでそれを避けた。
エルロアさんはイザベラさんの所に駆け寄る。
「無事か?」
イザベラさんはよろよろと立ち上がった。
「ええ、何とか……それよりもアナタの方が……」
「このぐらい大丈夫だ。それよりも、あの男はどうした?」
「俺ならここだ!」
エルロアさんとイザベラさんの上空から声がした。二人が上を見上げると、アデルは
ベヒーモスに向かって落下している最中だった。
「この程度で俺を倒そうなど、片腹痛いわ!」
アデルは落下の勢いそのまま、指先から伸びる爪で、ベヒーモスの背中を切り裂いた。
「グガガガガアアアアァァァ!!!」
堪らずベヒーモスが突っ伏し、倒れる。
アデルはエルロアさんとイザベラさんの近くに着地した。
「大丈夫かお前ら」
エルロアさんが答える。
「ああ、何とかな……」
三人ともベヒーモスを見る。ベヒーモスの傷は再び再生を始めていた。おそらくこの
まま戦えば、三人共ジリ貧になり、やがて敗北する。持って十分かそこらだろう。
しかしその時、三人の耳に指笛が聞えた。
私は指笛を鳴らし、大きく手を振って、アデルとエルロアさんとイザベラさんを、自
分がいる場所へ誘導した。
三人が時間を稼いでいる間に、私は魔法陣を描き終えた。魔法陣の中央には上級封印
石が設置してあり、そして私はその魔法陣の外側に立っている。
後はベヒーモスを魔法陣へ誘導し、封印するだけだ。
私はステッキのチョークを取り、チョークの入っていたケースに仕舞う。それをショ
ルダーバッグに仕舞うと、ステッキを構え、詠唱を開始した。
「我は刻み、封印する。目の前に存在する彼の者を。エルファタの王よ、我願いを聞き
届け賜え!」
魔法を詠唱し終わる時、丁度三人が私の所に到着し、ベヒーモスが私の前(魔法陣の
上)に来た所だった。
私は魔力を込めたステッキを魔法陣に突き立て、魔力を流した。すると魔法陣が光を
放ち、封印石が紫色に輝きを放つ。そして封印石がベヒーモスを吸い込み始めた。
「グガガガガ……ガアァァ……」
ベヒーモスは抵抗するが、封印石の吸引力は徐々に上がっていき……やがて、ベヒーモ
スの体全てを飲み込んだ。そして紫色に輝く封印石だけが残った。
後ろにいるエルロアさんが「やったのか?」と言うので、私は封印石を拾い上げ、振
り返って言う。
「はい。皆さん足止め、お疲れ様でした」
へたり込むイザベラが言う。
「まったくよ。ホントに死んだかと思ったわ……」
――辺りはすっかり暗くなっていた。
エルロアさんが呼んでいた部下さん達や、衛兵さん達によって、本格的な被害者の救
出が行われた。不幸中の幸いだったのが、負傷者はいたが、死者が出なかったことだろ
う。
ベヒーモスが封印された封印石は、エルロアさんに渡した。そしてエルロアさんは、
未だに気絶して起きないヨルダン侯爵を連れて、部下達とお城に帰って行った。
私は「用事がある」と言い、その場に残った。
私は「光よ。我が道を照らせ」と魔術を唱えた。頭上に光る玉の様なものが出現し、
辺りを照らす。そしてお屋敷の瓦礫の中で、最後の生存者を探した。いつの間にかショ
ルダーバッグに入っていた、アデルと共に。
捜索を始めてすぐ、後ろから声を掛けられた。
「何を探しているの?」
振り向くと、イザベラさんがいた。如何やら私の後を追って来たようだ。
イザベラさんは私の近くまで寄って来て、そして驚く。
「な、何よこれ……」
そこにあったのは潰されて、見るも無残な姿になった魔獣達の死体だった。
「多分ベヒーモスが召喚された時に、近くにあった下級や中級の召喚石も割れたので
しょう。そのまま踏み潰されたみたいですね……」
私はそう言いながら、目当ての物を探した。それが残っているのは奇跡なのかもしれ
ない。しかし、確認だけはしておかなければ……。
暫く探していると、粉々になった魔道具や燃えカスとなった書物の中に、それはあっ
た。奇跡的にも無傷で。
私がそれを拾うと、イザベラさんが「何かあったの?」と、私の手元を覗いてきた。
私は彼女に、鳥籠に入った『それ』を見せて言った。
「あの時の妖精さんです」
「なるほど、この子を探していたのね……でも、大分弱ってるわよ」
「妖精は、木々から発せられたマナエネルギーを吸収して生きています。近くの森に連
れて行けば、もしかしたら……」
「それなら、私がよく薬草を積みに行く森が近くにあるから、そこに連れて行きましょ
う」
私はイザベラさんの案内で、近くにあるという森に向かった。
ベヒーモスを封印した時、魔法を使ったことで体は限界に近いが、今はもう少しの我
慢だ。
アークラード王国に着いてから猫に導かれ、大変な二日間だったが、素敵な出会いも
あったし、とても充実していた気がする。
取り敢えず、今はこの妖精が元気になることを願おう。