セッション3-1 神殿のゴルゴーン
「で、君たちは崩れかけた神殿の前にいる」
いつも通りのエルフ師匠の導入だった。
今回のシナリオは、モンスター【ゴルゴーン】がいる廃墟となった神殿の探索。
【ゴルゴーン】は所謂メデューサで、蛇の髪を持つ、石化光線を放つモンスター。
依頼とその経緯は、昨日送られてきたハンドアウトに書いてある。
ついでに、個別の目的も書いてあった。
多分、他の3人にも個別の目的が設定されているはずだ。
本来のシナリオでは無理に【ゴルゴーン】を倒す必要は無い。
ただ、ゴルンの目的を達成するには、【ゴルゴーン】の討伐が必須らしい。
ついでに言うと、そのゴルンの目的というヤツも、何か俺が考えないとダメらしい。
さて、どうするかね。
「【ゴルゴーン】って強いんですよね?」
むにむにさんが聞いてきた。
「やっぱ、神話系モンスターと言うと、やたら強力なイメージがあるっすね」
ソシャゲのあれみたいな、目からビームを出す美人みたいな感じですかねと。ラッシュ君は笑って言った。
残念ながら、F3の【ゴルゴーン】は美人じゃない。
ビームは出す。
レベルは5。神話系モンスターとしては低めだが、今の俺達にとってはかなりの強敵だ。
石化光線は、いくつかの防御手段があるものの、まともに食らえば問答無用で石化する。
通常の攻撃に加え、隣接したキャラクター全員に、髪の毛の蛇が攻撃してくる。
本体はレベル相当の能力値に加えて、【黒魔法】と【錬金術】を使ってくる。
なお、伝説のメデューサやその姉妹にあたる上級モンスターも存在する。
そっちはドラゴンと互角以上の能力値を誇り、頭の蛇の一匹一匹が石化光線を放ってくる。
本体の石化光線は常時発動で、通常の鏡では反射不可能と来ている。
それこそ、神話級のマジックアイテムで全身を固めて奇襲でもしないと勝ち目が無い。
「こいつを倒せたら、英雄一年生。そんな感じかな」
しれっと、倒す事を前提に話をしてみたりする。
ハンドアウトで渡された抗石化薬を予め呑んでおけば、効果時間内は石化光線に耐えられる。
また、石化光線は鏡に反射する。ハンドアウトの手鏡は、それを使って上手くやれ、と言う意味だろう。
上手く使うためのギミックや道筋も、エルフ師匠の事だから準備はしているだろう。
「じゃあ、討伐狙うのもいいっすね」
「無理をする事も無いんじゃないですか?」
やる気満々のラッシュ君に、珍しく戦闘に消極的なむにむにさん。
さてこれは、個別ハンドアウトが原因か。
それとも別に何があるのか。
まあ、今の時点で考えてもしょうがない。
「シュトレゼンはどう?」
「…………」
おけさんに水を向けると、【黒魔法】のデータブックを開いてにやりと笑う。
やる気満々であった。
「と言う事で入り口。奥から悲鳴が聞こえてくる」
「先客ですかね?」
「悲鳴を上げながら、神殿の中から走って逃げてくる男。冒険者風。何かにすがろうと手を伸ばした瞬間、背後から石化ビーム。男は石像と化した」
「チュートリアルですか。それなら盾を構えます。ラッシュは盾に手鏡をくくりつけています」
「同じくゴルンも鏡を付けたラージシールドを構える」
前衛二人が盾を構え、後衛はその影に隠れるように隊列を組む。
【鏡を構える】を宣言した状態で石化光線を受けた場合、【盾防御】ロールに成功すれば石化光線を反射出来る。
【ゴルゴーン】自身も防護手段無しに石化光線を受けると石化してしまうため、通常は迂闊に光線を放ってくる事は無い。
「石化光線は飛んでこない。【種族特徴】のあるララーナは、巨大な蛇のようなものが建物の奥へと這い戻る音が聞こえた」
「このまま盾を構えて前進します」
「ラッシュは【全身防御】【ファランクス】を常時発動しています」
【全身防御】は盾に完全に隠れる特殊行動だ。
これを宣言することで、【完全に身体を覆う遮蔽】として盾を運用出来る。
同時に、【回避】や通常武器による【攻撃】も出来ない。
「それでショーテル装備って訳か」
「今のラッシュはバージョン3っすからね」
ショーテルは、【盾越しの攻撃】が出来る武器の一つだ。
【盾越しの攻撃】は、盾を構える事で発生する遮蔽を無効化する事が出来る。
通常は【盾使い】スキル対策として使用されるが、逆に自分自身が構えた盾越しに攻撃する事も出来る、と解釈されている。
そのため、【全身防御】状態で身を守りながら、【盾越しの攻撃】で敵に攻撃する。なんて芸当が出来る訳だ。
「レベルアップもしていますしね。ララーナはまだレベル2です」
「エルフドワーフはレベルアップ遅いからねぇ」
前回のセッションでレベルアップしたのはラッシュとシュトレゼンの二人。
ゴルンはちょっと、ララーナは大分、レベルアップには経験値が足りなかった。
「戦闘では頼りにして下さい。って事で前進」
ラッシュ君はそう言ってパーティを先導する。
実力に伴って、プレイヤー1ムーブも堂に入ってくる。いい傾向である。
「じゃ、神殿はこんな感じ。だだっ広い空間に石の柱が沢山立っている。奥側は階段ピラミッド? みたいな感じに高くなっている」
「上には玉座とかある感じのヤツですね」
「そんな感じ。神殿内は暗くて奥の様子までは見えない」
言いながら、エルフ師匠はフロアタイルを置いていく。
だだっ広い神殿を林立する柱が格子状に区切っていく感じ。
「パターンだったら【ゴルゴーン】は一番高いところで陣取っている感じだな」
「それっぽそうっすね。では、盾を構えながらゆっくり前進」
「ララーナは周囲に警戒します」
このまま真っ直ぐ行って、【ゴルゴーン】と戦闘。なんて事にはならないだろうけれども。
さて、どんなギミックが待っているのか。
「じゃ、ララーナは【野伏】か【種族特徴】、ゴルンは【鉱夫】で」
「成功」
「成功しました」
俺達の回答に、エルフ師匠は入り口のあたりに、コインをぽんと置く。
「入り口のすぐ上に鏡が置いてあるのに気付く」
「【回避】!」
すぐに叫ぶ俺。
こう言う時、反射神経がものを言う。
T&Tのルールブックにも書いてある。ぐずぐずしていると、ゲームマスターは『間に合わなかったね』と、死亡宣告をしてくるものなのだ。
「散開! 鏡の射線上から退避!」
「あ、はい」
「了解」
「…………」
すぐさまメタルフィギュアを左右に分ける俺。
エルフ師匠は、わかるように小さく舌打ちをする。
「君たちが左右に別れた瞬間、入り口の上に置かれた鏡からビームが放たれて、君たちがさっきまでいた場所に照射される」
「……あぶねえ……」
ぼそりと呟くラッシュ君。
「ロール失敗してたらどうなったんでしょうか……」
冷や汗をかくむにむにさん。
「たまたま足元にいたネズミがビームに当たって石化する。そのままビームは通路縦一列を舐めてから消えた」
「つまり、通路のこの部分を通るとビームが飛んでくるって事ですね」
「あたり」
鏡はマジックアイテム【遠見の鏡】だ。
魔力を発動させると、対になる鏡の光景を映す鏡というアイテムで、一部の魔法はこれを通して使う事が出来る。
【ゴルゴーン】の石化光線でそれが出来るかどうか、確か明言はされていないが、ゲームマスターが出来ると言っているならば、ここでは出来ると判定される。
「隣の通路を通っていきますか」
「上下左右を確認して、鏡が向いていない通路を探して通らないと」
なるほどそういう手で来たか。
「まるで迷路みたいですね」
「石化光線の壁で出来たダンジョンだね、これ」
よくできましたと、エルフ師匠は笑みを浮かべていた。