セッション2-6 星空の高台
さて、同行する場合の台詞はっと……。
「『それじゃあ、出発は明日だぜ。出る準備はそれまでにしておくんだな』と言ってウルザは立ち去るね」
「ウルザに渡す報酬は?」
エルフ師匠が聞いてきた。
まあそうか。
ただ、この調子でウルザに与える報酬の議論をしていては、いつまで経ってもシナリオは進まない。
ここはまだ、導入に過ぎないし、こういうのは軽く飛ばすに限る。
「そこは、姫様が出したという事で」
「札束で頬をビシッと一発かます感じっすね」
ラッシュ君、F3に紙幣は無いぞ。
「まあ、そんなイメージかな」
「革袋一杯の金貨で殴打ですね」
むにむにさんも乗ってくる。
「じゃらじゃらと金貨を地面にバラ撒いて。『拾いなさい』って」
エルフ師匠までノリノリだ。
もはやどっちが悪者か分からない。
「じゃあ。ウルザは憎しみに燃える目でこっちを見上げながら、金貨を拾って逃げるように立ち去るよ」
「よし、勝ったな」
「確実に敵に回しましたね」
「明日は絶対に殺しに来る」
「…………」
本当にそうだよ。
まあいい。元々そのつもりだ。
それじゃあ、次の誘導はっと。
「酒場の主人を呼びましょう」
誘導の先読みをするのは止めてくださいエルフ師匠。
「『へい。なんでごぜえましょうか』と店主がやってくる」
「『山賊はわたくし達が退治いたします。そこもとからは、知る限りの情報をいただきたい』」
「じゃあ、店主は次の情報を与えてくる。ウルザが狼煙を上げる場所の詳細。村と山賊との関わり。それに山賊が討伐されていない理由だ」
俺は手書きのマップに、ウルザが狼煙を上げる位置をチェックする。
山賊と村の関係は、前述の通り「持ちつ持たれつ」。
そして、どうしてこんな近くに聖都軍の駐留所があるのに山賊が討伐されていない理由だが……。
「そういえば、どうしてなんでしょうか?」
「国境越える事になるからじゃない?」
鋭いな、ラッシュ君。
「そのとおり。村がエレンデル領側、駐留所が聖都側の一番端で、その間は緩衝地帯だと思って欲しい。二つの領は友好関係にあるけれど、だからと言って勝手に緩衝地帯に軍は出せない」
そして、通行料さえ払えば、山賊は襲って来る事はあまりない。
そういう訳で、聖都軍も手をこまねいて見ているしか無いという訳だ。
と、言うことになっている。
実際は、司令官が山賊のボスなんだけど。流石にその事までは開示しない。
「今回は山賊退治シナリオですか?」
「無理に退治する必要は無いし」
「駐留所に到着した後、聖都軍に依頼すれば良いですね」
「ああいや、それはダメっすよ」
エルフ師匠とむにむにさんの言葉を、ラッシュ君が押し止める。
「それはエレンデルお姫様の領内に聖都軍の侵攻を許可したって事になる」
「ダメなんですか?」
「軍隊だからねー。山賊をどうにかする武力をエレンデル姫は持っていないと教える事になる。そうすると、『保護』の名目でこの村も、もっとずっと先までも侵略される可能性もあるよ」
うん。そこまで考えてない。
仲の良い国設定だから攻めてこないとか。それくらいだよ、作った設定。
「じゃあ、やっぱり私達で倒すしか無いですね」
「山賊の数次第だと思うんだけど……。買い出しの数から敵の数が予測出来ないかな?」
よし、良いこと言ったラッシュ君。
とりあえず、それに乗るとしよう。
「買い出しは一週間間隔で、5~6人分くらいだね」
5人はボスと一緒に出てくる雑魚山賊の数だ。
専属的な山賊はその程度で、後はボスの司令官。必要に応じて聖都軍の中から秘密を守れるのを呼び出す感じ。
「倍くらい見ていた方がいいですかね」
こういう所で輝くラッシュ君。
やっぱりウォーゲーム的な事がしたい子らしい。
実際、ボス一人で雑魚5人分以上の戦力はある訳で。
「山賊10人。倒せるかは微妙」
「各個撃破するしか無いっすね」
「やっぱり、山賊はゴブリンより強いんですか?」
「能力値的にはいろいろ。ただし、【知的行動】を取れる」
ゴブリンと同じように山賊にも種類がある。
その中でも、一番弱い山賊は、モンスターデータとしてはゴブリンとそれほど変わらない程度の強さだ。
【耐久力】が低い分、ゴブリンより弱いくらいだ。
ただしその分、【知的行動】がとれると設定されている。
つまりは、ゲームマスターの判断で有効と思える行動をとる事が出来る。
例えば前セッション。
シュトレゼンの投石をゴブリン達は毎回、行動数を使用して【回避】を行っていた。
攻撃も分散して攻撃していた。
【知的行動】がとれないからだ。
しかし、山賊等の【知的行動】がとれるモンスターは違う。
ゲームマスターの裁量次第では、ダメージの低い攻撃を敢えて受ける事も、誰かを集中攻撃する事も出来る。
実際のプレイでは、その差は非常に大きい。
能力値で優るはずのゴブリンを、山賊が一体づつ各個撃破して、無傷の勝利。
サンプル戦闘をしてみるとそんな結果になるだろう。
「厄介な相手という事ですね」
「じゃあやっぱ、各個撃破だ」
「もしくは、後の事は考えずに聖都軍に頼むとかかな」
あははー。と、冗談っぽく言ってみる。
本心は何も考えずに頼んでもらいたいんだけど。
「流石にそれは最終手段っすよね」
「でも、考えてみるとわたし達にエレンデル姫の領地を守る理由、無い」
「エルフさんのキャラじゃないですか」
「暫定キャラだし別に」
ドライだなぁ、エルフ師匠。
「まあ、山賊は多くて10人。狼煙の場所は分かった。後やる事は?」
「狼煙のある場所に先回り、ですね」
むにむにさんが手を上げて言う。
「狼煙、上げさせます?」
「上げないと山賊が警戒するよね」
「符丁とかあるかも」
悪いシティアドベンチャーは、提示された情報をああでもないこうでもないと言い合って、結局プレイヤーが行動出来ない。そんな事がよく起こる。
それを防ぐためには次々誘導を入れないといけない。
そろそろ次の誘導を、と思った時だ。
「…………」
おけさんが店主に金貨を積み上げて見せてやる。
察しの良いプレイヤーは本当に助かる。
「店長はわざとらしく思い出したような顔をして、それから話し始めるよ。『狼煙は二種類。ウルザ一人で戻る時は普通の狼煙。旅人が出発した時には赤い色の狼煙が上がる』」
なるほどと、三人が頷いた。
「『俺が知ってるのはこれまでだよ。金を払われても何も出ねえ』と店長は両手をすくめるよ」
これで情報は十分だと、店長の台詞でプレイヤーに伝える。
なお、これで伝わらなかったら、何もないとぶっちゃける予定です。
「じゃあ、先んじて現場に隠れておいて。ウルザが出てきたらぶち殺す方向っすね」
爽やかな顔で物騒な事を言うラッシュ君。
「狼煙の準備もさせたらいい」
エルフ師匠は実にドライだ。
「じゃあ、今の内に現地入りしましょう。早いに越した事はありません」
「早すぎると思うけどなぁ……。まあ、野営して隠れておくというなら、【野伏】でロールして」
「はい。……成功です」
「じゃあ、完璧に隠れる事が出来たね」
「それじゃあ。後はウルザが来るまで待っていればいいですね」
楽しみと、むにむにさんも嬉しそうにしている。
「じゃあ翌朝」
「早い早い」
「飛ばし過ぎっすよ」
「ちょっと、急ぎすぎじゃあ……」
「……雑……」
非難轟々である。
うーん、余計なプレイングは飛ばす方針なんだけど、プレイヤーは横道に逸れる方を望んでいるっぽい。
よし、柔軟な対応だ。
「……では、狼煙台のある森の高台だ。鬱蒼とした森の中、半径10メートル程の空き地がある。その中心には平たい石が正方形に組み上げられている」
「おお。それっぽい」
情景描写を重ねる。
皆の心の中の何もない空間に、霧が晴れるように森の中の高台が見えてくる。
それにつれて、皆の目も輝き出してきた。
「空は暗くもう星が瞬いている。森は深い闇に包まれて、遠くから不気味な鳥の鳴き声が響いてくる」
「中心の石組みが狼煙台ですね」
「空き地への通り道は一本だね。他は獣道も無い」
「道の反対側にキャンプしましょうか」
「それじゃ、来る時に丸見え」
「むしろ、道のすぐ横とかの方がいいんじゃないっすか?」
言葉を重ねる程に、世界が固まり回り出す。
心の中に現れた世界の中で、ああでもないこうでもないと話し合う。
それはゲームを進める上では不要な事だけど。
そこで一度留まって、付近を見つめても良いかもしれない。
回り道も楽しいものだ。
「じゃ、ここをキャンプ地とする」
エルフ師匠の宣言。
おーっ。と皆も声をあわせる。
「それじゃあ、みんなで焚き火を囲んで、遅めの夕食ですね」
「恋バナっすねこの流れは!」
「…………」
ぐっとおけさんも親指を立てる。
「『ふふ……わたくし、この星空は最期の時まで忘れませんわ』。とか星を見ながら」
「死亡フラグを立てていくスタイル」
「むしろこれは、短命設定ですよね」
「それいい。それで行こう」
今決めるんかい。
「小箱の魔族を従わせるにはエレンデル姫の命が必要なパターンっすね」
「聖都に行くとその儀式を受ける」
そうだったのか……。
完全にノリで決めているでしょう、エルフ師匠。
「『何シケた事を言ってるのよ! そんなの私たちに依頼すれば何度でも見せてあげるんだから! い、依頼としてよ! 冒険者の!』って、顔真っ赤にして指差して」
「『ええ。そうさせていだきますわ……』とか涙目で」
何かシナリオが始まってるぞ。
「うむ。やはり百合は尊い」
「ララーナ350歳だけどね」
「年の差百合も良い」
ラッシュ君はぶれないなぁ。
「『俺。冒険者として一山当てたら、故郷の幼馴染に告白するんだ……』」
「死亡フラグを重ねて行きますね。それじゃララーナも『定命の連中は急いで行き過ぎていけないわ。いつもアタシを置いてけぼりにしていくんだから』」
「『寂しいならワシが付き合ってやるわい。出来る所までじゃがの』」
「『う、うるさいわね! 寂しい訳ないじゃない!』」
「今回はエルフさんとむにむにさんが急接近ですね」
崇め奉るラッシュ君。
むにむにさんのツンデレ演技は今日もキレている。
エルフ師匠もロールプレイ自体は結構好きなんだよな。
「そんな話をしていると、降ってきそうな星空にスゥっと一筋の流れ星が」
「メテオストライクだ!」
「『ねえ知ってる? 流れ星に願い事をすると叶うのよ』」
「『もう消えてしまっておりますわ』」
「『つ、次を待つわよ』と、エルフ視力を駆使して待ちます」
ゲームシナリオは進まない。
ただ、想像の中の世界の夜がふけていくように。
楽しい時間がゆっくりと過ぎていく。
瞬く星も流れきり。
日の出に空が明るくなる、その時まで。