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セッション2-7 空に続く道

「空が明るくなってからしばらくして。高台への道に下手くそな鼻歌が流れてくる」

「やっと来ましたね」

「戦闘準備」

「静かに。静かにー」


 一番騒いでいたラッシュ君がそんな声を上げて、皆が苦笑する。


「すぐにウルザが姿を現す。足音や素振りに警戒している様子は無い」

「人数はどうっすか?」

「一人だね。後ろにロバを連れている」

「何のロバ? 生贄?」


 邪教の儀式でも始める気か。


「荷物持ち用のロバです」

「ありがたく使わせていただきましょう」

「いい人だった」


 両手を合わせるエルフ師匠。

 当然のように奪う気だ。

 客観的に見て、冒険者と山賊の違いが分からない。


「すでに過去形」

「すぐに過去形になる」

「現在進行過去形」


 新しい英語文法を作らないで下さい。


「ウルザは狼煙台の前まで行くと、ロバに背負わせた焚き木をぽいぽいと投げ込み始める。ある程度積み上がった所で懐に手を入れて……」

「射ちます。後ろから」

「命中。背中に矢が刺さって、ウルザは慌てて振り返る」


 まあ、判定はいらんだろう。


「そこに目の前にラッシュがいると」

「処す?」

「処しましょうか?」

「処しましょう」

「という事でずんばらりんと」


 エルフ師匠の指示の元、ラッシュ君の無慈悲な一撃がウルザを襲う。

 哀れ、非戦闘NPCは判定なしに即死した。


「よし、懐を漁ろう」

「ロバ確保」

「流れるような略奪の図ですね」


 むにむにさんの言う通りだ。

 冒険者と山賊の違いなんかありゃしない。


「ウルザの懐には、赤い色付きの粉が入った袋が一つと、半分にした割符があるね。他には財布とか火口とか、生活必需品関係くらい」

「袋の粉を狼煙に入れると煙が赤くなるとかそういう奴っすね」

「ここは普通に帰るのを装う」

「生活必需品を買って帰るだけと思わせておきましょう」

「受け取りに出てくるならば返り討ち。出てこないなら、そのまま聖都軍に合流して通報っすね」


 結局、エレンデル領の未来は聖都の良識に任せる事になったらしい。

 まあ、悪いようにはしないよ。

 多分。


「それじゃあ、狼煙を上げてっと」

「荷物をまとめて出発」

「ちょっと今、いい事思いつきました」


 むにむにさんが手を上げる。


「誰かウルザに変装して先行しましょう」

「山賊がノコノコ出てきた所を襲撃する感じだな。ラッシュも賛成します」

「それで誰が変装するの?」


 俺の質問に、ラッシュ君とむにむにさんが、あっと声を出して黙る。


「ちなみにウルザの外見は、どんな感じですか?」

「髭面の太った中年。種族は人間だね」

「身代わりは前衛でないと危険」

「となると、ラッシュしかいないな」

「ゴルンにこう、シークレットブーツ的なものを履かせて」


 エルフ師匠も無茶を言う。


「流石に身長が……というか、シークレットブーツはあるんですか? エルフ師匠」

「無いけど」 

「無いなら言わないで下さい」


 時々、というかかなり頻繁に、エルフ師匠は不思議ちゃんみたいな事を言う。


「じゃあ、ラッシュが変装する感じでいいかな?」

「…………」


 はい、と手を上げるおけさん。

 示したページは【黒魔法】。

 【黒魔法】は闇のエレメントの力を使う魔法だ。

 闇や影を作り出したり呪いをかける他、モンスターの召喚や精神に関わる魔法も範囲に入る。


 洗脳とか催眠とかの【幻覚魔法】が【黒魔法】で、幻の実像を作る【幻影魔法】が【白魔法】に含まれる。

 同じようでだいぶ違う。


 【幻覚魔法】は単体対象。

 【幻影魔法】は全体対象。

 でみんな区別している。


「【幻覚魔法】ですか? それなら対象が……」


 おけさんは【黒魔法】の特に【幻覚魔法】を好んで使っていた。

 だから、それを使うものと思っていたが……。


「【歩く死体(ウォーキング・デッド)】っすか……」


 【黒魔法】1レベル魔法【歩く死体(ウォーキング・デッド)】。

 死体1体を任意の方向に歩いて移動させる魔法だ。

 出来る行動は移動のみ。

 戦闘はもちろん、簡単な作業も出来ない。

 精々荷物を背負わせたり、囮に使ったりするくらいにしか使えない。


 囮かぁ……。


「こいつでウルザを歩かせると」


 こくこくと、おけさんは頷く。

 【黒魔法】は正当なプレイヤー使用魔法なんだけど、使わないプレイヤーも多い。

 ネクロマンシー等、あまり正義の味方っぽくない魔法が揃っているというのが一番だけれども、もう一つ。

 【黒魔法】には【代償】というシステムがあるのが、さらに使用者を減らしている。


 【代償】は【白魔法】の奉仕や祈りと同じようなものだ。

 ただし、【白魔法】はプレイヤー行動を制限するだけに留まるのに対して、【代償】はもっと直接的なペナルティを与える。

 多くは術者の【耐久力】にダメージが入る程度の【代償】。

 ただ、中には珍しい【代償】もある。

 0レベル魔法【盲目】なんかは、敵一体を【盲目】状態にする状態異常魔法だが、効果修了後【代償】として使い手も同ラウンド間【盲目】状態になる。


 【歩く死体(ウォーキング・デッド)】の【代償】は、『使用中、術者は自力移動ができなくなる』というものだ。

 面倒くさい部類の【代償】には入るけれど、他の人に運んでもらうとか、対応する手段はいくらでもある。


「その間の移動はどうする?」

「お姫様のためにも馬車買いましょう、馬車」

「いいですねー。これからも使えそうですし」


 馬車は初心者冒険者の憧れだ。

 パーティには1台欲しい贅沢品。

 実際、それで仕事の幅が広がるとか、システム的にそれほど得にはならないのだけれども、馬車を購入した時には、一人前になった気持になれる。


 ただし、その分高いのがネックだ。


「馬車買うのはいいけれど。そんな金あるの?」

「こんな所にお財布が」


 エルフ師匠が言う。

 ああ、ウルザの財布か。

 いや、小銭くらいしか入っていないは……ず……あれ?


「ウルザに渡した案内の報酬か」


 忘れてた。

 そう言えば、そんなものもあったっけ。


「金貨をじゃらじゃらとばらまいたよね」

「それがあったっすね」

「購入資金は十分ですね!」


 うーむ、すっかり忘れていた。

 というか、エルフ師匠も今思いついたはず。


「エレンデル姫的には……というか、今後のゲームマスター的にはいいんですか、エルフ師匠?」

「一頭立ての馬車くらいなら許容範囲」


 まる、と両手で輪っかを作るエルフ師匠。

 エルフ師匠的には、何か有利なアイテムがある事はそう問題では無いのだろう。

 むしろ「ある」事で、プレイヤーの行動を制御出来ると考えてすらいるだろう。


 まあ最悪、セッション中の流れファイアボールか何かで燃やしてもいいか。


「じゃあ、村に戻れば一頭立ての馬車が手に入る。御者含めて3人乗りで荷物も置けるやつ」

「5人乗りとか無いっすかね?」

「そういう豪華なのは田舎の村にはありません」

「仕方なかー。それじゃ、こんな感じでいいっすね」


 そう言うと、ラッシュ君がキャラクターシートの空きスペースに馬車の絵を描き始める。

 中々上手い絵だ。

 というか、普通に上手い。

 かなり描きなれている感じ。そう言えば、キャラクターシートのキャラクターイメージにも、はみ出るくらいに気合の入れたラッシュのイラストが追加されていた。


「座席には姫様とシュトレゼンでいいですよね。御者はどうします?」

「『御者はわたくしが。一人分は皆様が交代でお休み下さい』とエレンデル姫」

「さっすが姫様」


 そんな事を言いながら、ラッシュ君は馬車に姫様らしい人物を書き加える。

 棒人間に冠をつけただけだけのシルエット。それが段々と人間らしい姿に変わる。


「NPCだったらもっとワガママ言うんだけどなぁ」

「今回はプレイヤーキャラクターだから」


 いいんじゃないの。と、エルフ師匠は軽く言う。

 まあ、移動だとかの、割合どうでもいい所でプレイヤーにストレスを与えても仕方ないか。


「交代で休憩出来ますね」

「不寝番も考えないと」

「ああ、そうですね。夜の間は交代で起きていないと」

「通りすがりのワンダリングモンスターがシナリオの実質ボス。という事もしばしばある」


 赤箱D&Dの時代から、ワンダリングモンスター表のネタ枠でドラゴンを入れてみた所、不運か幸運か、その目を出してパーティ全滅。

 そんな話はよく聞いた。


 正直、D20の表にドラゴンを入れるのはどうかと思うと言うか、実際それは『見なかったことにする』案件だと思うけど、実際出たら大爆笑だろうなぁ……。

 そんなゲームマスターの一抹の憧れがワンダリングモンスターだ。


「ちゃんと見張って対応しないとドラゴンが来る」

「屋外怖いなー」

「やっぱり不寝番は3交代とかですか?」

「馬車で休めるなら、前半後半に分けるのもあり。前半夜番は馬車で昼から寝て、後半夜番は朝から馬車で寝る感じ」

「そっちの方がいいですかね」

「長く寝られるしいいかもしれないっすね」


 楽しそうに相談する。

 ラッシュ君の馬車には、1人また1人とメンバーが書き加えられて。

 荷物だとか小物だとか、それにパーティのエンブレムを飾ろうだとか。

 馬車の外見はみるみる内に出来上がる。

 いい感じのイラストになった。

 新人冒険者始めてのお使い。そんな感じの1枚だ。

 まあこれは、2シナリオ目だけどね。


 馬車の外見も不寝番の順番も、実プレイ上では大した意味は無いだろう。

 ただ、そういう細かいシチュエーションを詰めるのもTRPGの醍醐味だと思う。

 キャラクターイメージも大抵いつも空欄だけど、時々好きなキャラクターの切り貼りとかをしたりもする。

 それだけで、空想が一気に広がっていく。


「それじゃあ、馬車は姫様が御者。馬車の中はシュトレゼンと夜番。夜番はララーナとラッシュの二交替。【歩く死体(ウォーキング・デッド)】のウルザの後ろが見える位置で距離を離してついていく」

「行きましょう」

「山賊出たらやっと戦闘だ。ラッシュの新ワザが火を吹くぜー」

「…………」


「地平線の先まで真っ直ぐ続く道の果てに、青くそびえる山々が見える。その山の向こう側、ぐるりと迂回したその先に、目標の聖都軍駐留所が待っている……」


「山は迂回するんですね」

「トンネルを掘って近道にしたい」

「元罪人の僧侶が、懺悔のためにトンネルを掘り抜いたという伝説が」


 『恩讐の彼方』にですか。

 最近の若い人は知らないネタですよ、エルフ師匠。


「その道行きに一体何が待つのか。山賊は現れるのか。それはまだ分からない。不安半分期待半分の足取りで、君達は日の当たる森の道をゆっくりゆっくり進んでいく」


 情景描写の後に一息ついて。

 それからおもむろにダイスを転がす。


「という事で、ワンダリングモンスターチェックー」


 さて、一体何が出るだろう。


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