セッション5 雪の湯けむり温泉殺人事件。ドワーフの里で冒険者は見た!(2)
いきなり全部を投げられて途方に暮れる俺。
「はい、質問です」
そんな中、味方になってくれるのはむにむにさん。
片手を上げて、進行の取っ掛かりになる質問をしてくれる。
いい娘だ。大好きだ。愛してる。
いや、別にいやらしい意味ではなくて。
親愛の情があるという意味です。
「はい、むにむにさん」
エルフ師匠はむにむにさんをピシッと指差し答える。
投げっぱなしでも、そういう進行はしてくれるらしい。
「推理ものシナリオ、って事になると思うんですが。それで気をつける事って何ですか」
「いい質問だね。ドワさん、お願い」
得意顔で俺に振るエルフ師匠。
こいつはワシが育てた、と言わんばかりの表情だ。
いやまあ、確かにそれで間違いは無いんだけど。
素直に納得しろというのもなんか違うような気はする。
まあいいや。
まずは話を進めよう。
「推理ものだけじゃないんだけど。シナリオをやる上で一番気をつけないといけないのは、ゲームマスターの脳内当てクイズにならないようにする事だね」
何度も何度も、しつこいくらいに言っているけれど、TRPGという遊びをする上で、これ以上重要な事はない。
「プレイヤーキャラクターは、歴戦の冒険者や明晰な天才かもしれないけど、プレイヤーである俺達はただの普通の人間だ。頭が特別良いわけでも無いし、特殊な訓練を受けた訳でもない。ゲームマスターが説明した以上の事は、プレイヤーには分からないんだ。当たり前の事だけど、これが結構忘れてしまう」
「プレイヤーに与える情報の整理と把握。ってヤツっすね」
「それも当然あるけれど、問題はそこばかりじゃない。ちょっとお説教になっちゃうんだけど」
ラッシュ君にそう言って、ちらりと壁にかかった時計に視線を向ける。
「と、こういう風に時計や、誘導したいモノに視線を向けて、プレイヤーにそれとなく情報を伝えるという、古典的なゲームマスターのテクニックがある」
「おお」
「すごいですね」
俺の説明に、感嘆したような声があがる。
時計を見る事で、時間制限だとかを意識させるだとか。さり気なく置いた絵に目を向けて、その内容からヒントを与えるとか。
そういうテクニックが流行った事がある。
というか、誰しもそういうのに憧れて、多分今でもやっている人もいる事だろう。
俺も、昔はそれを多用した。
「ところがこれが何の役にも立たないんだ」
そう、敢えて言えばカスである。
テクニックを使用したセッションの6割7割は、結局情報が伝わらないか、全然見当違いの結果になったものだった。
「伝えたい情報があるなら、それはしっかり、セッションの進行に必要な情報だと名言して、はっきりとした情報で伝えないとダメ」
「そんなモンっすかね」
「セッション中は色々な事に気を使っているからね。それとなく、とかだと伝わらないんだ。そりゃあもう、ガッツリと」
「進研ゼミでやった所だ! みたいな感じっすか」
「むしろそれが推奨。それくらいの方が達成感があるくらいだよ」
ふむむ、と頷くラッシュ君。
分かりやすい例がありがたい。
「じゃあ、リプレイ本とかTRPG動画でよくあるのは?」
「うーん。あの人達はプロだからってのもあるし、そういうのは読み物として楽しめるかどうかも重要だからね」
本来のプレイスタイルと異なるリプレイはけしからん、みたいな老害ムーブをするつもりは無いけれど。
単独の出版物や動画と、実際のプレイの面白さは同じものじゃない。
読み物として面白い事も必要とするリプレイでは、実際のセッションでは滅多に出来ないスーパープレイや、特別に面白おかしい掛け合いを強調して描かれるからだ。
「とは言え、そんな凄いプレイが絶対に出来ないというわけでもない」
「詳しくお願いするっす」
「みんなお馴染みのやつだよ。エルフ師匠が前日に送ってくるメールには、色々な事前の情報や、『こんな風に動いてくれ』って内容が書いてあるでしょ? ハンドアウトとか、今回予告っていうヤツだね」
そしてそう、お話のように活躍するためにはどうすれば良いのかを考えた人達が出した結論。
それがハンドアウトだ。
リアルタイムのアドリブで対応出来ないなら、先にムーブを決めておけばいいじゃない。というヤツ。
プレイに先んじて、ゲームマスターとプレイヤー、セッションでどんな事をするのか、どんな事をして欲しいのかを相談する。
それだけで、驚く程に上手くプレイヤーは動いてくれる。
そう、ゲームマスターは無言の技術で格好良くプレイヤーを動かす神ではない。
やって欲しい事をぶっちゃけて、それでギミックを楽しんでもらう。
その『ぶっちゃけ力』こそが、ゲームマスターには重要なのだ。
「極端な話。推理ものなら、全員のハンドアウトを公開すれば事件の全容がわかってしまう。そんなシナリオでもいいんだよ」
「それだと、すぐに解決しちゃいませんか?」
「そこは、それぞれに事情をつけてやればいい。プレイヤーAは実はプレイヤーBと敵対関係にある。とか」
「シノビガミみたいっすね」
「そうそう。あれも今度やりたいね」
俺が一番TRPGをやっていた頃は、そういうプレイスタイルは邪道だとかパーティゲームだとか言われていた。
しかし今、それを楽しむシステムも沢山あって、TRPGという遊びの幅は想像もつかない程に広がっている。
このメンバーではF3だけしかやっていないけれど、キャンペーンが落ち着いたら別のシステムで遊ぶのもいいだろう。
その時には……。
「ん~? なによ?」
ご満悦顔のおけさんに視線を飛ばす。
その時には、俺やエルフ師匠ばかりでなくて、おけさんにもゲームマスターをやってもらう事にしよう。
きっとその頃には、ラッシュ君もむにむにさんもゲームマスターをやれるようになっていて、皆でリレー形式でセッションをするというのも面白い。
ゲームマスターというものは、プレイヤー以上に性格が出るから、きっと楽しくなるだろう。
「楽しみですね」
「ん、まあね」
わかってるんだか分かっていないんだか、おけさんは相槌を打つ。
半分寝ぼけたみたいな瞳には、理解の色が浮かんでいた……と、思う。多分。
まあ、後でちゃんと相談しよう。
「総括すると、情報は分かりやすく。丁寧に。持っているものは全部プレイヤーに伝える。情報が揃ったら必ず事件の全容が分かるようにする。そんな所かな」
「後、重要情報を出す時にはロールをさせない」
俺の言葉をエルフ師匠が補足する。
そう、最後のこれが重要なのだ。
ゲームマスターがついついやってしまう、『成功する事を前提とした判定を振らせる』。
これで10割事故が起きる。
成功する事が前提なのに、パーティ全員失敗。あまつさえファンブル。証拠が消滅迷宮入り。
仕方ないので、お助けNPCが判定に成功したという事にするとか、無理のある対処をする事になる。
これをやると本当にダメだ。
プレイヤーのやる気が目に見えて下がる。
「俺らのいる意味無いじゃん」
という無言のプレッシャーにいたたまれなくなる。
冒険の主体はプレイヤーになければならないのだ。
「終わった後は反省会禁止。絶対禁止。これだけは絶対」
噛んで含めるようにエルフ師匠は言う。
反省会。
そうだ、この言葉を聞くだけで、俺の世代は嫌な気分が湧き上がってくる。
「反省会、ってなんですか?」
「昔、やっていた所が結構あってね。セッションの終わった後に、プレイのここが良かったここが悪かったって、ゲームマスターが指摘するやつが」
「マスターが槍玉に上げられる時もあったわねぇ」
しみじみと、おけさんも同意する。
「それが何なダメなんすか? 感想会みたいなもんじゃないんすか?」
「感想会ならいいんだけどさ。結局パワハラ会議みたいになるんだよね。人のアラ探すのは簡単だから」
「ろくに情報が開示されないクソシナリオの裏設定を、さも凄い事のように公開して、いちいちプレイヤーのダメな所を指摘したり。まあなんか、そうやって空気を悪くする文化があったのよ」
「ロクなもんじゃないからやめよう」
どんよりとした俺達のオーラを見て取ったのか、むにむにさんもラッシュ君も、気圧されたように同意する。
昔、俺が大学生くらいの頃。
より優れたプレイスタイルだとか、より優れた技術だとか。より優れたシナリオ理論だとか。
そういうのが流行った時期がある。
大層重苦しい時代でした。
反省会というパワハラ会議を毎回やられて、サークルに足を運ぶのが億劫になった事もありました。
あんな時代をまた繰り返してはいけないと思っている。
苦しい思いをする必要なんてどこにも無い。
それを、他人に強要されるとなったら尚更だ。
「TRPGは楽しんだ人が勝者。どのルールブックにもそう書かれている。それを忘れちゃだめ」
エルフ師匠の言葉が、何より一番重要な事なのである。
「皆が楽しくなるために、思いやりとマナーを持つ事。まあ、お説教になっちゃったけど、そういう事だね」
「了解っす」
「面白い方がいいですもんね!」
素直に頷くラッシュ君とむにむにさん。
理解してくれて本当に助かります。
「そういう訳で、多少のトチりは見て見ぬ振りをしてください」
「それは出来ない相談だなぁ」
ニマニマ笑うエルフ師匠。
皆で楽しくやればいいというのはそれとして、シナリオをぶっ壊したり乗っ取ったりするのをやめる気は無いらしい。
「御手柔らかにお願いします」
「考えとく」
そういう事をするのも、俺を信頼しているからと信じておこう。
実際、ゲームマスターに慣れていない人にはやらないし。
「それじゃあ、次は実際にシナリオを作っていこうか」