猫の導き
『セレスティア・ドラゴンロード』
神龍の王の姓を持ち、異界に移動できる程の魔力を持つことから『星渡りの魔女』と
いう異名を持つ。
また数年前、四百年前の封印から復活した魔王を退けた際に、魔王ごと星を破壊した
事から『星砕きの魔女』とも呼ばれている。
彼女が乗る箒には小さな竜が羽を休め、彼女と共に旅をする。
そして誰も見たことがない、様々な魔道具を身に着けている。
しかし、彼女のことを知る者は、未だ少ない。
――著・菊池 裕子 『星渡りの魔女』より
ロンドベルド帝国を旅立って十日程が経過していた。いい加減食糧が底を突きそうに
なってきた時、ようやく目的地が見えてきた。
アークラード王国。農産業や交易が盛んで、多くの商人がこの地を訪れるという。特
産品は林檎や蜜柑などの果物。また武器や魔道具なども生産されており、そちらの方の
交易も盛ん――らしい。
そして私が辿り着いたのは、首都ロマリオ。
高い外壁と、それを覆う様な水堀。建物は木造やレンガで建てられており、道は石畳
で作られている。そして中央に見える巨大なお城がアークラードの王様、アークラード
四世が住むロマリオ城だ。
外壁の外側にも、民家と広い畑が見える。
私は、私の乗る箒の先端に両足で掴まっている、龍のアデルに話し掛ける。
「やっと着いた~。取り敢えず、入口の所に降りるね」
返事は「ああ」とだけ返ってきた。相変わらず不愛想だな。
アデルは神龍族で、普通の竜と違い言葉を話せる。普段はぶっきら棒で不愛想な性格
だが、私が困っている時は相談に乗ってくれる数少ない人物だ。人物? まあいいや。
見た目は小さな白龍だが、魔法で小さくしているだけで、本当は超巨大な姿をしている。
ちなみに、人間の姿にもなれる。
私は外壁の水堀の上に架かる橋の上に着地すると、箒をショルダーバッグに仕舞った。
このショルダーバッグは魔法具になっていて、大抵の物ならこの中に入る。見た目は
革製だが、水の魔法石をあしらったブローチを付けており、その効果で雨にも強い。
そして私はショルダーバッグから愛用のステッキを取り出す。この白と金色の装飾が
されたステッキは、私が杖代わりに使用している物で、様々な魔法石があしらわれた神
具である。
そしてアデルが私の肩に止まる。これが私の街中探索スタイルである。
門を潜り、中に入ると広場になっていて、噴水とベンチがあり、人々が団欒している。
広場の壁際には果物や野菜、肉や工芸品などを売る露店が並んでいて、中央の噴水周
りには、大道芸や人形劇や紙芝居、楽器を演奏している人が見え、その周りに多くの人
達が集まっている。そして、あちらこちらから活気のある声が響いてくる。
「わ~! 凄い人だね~! 何処から覗いてみようか?」
ワクワクしながら私が言うと、アデルが否定した。
「何処から覗いてみない。ティア、まずは宿屋に向かうんだ」
「ん~。ちょっとくらい、いいじゃない……」
「もう昼だ。俺は腹が減った」
確かにそう言われると、私もお腹が空いてきたような……気がしてくるから不思議だ。
「分かったよ。宿屋に向かえばいいんでしょ」
私は渋々宿屋に向かうことにした。
――首都ロマリオの大通り。
道路の中央は、馬車が行き交っている。
相変わらず人口密度が高いが、皆大通りの右側を歩いているので、私もそれに倣って
歩いた。
そして私は悩んでいた。
「大通りの宿って、値段高そう。でも、シャワーはやっぱり浴びたいし……」
「ここは首都だぞ。少し位格安でも、シャワーくらい付いてるだろう」
アデルの意見を聞いて、確かにそうかもと思った私は、大通りから横道に入ることに
した。
暫く歩くと、数歩先に猫さんが見えた。結構大きな、白と黒と灰色。あーゆー模様を
なんて言うんだっけ? 確か……鯖じゃなく……サバ白だ。
「猫さん。こんにちは」
私が声を掛けると、猫さんはこちらを見てから振り返り、近くの小道へ歩いて行く。
「あ、猫さん待って~」
私は猫さんを追って小道へ走ると、アデルが文句を言った。
「おいおい、何処に行く気だ? 腹が減ったと言ったろ」
「猫さんが助けを呼んでるの!」
「『声でも聞いた』のか?」
「聞いてないけど。聞こえたの!」
アデルは私の手から飛び上がり、更に抗議してきた。
「なんだそりゃ!? いいから引き返せ! 飯を食わせろ!」
私は無視して小道を進む。
小道は横幅一メートルちょっとしかないような、本当に小さな道だ。でもなぜだろう。
こういう展開って何かが始まりそうなドキドキ感があるよね。
暫く猫さんを追いかけていると、目の前に高さ三メートル程の壁が現れた。どうやら
ここで行き止まりらしい。しかし、猫さんはヘッチャラだと言わんばかりに、壁ジャ
ンプで、あっさり上ってしまった。
「猫さん。待って~」
猫さんは一度こちらを見たが、そのまま壁の向こう側へ行ってしまった。しかし甘い
ぞ猫さん。私もこのくらいの高さの壁なら、お茶の子さいさいなのだ。ところで、お茶
の子さいさいのさいさいって何?
私は壁を、ジャンプで飛び越えた。
私の履いている靴には、風の魔法石があしらわれていて、五メートルくらいの高さな
ら、飛び越えられるのである。ちなみにに空も飛べるが、方向が定まりづらく、危険だ
からやらない。
着地して前を見ると、猫さんが次の道を、左に曲がるのが見えた。
私は再び走り出し、猫さんを追いかけた。しかし小道を抜け、少し開けた道に出たこ
ろには、その姿を確認することが出来なくなっていた。
「猫さんどこ~」
猫さんが行ったであろう道を、辺りを見渡しながら歩いて見る。しかし猫さんの姿は見
当たらない。それどころか、今いる通りに来てからというもの、人の姿も余り見かけな
い。それに雰囲気もなんだか薄暗いというか、ジメっとしてるというか……。
そんな私に、羽根をパタパタさせながら追って来た、アデルが言う。
「だから言っただろう。早く宿探すぞ。なんだよ、この薄気味悪い通り」
確かにアデルの言う通りなのだが、その時、私の視界にある物が目に入ってしまった。
『ヨーグ魔道具店』と書いた看板である。
「魔道具屋さんだ。入っていい?」
呆れた声でアデルが言う。
「はぁ……。もう、好きにしてくれ……」
私とアデルは、魔道具屋さんに入ることにした。この魔道具屋さんが、一時間後には
半壊するとは、未だ知らずに……。