巨獣との死闘
魔術弾を撃ち込むが、『それ』はビクともしない。しかしヘイトを買うには十分だっ
た様だ。
イザベラさんとエルロアさんが木から降り、合流した。ヨルダン侯爵様はいない。エ
ルロアさんに訊くと、「気絶していたから、その辺に置いてきた」とのことだ。
そして、こちらを睨む『それ』を見て、エルロアが言う。
「あれは……なんだ? ちょっとでか過ぎないか?」
『それ』は巨大な獣だった。鋭い牙を持ち、頭からは角が生えている。四足歩行で、高
さは四階建ての建物程ある。何となく巨大なカバに似ている。
「あれはベヒーモスですよ。あれでもまだ子供サイズです」
イザベラは驚愕した。
「あれで子供サイズなの? 嘘でしょ? 倒せるの?」
「いえ、子供サイズでも、魔法師が二人はいないと……」
「そんな! パンチ一発で私達、ぺちゃんこになっちゃうわよ!」
言うが早いか、ベヒーモスの腕が上がった。このままだと本当に私達はぺちゃんこに
なってしまう。こんな時は……逃げるが勝ちだ。
「二人とも走ってー!」
私達は一斉に駆けだした。そしてその直後、強い衝撃と強風を背中に感じた。
イザベラさんの「ギャー!」と言う声と共に、私達は三メートル程吹き飛び、地面に
叩き付けられた。
ベヒーモスのせいで昨日に続き、お尻が二つに割れてしまった。しかし私には、秘密
兵器があるのである。
「アデルさん、やってしまいなさい!」
……あれ? アデルがいない。確か肩に乗ってたはずなのに……。
私は考えた。アデルが何処に行ったかを。隠し部屋にいた時は確かに、肩に乗ってい
た。そしてベヒーモスと対峙してからは見ていない。と言うことはおそらく、お屋敷の
三階から飛び降りた時に、いなくなったのではないのだろうか……。
エルロアさんとイザベラさんは、まだグロッキー状態だ。そしてベヒーモスは私達を
待ってはくれず、再び拳を振り上げる。
あ、ヤバい。死んだかも……。
しかし、物凄い爆音と爆風が頭上から感じたが、踏み潰されはしなかった。
……あれ? 生きてる。
目を開けると、そこには見たことがある人影が見えた。
「大丈夫か?」
顔だけこちらを見て、彼は言った。彼は人の姿になったアデルだった。
「ありがとうアデル。助かったよ」
「気にするな。それより、そこのエルロアとかいったか。こいつに剣を突き刺して、燃
やせ」
呼ばれたエルロアは「は、はい!」と返事をし、剣を抜き、ベヒーモスの手の平に突
き刺した。そして剣に魔力を注ぎ込む。すると剣から炎が放たれ、ベヒーモスの手を焦
がした。
「グオオオォォォ!!」
低くて、大地を震わせる様な悲鳴が聞こえる。ベヒーモスは後ろに少しよろめいた。
紫色の髪をした、長身で屈強な男の姿になったアデルは、ベヒーモスに対し身構える。
「俺達とエルロアでアイツの足止めをするぞ。
そこのイザベラとかいう女。お前もだぞ」
「え!? ムリムリムリ!」
「よしっ、行くぞ!」
「アレッ!? 私の話、聞いてます!?」
エルロアさんは剣を構えながら走り出す。アデルはイザベラさんを引き摺って行った。
私は私でやるべきことをやろう。アデル達が足止めをしている内に……。
私の作戦は、アデル達が足止めをしている内に、ベヒーモスを封印する為の魔法陣を
描く。魔法陣が完成したら、ベヒーモスを誘い込む。そして事前に買っておいた上級封
印石に封じ込める。
あの大きいベヒーモスを封印するには、それと比例する大きさの魔法陣を描く必要が
ある。少し時間が掛かるが、それよりも問題なのが足止めだ。アデルがいるとはいえ、
そんなに長くは持たないだろう。出来るだけ早く準備しなければ……。
私はショルダーバッグからチョークを取り出し、ステッキの下部分にある窪みにセッ
トした。
不幸中の幸いなのが、このヨルダン侯爵邸のお庭が、無駄に広いことだろう。ベヒー
モスを封印するだけの十分な大きさの魔法陣が描けそうだ。
――セレスティアが魔法陣を描いている間、アデル、エルロアさん、イザベラさんの
三人は、ベヒーモスの足止めをしていた。
イザベラさんは動揺していた。
「私はどうすれば……私の魔術が通用するとは思えないんですけど……」
アデルが答える。
「生き物の弱点は、大体目とか鼻先だ。そこを狙え」
「わ、分かりました」
次にアデルはエルロアさんに言う。
「エルロアは俺と足止めだ」
「は、はい!」
ベヒーモスは大きく口を開けた。すると口の周りに魔法陣が形成され、数発の火炎弾
が放たれた。
魔術や魔法である以上、エルロアさんには通用しない。アデルは後ろにいるイザベラ
さんを庇いながら、火炎弾を素手で弾いた。
火炎弾での攻撃が終わると、アデルとエルロアさんが反撃に出る為、前に出た。
アデルは自分の手を、元の鋭い爪が付いた手に変えると、ベヒーモスの左手を引っ掻
いた。アデルは自分の体の形状を、元の体に戻すことが出来る。それは一部だけでも可
能である。
エルロアさんは、ベヒーモスの右手に、炎を纏った剣を突き刺す。イザベラさんは三、
四十センチ程の短い杖を振り、「氷の刃よ!」と魔術を唱えた。先の尖った氷の刃が飛
び、ベヒーモスの左目に刺さる。
「グガアアアアァァァ!!」
ベヒーモスは後ろによろめいた。その様子を見て、イザベラさんが言う。
「あれ? これはもしかして倒せるのでは?」
しかしその発言を無視して、アデルがイザベラさんを抱え、後ろへ飛んだ。
次の瞬間、強風と衝撃が二人を襲い、砂埃が舞い上がった。
イザベラさんは何が起こったのか一瞬理解できなかった。しかし粉塵が収まり、その
光景を見て理解した。ベヒーモスが右腕を横に薙いだのだ。ただそれだけのことなのに、
お屋敷の瓦礫は吹き飛び、何も無くなってしまっていた。
イザベラさんはその状況を見て気付いた。
「あれ? エルロアさんは?」
辺りを見渡すが、エルロアの姿は見当たらない。その問いに、アデルが答える。
「突き刺した剣ごと吹き飛ばされたんだろうな」
「そ……そんな……」
アデルは抱えていたイザベラさんを下した。
「人の心配より、自分の心配をするんだな。あれを見ろ」
顎でベヒーモスを見るように促す。
イザベラさんがベヒーモスを見ると、傷が徐々に塞がっていくのが見えた。