セッション2-9 ランチタイム
「さーて。どうしてくれようか」
キッチンを前にして腕を組んで呟いた。
「どうしましょうか」
横に立つむにむにさんと顔を合わせる。
時間は昼過ぎ。
軽く食事どころか、本格的に昼食をとりたいところ。
とは言え時間も手間もかけたくない。
「簡単に大量に作れるやつだね」
「となると、鍋ですかね」
むにむにさんはエプロンつけて、腕まくりをして手を洗う。
一連の動作も手慣れた感じ。
微笑む顔が『私出来ますよ』と言っている。
彼女に貸した俺のエプロンは、中学生の彼女には大きすぎるけれども。
そのブカブカさがまた可愛らしい。
「じゃあ、とりあえず。キャベツを適当に切っておいて」
とか言いつつ俺はジャガイモの皮をピーラーで剥く。
「ポトフですか?」
「スープはそんな感じかな。ちゃんとは作らないけど」
ざっくり切った野菜とソーセージをコンソメスープでグラグラ煮る。
野菜がクタクタになってきたあたりで、固形のクリームスープの素を入れていく。
「味は濃い目でっと」
スプーンで味見をしながら一つ二つと固形スープを入れていく。
「手慣れてますね。すごいです」
「独身生活長いだけだよ」
料理は手際と言うけれど、もたついたって構わない。
口に入った時点で美味しければそれで良い。こだわりとかは無い。
その境地に至るほどに、俺の独身生活は長い。
もはや独身生活のプロである。
「じゃあ、むにむにさんはパスタ茹でててねー」
という事で、昼食はスープパスタにしてしまう。
量が多くて簡単で美味しい。しかも安価。いい事尽くしだ。
パスタを食わせる男子はスカしていると言われるけれど、実際はそんな小洒落たものではない。
パスタは独身男の最後の砦だ。
「はい……あの」
何か言いたげな顔で俺を見上げるむにむにさん。
「ん? 何?」
「えと……二人っきりなので。名前で呼んで欲しいかなって」
……おおう……。
そういう乙女ムーブはおじさんには眩しすぎるって。
薄いリップを塗った唇が、妙に艶かしく見えてしまう。
「……う。ああ……」
返事だかなんだか分からないうめき声で答える俺。
それからこほんと咳払い。
じっと二人は見つめ合い。
「「「…………」」」
キッチンの外でこちらを見つめる視線に気付いた。
「アタシ達はにはお構いなく。ほら続けて」
「見て無いから。大丈夫」
「リア充爆発して下さい」
この野郎。
「止めて下さいよ。趣味が悪い」
まあちょっと、助かったと思う部分も結構ある。
「ちょっとお腹が……」
「はいはい。エルフさんはお菓子食べてましょうね」
「彼女欲しいっすねぇ」
ああもうグダグダだよ。
むにむにさんも、顔を赤くして離れてしまう。
「パスタ茹だるまで5、6分なんで。ちょっと待ってて下さい」
「おかあさんみたい」
「手慣れてるよね。アタシんとこに嫁に来ない?」
「私が先約です」
「やっぱり料理が出来る男はモテるのか?」
いや、むしろモテないぞラッシュ君。
プロフィールの趣味欄に、『料理』を書くのは絶対ダメだと婚活サイトの人が言っていた。
『料理の腕を比べられそうでイヤ』
まあ、そうだ。
実際、旦那より料理下手な嫁ってどうなのよ。と思わない事もない。
とは言え、俺より料理が上手いとなると、調理師だけとかになりかねないから、贅沢を言う気は無いんだけどさ。
「ほい、第一陣。まだまだ茹でるから、好きなだけ食ってね」
「まってました」
「おー、なかなか美味しそうね」
「自分も料理始めるかなぁ」
リビングにスープの良い匂いが満ちていく。
お腹の下が暖かくなる匂い。
おかあさんの匂いってこんな感じなのかもしれない。
「冒険者が食べているのもこんな感じの食事なんすかね」
「香辛料は高価」
「なんか質素だったみたいね。ジャガイモも無いし」
「いや、トールキン先生が出しているからファンタジー的にはジャガイモはありでしょう」
トマトも出して大丈夫だと思う。
まあ、俺たちの地球とは違う世界の話だし。
「夢の無いリアル風よりは、夢のあるリアリティを選ぶのがTRPGだから」
名言っぽい事を言うエルフ師匠。
既にもぐもぐとパスタを食べている。
「あー、ワインが欲しくなるわー」
「ワインもファンタジー定番。香辛料を浸して飲む」
「当時、香辛料は高価だったのでは……?」
ラッシュ君のツッコミ。
あまり細かい事を言ってはいけない。
リアルも設定の整合性が乱れる事がちょくちょくある。
「……さーて。どうしたもんか」
沸騰している寸胴鍋を前にして、俺は再び腕を組む。
「手伝える事ありますか?」
むにむにさんが聞いてくる。
「ああいや、大丈夫。むにむにさんも先に食べてて」
考えなければいけないのは、お昼の料理の事では無い。
すっかり様相の変わってしまったシナリオの行方だ。
気付けば、今回のラスボス予定の聖都軍駐留軍部隊長が、エレンデル姫に横恋慕する騎士団副団長に変わっていた。
このままシナリオを進めて良いものか。
「……うーん。難しいなぁ」
聖都軍駐留所に先回りして後は流れで。と言うのも出来るは出来る。
ただまあ。そうすると、駐留軍の部隊長が別に存在する事になる。
ぶっちゃけ面倒くさい。
きっとどこかで破綻する。
そんな予感がひしひしとする。
「……えっと。何か、手伝える事、ありますか?」
もう一度、むにむにさんが言った。
「ああいや……。ん、そうか。そうだな……」
気にしないで食っていてくれと、そう答えようとして気付く。
むにむにさんの言う『手伝える事』は料理じゃない。
「次の展開としてなんだけど。駐留所に食料貯蔵のサイロがあるんだ。小麦粉がいっぱい貯蔵してるやつ」
声を潜めて耳打ちをする。
ふんふんと、むにむにさんも頷き答える。
「で、対応出来ない数の敵に襲われて、そこに隠れて」
「粉塵爆発ですね」
「そうそう。本当は聖都軍駐留軍が敵に回るはずだったんだけど、そうも行かなくなってね。さっきの副団長が攻め込んできて。という流れにしたい」
「いいんじゃないですか?」
何かダメですか? とむにむにさん。
その通り行ってくれるなら楽なんだけど。
「それで、上手くサイロに追い詰められるように誘導したいんだよね」
それがまた、上手く行かない。
『後は流れで』でやると、大体横道に逸れてしまうものだ。
「難しいですね……。ララーナで何か出来る事があったらやりますけど」
「じゃあ、【属性魔法】を温存しておいて。【突風】と【ファイアボルト】で粉塵爆発発生させる感じで」
【突風】は、強力な風の力で目標物一体を移動させる【属性魔法】だ。
前衛の敵を後衛に押し込んだり、敵を崖や落とし穴に押し込んだり、そんな使い方をする。
小麦粉の満載されたサイロの中で発動させれば、いい感じに小麦粉が舞う。と言うのはF3をプレイする上でのお約束。
この魔法で、何度粉塵爆発が発生したかは分からない。
「分かりました。サイロへの誘導は?」
「そっちは大丈夫。闇の勢力の大軍に囲まれて、サイロ近くの隠し通路に逃げ込んで。みたいな流れにする予定」
ぼそぼそと、むにむにさんの耳元に予定を囁く。
リビングでは、エルフ師匠達が大騒ぎしながらパスタを啜っている。
よし、聞こえていないな。
「分かりました……でも、あの」
「どうしたの?」
「耳がくすぐった……じゃなくて、先の展開をプレイヤーに話していいんですか?」
赤い顔をするむにむにさん。
ちょっと顔が近すぎた。
「大丈夫。内緒の指示はTRPGの華みたいなモンだよ。これからもあると思うから、協力お願いね」
ゲームマスターからの個別呼び出しとか、テーブルの下でメモを渡すとか。
ハンドアウトもその一つ。
プレイヤーに情報を渡す事で。そしてその情報を偏らせる事で、ゲームの幅を広げるのもゲームマスターの醍醐味だ。
何よりこの、悪巧みをしている感じがたまらない。
「はい。それじゃ上手く行くように頑張りますね」
悪戯を計画する子供の表情が、むにむにさんの顔にも浮かぶ。
多分俺も、同じ顔をしているだろう。
さてこの悪戯が上手く行きますか。
メシを食ったら試すとしましょう。