賢者様はほっかむり
ほっかむり=昔の泥棒が風呂敷を頭からすっぽりかぶって、鼻や顎の下で結んで顔を隠していた、アレです。
よろしければ、感想お聞かせいただければ嬉しいです。有難うございます。
よくもやりおったな!おのれ小娘、道連れにしてくれるわ・・・!
頭の中に直撃するおぞましい呪いの声。
マーリは魔王が放つ最後の魔力に絡め取られ、あまりの苦痛に悲鳴を上げた。
閉じようとする光の輪の中へと飛び込む勇者とその仲間達。彼らは断末魔の魔王が魔界へと沈めようとする城を間一髪で脱出した。
よかった・・・。
マーリの心は安らかだった。
義を重んじる剣士と優れた魔道士が守る平和な国・ラキシュ。
幼くして両親を失った恥ずかしがり屋のマーリは、慈愛深いラキシュ王家の慈悲の元、王宮の下働きとして引き取られた。
そこで1人の少年と出会う。彼もまた王宮に引き取られた孤児だった。
気性の真っ直ぐな正義感の強い彼は、下働きではなく剣士になる道を選んだ。
プライド高い武人の家の子や意地の悪い貴族の息子にどんなにいびられいじめられても諦めず、ただひたすらに腕を磨くその少年に、マーリは想いを寄せていく。
やがて少年はめきめきと腕を上げ、見習い剣士として剣士隊に入隊するまでになった時、マーリはこっそり泣いた。
抜き出でた強さが国王側近の目にとまって取り立てられ、美しい王女との恋がささやかれるようになった時も、こっそり泣いた。
それはある日突然始まった。
何百年も前に勇者が封印したはずの魔王が復活したのである。常闇の城から恐ろしい魔物達がラキシュを襲撃しはじめた。
少年は勇敢に剣を振るった。その姿に人々は失い掛けていた勇気と誇りを取り戻した。
剣士達は雄々しく戦い魔道士達は持てる魔力を全て使って魔法を放つ。魔王軍は劣勢となり、ついに国外へと逃走していった。
「さぁラキシュの民よ、勇者を讃えよ!!」王宮前の広場に集まった民衆に、勇者となった少年の肩に手を掛けた国王が高らかに宣言する。
熱狂的に勇者の名を叫ぶ人々の声が幾重にもこだまする中では、マーリの声など勇者の耳には少しも届かない。
一度は撤収した魔王軍。しかし彼らは決して諦めたわけではなかった。
去り際に残していったのは恐ろしい呪い。ラキシュの民は次々と彫像のように石化していった。
魔道士が手を尽くしても進行を食い止められないその呪いがついに国王を捕らえた時、人々の勇者を見る目がガラリと変った。
「お前の所為だ!お前が魔王に逆らうから、国王様が呪われた!!」
これも魔王軍が残した呪い。得体の知れない呪術で石化する恐怖に支配された人々は、魔王に心を操られていた。
勇者が王宮を追われた時、マーリもまた王宮を飛び出していた。
勇者は宛てなく放浪する事を余儀なくされ、行く先々で過酷な迫害を受けた。
弓や槍で追われ、石を投げつけられ、罵声を浴び、命をねらわれ・・・。捕らえられ魔王軍に売り飛ばされそうになった事も一度や二度ではない。
その都度マーリは必死で、たいして上手いとは言えない魔法を使って彼を助け支え続けた。
ただし、陰からこっそりと。決して気付かれないように、頭にすっぽりとスカーフをほっかむりして。
少しでも勇者の力になれるのなら、マーリはそれで幸せだった。
勇者は諦めなかった。
魔王を封印するのではなく、倒さないとダメだ! 彼は魔王を倒す方法を模索し始めた。
マーリも陰ながら一生懸命手伝った。しっかりとほっかむりして、見つからないように。
その厳しい旅路の中で、勇者はかけがえのない仲間を得ていく。
固い友情で結ばれた仲間達は、多くの困難を乗り越え国中に掛けられた呪いを解くことに成功する。
そしてとうとう、勇者は古代の最強魔法「消滅無」の取得に成功したのである。
これで魔王を倒せる!
一行は魔王が君臨する「常闇の城」へと乗り込んだ!
マーリも勇者達の後を追いかけた。危険は承知の上だった。
苛烈を極めた魔王軍との攻防戦に打ち勝ち、勇者一行はついに魔王を暗黒の玉座の間に追い詰めた。
死力を尽くした壮絶な死闘。勇者は仲間達の力を結集し最強魔法「消滅無」を魔王へと放つ!
いけない!マーリは思わず悲鳴を上げた。魔力が足りない!
勇者と仲間達全員の魔力を合わせた渾身の最強魔法。しかし魔王軍との戦いで傷つき疲弊した勇者達の魔力より、魔王の魔力が僅かに上回っている。
マーリに迷いはなかった。自分の魔力全てを解き放つ。
最強魔法はマーリの魔力の分だけ、ほんの少しだが魔王の魔力に勝った。
魔王の絶叫が響き渡る中、「常闇の城」が沈んで行く。暗く冷たい、魂まで凍てつく魔界の底へ。
満身創痍の勇者達が非常用の脱出魔法具を使い、光の輪を通って去って行く。
マーリはそれを見届けた。
塵となって滅び行く魔王とともに。
死の静寂が訪れた。
この城にはもう何もない。全ての魔物は魔王が消滅した今、運命を共にして消え去った。
荒れ果てた暗黒の玉座の間に佇み、マーリは勇者達が消えていった方を見つめていた。
ずっと長い時間そうやって虚空を見つめていたが、やがてゆっくりと跪き、冷たい石の床に横たわった。
凍えるような寒さに手足の感覚が無い。魔王が放った最後の魔力に撃たれ体中が痛い。
しかしそれももうほとんど感じなくなってきている。・・・死が、近い。
眠ってしまおう。マーリはそう思った。
「常闇の城」は魔界に沈んだ。1人では元の世界へは帰れない。それに自分の中に魔力はもう一欠片も残っていない。
生きながらえても飢えと孤独に苦しむだけ。だったら訪れる死を眠ったままで迎えたい。
平和を取り戻したラキシュの国。温かい日差しと青い空。歓喜の声に迎えられ、最高の笑顔で笑い合う勇者とその仲間達。
そんな夢を、きっと見られるだろう。
さようなら。そして、ありがとう。
貴方に出会えて。
貴方を好きになって。
幸せでした・・・。
マーリは静かに目を閉じた。
体の中で光が弾けしびれるような感覚にとらわれた。
脈打つ鼓動が強くなり、全身を温かい血潮が流れ生命の力が巡りゆくのがわかる。
ほの暗い水底から水面に浮上するように覚醒していく中で、マーリは誰かが強く自分を抱きしめているのに気が付いた。
目を開けて最初に飛び込んできた光景に、マーリは心底驚いた。
まさか、勇者が自分を抱きしめ涙を流していようとは・・・!!!
魔道士が回復の呪文を唱えた杖を下ろした。自分達を囲むように勇者の仲間達が晴れやかに微笑んでいる。
どうして・・・?!混乱し、真っ赤になった顔をほっかむったスカーフで隠すマーリに、勇者は泣きはらした目で微笑んだ。
助けに来たんだよ。魔王を倒して常闇の城から脱出したのに君がいなかった。だからすぐに引き返したんだ。
例え何があったとしても、俺は君を見捨てるなんて出来ない。だって君はいつだって俺を助けてくれた。
苦しい時も辛い時も、君は俺を支えてくれた。俺達はずっと一緒だったじゃないか。これからだって一緒だよ・・・。
力強い抱擁と生まれて初めての愛の口吻。何もかもが想像の埒外だ。
勇者の腕の中で、マーリは再び昏倒した。
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王宮の一番高い塔の上にあてがわれた部屋の窓から見下ろすと、ラキシュ中の国民が集まったかのような王宮前広場の真ん中に、大きな布が掛けられて兵士達に守られたこんもりとした物が見える。
「・・・まさか、本当に造ってしまわれるとは思いませんでした・・・。」
「何を言う、当然ではないか!国と世界を救った勇者を讃える『石像』だぞ!?儂が造らずしてどーするのだ!」
半ば呆れた様な勇者の口調に、ラキシュ王は大げさに驚いて見せた。
この王様、良い政治を行う立派な国王なのだがいささか悪ふざけが過ぎるところがある。今だって布が掛かってる状態を遠目で見ても巨大とわかる石像に困惑する勇者をからかっている節があった。
「覚悟するのだな、お前の武勇伝はあの石像と共に我がラキシュ王家末代まで・・・いや、未来永劫に語り継いでくれる!!」
茶目っ気たっぷりに片目をつむった王様に勇者は言葉を返せず苦笑した。
石像は「式」が終わり次第除幕され、ラキシュ中の民にお披露目される。その瞬間が正直いって怖い。
いったいどんな石像をお造りになったのやら・・・。
「おぉ、やっと来たか。待ちわびたぞ!」
不意に王様が目を輝かせて勇者の肩越しに声を掛けた。
「嫌ですわ、お父様ったら。お待たせしたのはお父様じゃなくってよ?」
美姫と名高いラキシュの王女が侍女と勇者の仲間達を従えて入ってきた。薄紫の可憐なドレスで正装した王女は輝くように美しい。
しかし勇者が笑顔で手を差し伸べるのは、その美姫の後ろで小さくなっているマーリにだ。
王女はタメ息を一つつくと、背中から真っ白なドレスに身を包んだマーリを引っ張り出した。
「もう、いい加減になさいな。この私が今日の日のために連日全身美容して差し上げたうえ、上から下まで衣装吟味したのですよ?恥じ入る事などありません!」
「で、ですが王女様。わたしずっとスカーフでほっかむりしていたから、何かかぶってないと不安なんです・・・」
「貴女が今日かぶるのは、そんなものではなくってよ?」
王女は傍らで控える侍女が捧げ持っていた物を、泣きそうになっているマーリにふわり、とかぶせる。
そして得意顔で微笑み「完璧ですわ!」とつぶやくと、問答無用で彼女を勇者の前へ押しやった。
滑らかな光沢の薄絹が亜麻色の髪を包み込み、あしらわれたバラの装飾は馥郁とした香りを放つ。純白のヴェールは紺碧の瞳を泳がせるマーリの小さな顔を美しく映えさせた。
目を細めて見つめる勇者が、恥ずかしがるマーリにささやいた。
「悪いけど、明日からまたほっかむりしててくれないか?俺以外の男の前ではね!」
勇者は愛情を込めて恋人を抱きしめる。
「さぁ、結婚式だ!!」
仲間達は歓声を上げて今日この時を喜び合った。
その頃、王宮前広場ではちょっとした事件が起きていた。
式の終了を待ちきれなくなった民衆の1人が、兵士の目を盗んで石像の布を引っ張り取ったのだ。
それは立派な、見事な出来映えの石像は、広場を埋め尽くす民衆達を大いに喜ばせた。
固い絆で結ばれた仲間達に囲まれて、天空に剣をかざす勇ましい勇者と、その傍らに寄り添うほっかむりのマーリ。
『勇者が辿った苦難の道をたった1人で追い行く強靱かつ強大な力を秘めながら、彼を支え守り尽くすことに徹した偉大なる大賢者・マーリ』
石像の足下には、そんな文言が書かれた石板が埋め込まれていた。
ラキシュ王が言うとおり、世界を救った勇者達の物語は幾久しく語り継がれていくことになる。
しかし一方で、この時生まれた言い伝えが人々を困らせた。
『ほっかむりして好きな男性を追いかければ、その恋は成就する。』
恋愛成就に飢える娘達が信じてしまったこの言い伝えは、普通に考えたら怪しさ満載。追われる男性はたまったものではない。
こちらも末永く語り継がれてしまい、平和が訪れたラキシュの若者達を大いに悩ませ続けるのだった。
8/17 誤字修正しました。ご連絡いただいた方、有難うございます。
(どこにお礼書いていいかわからないので、ここに書きました。スミマセン)




