7787T列車 時刻表は何も語らない
僕は萌にその話をした。
「はぁ・・・。それって現世でいっぱい稼いだ人が勝ちって事じゃない。」
「でも、お金は元々稼いだものを使った分だけ引かれるシステムだからね。それに時刻表見て考えてみたけど、こっちの方が税金ないから現世でやっただけの出費をしても消費税取られないしね。」
「取られないけど・・・。」
萌は少し考える。
「確かに考えてみれば、お金の取引なんてなかったわね・・・。」
「気付かなかったよねぇ。普通すぎて。」
「そんな普通は無いんだけどね・・・。」
「どうする。」
「どうするも何も。ナガシィはやりたいんでしょ。」
「うん。」
「じゃ、後はどうするかを決めるだけでしょ。」
「そうだな。」
僕は時刻表を広げる。それにある索引地図にはほれぼれする。僕たちの時代には既になかった線区、そして生きている間に消えていった線区。見た限りそれら全てが入っている。その代わりと言っていいのかは知らないが、結構新しい線区が入っていなかったりする。
「いやぁ、ほれぼれしますなぁ・・・。」
「ほれぼれしますなぁじゃないわよ。これでどういう旅をするかっていうのが問題でしょ。」
「ああ。そうだね。」
「・・・。」
「・・・。」
浮かばない。どんな旅行をしていいのかさっぱり分からない。
(宮脇俊三さんが言っていたのはこういうことか・・・。)
と妙に納得する。時刻表はただの路線図とそこを走る机上の列車がまとめられた本。これは何も言わないし、自分の頭で考えないといけない。ただここまでこうなっている時刻表を見ているとどこをどう乗って良いのかが分からなくなる。僕たちが乗った路線はJRの抱えていたほんの一部。まして、国鉄再建法の合理化で消えていった鉄道線は乗ることさえ出来ていない。
「選択肢が多すぎるって言うのは考え物だよねぇ・・・。」
僕はそうつぶやいた。
「ホントねぇ・・・。」
萌はどこか行きたいところとかある。」
「ナガシィの生きたいところならどこにでも付いていくわよ。そもそも、私にそれ聞いてどうするつもりだったの。」
萌はクスクス笑う。「そういうところ分かってるでしょ」と言いたげだ。
「良いだろ。聞いたって。」
「最長往復切符でしょ。私達がするなら。」
「やっぱそれしかない。」
「それしかない。」
うーん・・・。
最長往復切符は2017年に播州さんが日本を2往復したことから広く認知されるようになったが、制度的にその前から存在している。ただやる人がいなかっただけだ。最長往復切符や最長片道切符はその性質上達成に日数がかかる。片道でも最長ルートを「最速」でたどるのに約1ヶ月の時間を要する。1日に列車内にとどまる時間は最長20時間くらいだろうか・・・。僕たちも仕事を引退してから最長往復切符の旅をしたけど、あれはキツいの一言に尽きる。途中で休憩を挟まないとやってられないというのが正直な感想だった。
しかし、僕たちがやった最長往復切符はまだ恵まれていたであろう。それは旅人が二人だったと言うことだ。話も出来るし、色んな計画も立てられる。話のネタにつきたら、寝て過ごし、寝れない場合はそれさえネタにする。そういうことが出来ただけでも、いくらか僕たちの精神的苦痛は和らいでいたであろう。一人旅は楽ではあるが、そういう苦痛からは逃げられないからな・・・。
「乗り通す区間は広尾~枕崎間。」
と僕が聞く。本当にそれでもいいという意思確認もあった。
「それしかないでしょ。」
「ああ・・・。そうだけどさ・・・。」
「今更弱気になった。」
「いや、別に。」
「ヨシッ。」
さて、一つ一つ書いていくか。僕はシャープペンを手に取り、ルーズリーフに「枕」と書き出した。




